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048 野盗との戦いとサリーの知人

 キャリアをスピンターンさせ、野盗達の目の前で停車してみせたミトラは、野盗を一人も轢けなかったことを悔しがっていた。

 生きた心地がしなかった啓は、ミトラに苦言を吐いた。


「ミトラ……オレのキャリアを乱暴に扱わんでくれ」

「そう?このぐらい普通よ?」


 ミトラとは一度、普通という言葉について話し合う必要がありそうだと思いつつ、啓はサリーの方を向いた。

 サリーは青い顔をしていたが、それがミトラの運転のせいか、知人の窮地のせいなのかは判断できなかった。


 サリーの視線の先には、それなりに歳をとっていそうではあるが、遠目からでも気品を感じられる御婦人が、不安そうな顔をしてこちらを見ていた。


「サリー、野盗に襲われている人は、やっぱり知人だったのか?」

「ああ、そうだ。まさかナタリアが襲われてるなんて……」

「一応確認するが、サリーはその人にも、正体を知られるわけにはいかないんだな?」


 啓の問いにサリーが頷く。


「そうか、分かった。だったらオレがなんとかする。ミトラ、バルダーの準備だ」

「分かった!」

「いや、私も戦う。啓は奴らのバルダーの相手をしてくれ」

「戦うって……サリー、大丈夫なのか?」

「ああ。任せろ。そのための準備はしてある。王都でお披露目する予定だったが、ここで見せてやろう」


 サリーはそう言うと、ゴソゴソと何やら準備を始めた。


「おい、降りてこい!」

「荷を置いていけば、命は助けてやる!」

「出てこなければこの自走車ごとぶっ壊すぞ!」


 外では、野盗達が啓のキャリアに向かって叫んでいた。啓とバル子はそれを無視して、後部座席から荷台に入り、バルダーの操縦席に向かった。


「おい、聞いてるのか!さっさと出て……」


 その時、キャリアの後部座席の扉が勢いよく開いた。そして空いた扉から、サリーが外に躍り出た。


「私が相手だ!」

「んだと……ひいいいっ!」


 向かってきた野盗は、サリーの姿を見るなり、悲鳴を上げた。

 サリーは真っ白い銅鎧と、長いスカートを身につけていた。そして、顔は……


「ば……化け物……」

「化け物とはなんだ化け物とは!可愛いだろうが!」


 憤慨するサリーだったが、おそらく猫を知らない野盗達には、ただの異形にしか見えないだろう。仮に知っていたとしても、異形には違いないが。


 サリーの頭は、白いフサフサの毛に覆われ、顔はほぼカンティークの顔になっていた。例えるならば、ファンタジー漫画に出てくる、ワーキャットのような風貌だ。

 サリーは自分の正体がバレないようにするため、仮面を被って変装することを考えた。しかし、わざわざ仮面を持ち歩くぐらいならばと、考え出したのがこの方法だ。


 啓がバル子やチャコを使って、武器を具現化したり、別の形に変形させることができると知っていたサリーは、カンティークでも同様のことができるはずだと考えた。


 そしてサリーは、カンティークとの特訓の末、カンティークをサリーの頭にジャストフィットする仮面として変形させることに成功した。ちなみに視界も良好だ。


「うわ、サリー姉……それはちょっと引くかも」


 運転席から頭を出し、サリーを見ているミトラの顔は、明らかにドン引きしていた。


「何を言ってるんだ、ミトラ。この素晴らしさが分からないようでは、まだまだお子様だな」

「んー……あたしはお子様でもいいかな」


 ミトラは頭を引っ込めて、バルダー出撃の準備を再開した。


 一方、ミトラとは少し違う理由で引いている野盗達の間でも、動揺の輪は広がっていた。


「頭、どうします?どう見ても危ないやつですよ」

「そんなことは分かってる……だが、奴は丸腰だ」


 野盗の頭の言う通り、サリーは武器を手に持たず、腰に剣もぶら下げていなかった。


「最初の獲物を見張ってる奴以外、全員でかかれ!バルダーは自走車を壊せ!」


 頭の号令で野盗達が動き出した。そして複数の野盗が、一斉に丸腰のサリーに斬りかかった。

 しかしサリーは、その攻撃の全てを受け止めた。そして返す刀で襲ってきた全員を斬り伏せた。サリーの両手には、いつの間にか剣が握られていた。斬られて地面に倒れた野盗が、サリーを睨んで悪態をつく。


「てめえ……どこから武器を……」

「女のスカートの中には、秘密がたくさん詰まっているのよ。知らないのかしら?」



 本家本元のサリーのスカート技が炸裂した頃、ミトラもバルダー発進の準備を終えていた。野盗のバルダーが迫る中、ミトラは啓に合図を送った。


「ケイ!いくよ!」

『ああ。オレが出たら、ミトラはすぐにキャリアを遠ざけてくれ』


 キャリアとバルダーを繋ぐ通信器で、啓の返事を確認したミトラは、運転席にあるレバーを勢いよく引いた。


 キャリアの荷台部分の天井が、大きな音を立てて開いていく。同時に、荷台からモーター駆動音が響き、丸みを帯びた白い機体が開いた上部から徐々に顔を見せる。


 直後、啓のバルダーは空中へと高く躍り出た。


「なっ!バルダー!?」

「荷物じゃなかったのか!?」

「跳び上がった……だと?」


 まさかバルダーが格納されていたとは思っていなかった野盗達が揃って驚く。その理由は、キャリアの形状や幅にあった。


 普通、バルダーを運ぶ輸送車は箱型ではなく、天井のない荷台を使う。それは、バルダーを収納するのが大変だという単純な理由だ。


 天井がある箱にバルダーを収納するためには、一度バルダーを横にしてから、引っ張りこまなければならない。出す時にも同様に、逆の手順を踏まねばならない。

 このキャリアのように、わざわざ天井が開くような荷台を作るのは、極めて稀なことだった。


 もう一つの理由は、このキャリアの幅だ。キャリアの幅は、通常使われているバルダーの輸送車よりも狭く、やや縦長だった。そのため、食材や商品を運ぶ自走車と間違えられても不思議はない。

 これは、啓のバルダーの形状が細身であることと、多関節で稼働範囲が広いことに由来する。格納時には腕を前側に窄め、脚を軽く折り畳むことで、ある程度、コンパクトに収納できるのだった。


 流線形の装甲で、全体的に丸みを帯びた啓のバルダーは、紡錘状の繭から脚だけ生えているような形で、キャリアから飛び出した。

 ちなみに啓は、キャリアから飛び出す際に、キャリアの底面を傷めないよう、バルダーの脚とキャリアの間に、バル子が具現化した盾を固定配置していた。

 盾をスターティングブロックとして使い、素早く飛び出す。啓ならではの出撃方法だった。


「よし、うまくいった!」

「ご主人、着地に気をつけて」

「大丈夫、このバルダーなら問題ない」


 新型バルダーの脚回り性能によって、ある程度の高さまで跳躍しても問題ないことを実験済みの啓は、啓自身の力をフルに発揮し、力一杯跳躍していた。

 あわよくば、このまま野盗のバルダーを踏み潰すつもりの啓だったが、バル子の警告は、啓の考えているものとは違っていた。


「お、おい……全員、逃げろー!」

「ひいいいいっ!」


 ナタリア達を囲んでいた野盗が一斉に散る。ナタリア達も、逃げる野盗を追うように、慌ててその場を離れた。

 

 思いの外、跳び過ぎてしまった啓のバルダーは、野盗のバルダーの頭を超え、襲われていた自走車の上に着地した。

 バルダーに踏まれた自走車は大破し、周囲に破片を撒き散らした。


「ご主人、だから気をつけるようにと……」

「ああ、その……悪かった」


 ナタリアは腰を抜かして地べたに座り込んでいた。その姿を見た啓は、ひとまず心の中でナタリアに謝罪した後、野盗のバルダーに向き直った。


『えーと……次はお前達がこうなる番だ?』


 啓の台詞はまったく決まらなかった。



 啓のバルダーの機動性能と、サリーの無双っぷりに完全に気負けした野盗達は、その後、呆気なくお縄となった。

 野盗の抵抗が全く無かった訳ではないが、手下のバルダーの両腕両脚が一瞬で斬り飛ばされたのを見た野盗の頭は、地面にひれ伏して助命を願い出たのだ。


「旅のお方、本当にありがとうございました」


 野盗達を縛り上げた後、ナタリアは啓に頭を下げ、お礼を言った。


「いえ、我々は王都に向かう途中で、たまたま通りかかっただけですから」

「そうですか、王都へ向かわれているのですね……でしたら、まだ王都へは日数がかかることと思いますし、是非お礼をさせていただきたいのですが……申し遅れましたが、私はナタリアと申します。このエルストにある御用邸の管理をしております」


 このあたりの地名がエルストだということは、出発前に地図を見た啓も知っていた。それよりも啓が気になったのは、ナタリアの言った御用邸という言葉だ。啓は、サリーがナタリアを知っていた理由が分かった気がした。


「ナタリアさんは、王族の別荘を管理しているのですね」

「ええ。その通りです。ですので、助けていただいたお礼に、本日は是非、御用邸にお泊りいただければと思いまして」

「いやいや、王族の使う所に、我々のような者が泊まるわけには……」


 普通、御用邸のような所に一般の客が泊まれるはずがない。しかしナタリアは言葉を続けた。


「そちらの……少し変わったお姿の方ですが、かなり血で汚れてしまっています。そちらのお召し物も綺麗にさせていただきたいのですが」


 そう言ってナタリアは、カンティークの仮面を被ったサリーに目を向けた。サリーはナタリアに背を向けたまま、何も言わずに立っている。


(サリーはきっと、この御用邸に何度も来たことがあるんだろうな)


 サリーがナタリアと面識があるのは、きっとそういうことなのだろうと啓は思った。そしてその考えは当たっていた。


 サリーはナタリアを守れただけで十分だった。これ以上は望まない、いや、望めないと自分に言い聞かせて、立ち去ろうとした。


 しかし、ナタリアの方が上手だった。


「あの、大変申し訳ないのですが、実は貴方様が壊してしまった自走車には、御用邸で大切に預かっていた王家由来の品がありまして……」

「は、はあ……」


 啓の表情が引き攣った。サリーも足を止める。


「それをたまたま運んでいる最中に、私共は不埒者に襲われたのです。命を助けていただいたのは大変ありがたいのですが、それを失ってしまった以上、私は命をもって償わなければなりません」

「そんな!だったらオレが弁償しますよ!」

「残念ながら、金銭で代えられる品ではございません」


 ナタリアは悲痛な表情で首を振った。そして少し考える素振りを見せてから、啓に視線を向けた。


「ですが……もしも貴方様が王都に向かわれるのであれば、私が今回の経緯を記した文書を用意しますので、それを王城の門番にでもお渡しいただけますか。そうすれば、陛下はきっと私をお許しになってくださると思います」

「はい!お任せください!」

「もちろん、命の恩人である皆様をおもてなししたことも、忘れずに書かせていただきます」

「はい!……はい?」


 勝ちを確信したナタリアは、晴々とした笑顔を啓に向けた。


「十分なお礼もせずに送り出しては、申し訳が立ちませんし、疑われるかもしれませんからね。ああ、文書は明日の出発までに用意させていただきますね」

「はい……」

「では、御用邸にご案内させていただきます……あら、いけない。自走車は踏み潰されておりましたね。大変申し訳ございませんが、貴方様の自走車に私達も乗せていってくださるとありがたいのですが……ああ、もちろん、壊された自走車の弁償などは要求しませんのでご安心を」

「はい……」


 早口で捲し立てるナタリアに、啓はもはや「はい」としか言えなかった。



 野盗を警備隊に引き渡すまでの見張り役だけを残し、ナタリア一行にはキャリアの荷台に乗り込んでもらった。


 荷台にはバルダーも積んでいるため「ちょっと狭くて申し訳ない」と啓は恐縮しながら言ったが、物珍しそうに啓のバルダーやバル子を見るナタリア達の耳には届いていなかったかもしれない。


「まさか、こんなことになるとは……サリー、申し訳ない」


 座席に戻った啓は、そっとサリーに謝罪した。顔を出すに出せないサリーは、相変わらずワーキャットのままだ。


 サリーはそっぽを向いたまま、啓に答えた。


「全くこの馬鹿者は………………ありがとう、ケイ」


 最後の言葉は、走り出したキャリアの走行音にかき消され、啓の耳には届かなかった。


ワーキャットになったサリー。

跳び過ぎたバルダー。

一枚上手のナタリア。

次回、御用邸で温泉回です。


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よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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