053 謁見と旅芸人
啓は王城の中を歩いていた。絨毯の敷かれた広い廊下を、門番に付いて奥へと進んでいく。
物語の中でしか見たことのないような城内の光景に、啓の心は躍り、感動を覚えた。しかし同時に、一人でこの場にいる不安も小さくなかった。
その気持ちが伝わったのか、啓の肩の上に乗っているバル子が、そっと啓の頬に顔を寄せる。
「そうだな。ひとりじゃない。バル子が一緒なら、何の心配もいらないよな」
「ニャッ」
啓に頭を撫でられたバル子は、満足げに喉を鳴らした。
「やあ、ケイ。待っていたよ」
その時、聞き覚えのある声で名を呼ばれた啓は、反射的に声がしたほうに振り向いた。啓は、そこにいた人物を目にすると、上擦り気味にその人の名を呼んだ。
「フィニアスさん!」
現れたのは、王都の起動保安部隊に所属している、フィニアス・ルーベンだった。
フィニアスは以前、ユスティールで起きた襲撃事件の事後処理のためにユスティールを訪れた。その時、フィニアスは当時隊長だったダンティン・メリオールから不興を買いながらも、市民との仲裁に入ってくれたり、メリオールと決闘をすることになった啓に情報をくれるなど、様々な協力をしてくれた人だ。
そしてフィニアスのほうも、啓から女神の奇跡の技について助言をもらい、自身の力に大きな可能性を見出すきっかけを与えられたのだった。
フィニアスは啓に手を振りながら近づき、啓の案内をしていた門番と一言二言交わした。そして門番は入り口の方へと向かっていった。残ったのは啓とフィニアスだけとなった。
「さん、は要らないと言ったろう。ケイ師匠」
「フィニアスさんこと、師匠はやめてくださいよ。それよりも、どうしてここに?」
「昨日、アイゼン王子に呼ばれてな。ケイが王城に来るという話を聞いて、ケイの知己である私に、城の案内役をと仰せつかったのだよ」
「そうでしたか。いや、とても嬉しいです。一人では心細くて・・フィニアスさんが一緒にいてくれれば、何の心配もいりませんね」
「ああ、任せろ…………ところで、その、肩にいるのはバル子ちゃんだったか。なんだか、ものすごく睨まれているような気がするのだが……」
一瞬で自分の立ち位置を奪われたバル子は、納得いかずにフィニアスを睨みつけていた。
◇
謁見の準備が整うまで待つように、と言われた啓は、控えの間に案内された。そこで啓は改めてフィニアスから近況について聞かせてもらった。
隊長だったメリオールは別の部隊に栄転したこと、そのため、今はフィニアスが起動保安部隊の隊長を務めていること、女神の奇跡の技はその後も研鑽を積んで、フィニアスなりに使えるものとして形になってきたこと等、様々なことを話してもらった。
そうこうしているうちに、啓は呼び出しを受けた。謁見の準備が整ったのだ。
「謁見室へは私も同行する。ケイは私についてきてくれ」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
啓はフィニアスの後について、謁見室へと入っていった。
◇
その頃、城下町の広場には人だかりができていた。その中心には、動物使いの旅芸人と称する二人組がいた。
「さあ、その棒を思いっきり空に向かって投げてみてください!」
「いくぞ……おらっ!」
男は手に持った細い棒を、思いっきり空に向かって投げた。同時に、大きな黒い鳥が棒を追って空を飛ぶ。
鳥は棒に追いつくと、空中で器用に嘴でキャッチした後、翼をバサバサと羽ばたかせてゆっくり舞い降り、棒を投げた男の手に返した。周囲からは歓声と大きな拍手が沸き起こる。
「ありがとうございます!あっ、ご祝儀ですか?では助手のワルキューレさんに!」
カンティークの仮面を被ったサリーが、芝居がかった仕草と歩き方で観客のそばに近づく。そして手に持った箱で、観客からのおひねりを集めて回った。
後ろの方にいる観客から投げられた硬貨も、サリーの肩に留まっていたチャコが素早く空中でキャッチして見せ、さらに観客を湧かせていた。
……何故こんな事になったのか。話は少し遡る。
城に入れなかったミトラとサリーは、城下町で情報収集をすることにした。王都の状況や王家に関する噂話、他国との戦況、そして、例の紋章についてだ。
その紋章は、サリーの暗殺(未遂)事件の際、現場の近くに落ちていた短剣に刻まれていたものだ。サリー達は、町中でその紋章を持っている人や、紋章を掲げた建物が無いかと、探しに出ていたのだ。
しかし調査の進行は芳しくなかった。理由はもちろん、サリーの被りものである。元王女であるサリーの正体はバレないかもしれないが、別な意味でやたらと目立ち、そして街の人々からは遠巻きにされ、十分な会話もできなかった。
それどころか、前日同様に街の人から通報されてしまい、ついに街の広場で憲兵に取り囲まれてしまった。
一応、ミトラとサリーは、こんな時のために「動物使いの旅芸人」という設定を用意していた。しかし旅芸人の設定を押し通すためには、当然ながら芸を披露しなければならない。
そこでミトラは、ノイエとチャコを使い、ちょっとした芸を披露したところ、あれよあれよと見物人が集まってきてしまったのだった。
(どうする、サリー姉)
(そうだな……このまましばらくやり続けてみるか。そうすれば、私への警戒も薄れるかもしれない)
(そうだね、やっちゃおっか!)
こうして二人は、動物使いの旅芸人として、王都で華々しく(?)デビューを飾った。
「次は、このノイエちゃんが、人のしゃべった言葉を真似して返します。どなたかご協力を……」
二人の動物芸は、まだまだ続くのだった。
◇
謁見室に入った啓は、前を歩くフィニアスの背中だけを見ながら奥へと進んでいった。壁際に人がいるのを横目に感じたが、そちらに頭を向けたりはせず、フィニアスの動きに合わせることだけに集中した。
やがて、フィニアスが片膝をついて畏まった。啓もそれに倣い、片膝をついて頭を垂れた。そしてサリーに習った作法に従い、王から声が掛けられるまで、そのまま姿勢を崩さずに待つ。
『貴族でもない民との謁見など、たいして時間もかからないだろう。王族から言葉を賜ったら、当たり障りのない返事をするだけでいい。その後、褒美を貰ったら終わりだ』
サリーはそう言っていた。貴族であれば、褒章に色々と配慮しなければならないことが多いらしい。しかし一般市民であれば、大抵は金銭による報酬だけで済むからだ。
「ケイ、良く来た。顔を上げよ。ルーベン隊長は下がって良い」
「はい、陛下」
啓は頭を上げて、王を見た。中央の椅子に座るのが王で、その横に三人の若者が並んでいた。噂に聞いている王子だと啓は思った。フィニアスは王の命令に従い、立ち上がって壁際で控えた。
「ケイ。其方はエレンテールで、我が息子のウルガーの危機を救ってくれた。礼を言わせてもらう」
「もったいないお言葉、感謝します」
啓は無難に、サリーに習った言葉を返した。
「他にも、ユスティールが襲撃された時には、街の警備隊と並んで戦い、『ユスティールの至宝』を守ったと聞いている。そうだな?」
「はい」
一瞬、目の端でフィニアスが、今の王の言葉に反応して少し体を動かしたように見えた。しかし啓は、続く王の言葉で意識を引き戻された。
「其方は『ユスティールの至宝』についてどう思う?其方の意見を聞かせて欲しい」
「私の意見、ですか」
啓は、城に運ばれたユスティールの至宝が偽物であることを知っている。本物の至宝は、実は巨大な魔硝石であり、城に運ばれた偽物は、街の彫刻家であるユーゴが作ってくれた女神像なのだ。
啓は、王の質問の意図を理解できないまま、「女神像について」素直な感想を述べた。
「あの……歴史的な価値を感じる、素晴らしい女神像だと思いました」
「そうだな。儂もそう思う。詮無いことを聞いて済まない」
「いえ……」
「ところでケイ。その肩に乗っている獣はなんだ?」
啓は、ユスティールの至宝のことで深く追求されることもなく、話が別の話へと移ったことに胸をなでおろした。啓は心の中で王の目を引いてくれたバル子に感謝した。
「はい。この動物は猫と言います。名前はバル子。私の大切な家族です」
「それがネコという動物なのか!」
王ではなく、王の横に並んだ若者が声を上げた。若者は、突然口を挟んだことを謝罪した後、王から発言の許可を貰った。
「挨拶が遅れてすまない。私はウルガージェラールだ。其方に助けてもらった時には、ろくに挨拶もできず、其方は立ち去ってしまったからな。改めて礼を言わせてもらおう」
「いえ、もったいないお言葉、感謝します」
啓がウルガーに、先と同じ返事を機械的に返した。ウルガーは頷き、続けて啓に質問した。
「其方はもしかして、ユスティールでネコを使った商売をしているのではないか?」
「はい。仰るとおりです」
「エレンテールのポート商会に騙され、ネコを奪われたのも其方だろう?」
啓が肯定すると、ウルガーは「やはりそうか」と言った。そしてウルガーは、今は取り潰しになったポート商会の会長が、ウルガーに盗んだネコを献上しようとした経緯を王に披露した。
「そういえば、ガーラントがエレンテールで傘下の商会が不祥事を起こしたことに頭を痛めていたが、其方が当事者であったか。つくづく其方には頭が下がる思いだな」
「いえ、もったいないお言葉です……」
ガーラント商会は国一番の大商会で、王国と公的な取引も行っている。王は商会長であるガーラントとも懇意の仲で、その話も本人から聞いたことがあると教えてくれた。
「ガーラントにもよく伝えておくとしよう。それではケイ。其方に褒美を取らせようと思う。もちろん金銭でも良いが、何か望みはあるか」
「はい、陛下。それではひとつ、お願いがございます」
「言ってみなさい」
啓は気を引き締めた。昨夜、サリーとも相談して、もしも褒美の要望を言える機会があれば、王にお願いしてみようと決めていたことがあったのだ。
「陛下、女神の礼拝堂の中を自由に見学させてはいただけませんか」
「女神の礼拝堂だと?」
王が怪訝な表情を浮かべる。王子や、周囲の側近達も少しざわめいた。「そんなものでいいのか」という声や「何が目的だ」という声がかすかに聞こえる。そこで啓は、それらの疑問に応えるために、予め用意していた「設定」を話した。
「私は、女神シェラフィールを心から崇拝しております。実は昨日、礼拝堂を見てきたのですが、歴史的に価値のある建築物ということで、残念ながら中に入ることはできませんでした」
あの女神を崇拝する気には全くなれない啓だったが、それはそれとして話を続けた。
「私は見ての通り田舎者ですので、なかなか王都に来る機会がございません。礼拝堂を閲覧できる機会も、もう二度と訪れないかも知れません。ですので、できれば礼拝堂の中の見学をさせていただきたいのです」
「ふむ、理由は分かったが、そのようなものでは礼として足りぬのではないか」
「陛下。発言をよろしいでしょうか」
ウルガー王子と同列に並ぶ、背の高い青年が発言を求めた。アイゼンベルナール第1王子だ。
「うむ、アイゼン王子。発言を許す」
「はっ。そのケイですが、ウルガーを救った手腕もさることながら、ユスティールでは、メリオール隊長率いる起動保安部隊と決闘を行い、一人で部隊を全滅させたと聞いております」
「いえ、王子殿下。私は負けたのであって……」
「ケイ。謙遜するな。私は経緯を聞いて知っている」
「はあ……」
啓がちらっとフィニアスを見る。フィニアスはついっと目を逸らす。啓は、経緯を漏らした犯人が分かったような気がした。
「陛下、私はケイの実力に興味があります。是非、我が軍の騎士達と試合をさせていただきたい」
「……っ!」
思わず「はあっ?」と言いそうになった啓だが、すんでの所で耐えきった。何故そんな話になるのか、啓は耳を疑った。
「陛下。現在、カナート王国は不穏な動きを続けております。陛下もご承知の通り、南の国境付近の戦況も……」
アイゼンは一度口を噤んだ後、話を続けた。
「もしも其方が強ければ、是非王国軍に迎え入れたい。お前が望まないのであれば仕方ないが、貴族でもない其方がどれだけ強いのか、俺は興味があるのだ」
普段の言葉遣いに戻っていることにも気付かず、アイゼンが熱弁する。
「良い試合を見せてもらえたら、礼拝堂の見学だけではなく、俺からも報酬を上乗せしよう。金銭でも魔硝石でも良い。遠慮なく言ってくれ」
「ふむ。そういうことであれば、許可しよう。追加報酬に関しても儂が用意する。良いな、ケイ」
王に「良いか?」ではなく「良いな」と聞かれた以上、啓には断る道が無いように思えた。
いずれにしろ、試合をしなければ礼拝堂の見学も断られる気がした啓は、試合に臨むことを承諾するしか無かった。
啓は謁見を、ミトラとサリーは旅芸人を始めました。
次回、啓が試合に臨みます。
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