050 ナタリアとサリー
ナタリアの案内で啓が連れていかれたのは、それなりに広く、きれいに整理整頓された部屋だった。部屋には絵画や花が飾られ、ちょっとした談話室のようにも見えるが、生活感も感じられた。
「この部屋は私の私室ですよ」
「あっ、あちこち見回してしまってすみません……」
啓の考えていることを読んだかのように答えたナタリアは、啓に椅子を勧めた後、お茶の用意をすると言って、奥の部屋へ消えていった。
(やっぱりナタリアさんには油断できない)
啓はあまり周りを見ないようにして、ナタリアが戻るのを待った。
程なく、トレーにお茶を載せて戻ってきたナタリアは、お茶を啓と自分の前に置き、啓の正面に座った。
「改めてケイ様。先程はありがとうございました」
「いえ、本当に気にしないでください」
「ではケイ様も、自走車を壊したことは気にしないでくださいね。それでおあいこにしましょう」
「えっと……はい……」
啓は早くも、ナタリアに先手を取られている気分になった。
「それで、話というのは?」
「いやだわ、ケイ様。私はただ、ケイ様とこうしてお茶を飲みながら、世間話をしたかっただけですのよ」
だから畏まらなくて大丈夫ですよ、とナタリアは言い、お茶に口をつけた。少しホッとした啓も、自分に出されたお茶を手に取った。爽やかなお茶の香りが鼻腔をくすぐる。
緊張のせいで、風呂を上がったばかりで喉が渇いていたことを忘れていた啓は、ぐいっとお茶を飲み、喉を潤した。
「ところでケイ様。ケイ様は、亡くなられた王女殿下が、実はまだご存命であるとお考えになったことはございませんか?」
啓はお茶を盛大に吹き出した。前置きもなく急に落とされた爆弾に、啓の喉は耐えられなかった。
「あらやだ、お口に会いませんでしたか?」
「ゲホッ……いえ、変な所に入ってしまっただけで、大変美味しいです……」
「ちょっと失礼しますね」
ナタリアは掃除道具を取り出し、啓の粗相を素早く片付けた。
「ごめんなさい、ナタリアさん。部屋を汚してしまって……」
「いいんですよ。そういえば王女殿下も、よくこの部屋に遊びに来ては、盛大にお茶やお菓子をこぼしていったものです」
ナタリアは新しいお茶を、啓の前にそっと置いた。
「あの、ナタリアさんは、亡くなった王女殿下をよくご存知なのですよね?」
「はい、それはもう。サルバティエラ王女殿下は、私によく懐いてくださいました。幼い頃に王妃殿下を亡くしたせいもあるのでしょう。王女殿下は私のことを『ナタリア小母様』と呼んでくださり、この御用邸にいる時はいつも一緒に過ごしておりました。もちろん、私も王女殿下が大好きでした」
ナタリアは横を向き、遠い目をした。
「王女殿下はまるでお日様のような方でした。王女殿下がそこにいるだけで、周囲の皆が笑顔になるのです。非常に活発で、目を離すとすぐに何処かに行ってしまうので、もっと女の子らしくしなさいと、陛下によく叱られていたものです」
「活発な方だったのですね」
啓は、サリーが「昔から体力には自信があった」と言っていたことを思い出した。小さい頃からわんぱくだったサリーの姿は容易に想像できた。
「子の授からなかった私ども夫婦は、王女殿下を娘や孫のように可愛がっておりました。あら、いけない。これは不敬な発言でしたね」
「いえ、そんなことは……」
「王女殿下が亡くなってから、王や皇太子は、あまりこちらへは足をお運びにならなくなりました。きっと、王女殿下を思い出してしまうからでしょうね」
ナタリアが再びお茶に口をつける。啓もつられて、新しく出されたお茶を飲んだ。
「そういえば、ワルキューレ様はどちらのご出身なのですか?」
啓は、今度は軽くむせるだけで留めることに成功した。
「……えっと、出会ったのはユスティールですが、出身については聞いていません」
「そうですか。お顔は拝見しておりませんが、私の知っている方に似ているような気がしたものですから。ユスティール出身では違うかも知れませんね」
ほほほ、とナタリアが笑う。
(これ、絶対にサリーの正体が王女だと疑ってるよな……)
愛想笑いを返しながら、啓はそう考えた。ナタリアに正体を明かさないことはサリーの望みでもある。
この際、ナタリアだけにはこっそり教えても良いのでは、と思わなくもないが、それを勝手に判断するのは良くないだろう。
啓はひとまず、サリーに確認を取るまでは白を切ることに決めた。
「オレはまだ、他の国から来たばかりなので、あまりオルリックのことを知りません。オレが王都に呼ばれたのも、たまたま第三王子が賊に襲われているところを助けたことがきっかけで、そのお礼がしたいと言われてのことなのです」
「まあ、ウルガー王子を?王子はご無事で?お元気でした?」
啓は目を泳がせた。実際に助けたのはサリーなので、啓は王子に会っていない。とりあえず啓は、サリーから聞いた話を元に、その時の状況をでっちあげた。
「……というわけで、お互いバルダーに乗っていたので、お姿は見ておりません。怪我もしていないと思いますよ」
「そうだったのですか。私共を助けていただいた上に、王子までも……私、ケイ様をお泊めできて本当に嬉しいですわ」
それから啓は、ナタリアから王子達の昔話や、王都までの道中にある観光名所などの情報を聞かせてもらった。
内容としては本当に普通の世間話だ。テーブルの上には、話の中で出てきた王家に縁のある品や、観光案内などが広げられ、ナタリアはそれらを使って楽しそうに、丁寧に説明してくれた。
「あ、そういえば……こんな品をご存知ですか?」
「これは……短剣ですかね」
ナタリアがテーブルに置いたのは一本の短剣だった。柄の部分は豪華に装飾され、紋章のようなものが刻まれている。
「これも、王家に縁のあるものなのですか?高価な物のように見えますし」
「ケイ様にはそのように見えますか?」
ナタリアはテーブルに置いた短剣を手に取ると、椅子から立ち上がった。そして短剣の柄を握り、啓を見つめた。
「あの……ナタリアさん?」
「王女殿下が崖から落ちて行方不明になったと聞いた日から、私も毎日、王女殿下を探して近辺を捜索しました。この短剣は、その時に私が海岸で見つけたものです」
「はあ……」
「私は、王女殿下は事故死したのでは無いと考えております。王女殿下は何者かに命を狙われ、崖から突き落とされたのです。私はそう確信しております」
「……」
「この短剣についている紋章は、オルリック王国の紋章ではございません。おそらく異国の紋章でしょう。そう言えば、ケイ様は異国から来たとおっしゃいましたね?」
笑顔の消えたナタリアは、目を細めて啓をじっと見つめている。手には短剣が握られたままだ。
(もしかして、オレが王女を殺した犯人だと疑っているのか?……まずい、今は丸腰だし、バル子もチャコもいない。どうする!?)
そして啓の心配は的中した。完全に悪い方向に。
ナタリアは冷たい表情のまま、とんでもないことを言い出した。
「……ケイ様はこの部屋に押し入り、私を脅して金品を要求しました。テーブルの上の品がその証拠です。私は隙を突いてケイ様に反撃し、ケイ様を殺してしまいました。話の筋は通りますね」
啓はナタリアの恫喝に、思わず腰を浮かそうとした。しかし、ナタリアは「むやみに動かないほうが良いですよ」と静かに言った。
「もしもケイ様が逃げようとしたり、私を攻撃しようとすれば、私は人を呼びます。使用人達はすぐに駆けつけてくるでしょう。私とケイ様、使用人達が信用するのはどちらだと思いますか?」
唐突に訪れた命の危機に、啓は冷や汗を流した。息が詰まり、心臓がうるさいほどに鳴る。
「ケイ様」
「……………………はい」
なんとか絞り出した返事は、ナタリアに聞こえたかどうかわからないぐらい、か細いものだった。
「正直におっしゃってください。ワルキューレ様の正体は、サルバティエラ王女殿下ですね。ケイ様は王女殿下を崖から突き落とした犯人の一味であり、王女殿下を攫い、操っている。そうですね?」
「いや……」
「くれぐれも、発言にはご注意くださいね」
ナタリアが短剣を啓に向け、啓の喋りを止める。
「ケイ様は王都へ向かうとおっしゃいました。王女殿下を利用すれば、王城に侵入することも容易いでしょう。狙いは王の命、あるいは王国への謀反でしょうか」
「そんなこと!それはち……」
違う、と言おうとした啓だが、それはナタリアの言葉を全否定することになる。サリーの正体についてはナタリアが言う通りだ。しかし、それ以外はすべてデタラメだ。せめてそこだけは訂正したいと思ったが、啓はそれを躊躇した。
(今、サリーの正体を明かしたとしても、ナタリアはサリーを解放するためとか言って、オレを殺すかも知れない……)
サリーの正体を明かす交換条件として助命を請えば、ナタリアはひとまず話だけは聞いてくれるかもしれない。啓は今までの会話の中で、ナタリアが聡明な人であると確信している。
今は王女のことで視野が狭くなっているかも知れないが、落ち着いて話せば、きっと分かってくれるだろう。
しかし啓は、それでもサリーの正体を明かすわけにはいかないと考えた。正体を隠すことは、サリーのたっての希望なのだ。啓が勝手に話してしまうことは、サリーの希望に背く裏切り行為だと思ったのだ。
仲間を裏切るくらいならば死んだほうがマシだ、と言えるほどの覚悟を決めた訳では無い(むしろ、どうにでもなれと思った)が、啓が絞り出した言葉は、たった一言だけだった。
「………………信じて、欲しい」
それは、ナタリアに自分を信じて欲しいという気持ちと、サリーが自分で正体を明かすまで、信じて待っていて欲しいという気持ちを込めた言葉だった。
ナタリアの質問に対する答えになっていないし、ただの助命に聞こえたかも知れない。
しかし、これが啓の精一杯の言葉だった。
「……そうですか。分かりました」
ナタリアはさらに啓のそばに近づき、そして短剣を啓に向けた。
刺される、と啓は思ったが、ナタリアは短剣を手の中でクルッと回すと、短剣の柄を啓に握らせた。
そして一歩下がって床に座ると、両手の三つ指を床につけ、深々と頭を下げた。
「ケイ様、大変申し訳ございませんでした」
「えっと………………どういうことですか?」
突然、謝罪を始めたナタリアに、啓は当惑するばかりだった。
「ケイ様を試させていただいたこと、深くお詫びいたします」
「試した?オレを?」
「はい」
ナタリアは、表情の僅かな変化や声のトーンで、人の感情の揺れや嘘を見破るのが得意だった。貴族の血筋でもあるナタリアには、あからさまな『女神の奇跡』は発現しなかったものの、もしかしたら潜在的にその能力が発現していたのかも知れない。
そしてナタリアは、今までずっと啓の反応を観察していた。短剣を見せた時、ワルキューレの正体を聞いた時、王都に行く理由を尋ねた時、命の危機に陥った時……その時の、啓の反応の全てを探っていた。そうナタリアは白状した。
「ですが、ケイ様からは、一切の悪意が感じられませんでした。それどころか、仲間への気遣いや信頼さえ感じました。この方がサルバティエラ王女殿下を害した人ではない。私はそう確信しました」
「はあ……」
緊張の糸が切れた啓は、それ以上の言葉を紡ぎ出す気力も湧かなかった。
「その短剣は、実際に私が現場から拾ってきたものです。それが犯人につながる証拠かどうかは分かりませんが、もしもケイ様が、その短剣に何かしらの反応を見せたら、私はケイ様を容赦なく刺すつもりでした」
さらっと怖いことを言うナタリアに、啓の背筋が再び凍った。そして、全く見覚えのない短剣で良かったと啓は安堵した。
「ケイ様は、訳あって、事情を話せないことがお有りなのですよね」
「……はい。そうです」
「そしてそれは、お仲間のためでもある、と」
「そうです」
その質問に、啓は自信を持って即答した。その声を聞いたナタリアは、表情を和らげて溜息を吐いた。そして再び頭を深く下げた。
「このような真似をした以上、ただで済むとは思っておりません。ケイ様、その短剣で私を刺してくださいませ」
「はあ!?」
「既に、事の顛末を記した遺言は残してございます。私の直筆ですので、使用人達が見ればすぐに本物と分かるでしょう」
ふとテーブルを見れば、いつの間にか遺言状と思われる封書が置かれていた。啓の口から再び「はあ!?」と声が出る。
「いやいや、ちょっと待ってください……ではナタリアさんは、最初からこうなる可能性を考えて、オレを呼んだのですか?」
「その通りでございます」
啓はナタリアの計画に舌を巻いた。啓が王女殺害もしくは誘拐に関与していれば啓を殺し、そうでなければ責任を取って自分が死ぬつもりだったということだ。
「いや、オレはそんなつもりはありませんよ!ナタリアさんが分かってくれたのなら、それでいいです。だから頭を上げてください!」
「私を……許していただけるのですか?」
「ええ、許します。許しますから、お願いですから……」
それを聞いたナタリアは、スッと立ち上がると、啓に一礼した。そして笑顔を浮かべながら、中身が真っ白な遺言状を啓に見せた。
「ケイ様は、きっとそう言ってくださると思っていました」
「もう、勘弁してくださいよ……」
最後までナタリアの掌の上で踊らされていたことを思いしらされた啓は、再び脱力して、椅子に深く沈み込んだ。
◇
豪華な夕食をいただいた後、啓はサリーとミトラに、ナタリアとの話の顛末を聞かせた。
「……そんなわけで、生きた心地がしなかったよ」
「さすがはナタリア小母様。なんとなく気付かれているとは思っていたよ」
最後にナタリアが「ワルキューレの正体に関しては一切探らない」と、自ら約束してくれたことについてもサリーに伝えた。
「ナタリア小母様には、時が来たら必ず言うよ。ちゃんと自分でね」
「ああ、そうしてくれ。あんな思いをするのはもう御免だ」
「サリー姉、ナタリアさんにだけは話してあげたらいいんじゃないの?」
ミトラがサリーにそう問いかける。
「いや、やめておくよ。ナタリア小母様が、私が生きていることを周囲に漏らすとは思わないが、万が一ということもある。ナタリア小母様を危険に巻き込む訳にはいかないしね。ナタリア小母様も、そのことを察してくれたのだと思う」
「そういうものかな?」
「そういうものだよ」
あまり納得していなさそうなミトラをあしらい、サリーはカンティークのブラッシングを始めた。
一通りの報告を終えた啓は、立ち上がって部屋を出ようとした。
「ケイ、どこに行くの?」
「風呂だよ」
「え、さっき出たばかりじゃないの」
「また汗をかいたんでね。流してくるよ」
ナタリアとの話で、啓は激しく汗をかいていた。そのため啓は、サリー達への説明が終わった後で、もう一度風呂に入ろうと決めていたのだ。
「バル子も一緒に来るか?」
「喜んで、ご主人」
冤罪ながらも命を狙われた手前、念のためにバル子にもついてきてもらうことにした啓だった。
◇
「バル子は何気に風呂が好きだよなー」
「はいご主人。バル子は温泉を気に入ってしまいました」
「猫にしては珍しいと思うんだけどなあ……」
バル子は本物の猫とは違うからかな、と独り言を言いながら、啓は露天風呂に肩まで浸かって温まった。バル子も浅めのところで、湯船から首だけ出して温泉を堪能している。
その時、人の気配に気づいたバル子が警告を発した。
「ご主人!気をつけてください!襲撃です!」
「何だと!?」
まさかサリーを狙っている犯人達が嗅ぎつけたのか、と考えた啓は、急いでバル子を抱えて立ち上がった。
しかし、襲撃犯はまさかの人物だった。
「ケイ、お邪魔するわよ」
「うわあああああああ!」
入ってきたのは、カンティークの仮面を被り、ワルキューレとなっているサリーだった。啓は慌てて湯船にしゃがみ込んで後ろを向いた。サリーは大きめのタオルで体を隠しているが、当然その下は裸だった。
「おい、バル子、どこが襲撃なんだよ!」
「ですから、襲撃じゃないですか。ご主人の貞操の危機です」
「いや、それはそれでどうなんだ……いや、それよりもだ。おい、サ……じゃなくて、ワルキューレ!こっちは男風呂だぞ!」
「ああ、分かっている」
啓の警告を無視して、サリーは湯船に入ってきた。そしてそのまま啓の真後ろまで来ると、サリーは背中を向け、湯船に腰をおろした。サリーの肌が啓の肌に触れ、啓のほうがビクッとなった。
「あの……ワルキューレさん?」
「ふう……温泉は何度入っても良いものだな。その、ケイ……どうしてもお礼がしたくてな」
「お礼?」
「言わないでいてくれたことさ」
何を、と啓は聞かなかった。サリーの正体をナタリアに言わなかった事以外に思いつかなかったからだ。
「いや、それはいいけど、何でこれがお礼になるんだ?」
「私は……魅力が無いだろうか?」
答えになっていないどころか、質問に質問で返された啓だったが、啓は温泉の温度が原因ではない理由で体温が上がるのを感じた。
「そんなことはない……むしろ、とても魅力的だと思う……」
「そうか、私は魅力的か。そうかそうか……」
嬉しそうに応えたサリーは、啓のほうに体の向きを変えた。
「本当は仮面を外してこうしたいのだが、今は勘弁してくれ」
そう言うと、サリーは啓の背中から手を回し、抱きつこうとした。
しかし、サリーの手は、別の声によって静止させられた。
「ちょっと、抜け駆けなんてずるいよ!あたしも混ぜなさいよ!」
「はあ?ミトラ!?」
「ちっ。もう嗅ぎつけてきたか……」
聞き間違えることのないミトラの声に、啓は驚き、サリーは悪態をついた。そしてミトラは湯船にダイブした。啓は見ていなかったが、ミトラは一切、体を隠していなかった。湯船に浸かったミトラがサリーに文句を言う。
「ワルキューレさん、これはちょっとずるいんじゃないですかねえ?」
「あら、ミトラさん。お子様はもう寝る時間よ?」
「いえいえ、あたしはもう十分に大人ですよ?あなたよりも立派なこの胸が目に入りませんか?」
「胸だけ大きければいいってものではなくてよ?」
「ちょっと、二人とも、いい加減に……」
「お客様方!一体何をなさっているのですかっ!」
啓の言葉を遮ったのは、一際大きな声を出してやってきたナタリアだった。
「お嬢様方、こちらは男風呂です!早く出てくださいませ!ケイ様!あなたがお嬢様方を連れ込んだのですか!?一体どういうおつもりですかっ!」
「違う!違いますから!」
その後、啓達はナタリアにこんこんと説教された。
◇
翌日、出発の準備を終えた啓達は、見送りに出てきてくれたナタリアにお礼を言い、順に車に乗り込んでいった。最後にカンティークの仮面を被ったサリーが乗り込もうとした時、ナタリアは思わず「あっ……」と声を漏らした。
その声を拾ってしまったサリーは、少し躊躇してから、ナタリアの正面に立った。そして少し頭を下げ、小さな声で言った。
「世話になった。ありがとう、ナタリア………………小母様」
「はい…………はい、ワルキューレ様。くれぐれもお体にお気をつけて」
◇
再び王都に向けて走り出したキャリアの中で、啓はサリーに質問した。
「なあ、サリー。もしかしてナタリアさんも、サリーが使うあの『スカート技』を使えたりしないか?」
「よく分かったな。啓の言う通りだよ。ナタリア小母様は、私にスカート技を教えてくれた師匠だ」
「やっぱりそうか……」
その時は緊張で気付かなかったが、啓がナタリアの部屋に招かれた時、ナタリアが掃除道具やお茶のおかわり、他にも例の短剣や遺言状を『どこからともなく』取り出していたことを思い出したのだ。
「もしもオレがナタリアさんと戦うことになっていたら、オレは絶対に殺されていたな……」
「ははっ、間違いなくケイはやられていただろうな……ところでその短剣が例の、犯人のものかもしれないってやつか?」
サリーは啓が手に持っている短剣に目を留めた。啓はこの短剣を見て、例のスカート技のことを思い出したのだ。
「ナタリアさんが持って行けってさ。オレ達が持っていたほうが役に立つかも知れないからって、出るときに渡してくれたんだ」
啓はサリーに短剣を渡した。そして短剣を見たサリーは、一瞬で表情を変えた。
「この短剣の紋章……まさか……そんな……」
「サリー?」
「……いや、そんなはずはない。そんなはずはないんだ……」
「サリーはこの紋章のことを知っているのか?どこの国の紋章なんだ?」
サリーは頭を横に振り、否定した。しかし、表情は完全否定しているようにも見えなかった。
「この紋章は、カナート王国やアスラ連合のものではない。だが、私が知っている紋章に似ている気はする……でも確証はないし、そんなことはあり得ないんだ……」
サリーはそれっきり黙りこんだ。そしてその後も、その紋章の話をすることは無かった。
ナタリアにはバレバレでした。
そしてミトラは抜け駆けを許しませんでした。
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