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047 王都へ向かう途中で

 オルリック王国の王城には幾つかの訓練場がある。訓練場は、日々兵士達が研鑽を積む場であり、出兵の無い時や空き時間に自由に利用することもできる。

 訓練場は、バルダーの操縦訓練やバルダー戦の練習試合が行える広い訓練場と、個人の剣術や体術を鍛えるための小さめの訓練場が複数、そして、上位の騎士以上だけが使える、予約制の上級訓練場があった。


 その上級訓練場で、二人の青年が剣を交えていた。アイゼンベルナール第一王子と、ウルガージェラール第三王子だ。剣と言っても、刃のついていない模造剣を使っているが、二人は実践さながらの模擬試合を行っていた。


 ウルガーが横薙ぎにした剣をアイゼンが躱す。

 間髪入れず、アイゼンが上段から強い打ち込みを仕掛ける。

 剣撃を盾で受けたウルガーは、アイゼンの剣を力任せに押し返した。そして今度はウルガーが上段から素速い攻撃を仕掛けた。

 体勢を崩していたアイゼンは、ギリギリのところで盾で受け止めたものの、後方によろめいた。そこをウルガーがさらに追撃しようとしたが、ウルガーは足を止め、力を抜いて剣を下ろした。アイゼンが左手を上げ、降参を示したからだ。


「いやあ、やられた。参った」

「アイゼン兄上が手を抜いたからでしょう」

「いや、そんなことはないぞ。純粋な剣技であれば、俺と互角か、それ以上だ」

「やっぱり手を抜いたんじゃないか」


 ウルガーは、アイゼンが『女神の奇跡』を使わなかったことに対して、手を抜いたと指摘しているのだ。


「それはお前だって同じだろう?剣を飛ばしてこなかったじゃないか」

「それは最後の手段だ。剣を手放して躱されたら後が無い。でもアイゼン兄上は……」

「2人ともそのへんで。いい勝負でしたよ」

「イザーク、見ていたのか」


 訓練場の入り口から模擬試合を見ていたイザークジルベール第二王子は、拍手をしながら二人の元に歩いていった。


「ウルガー、良い打ち込みでしたよ」

「だから、それはアイゼン兄上が手を抜いたから……いや、ありがとう」


 少し照れながら、ウルガーはイザークの称賛を受け入れた。アイゼンもウンウンと頷く。


「ところでイザーク、訓練場に来るなんて珍しいじゃないか。少しは体を動かしたくなったのか?」

「別に私は怠けてる訳じゃないですよ。運動をしたくても、体がついてこないだけです」

「そうだな。悪かった」


 イザークは先天的に体が弱い。城内を歩く程度には問題ないが、無理をするとすぐに熱を出したり、不調をきたしてしまうのだ。今、イザークが訓練場に来たのも、たまたま日課の城内散歩の途中だっただけに過ぎない。


「いえ、私もこの体が恨めしく思いますよ。健康体であれば、先の出征にも行けたと思いますしね」

「ま、そこはあのメリオールに任せておけば良いだろう。イザークの推薦なのだろう?」


 カナートからの再侵攻の報を受けた時、アイゼンもウルガーも別件があったため、出征には随行できなかった。そのため、新部隊の隊長としてメリオールを抜擢し、推挙したのがイザークだった。


「いえ、推薦というよりも、本人の希望を反映した感じですけどね。例のユスティールの一件でちょうど彼の事を知ったので、彼と出征の件について話をしてみたのです。その時に、彼が決闘した相手を王都に呼んだという話を聞かせたら、是非出征に行かせてくれ、と懇願してきたのですよ」

「なるほど、そりゃあ会いたくないわな」

「逃げたかっただけじゃないか」


 イザークが、メリオールにわざとその話を聞かせたことは明白だった。そのことを理解した兄弟は苦笑を浮かべた。


「ですが、メリオールの実績と能力は本物です。隊長としても申し分ないでしょう。余程のことがなければ、負けないと思いますよ」

「余程のこと、ね」


 アイゼンは少しだけ不吉な予感を感じながら、手に持った模造剣に視線を向けた。



 啓の一行は、王都を目指して、西に向かって進んでいた。まずはエレンテールを経由し、その後は、大陸中央の街道を山越えして進むか、北側の海岸寄りを進むかの選択があったのだが、最終的に北側を進むことになった。


 その理由のひとつは、エレンテールで『カナート王国に不穏な動きがある』との情報を仕入れたためだった。


 オルリック王国の南側にあるカナート王国は、昔からオルリック王国と国境紛争を行っている。大陸中央の街道と南の国境はかなり離れているものの、万が一、軍事行動に遭遇するなどの面倒事に巻き込まれても困るということで、中央の街道よりも少し距離は長くなるが、あえて北側ルートを選ぶことにしたのだった。


「サリーは、カナートという国についてどう思う?」


 エレンテールの街を出発して数日経ったある日、キャリアの運転をミトラに任せていた啓は、ドライブ中の何気ない会話のつもりでサリーに聞いてみた。


 するとサリーは、ビクッとして啓のほうを向いた。


「サリー?」

「ああ、すまない、ケイ……ちょっと考え事をしていた。このあたりには土地勘があってね。ちょっと昔のことを思い出していた」

「そうだったのか。いや、オレこそ邪魔してすまなかった」


 啓はそのまま会話を終わろうと思ったが、サリーが「待て待て。私に何か聞きたいことがあったのだろう?」とニヤニヤしながら食い下がるので、改めて、カナートについてサリーに聞いてみた。


「私も、皆が知っている以上の情報は持っていないが……ああ、そうか。ケイは何も知らないのだったな」

「悪かったね」

「ははっ、すまない。嫌味のつもりではないのだ。だが、そうだな……カナートという国はかなり昔からあるが、今のカナートの国王は、実は私の遠い親戚にあたる人物だ」

「遠い親戚?」


 啓は前に、サリーから『オルリックの王家とオルリックの貴族はだいたい血縁関係がある』という話を聞いたことを思い出した。


 オルリック王国の初代国王が持っていた『女神の奇跡』の力は、その子孫達に遺伝した。そして王族の子孫と婚姻を結び、外戚となった者達の中でも、高い能力を持つ者は貴族として取り立てられて国を支えている、という話を啓はサリーから聞いていた。

 しかし、カナートの国王も親戚筋というのはどういうことだろうか。


「私の父の、数代前の王の兄弟が、王位継承争いに破れた後、カナートに亡命したのだそうだ。そしてカナート王国に取り入った後、カナートの王族との間に生まれた子孫の血筋が、今のカナート王だと聞いている」

「なるほど、遠い親戚だな」

「オルリック王国に負け、そしてオルリックの王位継承権争いで破れた者が結託したカナートは、一方的にオルリックを敵視しているのだろうな」


 サリーも小さい頃から『カナートは敵国』とか『身の程を知らぬ愚かな国』と教えられて育ってきたという。サリーとしては、お互い仲良くすればいいのに、という思いもあったそうだ。


「だが近年、カナートは急速に国力を高めてきたと聞く。内政がうまく行っているのかも知れないし、もしかしたらオルリックやアスラから、技術や資金の流出があるのかもしれないな」

「それって大問題じゃないのか?」

「まあ、これは私の勝手な想像だ。とにかく、カナートとオルリックとの諍いには、首を突っ込まない方がいい。おっと」


 急にキャリアが跳ねたため、サリーは思わず、小さく驚きの声を上げた。啓は膝の上のバル子が投げ出されないように、バル子をそっと手で押さえた。バル子は啓に体を預け、喉を鳴らした。


「ごめーん、ちょっと道が悪くてね。喋ってると舌を噛むかも」

「ああ、気をつけるよ。ミトラも安全運転で頼む」

「任せて!……それにしてもこのキャリア、視点が高いから、慣れるとすっごく運転がしやすいねー」


 啓のバルダー専用のキャリアは、他の輸送車に比べると、運転席や後部座席の位置が高い。乗る時にも、ステップを使って乗り込む必要がある。

 また、バルダーを乗せる荷台は、青天井の荷台に幌を被せるタイプではなく、壁面から天井までひとつの箱になっている、言わばワンボックスタイプとなっている。


「そうだろう。オレもボートはともかく、自動車はスポーツカーよりも、視点の高いワンボックスのほうが運転しやすいんだ」

「じどうしゃ?すぽーつかー?」

「いや、何でも無い。まあ、視点が高くなっているのは、この艇……じゃなくて、自走車の特性だけどな」


 それから啓は「それにしても……」と独り言を呟いた。その独り言をサリーが拾う。


「それにしても、どうした?」

「ああ、聞こえたのか。いや、自走車っていう表現に、今更ながら、なるほどと思って」

「何が、なるほどなんだ?」


 啓はキャリアを運転するミトラを見ながら、サリーの疑問に答えた。


「オレのいた世界では、こういう乗り物は自走車じゃなくて『自動車』と言うんだ。ただの言い方の問題かもしれなけど、自走車というのは、『勝手に自分で走ってくれる車』という意味合いで使ったりするかな」

「……勝手に自分で走ってるだろう?」


 ミトラがキャリアを運転している様子を見れば分かる通り、運転者は自走車の操縦桿をただ握っているだけだ。運転席にはアクセルもブレーキも無い。

 運転者は、操縦桿を介して操縦の意志を魔動連結器に伝え、そして魔動連結器がギアやステアリングを動かし、車輪を回したり、方向を変えたり、停止したりするのだ。


 啓が自走車と自動車の違いを説明すると、ミトラとサリーは「逆に危ないんじゃない?」とか「面倒くさいのね」と感想を漏らした。啓としては苦笑するしか無かった。


 せっかくなので、そのまま啓が様々な地球の乗り物の話をしていると、突然、バル子が勢いよく膝の上で立ち上がった。サリーの愛猫であるカンティークも上体を起こした。


「どうした、バル子。ミトラの運転中に立ち上がると危ないぞ?」

「ちょっとケイ、あたしの運転が荒っぽいみたいに言わないでよ」

「ご主人、チャコとノイエから連絡です……この先で、襲われている人がいるとのことです」

「何だって?」


 キャリアの外を飛んでいたチャコとノイエが、道の先のほうで、野盗のような者達に襲われている一団がいると、バル子とカンティークに念話で伝えたのだ。


「あたしたちが向かっている方向とは違うみたいだけど……ケイ、どうする?」

「聞いてしまった以上、見捨てたら寝覚めが悪いよな。サリーもそう思うだろう?」

「え、ええ。そうね。助けにいきましょう」


 サリーは一瞬、逡巡したように見えたが、すぐに同意を示した。


「そうと決まれば!」


 ミトラは速度を上げ、チャコとノイエが先導する方に向かってキャリアを飛ばした。サリーはキャリアの外に頭を出して、キャリアが進むその先をじっと見ている。


 やがて、野盗と思われる集団と、数機のバルダーに囲まれている自走車が見えてきた。自走車の前では、野盗に刃物を突き立てられている数人の姿が見える。それを見たサリーが大声を上げた。


「まさか!ナタリアなの!?」

「サリー?」


 サリーはさらにキャリアから体を出し、箱乗り状態で目を凝らした。


「サリー姉、そんなに乗り出して、落ちても知……」

「今はそんな事を言っている場合じゃないの!」


 ミトラがいつぞやのお返しとばかりに言った台詞は、サリーに一刀両断された。それからサリーは車内に体を戻すと、啓とミトラに言った。


「あそこで野盗に刃を突きつけられているのは、私の知り合いなんだ!ケイ、ミトラ。ナタリアを助けるために力を貸して欲しい!」

「ああ、当たり前だ」

「任せてよ!」

「おわわわわわわ……」


 ミトラはさらにキャリアの速度を上げた。啓の表情は引きつった。



「お頭、何か来ます!」

「あ?警備隊……じゃ無さそうだな」


 野盗の頭は、見慣れない自走車が猛スピードで向かってくるのを確認した。


「1台だけか。ならばあれも獲物だ」


 野盗の頭は手下達に、既に捕まえた獲物を逃さないように指示した後、走ってくる車に向かって、手足を広げて、行く手をさえぎるように立った。


「おい、止まれ!止まれって!止ま……うぉぉい!」


 ミトラはいきなり急ブレーキを掛けると同時に、車輪を曲げて車体を振った。その勢いでキャリアは180度回転した。野盗の頭が飛び退ざらなければ、荷台の後部が野盗の頭を跳ね飛ばしていただろう。

 キャリアから首を出し、後方を確認したミトラが悔しがる。


「ちっ、外したかー」

「てめえ、危ないだろう!」

「ミトラ、危ないだろう!」


 野盗の頭と啓は同時に、ミトラに向かって非難の声を上げた。


メリオールは啓に会いたくないので、出征に志願していました。

次回、ナタリア達を助けるために奮闘?します。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 啓のバルダーキャリア、地球のトラックみたいな形にしたんですね。確かに重量物運ぶなら最低でもハイエー○とかくらいの目線の高さが欲しいでしょうね、ドライバーからしたら。 …
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