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052 石碑の文字と建国王

 夜、宿に戻った啓達は、礼拝堂での一件について話しをするために、啓の部屋に集まった。

 礼拝堂の一件とは、女神の礼拝堂の石碑に刻まれていた、今まで誰も読めなかった文字を、啓が読んだことである。


 なお、国の歴史的建造物の前で長居したために、「女神の礼拝堂で不審な人達がうろちょろしている」と近所の住人から通報され、憲兵に職質されたせいで帰りが遅くなったことについては、誰も話題にしなかった。


 たいして広くない宿屋の部屋で、啓は椅子に、サリーとミトラはベットに腰掛けた。バル子達も、各々好きな場所を確保した(膝の上とか頭の上とか)。

 話し合いの準備が整ったところで、最初に口を開いたのは、ようやく仮面を外したサリーだった。


「ケイが『読んだ』と言った通り、石碑に刻まれているのは、文字で間違いないと思う。記号や、意味のない落書きではないことは分かっていたが」

「サリー。なんで、そんな回りくどい言い方なんだ?」

「決まってる。誰も読めなかったからだ」


 サリーはカンティークをモフりながら、自嘲気味に答えた。


「礼拝堂の中に、石碑と同じような文字で書かれている手記のようなものが保管されている。そのため、文字であることは間違いないと思うが、王国の研究機関をもってしても解読できなかった」

「サリー姉は、何でそんなことを知ってるの?」

「私は元王女だぞ。礼拝堂の中で、手記の実物を見たことがある」


 建国王が建立した女神の礼拝堂は、歴史的建造物の保護の名目で、一般人は立ち入ることができない。しかし、王族であれば自由に出入りできるのだと、サリーは言った。


 そしてサリーは、紙に書き写してきた石碑の文字をベッドの上に置いた。


「さて、この石碑の文字と保管されている手記だが、それらは建国王が記したものと言われている」


 啓はサリーの言葉に頷いた。啓は実のところ、そのことに既に気づいていた。


「建国王は、女神様のお導きによって、この地に降り立ったという伝説がある。そのことは、前にもケイに話したことがあるな?」

「ああ。覚えてるよ」


 それは啓がサリーの家で、互いに身の上話をカミングアウトした時、サリーが教えてくれたことだ。だからこそ、啓が異世界から来たという話を真っ向から否定しなかったとも言える。


「つまり、この文字は、建国王が元いた世界の文字なのだと思う」

「やっぱりそうか」

「……意外に思っていない様子だな。だとすると、ケイにも思うところがあるのか?」


 啓は頭の中で少し整理してから、サリーとミトラに言った。


「オレがこの文字を読めることと、それを建国王が書いたということの心当たりは、ふたつある。ひとつは、オレは女神様に『この世界のすべての言語を理解できるようにする』と言われたことだ」


 啓は最初から、この世界の言葉を話し、文字を読むことができた。最初の頃は、少しだけ違和感を感じることもあったが、今となっては、まるで小さい頃から慣れ親しんだ言葉や文字のように、この世界の言葉を扱うことができていた。

 では、石碑の文字はどうなのか、と考えた時に、一つの推論に辿り着いた。


「もしもオレが、この世界に存在するすべての言語を理解できるのだとすれば、建国王がこの世界に持ち込んだ「建国王の、元の世界の言語」も、理解できるようになってるんじゃないだろうか」

「なるほど。筋は通るな」


 啓がこの世界に来た時よりも、先に持ち込まれた言語だからこそ理解することができたのだと、啓は考えたのだった。


「では、もうひとつは?」

「それは、こういうことだよ」


 啓は、石碑の文字を書き写した紙を拾い上げてテーブルに置いた。そして、筆記用具を手に取った。


「さっきも言った通り、オレがこの世界の言葉や文字を理解できるのは、女神の力によるもので、オレがこの世界の言語を勉強したからじゃない」

「それって、なんかずるいよね。あたし、文字を覚えるために、何度も書取りしたんだよ」

「ミトラ、話の腰を折るんじゃない」

「いや、サリー。ミトラの言う通りだ。オレもずるいと思う。何なら学生の頃に、この力を授けてほしかったよ」


 そうすれば英語のテストも楽だったのになと、啓は苦笑いを浮かべ、ミトラに同意した。


「ただ、全自動で言語が変換されることで、弊害も起きている。オレの国の言葉は日本語って言うんだけど、オレはこっちにきてから、『日本語を喋っている感覚』で、ミトラ達とこうして話していることに気付いたんだ」

「んー、ケイの言ってることがよく分からないんだけど……そのニホンゴってのは、この世界の言葉と似てるの?」

「いや、全然似てないと思う。でも意識しないと分からないことなんだよ。そして、これもそう……」


 そう言って啓は、少し考えながら手に持った紙に文字を書いた。書いた文字を、サリーとミトラに見せる。


「……何て書いたの?」

「石碑の文字と似ているようだな」


 啓がサリーの感想に頷きで返す。


「今オレは、『礼拝堂』という単語を、建国王の母国語で書いたんだ」


 これが証拠だ、とドヤ顔をしてみせる啓だったが、サリーとミトラの反応は淡白だった。


「……そうなのか?」

「……凄いと思うんだけど、正解が分からないから、何とも言えない。ごめん」

「あー、そりゃそうか……でも間違いなく、合ってると思うよ」


 少し落胆した啓の顔を見たサリーは、さりげなくフォローに入る。


「つまりケイは、石碑の文字から言葉を解読したのではなく、『この言語を既に知っている』ということを証明してみせたわけだ。例えば、今ケイが書いた文字には、石碑の文字とは異なる文字も含まれている。凄いことじゃないか」

「うん……ありがとう、サリー」


 啓はサリーの気遣いに感謝した。


「なるほどねー。それで結局、もうひとつの理由ってのは?」

「ああ、そうだった」


 啓は、ミトラに聞かれるまで、自分が『理由はふたつある』と言ったことを失念していた。


「もうひとつは、理由としては薄いんだけど……いや、むしろ重要なのかな……」

「勿体ぶらないで、早く教えてよ」

「ああ、うん……この文字、改めて良く見て考えたら、見覚えのある文字なんだよ」


 これも全自動言語変換の弊害なのだろう。普通ならば、見ればすぐに分かる、ごく当たり前のことなのだが、今の啓には、意識して見なければ分からないことだったのだ。


「見覚えがある、だと?」

「ああ。この文字はアルファベットっていうんだ。オレの世界の、違う国で使われている言語なんだ」

「それって……」


 啓は、たっぷり一呼吸してから、2人を見て答えた。


「オルリックの建国王は、転生者で間違いないと思う。それも、オレと同じ世界……地球という星からの転生者だ」


 それから啓は、石碑に書かれていた「もう一行の文章」に目を向けた。石碑に書かれていた言葉は「教会」だけではなかったのだ。

 そして、そこにはこう記されていた。


『いつか、私と同じようにこの世界に来た人のために』



 翌日の午後、王城を訪れた啓達は、事前に通達を受けていた門番のおかげでスムーズに入城の手続きをすることができたが、ひとつだけ問題が生じていた。


「ねえ、どうしてもダメなの?」

「ダメだ。陛下にお目通りできるのは、召集状にある通り、ケイだけだ」

「あたし達は仲間なの。こっちの人はケイの護衛。だから一緒に入らせてよ」


 あくまで入れるのは啓一人だけだ、と主張する門番にミトラが食い下がるが、門番が首を縦に振ることはなかった。その理由には、カンティークの仮面を被ったサリーに対する警戒も含まれてのことだろう。むしろそれが一番の理由かもしれない。


「ミトラ、やめなさい。門番の言う通り、呼ばれているのはケイだけだ。私達は帰るとしよう」

「でも、サ……ワルキューレさん……」

「ミトラ。オレ一人でも大丈夫だよ。一応、作法は教えてもらったし」


 心配そうなミトラに、啓は気丈に振る舞った。啓自身、一人でいる不安ではあるものの、サリーが王城に入れないならば、無理に入らないほうが心配も減るというものだ。


「門番さん。入るのはオレだけで構いません。ただ、その代わりというか、この子達……バル子とチャコは一緒に入ることを許可してくださいませんか。危険はありませんので」

「まあ……そのぐらいはいいだろう」


 交換条件的にバル子とチャコの同行許可を取り付けた啓は、門番の案内に従って、一人で王城へと入っていった。




 余談。

 前日の夜。石碑の話を終えた後で、サリーから挨拶の作法を習った後でのこと。


「サリー姉、やっぱり明日もカンティークの仮面を被って行くの?」

「ああ。もちろんだ」

「絶対に怪しまれるって。大丈夫かな?」

「怪しくなど無い。カンティークの可愛さは絶対だ。まだ時代が追いついていないだけだ」


 サリーの熱弁に、啓とミトラは苦笑いするしかなかった。


「なあ、サリー。他の仮面じゃ駄目なのか?もう少し簡単で普通のものというか……」

「父上や兄弟達に会うのだぞ。簡単な変装では万が一ということもある」

「それは分かるけどさ……」

「何より、私はこの変装が気に入っているのだ。癖になってしまったと言ってもいい」


 そう言うとサリーは、カンティークのお腹に顔を埋めた。


「分かるか?ケイ、ミトラ。仮面を被った時の私は、常にこんな感じなんだ」

「……サリー姉、全然分からないよ」

「見ての通りだよ。吸えるんだよ、ネコを」

「吸う?何を吸ってるの?」

「ネコの成分のようなものさ。分かるだろう?」


 それを見たミトラは首を傾げる。しかし一方の啓は、力強く頷いた。


「ああ、分かる。分かるよ、サリー」

「さすがケイ。分かってくれて嬉しいよ」

「分かるの!?ちょっと、なんで二人共、そんな分かりあった顔をしてるの!?あたしには全然分かんないわよ!」


 サリーはこちらの世界の人間で、初めて『猫吸い』の魅力を発見した人物となった。

次回、王族との謁見です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 建国王は英語圏の方なのかな…? 転移してくる人が日本以外…海外の国の出身というパターンは少ないので、なんか希少感(?)が有りますね。 [一言] サリーの気持ちは解るな…
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