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055 試合と研究

 王城内にある兵士の練習場で、啓はあてがわれた練習用バルダーに乗り込んでいた。練習用と言っても、操縦の練習用ではなく、あくまで戦闘練習のためのバルダーである。

 そのため、土木用のバルダーと違い、腕や脚の機動性能を重視した、そこそこスリムな体型のバルダーだ。


 啓はバルダーに乗ると、すぐにバルダーのエンジンとも言える魔動連結器から魔硝石を抜き取った。そしていつも通り、バル子がバルダーとリンクする。初めて触る機種だが、バル子は難なく、バルダーとのリンクを確立した。


 啓はバルダーの操縦桿を握り、練習用バルダーの動きをチェックし始めた。


「動きは可もなく不可もなく、と。少し反応が鈍いかな。バル子はどう思う?」

「反応の鈍さもそうですが……今のご主人とバル子では、このバルダーを乗りこなすのは難しいです」

「そうか……見た目よりも、ずっと性能の良いバルダーなのかな」


 動作チェックのために練習場の外周を歩きながら、啓がそう呟いた。しかしバル子は首を横に振った。


「ご主人、逆です」

「逆?」

「ご主人のバルダーよりも圧倒的に性能が悪いです。こうして歩いているだけなら良いですが、このバルダーは、力も速度も、ご主人のバルダーよりも下です」

「じゃあ、いつものバルダーのつもりで操縦すると、バルダーの動きと自分の感覚にズレが出そうだな」

「それだけではありません。ご主人とバル子の力が強すぎて、このバルダーの出力限界を超えてしまう可能性があります。うっかり力加減を間違えると、バルダーが耐えられずに自壊してしまうでしょう」

「……程々に頼むよ」


 それから啓とバル子は、10分程の操縦練習を行って、バルダーの動く速度や力加減をある程度把握した。

 その後、アイゼン王子に手振りで呼ばれた啓は、練習場の中央へと向かった。


 対戦相手は既に練習場の中央で待っていた。啓と全く同じ機体の練習用バルダーに乗り、搭乗口を開けてアイゼンと話をしている。そばにやってきた啓も、搭乗口を開いてアイゼンに一礼した。


「ケイ、お前の相手をするのは王城の警備を務めている騎士だ。まだ叙勲を受けたばかりの若い騎士だが、バルダーの模擬試合では上位に食い込む実力者だ。ケイが負けても当然のことだから、存分に挑んでみるといい」

「はい、殿下。全力を尽くします」


 今回は決闘ではなく試合であるため、どちらかが行動不能になるまで戦う必要はない。試合のルールはシンプルで、先に武器で有効な打撃を入れた方の勝ちだ。


 武器は互いに全長2メートルほどの棒を持ち、左腕には方形の盾を装備している。盾への攻撃は有効打にならず、攻撃はバルダー本体に当てる必要がある。


 啓と対戦相手が開始戦の上に立った。兵士や騎士達、そして三人の王子が見守る中、練習場に静寂が訪れる。


 その数秒後、アイゼンが開始の号令を掛けた。


 号令と同時に、相手の騎士は武器を振りかざして啓に向かって突進してきた。開始直後の隙をついて、さっさと試合を決めるつもりだったのだ。


 騎士は武器の間合いに入ると同時に、右腕の棒を突き出した。相手は動くこともできず、何が起こったのか理解できないまま敗北するだろう。

 相手はたかが田舎の一般市民。バルダーの戦闘に慣れているはずがない。たまたま活躍の場を得られて調子に乗っているだけの小市民に、騎士は現実を分からせてやるつもりだった。


 そんな騎士だったからこそ、自分のバルダーの頭上で聞こえた「ゴンッ」という音を聞いても、何が起こったのか理解できなかった。


 騎士は一瞬で敗北していた。


「勝者、ケイ!」

『……えっ?』

『どうも、すみません』


 アイゼンの軍配に当惑する騎士。一方の啓は、競艇で勝った時にいつも対戦相手に言ってた時の口癖で応えた。


 啓は、相手の突きの動作に合わせて上体を左に捻って躱し、同時に、上段から「軽く」棒で騎士のバルダーの上部を叩いたのだ。


 言葉で説明すれば単純なことだが、バルダーに熟練している者から見れば、かなり洗練された動きだと理解できた。素速い突きを完全に見切り、ギリギリの所で正確にバルダーを半回転させながら、カウンターで的確に相手の本体へ打撃を放った手腕は、かなりの上級者にしかできないことだった。

 ましてや、初めて乗った機体でそこまで動けるなどとは、信じがたいものがあった。


 一方の啓は、多少拍子抜けしていた。元々、動体視力も勘も良いほうの啓だが、相手の動きがはっきりと見え(むしろ遅いぐらいだった)、どう対処するか何パターンも考える余裕すらあった。

 さらに啓は、自分のバルダーを動かす時に「自分の機体を壊さないように」慎重に動かしてすらいた。


 これは啓自身も薄々気付いていることだったが、啓がバル子にバルダーを操作させたり、能力を使わせる時、啓はバル子との間にパスが繋がる。その際、啓自身も魔硝石の力の恩恵を受け、様々な身体能力が向上するのだ。


 実際、普通の魔硝石と普通の人間との間でも、これと同様のことが起きているのだが、あまりにも影響が小さすぎて、認識できるほどのものではない。


 魔硝石の能力を引き出す力が格段に強い啓と、啓に体を授けられ、魔硝石を摂取することで自身の力を増大できるバル子だからこそ、目に見えるほどの効果が出るのだった。


『アイゼン王子、ありがとうございました。では私はこれで……』

「待ってくれ、ケイ!もう一試合頼む!」


 試合に勝ったので、これでお役御免と思った啓だったが、それをアイゼンは許してくれなかった。


「誰か、希望者はいないか!」


 アイゼンが周囲の騎士や兵士に声をかける。しかし、兵士達は顔を見合わせたり、俯くばかりで、名乗りを上げる者はいない。


 今、負けた騎士は、決して弱い騎士ではなかった。叙勲を受けていない騎士見習いよりも強いことはもちろん、模擬戦ならばベテラン騎士にも匹敵するほどの実力の持ち主だ。


 その騎士が一瞬で負けたのだ。仮に名乗りを上げたとしても、万が一、王子の御前で情けなく負けるようなことがあれば、自分の印象を悪くしてしまうだろう。そうなれば、今後の出世にも響いてしまうかもしれない。

 だからこそ、ここで手を上げることはできなかった。兵士はもちろん、騎士であれば尚の事だった。



 誰もいないようであればこれで終わり、と思っていた啓だったが、やっぱりアイゼンは許してくれなかった。


「そうだな……そもそも俺がケイの技量を見たいと言ったのだ。だったら俺が対戦すればいい」

『……えっ?』


 啓は第一王子と試合をすることになってしまった。



 ミトラとサリー(ワルキューレ)は、王立研究所を見学していた。元々王立研究所には、一般市民が見学するための見学プラン(通常は予約制)があり、まずはそれに従って研究所内を見て回った(ちなみに土産屋もある)。


 しかしミトラ達の見学プランは、通常のものとはやや異なっていた。

 まず、普通であれば専門の職員が見学の随伴をするが、それを所長自らが行った。

 そして見学が終われば、見学ルートの出口から外に出るのが普通だが、所長はミトラ達を、関係者専用入り口から所内へと連れて行った。


 所内へと向かう専用通路の中で、見学プランを大いに楽しんだミトラが、所長と談笑しながらサリーの前を歩いていた。小さい頃に何度も訪れているサリーには退屈な時間だったが、ミトラが楽しんでくれたことは普通に嬉しかった。


(ご主人)

(……どうした?カンティーク)


 ふと、カンティークがサリーに超小声で話しかけた。仮面に擬態していても、普通に喋れるカンティークだったが、この状態で、ましてや外でカンティークが話しかけてくるのは珍しいことだった。


(ご主人……この建物、中から妙な雰囲気を感じます)

(妙な雰囲気?)

(はい。ノイエもチャコも同じように、妙な感覚を感じていると言っています。くれぐれも気をつけてください)

(分かった。ありがとう)


「ワルキューレさん、どうかしたの?」


 歩みの遅くなったサリーに、ミトラが声をかける。所長も振り向いてサリーを見た。サリーは首を振り、なんでもないと身振りした。


「少し冷えてしまったようだ。何か温かい飲み物が欲しいな」

「それはそれは、失礼しました。では、この先に暖かい場所がありますので、そこで話をしましょう。飲み物も用意しますので」


 所長の案内で、ミトラ達は研究所の地下へと向かった。何度か階段を降りていくと、やがて天井の高いホールのような場所に出た。

 そこは地下であるはずなのに、まるで外にいるような明るく暖かい光が降り注いでいた。そしてその周囲には、高く、大きな木々が茂っていた。


「すごい、建物の中にこんな大きな木が植わっているなんて!」

「ここでは植物の研究もしているのかもしれないな」

「ええ、その通りです。この木々も研究対象なのです。人工的に作った光で、成長させる実験を行っているのですよ」


 飲み物を運んできた所長が、サリーの疑問に答えた。そして所長は、ミトラ達をホールの一角に設置されたテーブルへと案内した。


 椅子に腰掛けた三人は、早速、動物との接し方についての話を始めた。


「……というわけでして、動物使いのミトラ様が、どのような訓練で動物を服従させているのかを教えていただきたいのです」

「服従なんてさせてないですよ。愛情を持って接しているだけです」

「は?愛情?」

「そうですよ。ね、ノイエちゃん!」

「愛情!ガァッ!」

「……はあ」


 所長はやや白けた表情を見せた。明らかに、期待していたような回答ではないことを物語っている。


「その……愛情の他には何か無いですか?餌付けするとか、時には痛みを与えるとか……」

「痛みなんてとんでもないです。あたし、そんなこと、考えたこともないですよ」

「ふむ……」


 その後も、ミトラと所長の話はほぼ平行線で進んでいった。やがて、ミトラでは話にならないと悟った所長は、サリーに目を向けた。


「そちらの……ワルキューレ様のご意見はいかがですか?」

「私も、概ねミトラと同意見だ。その動物に愛情を注がなければ、動物のほうも自分の言うことを聞いてはくれないだろう」

「そうですか……しかし愛情を注いでしまっては、戦争には使えないですし……」

「えっ?戦争?今、戦争って言いました?」


 所長の漏らした言葉に、ミトラが過剰反応する。所長は「これは失敗しました」と呟き、溜息を吐いた。


「ええ……私共は、戦争に動物を使うための研究を始めたところなのです。元々は別の研究から始まったことですが、うまく利用すれば、使えるのではないかと」

「そんな、動物を戦争に使うなんて酷いですよ!やめてください!」


 ミトラは憤りを隠さず、所長に抗議した。所長は「まだ研究段階なので」とミトラをなだめる。


「それにこの研究は、王族が後押ししているものなのです。私の一存でやめることはできません。もちろん、研究成果が芳しく無ければ、中止を申し出ることはできますがね」

「王族が後押しだと?何かの間違いではないのか?」


 今度はサリーも黙っていられなかった。


(この男の言っていることは本当なのか?そんな研究に、父や兄弟達が賛同するなどとは信じられないが……)


「いえ、間違いではございませんが……あの、ワルキューレ様は……」

「そうだよ、研究成果が芳しく無ければいいんだよ!」


 所長が何かを言いかけたが、笑顔を浮かべたミトラがそれを遮った。


「動物と心を通わせる為には、とにかく愛情が必要なの!それ以外の方法は無いって証明できればいいのよ」

「それは、確かにそうですが……」

「そのためにも、わたしとノイエちゃんがいかに仲良しか、まずはそれを教えてあげるます!」

「いえ、私は別にその……」


 所長は全力で遠慮したいという表情を浮かべているが、ミトラのノイエ愛に溢れるマシンガントークは、今まさに口火を切ろうとしている。そこでサリーはすかさず、所長に言った。


「すまない、やはりお腹が冷えてしまったようだ。手洗いに行かせてもらう」

「えっ?今ですか?」


 所長は、自分を一人にするなと目で訴えているような気がしたが、サリーは無視した。


「このままでは私のお腹が大変なことになる。確かここに来る途中に手洗いがあったのを見かけた。いや、案内は結構だ。所長は遠慮なくミトラと話をしていてほしい。ミトラ、頼んだ」

「任せて!」


 席を立ったサリーは、ミトラの全力トークを背中で聞きながら、通路へと向かった。



 ホールに通じる通路に戻ったサリーは、そこから「お手洗いではないほう」に向かって歩いていた。


 歩く方向は、その都度カンティークが指示を出している。向かっている先にあるのは、カンティークが「妙な雰囲気を感じている」場所だ。


(ご主人、この先で、何かが騒いでいます……こちらに気付いているのかも知れません)

(なんだと?)


 サリーが見ているのは、分かれ道になっている通路の先だ。その通路の突き当りには扉が見える。その扉の先に何かがいると、カンティークは言っているのだ。


「勝手に扉を開けるのはさすがにまずいか……どうするか」

「ご主人、気をつけて!」


 カンティークが警告を発したと同時に、扉が開かれた。そして中から職員と思われる女性が、悲鳴を上げながら飛び出してきた。女性は肩を手で押さえ、その手の周囲は赤く染まっている。


「いやあああ!痛い、痛い……あっ!貴方、助けて!私は噛まれて怪我を……いやあああああああああ!」

「あっ……」


 悲鳴を上げて跳び出してきた女性は、サリーに助けを求めたものの、サリーのその仮面を被った顔を見て、再び悲鳴を上げたのだった。


「すまない、私は怪しいものではなく……」

「ここにも!ここにも動物が脱走しているわ!誰か!誰か早く来て!!!」

「ん?」


 職員の不可解な言動に、サリーは困惑した。おそらく気が動転して、自分を本物の動物と見間違えているのだろうとサリーは考えた。


「私は人間で、これは仮面だ。動物ではない」

「喋った?……貴方、本当に人間なの?」

「ああ、そうだ。人間だ。だから心配はいらない」

「ちょっと、紛らわしいを格好しないでちょうだい……痛っ!」

「怪我をしているようだが、中で何があっ……おい、なんだ、あれは……」


 サリーがへたり込んだ職員を抱き起こした時、開いた扉の向こうから、四本脚の獣がゆっくりと姿を現した。


(ご主人……あれが妙な雰囲気の正体です)


 サリーはカンティークの囁きを聞くまでもなく、その違和感に気付いていた。


「おい、お前!あれは何だ!」

「あれは、ルーヴェットという動物で……」

「それは知っている!そうじゃない!」


 ルーヴェットとは、四足歩行の黒い獣で、大きさは成獣でも1m程度の動物だ。

 南方の農村や森林地帯が主な生息地で、王都周辺の森でも見かけることはある。

 雑食だが木の実を好み、極めて臆病な性格で、懐くこともないが、人や他の動物を襲うことはまず無い獣だ。


 そんなルーベットが、人を睨んで牙を剥き、口から血を垂れ流している。おそらくこの職員を襲った時に噛んだ時の血だろう。


 サリーもルーヴェットのことは知っているし、見たこともある。だが、明らかに普通のルーヴェットとは異なる点があった。


「私が聞いているのは、ルーヴェットの頭に埋め込まれているもののことだ!」


 サリーを睨むルーベットの額には、拳大の真っ赤な魔硝石が埋め込まれていた。

啓は王子と対戦です。

研究所のほうも、少々きな臭いです。


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[良い点] 更新お疲れ様です。 …まぁ貴族連中があんなんだし決してクリーンな国じゃないだろうなぁとは思ってましたが。まさかの生体兵器を研究してたとはねぇ…全部が全部じゃないだろうとはいえ、後ろ暗い部…
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