044 サリーの戦い
緩い丘の斜面を滑るように、白い機体のバルダーが駆けていく。機体の随所にある金色の縁取りが陽の光を反射しながら、サリーは愛機のカンティークを全力で走らせていた。
サリーの向かう先では、20機ほどの茶色い機体のバルダーが、オルリック王国の王族旗を掲げた一団の行く手を阻んでいた。
王族旗の一団は、オルリック王国の第三王子である、ウルガージェラール皇太子の一行だ。ウルガー達は街を出た先で、待ち伏せをしていた茶色のバルダーの集団から襲撃を受けようとしていた。
しかしウルガー達も、完全な不意打ちを食らった様子には見えなかった。王国のマークを肩に刻んだ十数機のバルダーは、既に臨戦体制を取って、茶色のバルダー達を迎え打とうとしている。
敵の襲撃を察知していなければ、ウルガー達はバルダーを起動する余裕もなかったはずだ。そう考えたサリーは、一人の人物を頭に思い浮かべた。
「そうか、あの少年がまだ一緒ならば、待ち伏せにも気づけたのかもしれないな……」
サリーが記憶の引き出しから取り出した少年は、現在、ウルガーの護衛騎士隊長を務めていた。サリーはそのことを知らないが、サリーの記憶にある少年時代の彼は、ただ単に王子の側近兼、歳の近い遊び相手としてウルガーにつけられていたわけではない。
ウルガーの護衛騎士隊長も貴族であり、そして女神の奇跡の使い手だった。そしてその能力は、付近の様子を探ることができるというものだ。
彼がウルガーの側近として採用されたのは、まさにその能力によるものだった。今回の敵襲が事前に察知できたのも、まさに彼の索敵能力のお陰だった。
茶色のバルダーの集団による奇襲は失敗したようだが、それで敵が諦めて退散するようなことはなかった。サリーが到着する前に、敵集団は戦端を開いた。
サリーはさらに移動速度を上げ、低木程度は回避せずに折り倒して、一目散に救援に向かった。
「私が行くまで、やられるなよ。ウルガー!」
◇
「私が来るまで、何をしていたのですか。オーナー?」
「えーと、見ての通り、お好み焼きを焼いてまして……」
ユスティールで開催されていた「やり直し創立祭」は最終日を迎えていた。その間、酒場の前に設置された屋台で、この地の食材を使って作った「なんちゃってお好み焼き」を売っていた啓は、シャトンの奇襲を受けていた。
「全く……カフェは頼んだと言うから、オーナーはティルトちゃんの救出に向かったものだと思ってたのに、何ですかこれは!」
「いや、これには色々と事情があってね……」
当初は、啓もティルト救出のためにアメットを追うつもりだった。しかし、啓が現場にいてはあらぬ疑いを掛けられるかもしれないとミトラとサリーに言われたため、啓は一人、留守番となってしまった。
そのついでに、ミトラが酒場の店主に頼まれていた屋台の店番を、啓が代わりにやることになってしまったのだ。
大見栄を切った手前、シャトンに顔を合わせにくくなった啓は、祭りの期間中、自分のカフェには行かず、日中は屋台に立ち、夜はガドウェル工房で寝ていた。
しかし、カフェの客から「あんたの店主なら、屋台で食い物を売ってるよ」と聞いたシャトンは、啓がいる場所を聞き出し、すっ飛んできたのだ。
「まさかこの忙しい時に、呑気に屋台で妙な食べ物を売ってるなんて……」
「いや、それなりに美味しいんだよ?」
「そんなことは知りません!」
「はいっ!」
その後、啓はそこそこ体調が回復した酒場の店主に屋台を任せて、カフェの手伝いをするために、ご立腹のシャトンに連行されていくのだった。
◇
『撃て!』
『守れ!』
茶色のバルダーが砲弾を撃つ。それを護衛騎士隊のバルダーが方盾で防ぐ。
敵の砲弾は、騎士隊のバルダーが持つ盾を貫通するほどの威力は無かったが、被弾時の衝撃が無いわけでは無い。王子を守ることを最優先に考えた護衛騎士隊は、ひとまず守備陣形が崩れないようにすることに徹しながら、反撃の機会を伺うことにした。
しかし、護衛騎士隊よりも敵の数の方が多い。敵の砲撃の手は緩まないまま、敵の数機が別行動を始めた。
そのことにいち早く気づいた護衛騎士隊長が、バルダーの通信器で王子に呼びかける。
「殿下、ここは我々が守ります。殿下は街に逃げてください」
「はあ?そんなことができるわけないだろう」
「敵の別働隊が回り込もうとしています。このままでは挟撃される可能性が。その前に……」
「ならば俺が別働隊を討つ。何機来る?」
「二機……いえ、もう一機接近中。全部で三機かと」
「上等だ、任せろ」
「殿下……」
気軽に別働隊を引き受けるといったウルガーに、護衛騎士隊長は溜息を吐いた。そして、どうせ言っても聞かないんだよなとボヤいた後、二人の部下に王子と共闘するよう指示を出した。
前線が崩壊して自分達が死んだとしても、最後まで王子の身を守るのが護衛騎士の職責だと、自分に言い聞かせて。
敵の二機のバルダーが側背から迫る。ウルガーは隊列から少し外れて、敵のバルダーの方を向いて、幅広の長剣を構えた。しかし敵のバルダーはウルガーの剣の間合いに近づくことなく、まだ距離があるうちに足を止めて、砲弾を撃った。
ウルガーは砲弾を回避しようとしたが、実際には動く必要はなかった。護衛騎士隊のバルダー二機が、方盾で砲撃を防いだからだ。
その隙に、ウルガーはバルダーを走らせ、敵の一機に接近して大剣を振るった。
ウルガーの大剣が敵のバルダーに深々と沈み込む。敵の装甲が思いの外硬かったせいか、完全に真っ二つにするには勢いが足らなかった。
「こいつ!」
ウルガーが憤りをあらわにする。しかしウルガーが唸ったのは、目の前のバルダーを斬り捨てられなかったことだけが理由ではない。ウルガーに斬られたバルダーは、逃げようとするどころか、剣を食い込ませたままウルガーの機体にしがみついたのだ。
すかさずもう一機の敵のバルダーが、ウルガーに向けて砲撃の構えをとる。ウルガーは、そのバルダーが味方ごと撃つつもりだとすぐに悟った。
ウルガーは逃げようとしたが、組みついたバルダーが足枷となって動けずにいた。護衛騎士のバルダーも間に合わない。ウルガーは砲撃を食らうことを覚悟し、衝撃に備えた。
しかし、敵のバルダーは、砲撃をする直前に、背中から矛の攻撃を食らって動きを止めた。その矛は、接近中だったもう一機のバルダーが投げたものだった。
仲間割れか、と思ったウルガーの疑問は、矛を投げた白いバルダーから発せられた「男の声」によって解消された。
『私はウルガー王子一行に味方する者だ。戦いに加勢する!』
◇
サリーは拡声器で、今まさに撃たれようとしていたウルガーのバルダーに向かって声をかけた。
サリーの機体の拡声器は、別に声を変調する機能が備わっているわけではない。サリーは、自分の正体がバレないように、精一杯低くて太い声で声を発したのだ。
サリーの言葉を聞いたウルガーから返事がくる。
『助かる!』
短い感謝の言葉だったが、サリーは聞き覚えのある懐かしい声に心が震えた。
サリーが窮地を救ったバルダーは、他のバルダーとはやや形状が異なる機体だった。もしかしたらウルガーではないかと思っていたが、間違っていなかったようだ。
サリーは自分の援護がギリギリ間に合ったことに安堵し、弟が無事であることを女神に感謝した。
サリーは矛を突き立てたバルダーに接近し、そのままとどめを刺した。その間に、ウルガーも自分に絡みついたバルダーを引き剥がす。そのバルダーも、護衛騎士隊のバルダーが手斧で攻撃して破壊した。
サリーの参戦と別働隊を返り討ちにしたことで、護衛騎士隊は活気付き、逆に敵のバルダーは浮き足立ち始めた。その影響か、敵のバルダーの砲撃に切れ目が生じた。
その隙を、護衛騎士隊長は見逃さなかった。
『総員、反撃!』
護衛騎士隊は、一斉に爆砲を発射した。砲撃で茶色のバルダーが怯んだ隙に、前進して敵との距離を詰め、敵の連携を分断していく。
一対一の勝負では、日頃から訓練や試合で鍛えられている王国騎士のほうが強かった。さらに機動力に長けたサリーが、戦場を駆け回って敵のバルダーを撹乱し、護衛騎士隊の戦いを有利なものにしていた。無論、弟の安全を第一に考えて立ち回っていたが。
(可愛い弟に刃を向けるなんて、万死に値するわよ!)
ウルガーの背後を襲おうとしていた敵のバルダーを真っ二つにしたサリーは、残りのバルダーも片付けるために、再び戦場を駆け抜けた。
かくして、茶色のバルダーは次々と破壊されていった。最後に残った一機は、逃走を図ることにしたのか、背中を向けて戦場から全力で離れていった。
『ウルガー王子、あのバルダーを!』
サリーが拡声器でウルガーに攻撃を促す。ウルガーは言われずとも、逃げるバルダーに狙いをつけていた。
しかし、爆砲の射程内とはいえ、命中精度の低い爆砲では当たるかどうか微妙な距離だった。そもそも、ウルガーのバルダーには砲撃装備が無かった。だからウルガーは爆砲の代わりに、持っていた大剣を上に放り投げた。
放り投げられた大剣は、突然、空中で動きを止めた。その直後、大剣は敵のバルダーに向かって飛翔した。そして敵のバルダーの背中に深々と刺さり、その逃げ足を止めた。
ウルガーが大剣を放り投げた時、既に駆け出していたサリーは、足を止めた敵バルダーが反撃の体勢を取る前に、あっさりと矛で斬り捨てた。
(昔に比べて、速さも威力も上がってるわね。さすがよ、ウルガー)
サリーがウルガーに攻撃を促したのは、このウルガーの能力を知っていたからだ。ウルガーの持つ女神の奇跡の力は『投擲物の遠隔操作』。自分が投げたものを自在に操る力だ。
ウルガーの攻撃ならば、正確に敵の背後を撃ち、少なくとも足止めはできるだろうと考えてのことだった。
かくして、ウルガー王子の一行を襲った敵バルダーは全滅した。
◇
戦闘後、護衛騎士達は、すぐに敵バルダーの検分を始めた。作業を護衛騎士に任せたウルガーは、自分に背中を向けて立っている白いバルダーに足を向けた。
(この白いバルダーの操縦者は何者だ?)
白いバルダーの操縦者が自分に攻撃の要請をしたのは、この能力のことを知っていたからではないのか。ならば操縦者は、近親者か、王国軍に縁のある者ではないか。
ただの偶然である可能性もあるが、とにかく気になったウルガーは、白いバルダーの操縦者と話をせずにはいられなかった。
ウルガーの接近に気付いたのか、白いバルダーは立ち去ろうと動き出した。ウルガーは慌てて、白いバルダーに待つように声を掛けた。すると白いバルダーは足を止めたが、ウルガーの方を振り向くことはなかった。
『白いバルダーの操縦者よ。共闘、感謝する。私はオルリック王国のウルガージェラール……いや、既に私のことは知っているな。其方に名を呼ばれたしな』
『……エレンテールでお見かけしたので』
ウルガーの言葉に、サリーは短く返答を返した。なるべく低く、男っぽい声で。
『そうか。では、改めて礼を言いたいのだが、バルダーから……』
『いえ、礼など不要です。私は、当然のことをしただけです』
バルダーから降りて顔を見せてくれないか、と言おうとしたウルガーだったが、その声はサリーによって遮られた。王族の話の途中で言葉を割り込ませるのは不敬に当たるのでは、と思わなくも無かったが、とにかくサリーは、自分の正体がウルガーにバレる前に、早くこの場を去りたかったのだ。
ウルガーも、なんとなくその雰囲気を察した。なぜ察することができたのかは分からないが、言葉を遮られたタイミングが、自分の言葉を否定するニュアンスに感じられたのだ。
普通ならば腹を立てるところだが、まるで兄達から嗜められた時のような、そんな空気感を感じて、不思議と腹も立たなかった。
いずれにしろ、命の恩人に無理強いをすまいと考えたウルガーは、要求を変更した。
『ならば、せめて出身と名前を教えてくれないだろうか』
『………………ユスティールの、ケイです』
『ニャッ!?』
最後に、謎の鳴き声のようなものが聞こえた気がしたが、ウルガーは回答をもらえたことに満足して、気に留めることはなかった。むしろ、出てきた街の名前に関心が向いた。
『またユスティールか……最近、何かと聞く街の名前だな。いずれ私も行ってみることにしよう。ケイとやら、その時には、改めて礼を言わせてほしい』
ちょうどその時、ミトラが運転するサリーの自走車が街道の先に見えた。サリーは軽く腕を振って別れの挨拶をすると、その場から立ち去った。
◇
帰りの自走車の中で、サリーはバル子に説教されていた。
「サリー様!なぜご主人の名を出したのですか!」
「いや、その、咄嗟に思いついた名前がケイだったもので……」
ウルガーに名前を問われた時、サリーは本気で困っていた。自分の名前を出すわけには行かない、姉が生きていると知られてはいけないという思いが強すぎて、気の利いた誤魔化しを全く思いつかなかったのだ。
ならば知っている名前を……と考えた時、自然と口から出たのは啓の名前だった。
それを聞いたバル子は、思わず声を上げてしまった。以降、バル子はずっとお冠だ。
「万が一、王族に不敬があった場合、叱責されるのはご主人なのですよ!」
「ごめんなさい……でも、ケイが王子を救ったってことが広まれば、そのうちいいことがあるかもしれないわよ?」
「そんなことは知りません!」
「はいっ!」
なお、サリーがバル子に説教されていた時と全く同じ時間に、ユルティールでは啓がシャトンに説教されていたことなど、お互い知る由もなかった。
そして、啓の名が王族に知られたことが、その後の啓達に大きな影響をもたらすなど、この時は誰も予想だにしなかった。
サリーは弟を守れて満足でした。
でも余計なことを言ってバル子が激おこです。
次回、早速啓に、面倒事が舞い込みます。
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この小説に登場する、バルダーという仮想ロボットのイメージ画像をAIに作らせてみました。
大きさや重心の高さ、腕や脚の太さ、構造等々、思い描くイメージと完全一致では無いですが、ある程度近いものにはなったような気がします。
バル子のサイズが少し大きすぎる気はします(笑)
https://43439.mitemin.net/i815448/
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