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046 王都からの召集状

 啓は猫カフェを経営する傍ら、自分専用の新型バルダーを何度も操縦し、問題点の改善や機能の追加を行い、ブラッシュアップを重ねていった。

 王都からの召集状が啓の元に届いたのは、バルダーの開発と同時に開発していた、専用の輸送車も完成に近づいた頃だった。


「じゃあ、弁明を聞かせてもらおうか」

「それは、その……咄嗟の出来心と申しますか……」


 サリー宅のリビングに集まったのは、啓とバル子とチャコ、ミトラとノイエ、そして家主のサリーとカンティークだ。


 啓は、召集状に書かれていた「王子の窮地を救っていただいたお礼をさせていただきたい」と書かれていた件について、サリーに問いただしているところだった。


「ご主人、バル子もその件について報告を怠っておりました。申し訳ございません」

「いや、バル子は悪くないよ。どのみち教えておいてもらったところで、何か対策ができたわけでは無いし、何が起きるか予想もできなかったしな。逮捕されるような話により、かわいいもんだよ」

「そんな、バル子がかわいいだなんて……」


 フニフニし始めたバル子はそっとしておいて、啓はサリーに聞いた。


「別にオレの名前を使わないで偽名を名乗ったり、あるいは『名乗るほどのものではありませんよ』とか言って、去っていっても良かったんじゃないか?」

「わ、それカッコいいね!」

「そうだな、次はそうしようかな!」

「サリー?」

「はい、反省しております」


 サリーに反省を促した啓は、とりあえず、やってしまったことは仕方がないとして、召集状について検討することにした。


「これ、本当にお礼の話なのかな?ノコノコ出ていったところで逮捕されたりしないよな?」

「父も兄も弟も、そんな人でなしではない。その召集状は正式なものだ。ケイは間違いなく客人として招かれていると思う。たぶん」

「たぶんが余計なんだが……」


 体裁はしっかり整えておいて、油断したところで捕まえる、というのはよくある話だ。


「オレは今まで、自分の国のお偉いさんにも会ったこともない。ましてや、異世界の王様なんて論外だ。どう挨拶すればいいかも分からないよ」


 間違った作法で機嫌を損ねて、文字通り首を飛ばされでもしたら堪らないと、啓は首をすくめてみせた。


「権力を鼻にかけている貴族連中はともかく、父は決してそんなことはしない!」

「ちょっとまって、サリー姉」


 激昂しかけたサリーを、ミトラが止める。


「いや、言わせてくれミトラ。ミトラだって私の父が……」

「その父って誰よ」

「父は父だ。オルリック王だが」

「……もしかして、サリー姉は、王女様だったの?」

「あっ」

「あっ」


 啓もサリーも、ミトラにはサリーが元王女であることを言ってなかったことを、今更ながら思い出した。



「……で、もう隠し事は無い?」

「はい、ございません」

「はい、ございません」

「二人とも、次は無いからね」


 サリーは今度こそ、ミトラに自分の身の上を全て話した。ミトラも、王女が事故死したという事件については記憶にあるらしく、その時は街中が大騒ぎになったそうだ。


「でも、そっかー。サルバティエラ王女様は生きてたんだね」

「今まで通り、サリーと呼んでくれ。本名で呼ばれると、色々と困ったことになる」

「うん、分かった。サリー姉はサリー姉だしね……でも相手が王女様となると、こりゃ手強いなあ」

「ん、なにか言ったか?」

「何でもない。何でもないです」


 ミトラは聞きたいことは聞いたから、と話を戻すよう啓とサリーに言った。頷いた啓は、再びダメ元でサリーに尋ねてみた。


「サリー、無理を承知で聞くけど、やっぱり一緒に来てくれるわけにはいかないか?」

「私は……その……」


 ミトラに説明した通り、サリーは元王女であり、父である国王にも、兄弟である王子達にも面識がある。今は暗殺されかけたところでなんとか逃げ出し、その後、死亡扱いされている身だ。啓もそのことは理解しているので、無理強いをするつもりはなかった。


「すまない、ケイ。私はやはり、王都には行けない。万が一、父や兄弟に私が生きていることが知れたらと思うと、やっぱり……」


 想定通りの回答を聞いた啓は、サリーに向かって頷こうとしたが、そこで思いがけない援護射撃が発生した。


「ご主人、ケイ様のお力になるべきではないですか?」

「カンティーク?」


 カンティークはそう言うと、サリーの膝の上から降りた。そして主人を見上げながら、カンティークが続けた。


「ケイ様が王都に呼ばれた原因はご主人にあります。カンティークも、創造主たるケイ様にこの体をいただいたご恩をお返ししたいと思っています。その良い機会だと思うのですが」

「カンティークの気持ちも分かるし、私もそうすべきだと思う。しかし……」


 サリーが苦悶の表情を浮かべる。過去の事件に向き合うには、まだ心の準備ができていないのだろう。


「ご主人。正体がばれるのが心配であれば、変装すれば良いのです。バル子姉さんがティルトに化けたように」


 カンティークは、エレンテールの騒動の際に、バル子が体毛を茶褐色に染めて、ティルトに変装したことを例に挙げた。


「いやいや、カンティーク。ネコと違って、人は色を塗り替えればいいってもんじゃないのよ?そりゃ、私も髪の色は変えてるけど」


 サリーの元々の髪の色は黒だったらしいが、今は金髪に染めている。


「でもオレは、ウチの猫達の色が変わったとしても、全部区別がつくよ?」

「ケイ様、水を差さないでくださいませ」


 せっかくの援護射撃を台無しにするような啓の発言に、カンティークは頭を横に振った。

 しかし、カンティークとは対照的に、頭を縦に振ったのは、話を聞いていたミトラだった。


「ケイ、あたしが一緒に行くよ。運転も2人でやったほうが楽でしょ。あたしも『キャリア』の運転をしてみたいし、王都にもいってみたい」


 キャリアというのは、啓のバルダーを乗せるための輸送車のことだ。車を乗せるカーキャリアーにちなんで、啓がそう呼んでいたら、いつの間にか輸送車の名前として定着していた。


「でもミトラ、仕事はいいのか?」

「だって、王様に呼ばれるなんて、一生に一度あるかないかのことよ?」


 質問の回答にはなっていないと思う啓だったが、ミトラが同行する気満々であることだけは分かった。


「呼ばれたのはミトラじゃなくて、オレなんだが……」

「1人じゃ寂しいでしょ?サリー姉が無理なら、あたしが行くしかないじゃない」


 そうでしょ、とミトラはサリーにも同意を求める。サリーは申し訳なさそうな顔をするだけで、何も答えなかった。代わりに、啓がミトラに答えた。


「まあ、そうだな。万が一にでも、サリーの正体がばれるのはまずいしな。案内があれば安心だったけど、仕方ないね。ミトラ、一緒に行ってくれるか」

「わ、それってお誘い?いや、婚前旅行かなあ。2人きりで旅行なんて、初めてだね!」

「むっ?」


 サリーの耳がピクッと動く。


「いや、ミトラが自分で行くって言ったんだよね?別にオレが誘ったわけじゃ……」

「王都まではそこそこ日数がかかるからね。道中は何泊必要かな?キャリアで寝てもいいけど、せっかくだから温泉とか寄って行きたいな」

「何!?温泉なんてあるのか!?」

「そうだよ。せっかくだから、家族風呂のある温泉宿を探して、一緒に入ろうか?」

「いやいや、それはさすがに……」

「………………く」


 サリーが小声で何か呟くのが聞こえた。


「サリー、何か言ったか?」

「……私も行く」

「は?」

「気が変わった。私も行く」


 なぜか急に行く気になったサリーに、今度は啓達が嗜める側に回った。


「いや、でもサリーは昔の事で……」

「いつかは向き合わなければいけないと思っていた。それが今回になるだけだ」


 サリーはそう言って、ドヤ顔をしてみせた。


「でもサリー姉、もしも正体がバレたらどうするのよ」

「大丈夫だ。変装すれば問題ない」

「大丈夫じゃないって!あたしが一緒に行くから、サリー姉は無理しないでいいってば!」

「無理なんてしてない。私はサンダルクスの地理にも、謁見の作法にも詳しい。つまり私の方が役に立つ。むしろミトラが留守番をしてて良いのだぞ」

「いや、サリー姉こそ……」

「いや、ミトラが……」


 なぜか二人が火花を散らす展開になり、困った啓は2人の舌戦をただ黙って見るしかなかった。


「あの、別にサリー様とミトラ様が行かなくても、バル子がご主人と一緒に行きますから、大丈夫ですよ」

「ダメよ」

「ダメだよ」

「ニャッ!?」


 さらにバル子も加わり、いよいよ収拾がつかなくなりそうになったところで、啓が割り込んだ。


「分かったよ、全員で行こう。キャリアは広いし、全員が乗っても問題ない。ただし、ミトラはちゃんとガドウェルさんに許可を取ること。サリーは正体がバレないように気をつけること。いいね?」


 それから啓達は出発する日までの間に、各々準備を整えることとなった。



 オルリック王国の首都の名はサンダルクスという。単純に王都といえばサンダルクスを指すので、人々は王都と呼ぶことのほうが多い。


 その王都にある王城の中庭では、出立前の兵士達が、第一王子であるアイゼンベルナール皇太子から激励の言葉を賜っていた。


「頃来、カナート王国の動きが活発になっていることは皆も知っているだろう。そして先の国境の戦いで、奴らは敗走したにも関わらず、再び我が王国に攻めてくるということだ。全く、身の程知らずというべきだな」


 アイゼンは小さく笑う兵士達を見渡してから、言葉を続けた。


「だが、この短期間での再侵攻は異例のことでもある。無論、我々はそれを許しはしない。カナート王国の侵攻を防ぎ、国土と、民の生活を守るのだ」


 それからアイゼンは、先頭にいる兵士に声をかけた。


「メリオール」

「はっ!」


 第4機動保安部隊の隊長だったダンティン・メリオールは、今回新たに再編されたオルリック王国軍の前線部隊の隊長に抜擢されていた。


「メリオール、戦果を期待している」

「はっ!命に代えましても!」


 そしてメリオール率いる部隊は、南の国境へと出立していった。



「オーナー、今回は本当に出かけるのですね。またどこかで屋台をするのかと思ってましたよ」

「いや、シャトン。オレ、ちゃんとそう言ったよね?」


 王都への出発当日、出発前にキャリアで猫カフェ『フェリテ』に赴いた啓は、シャトンから皮肉めいた口撃を食らっていた。


 なお、サリーとミトラ、そしてバル子とチャコは、シャトンの口撃にたじろぐ啓の姿を、キャリアの中から眺めている。


「さあ。どうでしたっけ?だいたいオーナーは、この間もそう言っておきながら、結局街にいたじゃないですか」

「あの、シャトン……なんか機嫌が悪くないか?」


 不貞腐れ気味に答えるシャトンの様子が気になった啓は、改めてシャトンに、店を任せっきりになることを謝罪した。


 それに対するシャトンの返事は意外なものだった。


「だって、ずるいじゃないですか……」

「えっ?」

「私だって、たまにはオーナーと一緒にお出かけしたいです……あっ、いえ!やっぱり今のは無しで!なんでもありません!」


 シャトンは顔を赤くして、両手を顔の前でブンブン振って否定の素振りを見せる。


「えーと、シャトン……」

「私は、オーナーに仕事を与えてもらえたことにとても感謝しています!ネコ達との生活も、とても楽しくて、毎日が夢のようです。だから私にはオーナーのお店を守る義務があります。オーナーと一緒にお出かけなんてしたら、店を休まなきゃいけないし、ネコ達のお世話もできなくなっちゃうし、だからさっき私が言ったことは嘘ですから、全部忘れて……」

「シャトン」


 啓は、早口で捲し立てるシャトンの頭をポンと叩いた。


「王都から帰ってきたら、少し休暇を取ろうと思っていたんだ。そしたら、一緒にどこかに遊びに行かないか」

「オーナー……よろしいのですか?」

「ああ。もちろん」


 シャトンの顔がぱあっと笑顔になる。


「だから、オレが帰ってくるまで、店を守ってくれ」

「はい!お任せください!くれぐれも気をつけて、行ってらっしゃいませ!」


 笑顔で手を振るシャトンを背に、啓達はユスティールの街を出発した。


 そしてキャリアを運転する啓の背中には、二人と一匹から「本当にコイツは……」という視線が刺さっていた。


王都に向けて出発です。

メリオールは出世しました。


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