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005 黒いバルダー

「戦闘用のバルダーだって?何でそんなものをあいつは持ってるんだ?」

「ザックスの工房では戦闘用のバルダーも作ってるの。あれは王国軍が使っているものと同じだと思うわ」

「多少弄っているようにも見えるな。さしずめザックスの専用機というところかの」


 量産も可能な大工房には、オルリック王国軍から直々に戦闘用バルダーの生産依頼が来ることがあるそうで、ロッタリー工房は実際に軍に配備するバルダーを製造している、と市長が説明した。また、専用機は名前の通り、個人向けや、特定の用途に特化したオーダーメイドのバルダーで、ミトラが造っている最中のバルダーも専用機らしい。ともかく、ザックスが持ち込んだバルダーが戦闘用だということに間違いはなかった。


「ザックス!戦闘用のバルダーを持ってくるなんて卑怯じゃない!」

「俺は自分のバルダーを持ってくると言って、それを市長が承認したのだから問題ないだろう?自分でバルダーを用意できない奴がほざくな!」

「くっ……」


 ミトラが悔しそうな表情を浮かべる。啓も納得はいかなかったが、前提条件に戦闘用バルダーは不可、という取り決めをしていなかったことが良くなかったことも理解している。もっとも啓はバルダーに戦闘用などというものがあることすら知らなかった訳だが。


「ザックス、そのバルダーだが……」

「なんですか、まさか市長もケチをつける訳ではないですよね?」

「いや、バルダーは認める。ただし背中の武器と盾の使用は許可できない。祭の模擬戦でも武器は使用禁止だ」


 黒いバルダーの背中には薙刀のような武器が搭載されている。どれぐらいの威力があるかは分からないが、戦闘用バルダーである以上、有効に使える武器なのだろうと啓は考えた。ただでさえこちらは旧型のバルダーなのに、得物まで使われてはたまらない。


「武器もこのバルダーの装備の一部ですが……まあいいでしょう。武器まで使ってしまっては一方的過ぎて、観客がしらけてしまいますからねえ」

「え?観客?」


 ザックスの言葉を受けて辺りを見渡すと、試運転場の外側にある閲覧席のような所にたくさんの人が集まっているのが見えた。何処からともなく模擬戦の噂を聞きつけたのか、あるいはザックス達が模擬戦をやると宣伝して回ったのかもしれない。


「ミトラ。お前は衆人環視の中で無様に負けるのだよ」

「ザックス、あんたって奴は!……あたしは絶対に負けない。勝って泣きベソのあんたに謝らせる!」

「ふん。面白い。やってみろよ……ああ、そういえば勝者は敗者のいうことを聞く、という話だったな。俺が勝ったらお前は今後、市場への出入りを禁止するとしよう」

「そんな!」

「絶対に負けないんだろ?だったら勝ちゃいいんだよ!それとも、もう負けを認めるのか?今なら1年の出禁で許してやる」

「認めるわけないでしょう!お前になんて負けないんだから!」


 ザックスの煽りでミトラは冷静さを失っていた。このままでは勝負に差し支えると判断した啓は、ミトラの肩をポンと叩いた。


「落ち着け、ミトラ。勝負事は冷えた頭で臨まないと勝てる勝負にも勝てないぞ」

「ケイ……」

「なあ、ザックス」


 啓はミトラの視界を遮るようにザックスの前に立った。


「ミトラが勝ってもお前は謝るだけ。お前が勝ったらミトラは市場への出入りが禁止。これじゃ割に合わない」

「ふん、知ったことか」

「だから1つだけこちらの勝利報酬を追加したい。こっちが勝ったら、お前を一発殴らせろ」

「なに?」

「オレは市場でお前に殴られているんだ。だからオレ達が勝ったら一発やり返させてもらう。負けたらオレはなにもしない。オレの殴られ損でいい。どうだ?」

「ふん。いいだろう」


 ふんふんうるさい奴だなと思いつつも、ザックスがすんなり承諾したことに啓は少し溜飲を下げた。


「では模擬戦を始める。市場の祭で行う模擬戦と同じく、先に相手を2回転倒させるか、バルダーが破損するなどして稼働不能にさせた方の勝利とする。両者、開始位置で待機するように」



 市長による開始の合図で模擬戦が始まった。ミトラとザックスは互いに距離を取り、牽制し合っている。何度かの横移動やフェイントが行われた後、ザックスの黒いバルダーがミトラのバルダーをめがけて一気に突進してきた。しかしミトラもある程度は予想していたのか、素早く横に移動して突進を躱す。動き回るバルダーによって、試運転場に地響きと土煙が立つ。そんな戦いの様子を、啓は市長と一緒に試運転場の隅に立てられているタープテントの中で見ていた。


「市長、あの黒いバルダーはやっぱり速いんですか?」

「うむ。機動性は高いな。だがミトラも冷静に見て捌いているようだ」


 初めて見るバルダー同士の戦いに啓は目を奪われていた。これがただの模擬戦ならばもっと心穏やかに見れたのに、とも思いながら。その後もザックスによる突進攻撃は続けられたが、ミトラは上手に躱していく。


「ミトラは避けられるギリギリのところをよく見ておる。早く動いてしまってはその動きに合わせられてしまうからの」

「ミトラのほうが腕はいいってことですか?」

「腕もそうだが運動神経の差であろうな」

「運動神経?」

「だが避けてばかりでは勝てぬ。さて、ここからミトラはどうするかな」


 ミトラもそのことは承知していた。躱し続けても勝てないし、もしも躱し損ねて体当たりを喰らってしまったら転倒させられるだろう。試合が動いたのは再度繰り出された突進をミトラが躱した時だった。ミトラはすぐさま転身して黒いバルダーに横から組みついた。そしてアームを使ってバルダーを殴りつけた。


「うむ。『流星』シリーズはアームのパワーが売りだ。ミトラの判断は正しい」

「行け!ミトラ!」


 小さい頃によく見たロボットアニメさながらの、ロボ同士の肉弾戦という心踊る展開に、啓の応援にも熱が入ってきた。ミトラが左右の腕を振り、黒いバルダーに打撃を与えていく。しかし黒いバルダーもガードを固めてミトラの猛攻に耐えつつ、ジリジリと後退する。だがミトラも距離を取らせないようバルダーを接近させていく。相手の機動力を活かさせない作戦と思われた。


「いいぞミトラ、まずは一本だ!そのまま押し切れ!」

「むっ!?」


 ミトラのラッシュに防戦一方と思われたザックスのバルダーだったが、ミトラが振り回した右腕を深くしゃがんで躱したその直後、機体から蒸気が噴き出した。ミトラはしゃがんだバルダーをめがけて左腕を振り下ろしたが、黒いバルダーは右腕でその腕を受け止め、跳ね返した。ミトラのバルダーの体制が崩れる。その隙に黒いバルダーは軽くバックステップした後、左肩を前に向けた。黒いバルダーから再び蒸気が上がる。


「いかん!ミトラ、避けろ!」


 市長が叫ぶ。啓も雰囲気の変わった黒いバルダーに嫌な予感を感じた。


 黒いバルダーがミトラに突進をかける。それは、今までの突進とは比べ物にならないほどに速い動きだった。体制を立て直したばかりのミトラのバルダーはかろうじて左腕で上体をカバーするのが精一杯だった。黒いバルダーはミトラのバルダーに強烈な体当たりを食らわせた。ミトラのバルダーが宙を舞う。後方に吹き飛ばされたミトラのバルダーは地面を転がり、仰向けで停止した。


「……そこまで!まずは一本、ザックス」

「ミトラ!」


 啓はタープテントから飛び出し、ミトラのバルダーに駆け寄った。市長も試合の続行が可能かどうかを確認するために後から続く。


「ミトラ!ミトラ!」


 幸い、ハッチは潰れていなかったが、半透明のハッチから見えるミトラは動いていない。


「たしか、このあたりに……開いた!ミトラ!しっかりしろ!」


 啓がハッチの開閉レバーを引くと、ハッチに隙間が生じた。フレームがやや歪んでいるのか、ハッチはスムーズに開かなかったのだが、啓は隙間に指を突っ込んでハッチを強引に開いた。


「ミトラ……良かった、生きてる……」


 ミトラの胸がゆっくりと上下していた。ひどい外傷もなく、気絶しているだけに見えた。ベルトで体とシートがしっかり固定されているため、転倒の衝撃で体をコクピットに打ち付けることはなかったようだが、鼻からは血が垂れている。激しい揺れで脳震盪を起こしているかもしれないと思い、啓は無理に起こそうとはしなかった。程なく、市長もやってきた。


「どうやらミトラは無事なようだな。救護の者を呼んだので間もなく到着するだろう。しかし、ミトラがこれでは試合は続行できんな」

「……あの、市長」

「なにかね?」

「敗北の条件は、2本取られるか、バルダーが稼働不能になった場合、でしたね」

「そうだが……ケイ、まさか」

「オレがやります。バルダーが壊れてしまって動かないのであれば諦めますが、もしも動くならばオレにやらせてください」


 ミトラが担架で運ばれる間に、市長がザックスを呼び、ミトラの代わりに啓がバルダーに乗る旨の説明をした。搭乗者が代わる以上、相手の承諾を得なければならないそうだ。


「コイツが代わりに乗る?お前、バルダーに乗れるのか?」

「知らん。乗ったことはない。実際、バルダーを見たのも数日前が初めてだ。でもバルダーじゃないが、車や船の操縦なら得意だ」

「はっ!こいつは傑作だ!だが、お前が嘘をついていないとも限らんからな。俺が承知しなければ、お前らは負けが確定だ。そこは分かっているな?」

「……なにが言いたい?」

「俺にお願いしたいんだろ?誠意を見せろ、と言ってるんだよ。地べたに頭をつけてお願いしてみせろよ」


 ザックスが地面を指差して笑みを浮かべる。啓は小さなため息をついて一歩前に出た。そして膝を折る。その様子に市長が怒鳴り声をあげた。


「ザックス!お前はどこまで……」

「市長。オレは構わないですよ。頭ひとつで済むなら安い」

「ケイ、しかし……」

「ザックス。オレが代わりに乗ることを認めてほしい」


啓は地面に額をつけてザックスに嘆願した。ザックスの笑い声が近くで聞こえる。


「アーッハッハァ!お前、無様だな!」

「ザックス!やめんか!」


 市長が制止の声を上げる。ザックスは啓の頭を踏みつけ……ようとしたが、啓はその動きを足音と雰囲気で察し、手で払い除けていた。


「頭は下げたが、踏んでいいとは言っていない」

「ふん……次はバルダーごと踏みつけてやる。かかってこい、糞雑魚」

「ザックス、2戦目は30分後に行う。いいな」

「ふん。せいぜい足掻くんだな」


 ザックスは背を向け、自分のバルダーの方に向かって歩いて行った。



「ケイ、大丈夫かね」

「ええ、なんともないですよ。ミトラの仇を討つためなら、頭ぐらい何度も地面に擦り付けてやりますよ」

「だが……もしもバルダーの損壊がひどくて起動不能の場合、お主は頭の下げ損になるのだが」

「えっ!?動かないの!?」

「まだバルダーの状態確認をしとらんだろうが。全くお前というやつは……」


 幸い、バルダーは起動した。無駄な土下座にならずに済んだことに、啓は胸を撫で下ろした。



次回、啓がバルダーに乗ります。


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