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054 控え室での話と研究所

 城の謁見室で王族と謁見していた啓は、アイゼンベルナール第一王子から「ケイの力量が見たい」という要望に応え、試合をすることとなってしまった。


 試合は1時間後、この城の練習場で行うことになった。啓は自分のバルダーを取りに向かうために退出を申し出たが、それは却下された。


「力量を見るのに、自分のバルダーを使ってしまっては性能差が出てしまうだろう。王国軍で使っている練習用のバルダーを使うと良い」

「ああ、なるほど……ではお借りします」


 なお、この時、啓は自分のバルダーよりも王国軍のバルダーのほうが、アイゼンは啓のバルダーよりも王国軍のバルダーのほうが性能が良いからだと、互いに思い違いをしていた。


 実際は、啓のバルダーのほうが圧倒的に性能が良かったのだが。


「ところで、魔硝石は自分のものを使っても良いでしょうか」

「それは構わんが、持ち歩いているのか?平民にしては珍しい奴だな」


 自分の魔硝石なら、今も肩の上で喉を鳴らしていますよ、とは言えない啓だった。


「まてよ、ケイ。其方は貴族ではないが、女神の奇跡は使えるのではないか?」

「はい、一応使えますが……」

「なるほど、だから使い慣れた魔硝石を使うということか。ふむ、なるほどな……」


 アイゼンは一人で勝手に納得しているようなので、啓は余計なことを言わずに黙っていることにした。


「ケイ、女神の奇跡は試合でも使って構わんぞ。むしろ、其方の力量を見るためにも遠慮なく使って欲しい」


 そう言うとアイゼンは、試合の準備のために自分の側近達を連れて謁見室を退出した。フィアニスも、啓が使うバルダーを確認するためにアイゼンと一緒に退出していった。


 慌ただしい雰囲気の中、王から謁見終了を告げられた啓は、試合の準備が整うまで、再び控え室で待つことになった。



 控え室に戻った啓は、いたたまれない居心地の悪さを感じていた。控え室には、何故かイザークジルベール第二王子と、ウルガージェラール第三王子もついてきたのだ。


 ウルガーはイザークに、啓に助けられた時の様子を語り、時折り啓にも話を振ったり、同意を求めたりした。啓は愛想笑いと頷きを返しつつ、早く試合の準備が整うのを心から願った。


 ウルガーの話が一通り済んだ時、イザークが啓に声を掛けた。イザークは謁見中に発言をしなかったので、話しかけられるのはこれが初めてだ。


「ケイ。私はそのネコという獣に興味があるのですが、触らせてもらっても良いでしょうか」


 平民に対しても丁寧な言葉遣いをするイザークに、むしろ警戒感を持った啓だが、王族の頼みを無碍には断れない。それに啓は、控室に来てからずっと、イザークが興味津々でバル子を見ていることにも気づいていた。


「……バル子、殿下に触らせてもいいかな?」

「……にゃ」


 バル子の「まあ仕方ないですね」という感じにも聞こえた返事を得た啓は、そっとバル子を床におろして、イザークの元に向かわせた。


「兄上、危険ではないですか?」

「大丈夫ですよ、ウルガー」


 そしてイザークは、恐る恐るバル子の頭に手を載せた。小さくバル子が「ニャーン」と声を出す。イザークはバル子の頭をやさしく撫でた後、そのまま背中に手を滑らせた。


「僭越ながら王子、背中を撫でる時には上から下に向かって、毛並みに沿って撫でてあげてください。手の甲で撫でると警戒されにくいですよ」

「こうですか……」

「はい、そうです。首周りや、顎の下を掻くように撫でるのも喜びます。ただし、お腹は急所ですので嫌がりますから、触らないようにしてください」

「なるほど、承知しました」


 イザークは啓のアドバイスに従い、夢中で猫を撫で回した。バル子もまんざらではない様子で、目を細めている。


「いかがですか、王子」

「……噂には聞いていましたが、ネコとは最高にかわいいものだと改めて認識しました。はあ……」


 感嘆の声を漏らすイザークを見た啓は「この王子は悪い人ではない」と断定した。

 ひとしきり撫で回して満足したイザークは、バル子を啓に送り返した。


「そういえば、ケイはユスティールで、様々なネコと触れ合える茶屋を経営しているのですよね」

「はい、よくご存知ですね」


 啓は謁見室でもそのような話はしなかった。つまり、既に啓のことは、事前に色々と調査済みだったということだろう。


「ケイが望めば、いずれ王都でも、ネコと触れ合える茶屋を開くこともできるでしょう」

「ありがたいお言葉です」

「私もその日が待ち遠しいです……ところでケイ、其方は貴族では無いが、女神の奇跡の技が使える。間違いないですか?」


 イザークの唐突な話の転換に、啓は少し狼狽した。


「えっ?はい、間違いないです」

「ご両親や血筋に貴族が?」

「いえ、いないと思います」


 口に出してから「しまった」と啓は思った。嘘でもいいので「先代に元貴族がいたと聞いている」ぐらいに言っておけば良かったと思った。


「そうですか……つまりケイは、平民でありながら、突然、女神の奇跡の技が発言したということですか」

「いえ、はい、突然というか、気がついたら使えてて……やっぱりどこかで貴族の血を引いているのかも知れませんね」


 しどろもどろになりつつも、啓は今更の言い訳をした。イザークは「いえ、取り繕わなくてもいいですよ」と手で啓を制した。


「ケイは、堕ち子という言葉を聞いたことはありますか?」

「堕ち子ですか?いえ、聞いたことはありません」

「兄上、一体何を言っているのですか!」


 聞き覚えのない言葉だった啓とは対照的に、過剰に反応したのはウルガーだった。


「兄上、そんな古伝など……」

「堕ち子とは、王族や貴族の血を引いていないにも関わらず、女神の奇跡の技を使える者のことです」


 ウルガーの制止を無視して、イザークは話を続けた。


「それも、ただ使えるというだけではなく、特に強い力を持っている者を指して言います。王族や貴族の存在を脅かすほどの、強い力を」

「……」

「かの者は、過去の歴史で一度だけこのオルリック王国に現れたと言われています。そしてその強すぎる力を使い、王国に対して反乱を起こしました」


 そこで王国は、総力を上げて討伐に向かった。そして多くの犠牲を出しながらも、最後は見事にその者を討ち取ったという。その時に、ただの平民でありながら、突然強い力に目覚めて反乱を起こしたその者に対して、『女神から地に堕とされた不届者』という蔑称の意味を込めて『堕ち子』と名付けた、とイザークは説明を締めくくった。


「ケイ、貴方の力はどれほどのものですか?」

「……」

「貴方は、自分の力を何のために使いますか?」

「……私は自分の力を人と比べたことなどありません……それに私は、静かに、穏やかに暮らしたいと考えております。国や王族に対して、謀反を起こすようなことは考えたこともございません」

「兄上、いい加減にしてください」

「……そうですね。失礼しました」


 ようやくウルガーの制止を聞き入れたイザークが、一言謝罪した。


「私は王子という立場上、国の脅威となりうる可能性があれば、それを見過ごすことができません。たとえそれが世迷い言だとしてもです。それだけは分かっていただきたい」

「いえ、そういうことでしたら納得です。国を心配なさるお気持ちは伝わりましたので」

「兄上は心配性すぎる。そんなことより、ご自分の体調を心配してほしいものだ」


 そう言ってウルガーが溜息を吐いた時、フィニアスが控え室にやってきた。試合の準備が整ったと聞いた啓は、王子達と共に練習場へと向かった。



 一方、広場で大道芸を続けていたミトラとサリーも、控え室に入った時の啓と同様に、いたたまれない居心地の悪さを感じていた。


「ふむ……ほう……これはなかなか」

「なかなか、ガアッ!」

「よしよし。いい子だ、いい子だねー」

「いい子、ガアッ!」


 事の発端は、観客の中年の男が、ミトラのパートナーであるハシボソガラスのノイエを手の上に乗せて、まじまじと観察したことから始まった。


 男は、連れていた数人の若い部下達に人払いを命じ、勝手に観客を解散させた後、ずっとノイエを観察していた。ミトラは最初、この男に苦情を入れようとしたが、それを制したのはサリーだった。何故ならサリーは、その男を知っていたからだ。


 男の正体は、王国国営の研究機関である、国立研究所の所長だった。それに所長はいわゆる「上級の貴族」であるため、うっかり逆らって面倒なことになるのを避けたのだった。


「いや、実に素晴らしい!ここまで賢く、人の言うことを聞く動物は見たことありません。一体どうやって……もしや、女神の奇跡で?」

「あたしは貴族ではありませんし、そんな力は持っていません」

「私もだ」

「では、調教だけで?そもそもこの鳥はなんという動物で?」


 ミトラは所長の質問に答えようとしたが、それを遮るようにサリーが先に発言した。


「大変恐れ入りますが、私共は旅をしながら芸事で日銭を稼ぐ動物使いを生業としております。客もいなくなってしまったので、今日はこれで店じまいして、別の街に向かう準備をしようと思っております。またいずれ、機会がある時にでも……」

「待ってください!」


 そう言って立ち去ろうとしたサリーとミトラだったが、所長は間髪入れずに食い下がった。そして所長は、自分の身分を明かした上で、動物の取り扱いについて話を聞かせてほしいと言い出した。


「動物の研究を?国立研究所では、魔硝石とバルダーに関する研究が主なのでは?」

「おや。旅の方にしては、事情通ですな」

「いや、以前聞いたことがあるだけだ……」


 うっかり余計なことを言ったサリーに、ミトラがジト目を向ける。所長はそんな様子を機にすることもなく、話を続けた。


「最近は、魔硝石と生命に関する研究も行っておりまして……いや、詳しいことは話せませんが、その中で、動物の取り扱いをすることもありましてな。何かコツでも聞ければと思いまして……」


 そして所長は、国立研究所に招待するので、そこで詳しい話を聞かせてほしいと言い出した。


「もちろん、謝礼も出させていただきます。迂闊にも、商売の邪魔をしてしまった謝罪の意味も込めて、奮発させていただきますよ。どうせ国のお金ですから、気にすることもありません」


 その言葉に、サリーのこめかみがピクッと動いた。仮面のおかげで相手に見えなかったのは幸いだった。

 知らないこととは言え、この所長は元王女を目の前にして、税金の無駄遣いを公言しているのだ。


「ねえ、ワルキューレさん、どうする?」

「そうだな……」


 サリーは、何の目的で動物の研究しているのかという点が引っかかっていた。


 なんとなく不穏な雰囲気を感じたサリーは、探りを入れるためにも、所長の誘いに乗ってみることにした。


「あまり参考になる話はできないかも知れませんが、それでもよろしければ」

「ええ、構いませんとも!」


 こうして、サリーとミトラ(とカンティーク)、そしてノイエとチャコは、国立研究所を訪問することとなった。


試合にたどり着きませんでしたorz

次回こそ試合します。

研究所の話も同時進行します。


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