051 王都到着
オルリック王国の南方、カナートとの国境付近。
破損して動かなくなった何機ものバルダーと、多くの兵士の死体が転がる大地の上で、また一機のバルダーが敵の攻撃を受けて機能を停止しかけていた。
敗色濃厚となった戦況をいち早く察した部隊長のメリオールは、生存している部下達に、撤退の指示を出した。メリオールは早々に撤退を決め込んだものの、王からの勅命を受けた手前、ただ負けて帰るのはプライドが許さなかった。
少し前まで、起動保安部隊の隊長を務めていたダンティン・メリオールは、ユスティールで発生した襲撃事件の調査の際、ひとりの一般市民にバルダーの決闘で敗北を喫した。
結果は相手の反則負けとなったが、メリオールは相手の譲歩で勝利をもらっただけだと、今は冷静に分析できている。
メリオールが王都に帰還した際に、王子から賜った労いの言葉は、余計にメリオールの心を抉った。だからこそ、メリオールは自分自身の力で華麗な勝利を得たかった。新設される国境防衛部隊に志願したのも、それが理由だった。
決して「あの一般市民が王都に来ると聞いて、顔を合わせたくなかったから」では無いと自分に言い聞かせて。
勝利への執着に固執する気持ちが人一倍強いメリオールではあったが、決して無能ではなかった。無能であれば隊長など務まらない。敗北が濃厚であれば、隊長がやるべきことはただひとつ。部下を無為に死なせることではなく、生かして逃がすことだ。
せめて面目だけは保とうという心境からも、撤退のしんがりを務めたメリオールだったが、敵の攻勢は想像を遥かに超えていた。
自分を守る部下達が次々とやられていく様に悪態をつきながらも、メリオールは必死に逃亡を図った。しかし、ついにメリオールは、敵のバルダー集団に包囲され、集中砲火によってバルダーの駆動系統を破壊されてしまった。
「いやだ……やめろ、やめてくれ!」
メリオールの悲痛な叫びは、敵のバルダーに届くことはなかった。敵のバルダーは、メリオールのバルダーに馬乗りして、操縦席のハッチをこじ開けた。涙を流し、歯を鳴らしながらも、メリオールは最後の力を振り絞って、敵のバルダーが伸ばした腕を弾いた。メリオールの持つ、女神の奇跡の技だ。
しかし、メリオールの抵抗もそこまでだった。メリオールは、振り下ろされた茶色いバルダーの腕を瞳に焼き付けたまま、その意識を閉ざした。
◇
オルリック王国の首都、サンダルクスは王国内最大の城塞都市だ。王城を中心に、その周囲に貴族の居住区が、さらにその周りを主に平民が住む城下町が囲み、その外側は高い外壁で守られている。
城塞都市の入り口は東側、西側、南側にあり、都市を訪れる人は、そこで簡単な検問にかからなければならない。
東側の入り口に到着した啓達は、その広大な都市の迫力に圧倒されていた。
「さすが王都といったところか。すごく広そうだな」
「凄いよね!あたしも来たのは初めてだよ!」
街を囲む外壁を作るだけでも相当な労力だったろうな、と月並みなことを考えながら、啓のキャリアは検問の列に並んだ。
「サリー、王都の中に入った後はどうすればいい?」
「ん、そうだな……」
サリーは、エルストの御用邸を訪れて以来、あまり元気がなかった。その原因は、ナタリアから譲り受けた短剣の紋章を見たことによるものだと思われる。しかしサリーは、紋章について話したがらない様子だったので、啓もミトラもその件には触れずにいた。
サリー自身も、啓達に気を遣われていることは分かっていた。しかし王都を目前に控えた今、自分の気持ちを切り替えなければと思ったサリーは、両手で自分の頬を叩いた。
「サリー?」
「何でもない、気にするな……そうだな、まずはキャリアを置ける宿を押さえよう。それから徒歩で城門に向かう。城下町から王城まではそこそこ距離はあるが、構わないな?」
「ああ、構わない」
「もちろん、全然大丈夫!」
二人の同意を得たサリーは、少し呼吸を整えてから話を続けた。
「城門に着いたら、門番に召集状を見せて取り次いでもらう。しかし、今日謁見できるとは限らない。早くて明日、もしかしたら数日は待たされるかもしれない」
「まあ、王様も暇じゃないだろうしな」
日時を指定されていた訳ではないので、そこは王族の都合次第だ。
「謁見の日時が決まるまでは、王都に滞在することになる。その間は観光でもしよう」
「やった!」
ミトラが喜びの声を上げる。しかし、続くサリーの言葉で、すぐに神妙な顔つきになった。
「観光をしながら、私は情報収集をしようと思う。私を暗殺しようとした者は、まだ王都にいる可能性が高いと思っている」
「サリー、それって……」
「ああ。例の短剣の紋章だ」
御用邸を出てから、サリーは初めて紋章の件に触れた。そして、啓とミトラに軽く頭を下げた。
「二人とも、気を遣わせてしまってすまなかった」
「いや、気にしないでくれ。そんなことより、オレ達にも、情報集めに協力させて欲しい」
「そうだよ、あたし達はサリー姉の味方なんだからね!」
2人の言葉に、サリーは軽く微笑んだ。
「ありがとう。頼りにしてるよ……詳しいことはまだ言えないが、もしも、短剣と同じ紋章を見かけたら、すぐに私に教えて欲しい。人の持ち物でも、店の軒先でもどこでもいい。とにかく見かけたら教えてほしい」
「分かった」
最後に、サリーは行動について注意を促した。
「王都の城下町は決して危険な場所ではない。だが、目立つ行動だけは慎んで欲しい。余計な注意を引きたくないからな」
サリーの言葉に同意した啓達は、その後、無事に検問を抜けて、王都サンダルクスへと入っていった。
◇
宿を確保した啓達は、城を目指して城下町の大通りを歩いていた。多くの人が行き来する大通りは、普通、互いにすれ違う人のことなど、いちいち気にすることはない。
それが普通であれば、だ。
「ねえ、サリー姉……あたし達、絶対に目立ってるよね」
「ああ、そうだな……」
すれ違う人、商店の店員、路地で遊ぶ子供、そのほぼ全ての人が啓達を見ている。
その理由のひとつは、啓が肩に乗せている猫や小鳥、同じくミトラが肩に乗せている黒い鳥だ。しかし、一際注目を集めているのは、サリーの頭だった。
「なあ、サリー。言いたくはないが、目立つ行動を慎めと言った本人が、一番目立ってると思うんだ」
「……本当にすまないと思っている」
顔を隠すためにカンティークの仮面を被ったサリーは、道ゆく人々に奇異の目を向けられ、遠巻きにされていた。
少し離れた所からは『ねえ、あの人、獣のお顔』『指を差しちゃ駄目よ!』という会話が聞こえる。サリーは完全に危ない人として認定されていた。
「いっそ、動物使いとして大道芸でもしようか?」
「やめてミトラ。これ以上、目立ちたくないわ」
「そうだな。早く用事を済ませて帰ろう」
啓達は早足で城門を目指した。
◇
その頃、王城では、緊急会議が開かれていた。
カナート国境付近の街が、カナートの軍によって占拠された可能性が示唆されたのだ。
会議室には、王とその側近、国の要職である大臣達、そしてアイゼンベルナール第一王子とウルガージェラール第三王子がいた。イザークジルベール第二王子は、昨日から体調を崩しているため、会議を欠席していた。
「アイゼン、お前はどう思う?」
アイゼン王子の父であり、現在の国王であるカリストフ・オルリックが、アイゼンに意見を求めた。アイゼンは険しい顔で、王の質問に答えた。
「メリオール隊長率いる、国境防衛部隊からの連絡も途絶えたと聞いております。おそらく、敗北したのではないかと」
「メリオールはイザークが推挙した者であったな。イザークの想定を超えてくるとは、カナートの軍事力に大きな変化があったのかもしれぬな」
これまで、イザークの人選や作戦で失敗したことはほぼなかった。軍事行動に至っては、負けたことがなかったはずだ。
「陛下、まだメリオールが敗北したと決まったわけではございません。まずは真偽を確かめるべきです」
異を唱えたのはウルガーだった。ちなみに、ウルガー王子はいつも否定的な意見を言うことが多い、というのが大臣や側近達の持つ印象だった。
「ウルガーの気持ちも分かるが、ここは追加の出兵を急ぐべきだ」
「兄上。ならばこそ、戦況や敵の情報を入手してから行動するべきです」
しばしの間、王子兄弟で意見を交わした後、王子達は最終判断を王に委ねた。王子達の言葉を聞いていたカリストフは、今回はウルガーの意見を支持した。
「ウルガーの言う通り、まずはメリオールの部隊の安否と、戦況を正しく把握するべきだろう。早急に確認せよ」
「はっ!」
カリストフは大臣達に指示を出した。具体的な指示はしていないが、優秀な配下達は、必ず最速で正確な情報を集めてくるだろう。
アイゼンは、王の采配がいささか消極的だと思わなくもなかった。近年はカリストフも体調を崩すことが多く、以前ほどの覇気を感じることは無くなった。娘である王女が事故死してからは、特にその傾向を感じることが多くなった。
しかしアイゼンは、王の判断に間違いがあるとも思っていなかった。アイゼンは王の采配を受け入れた上で、一つ提案を加えた。
「もしも出兵となった時には、私に行かせてください」
「うむ……分かった。アイゼンに行ってもらおう」
カリストフは短く答え、会議は終了となった。
大臣達が退出していく中、一人の衛兵が扉の開いた会議室の中を伺っていた。
「どうした。用事があるならば中に入れ」
「はっ。失礼します」
アイゼンに促されて会議室に入った衛兵は、王と王子達を前に緊張しながら用件を伝えた。
「ケイと申す者が、謁見を求めて城門にやってきました」
アイゼンもウルガーも、その名前をすぐに思い出せなかったが、召集状を持っていると聞いて、すぐに記憶の糸が繋がった。
「あのケイか。そうか、来てくれたのか!」
「エレンテールでお前を助けたと言う男だな」
アイゼンの確認にウルガーが頷く。イザークから話を聞いていたカリストフも、その名前に反応した。
「確かユスティールの者だったな。儂も会ってみたいと思っていた。イザークも会いたいのではないか」
「ならば、明日はどうでしょうか」
アイゼンがカリストフに謁見日を提案する。明日の午後であれば問題ないと、素早く予定を確認した王の側近が答えた。
「では明日の14時に王城に来るよう伝えてくれ。門番にも、ケイが来たら謁見室に通すよう伝えるように」
「はっ!」
衛兵は飛ぶようにして、会議室から退出していった。
「ウルガーを助けた腕前か……是非試してみたいところだな」
「兄上、どちらへ?」
まるで今すぐ腕試しに行くような雰囲気で、アイゼンは会議室を出ていこうとした。アイゼンが抜け駆けしてケイに会いに行くつもりなのでは、と思ったウルガーだったが、そうではなかった。
「イザークの見舞いついでに、ケイが来たことを教えてやろうと思ってな」
「そうか。だったら俺も行こう」
アイゼンとウルガーが退出し、会議室は王と側近だけとなった。
「ユスティールの、ケイか……」
会議室を出るカリストフは、側近にも聞こえないほど小さく呟いた。
◇
案の定、当日の謁見が叶わなかった啓達は、暇になった時間で、城下町の観光をすることにした。
「さ、ケイ。どこに行きたい?」
「えっと、ナタリアさんから聞いたのは……」
啓は、ナタリアに教わった観光名所を幾つか並べてみた。しかしサリーは「それは遠い」とか「時間的に厳しい」などと言って、大半が却下された。
「もうすぐ夕方になるし、今日行けるのは『女神の礼拝堂』ぐらいだな」
こうして啓達は、サリーに連れられて女神の礼拝堂へと向かった。もちろん、その道中も、周囲の人々からは注目を集めた(主にサリーが)。
女神の礼拝堂についた啓は、久しぶりに見た構造に感嘆の声を上げた。
「十字架だ!あれって十字架だよな?」
礼拝堂の、三角屋根のてっぺんに見えるのは、紛れもなく十字架だった。興奮する啓に、サリーは「何がそんなに楽しいんだ?」と言った。
「あれはただの飾りで、何の意味もないぞ」
「えっ!?意味ないの!?」
確かに啓は、この世界には宗教が存在しないと聞いている。なぜなら、この世界に存在するのは、唯一神とも言える、駄……女神シェラフィールだけだからだ。
それに、十字架と言えばイエス・キリストである。しかし、啓がキリストのことを話してみても、サリーもミトラも誰それ状態だった。
「なんだ、たまたま十字架の形をしてるだけだったのか……実際、教会じゃなくて『女神の礼拝堂』って名前だしな」
「よく分からんが、残念だったな。残念ついでですまないが、この礼拝堂は、中に入ることができない。外観を見るだけだ」
「そうなの!?」
「この建物は、オルリックの建国王が作らせたと言われている。建国王は、女神を身近に感じられる場所として、この礼拝堂を建立し、頻繁に足を運んだそうだ。貴重な歴史的建造物なので、維持保存のために、内部の一般公開はされていない」
サリーは「建国王が王城の敷地内に作らなかったのは、一般市民にも女神の存在を感じて欲しかったからだ」と補足しつつ、礼拝堂の前で片膝をついた。
礼拝堂に向かって祈りを捧げ始めたサリーを横目に、啓は礼拝堂の敷地内に足を踏み入れた。建屋の中には入れないが、入り口の前までは行くことができたのだ。
礼拝堂の入り口のそばで、啓は古びた石碑を見つけた。経年劣化のせいか、文字は掠れていたものの、なんとか読むことはできた。そして啓は、サリーに尋ねた。
「なあ、サリー。やっぱりここ、教会じゃないか」
「教会?なんだそれは」
「教会は教会だろう。ここにそう書いてあるし」
それを聞いたサリーは目を見張った。
「ケイ……念の為に聞くが、その石碑の文字を読んだのか?」
「ああ。そうだよ」
「……それは本当か?」
「嘘をついてどうするんだ。サリーもミトラも読めるだろう?」
しかし、サリーは首を横に振った。ミトラも首を傾げている。
「ケイ……私には、その文字を読むことはできない。いや、この国の研究機関でさえ、解読することができていない文字なんだ。それなのに、なぜ、ケイにはその文字が読めるのだ?」
「……なんでだろう」
サリーが首を傾げ、啓もつられて首を傾げる。互いに首を傾げた三人は、そのまましばらく固まってしまった。
やっと王都に到着しました。
早速、色々な事が起きています。
2024/02/12 本文、ちょっとだけ補足追加
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