045 諸国の動向と新型バルダー
エレンテールでの騒動から約一ヶ月。
オルリック王国の一室では、国王や王子をはじめとした国の重鎮が集まり、定例会議が行なわれていた。
会議は重要な議題から始まり、それから他国の動向や自国の経済状況、国民の生活に関する話、そして最後に最近の話題へと移る。
今日の話題は、エレンテールで発生した、ウルガージェラール第三王子が襲撃された件だった。
本来であれば、王族を攻撃したという大逆罪などは最重要議題になるところだが、ウルガーが「無事だったのだから構わないだろう」とまともに取り合わなかったため、最後に話すことになったのだ。
事の概要を簡潔に報告した後、会議は閉会し、会議室には三人の王子達だけが残った。兄弟だけとなった会議室では、堅苦しい空気と言葉遣いから開放された長男と三男が、首を曲げたり、体を伸ばしたりした。
そして長男は三男に向かって、先程の話題について苦言を呈した。
「だいたい、お前が勝手に視察などに行くから、そんな目に遭うのだぞ。少しは反省しろよ?」
ウルガーに反省を促したのは、長男のアイゼンベルナール第一王子(名前が長いため、アイゼンと略されることが多い)だ。
赤髪の長身で、いい男の部類に入る、はっきりした顔立ちをしており、体はよく鍛えられて引き締まっている。性格はやや子供っぽいところもあるが、真面目で正義感が強く、次期王として最も期待されている、王位継承権第一位の王子だ。
「別に一人で行ったわけじゃない。ちゃんと俺の護衛騎士隊も連れて行った」
ウルガーは、不貞腐れ気味にアイゼンから目を逸らした。しかし目を逸らした先には、もう一人の青年がいた。
「はあ……それだけでは人数が少なすぎるでしょう。それに聞いたところによると、危ないところを市民に救われたそうではないですか」
次男のイザークジルベール第二王子(名前が長いため、イザーク王子と以下略)が、溜息混じりに追撃した。
「それは……」
「視察に行くなと言ってるのではありませんよ。しっかり計画を立てて、万全の体制で行けば良いのです。とにかく今回は、護衛の数が少なすぎました」
遠征をサボるためにこっそりと視察に向かった、などとは言えないウルガーは、弁明の代わりに、皮肉交じりの言葉をイザークに飛ばした。
「確かに、イザーク兄上だったら、もっと護衛がいないと不安だろうけどな」
「私は無断で視察などしませんよ」
「そりゃまあ、イザーク兄上が首都から出ることなんて滅多に無いけどさ……」
イザーク王子は長い銀髪の美男子で、兄と同じく長身だが、体の線は細い。
生まれつき体の弱かったイザークは、筋肉よりも頭脳の方を鍛えることに専念した。その結果、イザークは『王国の頭脳』と称されるほどの知識と教養を身につけていた。
将来は、王になったアイゼンを支える宰相になるのでは、と周囲から期待されると同時に、優しい性格とその類稀なる美形が、周囲の貴族令嬢から絶大な人気を集めていた。
「いいですか、ウルガー。貴方が一対一のバルダー戦で負けるとは思っていません。しかし戦場では、戦略と戦術次第で、弱い相手に敗北を喫することもあります。分かっていますね?」
「分かってるよ。遠征では完勝してみせたろ?」
ウルガーが南のカナート王国との国境紛争から戻ったのは、つい先日のことだ。完勝と言っても、ほとんど恒例行事化している小競り合いの類だが、それでも負ければ付近の領地を奪われる可能性がある。
オルリック王国側としては、現在の国境線を守れればよく、逆侵攻などということは考えていない。好戦的なカナート王国を相手に、血気盛んな兵士達の発散の場として、そして若い兵士の訓練の場として活用させてもらっている節もある。
それでも死傷者は少なからず出る。ウルガーの言う完勝とは、普段よりも少ない死傷者で敵を退けたことに起因した言葉だ。つまりウルガーは、ちゃんと戦術を考え、有利に立ち回ったことを主張しているのだ。
「それにしても、解せませんね……」
「なんだよ、イザーク兄上。俺の戦術がおかしいとでも言うのかよ!」
「そこじゃありません。落ち着きなさい、ウルガー。私が奇妙に感じているのは、ウルガーがエレンテールで奇襲されたことです」
ウルガーの視察は、事前に計画されたものでは無い。エレンテールの街に滞在した日数も長いものではなく、帰還日も急遽決まったものだ。それなのに、ウルガーの帰りを狙って敵が奇襲をかけたことに違和感がある。イザークはそう言った。
「ウルガーが街に来たと知った賊が、すぐに計画を立てて、街の外でずっと見張っていたのではないか?」
「ええ、兄上の言う通り、もちろんその可能性もあります。しかし、今ウルガーを害したところで、何の得がありますか?」
「なっ!イザーク兄上!?」
「イザーク、その言い方はウルガーが可哀想だろう」
「アイゼン兄上……はっきり言われると余計傷つくんだけど」
とはいえ、ウルガー自身も、イザークの疑問には同意せざるを得ない。元王や第一王子を狙っての狼藉ならばまだ納得できるが、第三王子を狙ったところで、王国の統治や政治に直接の影響は少ないだろう。
「しかしまあ、考えようはあるぞ。ウルガーを人質にして身代金を要求したり、解放条件として何か政治的な要求を求めてくる可能性とかな」
「その時は俺を見捨ててくれ」
ウルガーは悪びれず、兄達に自分を切り捨てろと言ったが、アイゼンとイザークはそれを無視した。
「で、イザークはどう考える?」
「兄上は、ウルガーを襲った者達に関する記録は読みましたか?」
「ああ、読んだ……賊は全員死亡。戦闘後に生きていた者も、服毒で自害したとな。結局、敵の狙いは分からずじまいだ」
「ウルガーを襲ったバルダーは、アスラ連合でよく使われている機体です」
「何だって?」
アスラ連合とは、正式名称はアスラ連合国という、オルリック王国の南東に位置する国だ。連合国の名の通り、元々は小さい国や自治領が点在する場所だったが、50年ほど前にそれらを統括して国として樹立したのだ。
オルリック王国とアスラ連合国は中立の関係だが、別に条約等を結んでいるわけではない。単に互いに不干渉なだけで、手を出れば報復する、脆い関係であるとも言える。
「アスラ連合か……待てよ、最近、他にもアスラ連合が絡んでいる可能性がある事件があったな?」
「ええ。『ユスティール襲撃事件』です。例の『ユスティールの至宝』という女神の像を狙って街を襲撃した事件ですね。結局、アスラ連合が関与しているかどうかは判明していませんが」
ユスティール襲撃事件については、事件後に王国から派遣した機動保安部隊によって、女神像と一緒に調査報告が持ち帰られた。その時に捕まえた犯人達が、アスラ連合出身だったことは分かっているが、その背後関係は未だに掴めていない。
「アスラ連合には、一応知らせておいたほうがいいんじゃないか?アスラ内の不穏分子が、勝手に動いているだけかも知れないし。もしもそうであれば、アスラ連合内でカタをつけてもらったほうがいいだろうからな」
「ええ、そうですね……父上にも了承を得た上で、使者を立てて文書で伝えましょう。牽制の意味も込めてね」
小さく笑ったイザークに、アイゼンとウルガーは軽く背筋を凍らせた。智謀家のイザークに任せておけば大丈夫と思うが、『普段は優しいが、やる時は徹底的にやる』イザークのことをよく知る兄と弟は、もしかしたら冤罪かも知れないアスラ連合の首脳部を、少しだけ気の毒に思った。
「その……ほどほどにな。そういえば、ユスティールに送り込んだ機動保安部隊だが、バルダーの決闘でユスティールの市民に負けたらしいじゃないか」
「おや、決闘については、隊長が勝ったと報告されていましたが?」
「それがな、俺がたまたま城内で隊長に会った時に、決闘で勝ったことを褒めてやったんだが、その時の隊長の様子が少しおかしかったのでな。後で副隊長からこっそり教えてもらった」
アイゼンは、副隊長から聞いた決闘の顛末を弟達に披露した。イザークは苦笑し、ウルガーは大笑いした。
「隊長のメリオールは一般市民を軽視しすぎているところがありますからね。良い薬になったことでしょう」
「それにしても、メリオールの部隊を一人で倒した、ユスティールのケイという男はたいしたものだな。副隊長のルーベンも、そのケイという男に何か助言をもらったとかで、甚く感謝していてな……」
「ちょっと待ってくれ、兄上。今、ユスティールのケイと言ったか?」
ウルガーが椅子から立ち上がり、慌てて口を挟む。アイゼンがそうだと頷くと、ウルガーは立ち上がったまま、交互にアイゼンとイザークを見た。
「俺を助けてくれたバルダー乗りも、ユスティールのケイと名乗った」
「何だって?」
「……たしかユスティール襲撃事件の報告書でも、警備隊に協力して襲撃犯の撃退に貢献した市民の名前に、ケイという名があったはずです」
会議室にしばしの沈黙が訪れた。それぞれが考えを巡らせ、黙り込んだからだ。そしてその沈黙をアイゼンが破った。
「その男、王都に呼んでみるか?」
「ああ、俺もそう思った。今度こそ、会ってちゃんと礼を言いたい」
ウルガーが、アイゼンの提案に同意する。
「お、ウルガーにしては殊勝な心がけじゃないか」
「茶化さないでくれ。俺が礼を言うのがそんなに珍しいか?」
「ははっ。すまん。しかし俺がケイという男を呼びたいと思った理由はウルガーとは違う」
「それは?」
ウルガーに促されたアイゼンは、一呼吸入れてから理由を話した。
「ひとつは、もしも有能な人材であれば、田舎で遊ばせておくのがもったいないと思ったからだ。どんな男なのか、是非、自分の目で確かめてみたい。場合によっては、何か役職を与えて、王国のために働いてもらおうと思う。そしてもうひとつ……」
アイゼンの顔が真剣な表情になる。
「ユスティール襲撃事件とウルガーが襲われた事件。これらの事件には、すべてこの男が関わっている可能性がある。飛躍し過ぎかも知れないが、もしもケイという男が裏で糸を引いて事件を起こしているならば、その真意を問い、処断せねばならないだろう」
「アイゼン兄上、そんなこと……」
あるわけがない、とウルガーは言おうとしたが、ウルガー自身も、ケイには一度助けられただけの関係であり、ケイという男の人となりを知っているわけではない。だが、もしも自分との接点を持つためだけに、狂言じみた襲撃を行ったとすれば……
しかしウルガーは首を横に振った。仮定で語るのは無意味なことだと、ウルガーは分かっている。
「……それを確認するためにも、ケイという男を招集すべきだと思う」
ウルガーの言葉に、アイゼンは頷いた。
「ウルガーの意見は分かった。イザークはどう考える?」
「一介の市民がそんな大それた事件を起こすとは思えませんが、有能な人材を登用するという点については賛成です。貴族ではなくとも、女神の奇跡の使い手……それも強い力を持っている可能性も考えられますしね」
「貴族の血を引く平民か、あるいは……『堕ち子』か?」
「ははっ。そんな迷信じみたことは考えていませんよ。まあ、その男が話の中で過大評価されている気がしなくもないですが、お二人が呼びたいというのであれば、私は反対しませんよ」
こうして啓は、王子達から召集されることが決定した。
◇
アスラ連合国評議会。
元々は、アスラ連合に属する小国のすべての長が、アスラ連合の本部に集まり、連合国としての状況や運営方針を決める場であったが、現在はある程度区分けが進み、それぞれの領地の代表が評議会員として集まる場となっている。
そして今日の議会の本題は、先日、オルリック王国の使者からもたらされた、一通の連絡、あるいは勧告書に関する対応についての話し合いだった。
「既に皆も読んだことと思うが、まずは自由な意見を聞かせてもらいたい」
評議長が、集まった評議員に意見を求める。なお、評議長は、有事の際には全権代理人として機能することもあるが、通常は任期が決まっていて、評議員の中で順番に持ち回るだけの役職である。
オルリック王国からの通達を要約すれば、『ユスティールを襲った事件、および我が国の第3王子が襲われる事件が発生した。共にアスラ連合の人間が絡んでいる可能性がある。連合国の総意として起こした事件であれば宣戦布告と見なす。その意図が無いのであれば、自国内で調査して自ら片をつけろ』というものだ。
この通達に、評議員達の反応は様々だった。
「うちの領地で、こんな馬鹿なことをするやつはおらんよ」
「一体、どこのどいつだ。はた迷惑な……」
「これって、ただの言いがかりなんじゃないの?」
「知らん。儂は知らん」
「とにかく調査して、犯人を捕まえるべきだ」
評議長が見る限り、評議員の誰にも、心当たりは無さそうな反応だった。もっとも、この中に事件の犯人がいたとしても、自分で名乗り出る者はいないだろう。
場の空気的には「とりあえず調査。もしも犯人がいたら捕まえて、オルリックに引き渡す」という感じになったのだが、突如、評議員のうちの一人が、過激な意見を提案した。
「この際、便乗して宣戦布告してもいいんじゃないですか?」
「は?」
平和的に議会が終わりそうだった所に水を差した評議員に、評議長は少し苛立ちを覚えた。水を差したのは、最近、評議員になったばかりの若い女性評議員だ。西方にある地区の代表であり、先代が亡くなったために、代替わりして後を引き継いだと聞いている。
「いや、それは最もあり得ない意見だ。えーと……」
「グレースです」
「うむ。グレース君。君は若いのであまり国の関係をまだ理解していないのかも知れないが、我がアスラ連合とオルリック王国は中立の関係にある。わざわざ宣戦布告をして、平和を乱す必要はない」
「ですが、これって先方からの宣戦布告ですよね?」
言いがかりをつけて宣戦布告をする前段階と見るべきでは、というグレースの意見に、議長と評議員は真っ向から反対し、議会は紛糾した。
このままでは完全に収拾がつかなくなると考えた評議長は、多数決を取る選択を提案しようとした。しかしその前に、グレースが別の案を提示した。
「では私と賭けをしませんか?」
「賭けだと?」
「近々、カナート王国がオルリック王国に大攻勢を仕掛けるという情報があります」
「……仮にそれが本当だとしても、どうして君がそれを知っている?」
「私の領地はカナート王国に近いので、色々と情報が入ってくるのですよ」
グレースの話に嘘くさいものを感じた評議員達は、各々と野次を飛ばしたが、グレースはそれらをすべて無視した。
「もしもカナート王国がオルリック王国への侵攻に勝利して、領土の一部を制圧できたら、カナート王国と同盟を組む算段を私に取らせてもらいたいのですが」
アスラ連合は、カナート王国と互いに不可侵条約を結んでいる。そのため、カナート王国は東からの脅威を心配せずに、オルリック王国と国境紛争を行えているのだ。当然ながら、そのことは評議員全員も知っている。
「カナート王国と同盟を結ぶということは、オルリック王国に宣戦することと同義です。評議員の皆様には、それがお分かりだと思います」
「しかし、だからといってわざわざオルリック王国を敵に回さなくとも……」
「先に宣戦布告をしたのはオルリックの奴らです!」
グレースは机を叩いた。グレースはあくまで、オルリック王国の通達が宣戦布告の前触れだと主張した。なお、グレースが机を叩いた拍子に、グレースのやや露出の高い服ごと豊満な胸が揺れたところに、評議員の一部から注目が集まったことは仕方のないことだった。
「オルリックに攻められる前に、対策を講じるべきです。カナート王国と連携した上で、アスラ連合の力を結集すれば、オルリックに対抗できます」
「それはそうかもしれんが……」
評議長はグレースの胸から目を逸らして口ごもった。そして沈黙が訪れた。
(今日のところは、このあたりが引き時か)
そう考えたグレースは、自分の主張は曲げず、代わりに先送りにすることにした。
「分かりました。今ここで結論は求めません。まずはカナート王国が、オルリック王国との国境線での戦いに勝利するかどうかを見ましょう。そして勝利した場合には、再びこの議題を検討させてください。それでいいですね?」
「……分かった。良いだろう。皆もよいだろうか?」
全員が評議長に同意し、評議会は解散となった。
(さて……まずは、あのお方の計画通りに進んだと思って良いでしょう。次は……本物の『ユスティールの至宝』を探さないとね)
グレースは妖艶な笑みを浮かべつつ、アスラ連合本部を後にした。
◇
ユスティールに大小ある工房の中でも、ロッタリー工房は最大規模を誇る工房の一つだ。
最近、先代から代替わりしたばかりのロッタリー工房の工房長の名はザックスという。そのザックスが、共同開発先として提携したのは、ガドウェル工房という中規模の工房だ。
ロッタリー工房とガドウェル工房の技術者と研究者は、互いの技術を惜しみなく教え合い、共有し、様々な機能の性能向上や、新規開発を行った。
そして今、ロッタリー工房最奥にあるバルダー専用の製造工場では、最後の仕上げが完了したところだった。
「……完成した、よね?」
「……完成、だね」
啓とミトラの目の前には、ザックスから譲り受けたバルダーよりも、一回り大きいバルダーが直立していた。
一回り大きいと言っても、腕や脚はむしろやや細い。そして全体的に流線型に仕上がっている、青白くカラーリングされた装甲は、今までこの世界で見てきたバルダーとは、毛色の異なる美しさを感じるものがあった。
特徴的なのは形状だけではない。細くなって装甲が甘くなった代わりに、両腕の左右と肩には、腕の振りの邪魔にならないように工夫された、丸盾のようなガードが備え付けられている。
また、胴体部分は厚みを増して、操縦席の安全性の向上と、席の空間にゆとりがあるような構造となっている。
両脚は、底面が幅広なのは変わらないが、少し長めになった脚には、軽いギミックが備わっていた。
両脚の膝は、通常は一箇所だけが可動するが、高速移動や難しい姿勢制御時には、膝関節の上下も関節として曲がるという、多関節機能を取り入れた。
また、関節のクッションには油圧式サスペンションの仕組みを取り入れ、走った時の安定性を向上させた。
また、バルダーの背中には、まるでリュックサックを背負っているような膨らみの構造があり、その中にも様々なギミックが用意されていた。戦闘用バルダーとして登録していないため、武器の類いは備えていないが、それでも十分に戦えそうなバルダーに仕上がった。
「すごいな。まるで進化したバルダーだ……」
「間違いなく、進化してると思うよ」
「ヘイスト!」
顔も服も所々汚れているが、やりきった顔をしたヘイストが、啓の後ろから声を掛けた。
「随所にベアリングや油圧式シリンダーを備えて、可動速度も反応速度も向上してある。もちろん耐久性も考慮した。ロッタリー工房の技術者と金属や油の配合を研究し、丈夫で軽く……」
「はいはい、その話は後でゆっくり聞かせてもらうし、あたしは知ってるし!」
ミトラがヘイストの早口を遮った。今はゆっくり完成したバルダーを眺めたいんだから静かにしなさい、とミトラに叱責されたヘイストは、苦笑いを浮かべつつ、啓の横に並んでバルダーを見上げた。
「君のために造った、君だけのバルダーだ。是非、乗りこなしてくれ」
「……ありがとう、ヘイスト」
ヘイストの言葉に、啓の目に光るものがあった。しかし啓は、次のヘイストのヒソヒソ話で涙が引っ込んだ。
「で、ケイはミトラとサリーのどちらが本命なんだ?」
「は?」
「ん?どうしたの、ケイ?」
「いや、ミトラ。なんでもないよ、少しヘイストに話があるから、ちょっと待っててくれ」
啓はヘイストを引っ張って、工場裏へと向かった。
「ヘイスト、さっきのは一体どういう意味だ?」
「そりゃ、こっちの台詞だよ。だって操縦席にもう一人座れる空間を作ったり、えーと『直列二気筒』だっけ?意味はよく分からないけど、わざわざそこまで改造をしたのは……」
「いや、ヘイストが何を言いたいかは分かるが、別に下心があるわけじゃない」
「そう言われても、バルダーの操縦席に女の子を連れ込むのは、定番の求婚方法だし……」
「……そうなのか?」
「……本当に知らないのか?」
久しぶりに、この世界の知らない文化に触れた啓だった。
バルダーの中に女性を招き、魔硝石をプレゼントしたり、交換するのが定番の求婚方法なのだそうです。
場合によっては、もう少し大人の事情(情事)もあるとかないとか。
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