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049 エルストの御用邸

 野盗に襲われていたナタリアの一行を助けた啓達は、ナタリアが管理している御用邸へと向かった。

 御用邸は眺望の良い高台にあった。南側はエルストの街を、北側は海を一望できる絶好の立地に、大きな屋敷が建っていた。


 キャリアで屋敷の門を通った時、啓とミトラは思わず感嘆の声を上げた。豪華な屋敷の外観にも驚いたが、地形を生かして綺麗に整備された庭園には、色とりどりの様々な花が咲いていた。


「すっごーい。あたし、ここに住みたい……・」

「こら、ミトラ。ここは王族の持ち物だぞ」

「なんでケイは王様じゃないのよ!」

「その非難のされ方は大変不本意だ」

「ぶっ」


 啓とミトラのやり取りを聞いていたサリーは、思わず吹き出した。道中、一言も発しなかったサリーが笑ったことで、ミトラも少し嬉しく思った。

 もっとも、サリーは相変わらずカンティークの仮面を被っているので、表情までは分からないが。


「あーほら、啓のせいで笑われたじゃない」

「オレのせいじゃないだろう。ところでサ……」


 サリーは、と啓が言いかけたところで、サリーが啓の口を手で塞ぐ。そして啓のほうに顔を向けて、自分の顔を指差した。


(……ここではサリーという名前を出すな、ということか)


 サリーの本名は、サルバティエラ・オルリックであり、サリーという名前は既に偽名なのだが、もしかしたら愛称として使われていたのかも知れない。

 そう判断した啓は、サリーの無言のジェスチャーに頷きで返した。



「そうですか、それは大変でしたね……」

「ええ、そこをこちらのケイ様達に助けていただいたのです」


 屋敷の玄関でナタリア達を迎えたのは、この御用邸の使用人達だ。ナタリアは、使用人達に経緯を説明をした後、玄関口で立ったままの啓達に向き直った。


「改めてご挨拶させていただきます。私はナタリアと申します。今はこの御用邸の管理人を務めております。今までは夫が管理人を務めておりましたが、昨年他界したため、私が後を引き継ぎました。どうぞよろしくお願いいたします」


 ナタリアはそう言って、軽く頭を下げた。そこまで説明する必要はないのでは、と啓は思ったが「久しぶりのお客様なので、つい嬉しくなってしまいまして……」というナタリアの補足と「ナタリアさんは話し出すと止まらない」という使用人の言葉を聞いて納得した。


「ところでケイ様、よろしければお連れの方の名前を伺ってもよろしいですか?使用人達も、どう対応してよいか、困っているようですので……」

「あっ!そうですよね……確かに、無理もないですよね……」


 啓は横目でちらっと仲間達を見た。

 啓の連れは、人間が一名、猫が一匹、鳥が二羽、そしてワーキャットが一名。どう見ても普通ではなかった。


「えーとまず、こちらはミトラ。人間です」

「ちょっとケイ、当たり前でしょうが……いや、なんでもないわ。ミトラです。よろしくお願いします」


 ミトラも、自分と啓以外は普通ではないことにすぐに気づいたようで、素直に挨拶した。


「それとこの子は猫という動物で、オレのパートナーです。名前はバル子。とても賢い子なので、暴れたり、人間に危害を加えることは無いので安心してください。あともう一匹、カンティークという猫がいるのですが、今はどこかに遊びに行ってるようで……」

「ネコ、ですか。もしかして最近、東方の街で話題になっている獣でしょうか」

「そう、たぶんそれです!可愛いでしょう?」


 こんな所にも猫の噂が広まっていることに、啓は少し嬉しくなった。そして啓に褒めちぎられたバル子も、嬉しそうに喉を鳴らした。


「それから、オレの頭の上にいる小さい鳥はチャコで、そっちの黒い大きな鳥はノイエ。ノイエはミトラのパートナーです」


 かわいいでしょ?とミトラが追従する。


「ええ。皆、可愛らしいお姿ですね。お客様方は動物使いなのでしょうか?」

「ええ、まあ、そんなところですかね……」

「そうですか。それで、そちらのお方は?」


 ナタリアが視線をサリーに向けた。他の使用人達も、先程からずっと怪訝そうな顔でサリーをガン見している。


「えーと、この人は…………見ての通り、オレや動物達を守ってくれる用心棒で……」


 どのあたりが見ての通りなのか、言った啓自身も疑問だったが、そんなことよりも問題は名前のほうだ。


(用心棒っぽい、せめて強そうな名前を……実際サリーは強いしな。猫顔はともかく、見た目は戦乙女って感じだし……あっ)


「……ワルキューレさんです」

「まあ、素敵な名前ですね。ワルキューレ様、どうぞよろしくお願いいたします」


 サリー改め、ワルキューレは無言で頷いた。



「ワルキューレか。まあ、ケイの名付けにしてはかなりマシだった。由来も良いな」

「素直に喜べない褒め方、ありがとう」


 客間に案内され、ようやく一息つくことができた啓は、サリーにワルキューレの名前の由来について簡単に説明していた。サリーは仮面の変形を解いたカンティークをワシャワシャしてねぎらい、ミトラは窓から外を眺めてはしゃいでいる。


「ところで、サリーはここに来たことがあるんだろう?」

「ああ。小さい頃から何度も来ている。ここは私の好きな場所だった」

「そうか。王族由来の品を壊してしまったことは申し訳ないけれど、かえって良かったかも知れないな」


 思えば妙な話だが、「王族由来の品を壊してしまった責任をナタリアが命で清算しないようにするためには、御用邸で啓達のおもてなしをさせてもらうしかない」という理屈で、啓達はここで一泊することになったのだ。


「ケイ。おそらくだが、王族由来の品など、元々無いと思うぞ」

「……どういうことだ?」


 サリーは小さく笑って、啓の問いに答えた。


「ナタリアは昔から口が達者だ。私も小さい頃、よく我儘を言っては皆を困らせたが、何故かナタリアに言われると素直に従ってしまったものだ」

「じゃあ、もしかしてオレも?」


 サリーは頷いた。


「ナタリアは人をよく観察して、どんな説得が効果的かを的確に判断する。そして相手に合わせて、褒めたり叱ったり困って見せたりして、上手に相手を誘導する。気がついた時には、いつの間にか丸め込まれてしまっているんだ。ナタリアの夫も『ナタリアには口喧嘩で勝てる気がしない』とよく言っていた。亡くなっていたことは知らなかったが」


 惜しい人を亡くした、とサリーが呟く。


「すると、ナタリアはオレ達を引き止めるためにそんな嘘を?」

「そうとしか考えられないな。だが、ナタリアは悪い人間じゃない。罠に嵌めようとしているとか、そんなつもりはないだろう。純粋にお礼をしたかったのだと思う。後はそうだな……単に暇だったのか知れないな」

「暇ってことはないだろう?御用邸なんだし」

「だが、王族の足が遠のけば暇になるだろう?」


 そう言うとサリーは立ち上がって、窓に向かった。そしてミトラと並んで外を眺める。


「ミトラ、あそこが見えるか?」

「えーと……あの崖?」

「ああ。そうだ」


 啓もサリーが指差す場所が気になり、立ち上がって窓際に向かった。ここから少し離れた所に、崖のような場所が見えた。その先は海になっていて、岸に向かって波が打ち寄せている。そこで啓はハッと気づいた。


「まさか、サリー。あの崖って……」

「そうだ。私が転落して、死んだ場所だ」


 現在のオルリックの正史では、その崖からサリーがうっかり転落し、そのまま波に攫われて行方不明となり、事故死したことになっている。

 だが実際は、サリーは何者かに命を狙われ、背中を押されて崖から転落した。そして自力で必死にその場から逃げ、身を隠したのだ。


 啓とミトラは複雑な想いでサリーの顔を見た。サリーは寂しそうとも、悲しそうとも取れる表情で、崖を見つめていた。


「……私はこの御用邸が好きだった。暇があればここに来たがっていたものだ。だから父も兄達も、この御用邸にはあまり来なくなったのかも知れない」


 啓はナタリアが『久しぶりのお客様で……』と言っていたことを思い出した。もしかしたら国王や王子達は、ここに来ると亡くなった王女のことを思い出してしまうので、あまり足を運ばなくなったのかもしれないと啓は思った。サリーも同じことを考えてるようだった。


「……私はまだ、あの崖に近づくのが怖い。だからエルストは素通りするつもりでいた。私がサルバティエラとして、この御用邸や、ナタリアとの思い出に浸るのは、心の中だけでいい。そう思っていた」


 そしてサリーはそっと目を閉じた。啓とミトラは、サリーに何も言うことができなかった。


 サリーが目を開けた時、啓とミトラは悲痛な顔で沈黙していた。それを見たサリーは、つい重たい身の上話をしてしまったことを少し反省して、殊更、明るい声で言った。


「ケイ、ミトラ。そんな顔をするな。私は久しぶりにここに来れて、本当に嬉しいのだ。正体を隠したままでは、こんな偶然がなければ絶対に来れなかっただろうからな。私は幸せ者だよ」

「サリー姉……」


 ミトラが涙を流して、サリーに抱きつく。


「ミトラ。お前が泣いてどうする。それに、ここでは私はワルキューレさんだ」

「いいじゃん、部屋の中だし、今は顔を出してるし……」


 ミトラはサリーの胸に顔を埋めたまま、モゴモゴと答えた。サリーは優しくミトラの頭をポンポンと叩いた。


 まるで姉妹のように抱擁する二人を見て、啓は思った。


 (サリーは幸せ者だと言ったが、ナタリアに本当の自分を明かせないままでは……王女としてのサリーを取り戻せないままでは、本当の幸せ者とは言えないのではないか)


 ならば取り戻せばいい。

 改めて決意を固めた啓は、サリーに宣言した。


「サリー。必ず真相を突き止めよう。そして犯人を捕まえるんだ」

「ケイ?」

「決めた。オレはサリーを酷い目に合わせた犯人を必ず見つける。すっかり忘れていたけど、前にサリーは、オレに協力してくれって言っただろう?だから改めて誓うよ」

「ははっ。ケイ、忘れていたわりには、大きく出たじゃないか」

「ああ、今度は二度と忘れない。必ず犯人を見つけて、君を忌まわしい思い出から自由にする。必ず君を本当に幸せにしてみせるよ」

「……!!!」


 サリーの顔がみるみるうちに赤くなっていく。ミトラは顔を上げて、啓にジト目を向けた。バル子はあからさまな溜息を吐いた。


「なんだよ……なんかオレ、変なことを言ったか?」

「本当に、ケイってば……」

「ご主人。いい加減、自覚なさったほうが良いですよ?」

「だから何をだよ?」

「ふふっ。ありがとう、ケイ。期待しているよ。必ず私を幸せにしてくれ」


 サリーは目の端に浮かんだ涙を拭いながら、楽しそうに笑った。



「ふわあああ……気持ちいい」

「そうだろう?美肌効果もあるのだぞ」


 食事の前に温泉へ是非、と勧められた啓達は、御用邸の露天風呂を楽しんでいた。混浴ではないので、ミトラとサリー、そして動物たちは女子風呂へ、啓だけ一人で男子風呂だ。


「今更だけどさ、なんでノイエ達はみんな女の子なんだろうね?」

「呼び出したのがケイだからじゃないか?」

「そっか、そうだね。ケイだもんね」

『聞こえてるんだが?』


 御用邸の露天風呂は、塀を挟んで女子と男子が仕切られていた。そのため、大きな声で話せば筒抜けになるのだ。


「ご主人、女子のお風呂の会話を盗み聞きするなんで、良くありませんよ?」

『だったらもっと小さい声で喋ってくれ!』

「ねえ、ケイもこっちに来れば?」

『は!?いやいや、行かないって!』

「あはは、慌ててる!」


 ミトラのからかいに、サリーも悪乗りする。


「ケイ、知っているか。ミトラの胸は、実は私よりも大きいのだよ」

「いやいや、サ……ワルキューレさんのほうが大きいって」

「いやいや、ミトラの成長は著しい。ほら、やっぱりミトラのほうが大きいじゃないか」

「ちょっ!いきなり揉むなんて……えい、あたしもお返し!」

「おっ、そうくるか!」


 女子風呂から聞こえる黄色い声に、色々といたたまれなくなった啓は、そっと風呂を出た。



 風呂から上がった啓が先に部屋に戻ろうとした時、後ろから啓を呼び止める声が聞こえた。


「あの、ケイ様」

「ナタリアさん?どうかしましたか?」


 啓が振り向くと、そこにはニコニコした表情のナタリアが立っていた。


「あの、お食事までまだ少しお時間がありますので、良かったらお話をさせていただければと思いまして」

「はあ、構いませんよ」

「良かった!では、こちらにどうぞ」


 啓はナタリアの案内に従って歩きながら、心の中では『今度こそ丸め込まれないようにする!』と気合を入れていた。

御用邸はサリーの思い出の場所でした。

ミトラは成長中。


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