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043 謁見と罠

 エレンテールの街はオルリック王国の中でも有数の、大都市の一つである。そのため、王家や有力貴族といった国賓級の客をもてなす施設も充実している。


 そしてここ数日、街で最も大きな迎賓館は、1人の人間を待遇するためだけに使われていた。迎賓館の賓客であるその人物の名はウルガージェラール・オルリック。オルリック王国の第三王子であり、現在は王位継承権第三位のオルリック王国の皇太子だ。


 そのウルガージェラール王子(名前が長いため、ウルガーと省されることが多い)は、不機嫌な顔を隠すことなく、迎賓館で最も格式の高い部屋の、その最奥に設置された豪華な椅子に座って頬杖をついていた。


「殿下。本当に今日の午後には王都に向けて帰りますからね?」

「分かっている」

「寄り道もしませんよ?」

「分かっている」

「本当に分かってるのかなあ……」

「おいコラ。分かったと言ってるだろうが!」


 王子と軽口で問答をするのは、王子の護衛騎士隊長だ。彼は王子が幼少の頃に、王子の側近候補として指名され、以後は王子の世話や遊び相手を務めてきた。

 王子とは歳もそれほど離れていないため、主従というよりも気心の知れた幼馴染という感覚のほうが強い。


 もちろん公式の場では、互いに王子と護衛騎士として立場を弁えた言動をするが、今この部屋にいるのは王子と護衛騎士と侍従だけだったため、互いに砕けた態度を取っていた。二人の関係をよく知る他の臣下達にとっても普段通りの光景であり、失礼とも不遜とも思わなかった。


「まったく、もうすぐ遠征が控えているというのに、思いつきで視察に出たりするから……」

「お前だって止めなかったではないか」

「それは、この視察が王から命じられた公務だと思ったからです。変だとは思ったんですよ。遠征の準備期間に視察だなんて」

「ふん。それはお前が勝手に勘違いしただけだ。俺は悪くない」


 口うるさい幼馴染の不貞腐れた顔を見たウルガーは、少しだけ気分を良くした。


 護衛騎士隊長の言った通り、今回の視察はこのウルガーが勝手に行ったものだ。視察と言えば聞こえは良いが、実態は遠征の準備を面倒くさがったウルガーが逃げ出しただけのものだった。

 なお、遠征というのは、例年同じ時期に同じような規模で行われる、隣国のカナート王国との国境紛争であり、毎年同じように引き分けで終わるのだ。


 できればこのまま遠征もサボりたかったウルガーだったが、王城からウルガー達を追いかけてきた使者によってもたらされた『さっさと戻ってくるように』という王命によって、帰らざるを得ない状況になってしまった。


「遠征など、兄上が行けばいいのだ。まったく、面倒くさい」

「それこそ公務なんですから、諦めてください」


 王子が不本意ながら帰ることになった一方で、王子が帰ることで安堵する人達もいる。それはエレンテールの街の代表者達だ。


 先日、ウルガーの突然の来訪に、街の代表者達は戦々恐々とした。事前通告も無く、王族が街を訪れるなど、普通は凶報以外の何物でもない。街で何か起きたのではないか、王家から不興を買ったのではないかと考え、代表者達は騒然となった。


 事態を憂慮したエレンテールの最高責任者である議会長が、王子に来訪の理由を尋ね、そしてそれがただのお忍びだと聞いた時には、皆、全身の力が抜けた。そして『これだから第三王子は……』と心の中でボヤいた。


 第三王子の国民からの印象は、良く言えば「若くて元気で、歯に衣着せぬ物言いに好感が持てる王子」であり、悪く言えば「大人げなく、皮肉屋で、次代の王として見た場合、第一王子や第二王子と比較すると見劣りする王子」だった。とはいえ街の代表達はやってきた王族をもてなさない訳にはいかず、この数日間は色々と奔走する羽目になった。


 そして昨夜、王子の侍従から『明日の午後に街を立つ』と聞いた議会長は、ようやく訪れる開放感を心待ちにしつつ、最終滞在日の今日、第三王子の待つ部屋をノックした。侍従によって扉が開かれると、議会長は部屋の中央に進み、畏まった。


「これより、本日の謁見希望者を連れてまいります」


 議会長の言葉と同時に、部屋の外に設けられた待合席で控えていたアメットが立ち上がった。



 アメットは部屋の中央に進み、議会長と同じように畏まった後、第三王子に挨拶の口上を述べた。そして待合席にいる番頭を呼び、台車に載せた檻を運ばせた。


「本日は、我がポート商会が王子のために特別な経路で入手した、大変貴重で珍しい動物を持参しました。是非、王子に献上したく、参上した次第です」


 無論、ウルガーの来訪は事前通達が無く、来訪した当時はアメットも不在であったため、王子のために入手したなどというのは嘘である。ウルガー自身も、この商人の口上に嘘臭いものを感じてはいたが、それよりも檻の中の動物のほうに興味が向いていた。


「珍しい動物とは何か?」

「はい、ネコという動物でございます」

「ネコか……聞いたことがないな。お前達は知っているか?」


 ウルガーは自分の護衛騎士と侍従に、猫を知っている者がいないか聞いてみた。知らないと呟いたり、首を捻ったりする者ばかりだったが、侍従の一人が発言を求めて進み出た。


「聞いた話ですが、最近、東方のユスティールの街で評判となっている動物がネコという名前だったように思います。その街には、ネコと戯れながら茶が飲める店もあるそうです」

「ユスティール?最近どこかで聞いたな。茶屋?ネコとは食用なのか?」

「いえ、食用ではなく愛玩用の動物らしいです。ネコは大変可愛らしい姿をしており、人にもよく懐くとも聞きましたが、私も実物を見たことはありませんので……」

「そうか……そういえば、肝心の姿が見えないようだが?」


 檻の中に見えるのは、膨らみのある毛布だけだ。アメットが「恐らく毛布の中で寝ているものかと」と言うと、ウルガーは檻を開けるようにとアメットに言った。


「いけません、殿下!檻を開けるとネコが飛び出して、逃げてしまいます!」

「だが、このままでは中を改められないではないか。それとも、檻の中にネコなどというものはいないのではないか?」

「いえ、そんなことは……」


 ウルガーはアメットを檻から遠ざけさせ、護衛騎士達に檻を囲ませた。そして先ほど発言をした侍従に、檻を開けるよう命じた。


「檻を開けたら、中のネコを引っ張り出せ。騎士達はネコが逃げぬよう警戒せよ。危険を感じた場合は、斬って構わぬ」

「はっ!」


 侍従が檻の鍵を開け、ゆっくり手を突っ込む。そしてそのまま毛布の中を漁り、やがて手を止めた。


「あの、殿下……何もいないようです」

「は?」

「はあ!?」


 ウルガーに続いて、一際大きな疑問の声を上げたのはアメットだった。


「ネコがいないだと?そんな筈はない!いえ、ありません!」

「今一度、調べてみるか?」


 猫がいないと聞かされたウルガーは、既に興味の大半を失っていた。この商人は、この街で最も大きな商会を仕切っている店主だと聞いた。そんな男がわざわざ嘘を吐き、空の檻を持ち込んだとは考えられない。

 大方、途中でネコに逃げられたか、あるいは『別の目的』でここにやってきたと考えるべきだろう。


「全員檻から離れろ!護衛騎士は陛下をお守りしろ!」


 護衛騎士隊長が叫ぶ。護衛騎士隊長も『別の目的』、つまり、王子の暗殺を警戒して行動を始めた。

 そのことに感づいたアメットは慌てて否定した。


「いや、違う……私は……私は本当にネコを……」

「アメットと言ったな。そこまで言うならば、自分で檻の中を改めてみるがいい」


 アメットは檻に飛びつき、中の毛布を勢いよく引っ張り出した。だが、やはり毛布の中にネコはいなかった。

 代わりに、幾枚かの紙が毛布と一緒に檻の外に放出され、宙を舞った。


「なんだ、これは?」

「……殿下。これを」


 呆けているアメットの代わりに紙を拾い上げた侍従が、ウルガーに紙を見せた。


「ほう……」


 紙に書かれた文字を読むウルガーの目が細められる。ウルガーは、侍従に紙を全部集めてくるように指示した。そして護衛騎士には別の命令を下した。


「その商人を捕らえよ」

「えっ?はっ?な、何をなさるので……」


 突然拘束されたアメットは、いよいよ訳が分からず、狼狽した。


「わ、私は間違いなくネコを連れてきたのです!今日ここに来るまで、檻の鍵は一度も開けておりません!いないはずがないのです!」

「お前が捕まった理由はネコではない。これだ」


 なんで自分がこんなことをしてるんだか、とウルガーは呟きながら、手に持った紙の束を振ってみせた。ようやく頭が回転し始めたアメットは『なぜ檻の中からネコではなく、何枚もの紙が出てきたのか』という疑問を持つことに、遅ればせながら辿り着いた。


「その書類は一体……」

「お前が持ち込んだのだから、お前の書類なのだろう?」


 そしてウルガーは書類の内容を読み上げ始めた。それはアメットが行ってきた数々の不正の証拠だった。ウルガーは街の議会長も呼んで、読み終えた書類の内容を確認させた。


「……詳しく調べる必要はありますが、この筆跡はアメット氏のものと思われます。内容に関しても、関係者に事実関係を問えば、すぐに判明することでしょう」

「そうしてもらおう……こちらの書類には、ユスティールの一般市民が飼っているネコを、元々自分のものであると騙し、搾取する計画が書かれているな」

「そんな事を書き残した覚えはございません!」

「書いた覚えはなくとも、内容に覚えはあるようだな?」

「それは……」


 アメットは口を噤んだ。さらに書類を読み上げ続けるウルガーの前で、アメットは生気を失っていた。なぜこれらの書類が露見したのか、その理由は分からないが、アメットにはその理由を考える気力も残っていなかった。


 ウルガーは次の書類を読み上げる前に、ざっと内容に目を通した。そして軽く息を呑んだ。


「これは……そうか。最近、ユスティールという街の名をどこかで聞いたと思っていたが、あの事件にはお前が絡んでいたのか。これは思わぬ収穫だ」


 その書類は、ユスティールのロッタリー工房が王国軍に依頼されて製造した戦闘用バルダーを、アメットが偽名を使って仲介した後、ユスティールの襲撃を企んだ組織にアメットが高額で転売したという計画と記録、そしてその収支報告書だった。


 この件は、ユスティールが襲撃されたとの報を受け、事情聴取に向かった機動保安部隊からもたらされた報告と、部隊によって持ち帰られた『ユスティールの至宝』と合わせて王国の上層部内で情報共有され、王国に対する重大な反逆事件として調査をしているものだった。


 ウルガーは立ち上がり、矢継ぎ早に、全員に指示を出した。


「アメットを王都に連行する。議会長、すまないが今日の謁見はここまでだ。それから、今すぐに街の警備隊を動員して、ポート商会を封鎖せよ。その後、商会内の捜査と、関係者全員の取り調べを行え。親商会のガーランド商会への連絡は……」


 こうして、王子のお忍び滞在最終日は、ここ数年のエレンテールの中でも、最も慌ただしい日となった。



 エレンテールの街が一望できる丘の上で、サリーとミトラは街の様子を見下ろしていた。


「いやあ、ここまで見事に吊るし上げられるとは思わなかったよ。さっすが、サリー姉だね」

「そう?私はうまくいくと思っていたわよ。ね?カンティーク」

「ご主人の仰るとおりです」


 ポート商会のアメットが第三王子によって逮捕されたという知らせは、あっという間に街中に広まった。ポート商会は完全封鎖され、使用人や商会の職員達も、事情聴取のために連れて行かれた。


 日頃からポート商会に(というより、アメットに対して)不満や恨みを持っていた住人も多かったのか、アメットの逮捕に対して「やっぱり不正をしていたのか」とか「いい気味だ」といった快哉を叫ぶ声のほうが多かった。


 街中がこの話題で盛り上がる中、サリー達は巻き添えやとばっちりを食う前に街を出た。そして今、こうして小高い丘で街を見ながら、一休みしていたのだった。


「サリー様の計画も素晴らしかったですが、なによりティルトが頑張ってくれたおかげですね」

「ニャン!」

「そうだね、最後の脱出も無事にできたしね!」


 ティルトが檻から脱走できたのは、別に難しい話ではない。単純に、檻の隙間が大きかっただけなのだ。

 ティルトと同じくらいの大きさの他の動物にとっては、通り抜けられないような隙間だったかもしれない。しかし「頭さえ通り抜ければ抜けられる」猫にとっては、通り抜けるのは容易かった。


 事前にそのことをバル子経由でティルトから聞いていたサリー達は、ティルトに檻から出れないふりをしておくように指示していた。そして謁見の日に、檻ごと外に出された後で、見張りの目を盗んで逃げるように指示していたのだ。


 謁見の日の朝から、ポート商会の動きを監視していたサリー達は、檻を運ぶ自走車を追跡し、その途中で檻から抜け出してきたティルトを素早く回収した。

 こうして檻に残されたものは、前日、使用人に扮したサリーが檻の中の毛布を入れ替えた時に、新しい毛布の中に包んでおいた、アメットの不正の証拠の書類だけとなった。


 そして思惑通り、証拠の書類は王子の手に渡り、アメットはお縄になったのだった。


「あの男は、ネコだけじゃなく、ユスティールの住人の命も奪ったのよ。もっと酷い目に合わせても良かったぐらいだわ」

「あたしも同感。やっぱりポート商会ごと潰しちゃえばよかったんじゃない?」

「ミトラ様がそう仰るなら仕方ありませんね。今からでもバル子が力をお貸ししましょう」


 そんな冗談を言いながら、丘の上で昼食を取っていると、街から出ていく自走車の集団が見えた。自走車はバルダーの乗った荷台を牽引したり、自走車自体がバルダーの搬送車となっているものもあった。そして先頭を走る自走車は、きらびやかな旗を立てていた。


「サリー姉、あれが王子の一団?」

「ええ、そうよ。王家の旗が立っているでしょう?ウルガー王子達だわ」


 サリー達が丘の上から街を見ていたのは、サリーが「一応、王子達が街を離れるまで見届けましょう」という提案をしたことによるものだった。ミトラは単純に、それが今回の作戦完了の条件なのだと考えた。だが、本当のサリーの思惑は「最後に、遠くからでいいから、弟を見送りたい」というものだった。


(元気でね。ウルガー)


 王子の一行が完全に街を出たのを確認したサリーは、作戦完了と、ユスティールに向けて帰る宣言をするために立ち上がった。しかし、空の散歩から戻ってきたノイエが、サリーの号令を遮った。


「ご主人!向こう!バルダーの集団!ガッ!ガアッ!」

「ノイエ、どういうこと!?」


 ノイエが言うには、街外れの街道の先で、複数のバルダーが身を潜めて待ち伏せをしているというものだった。そして今、王子の一行はその方向に向かって進んでいる。それを聞いたサリーは、顔色を変えた。


「きっと、狙いはウルガー王子だ……」

「どうする?サリー姉!?」


 サリーは自走車の運転席に座り、荷台のロックを外した。荷台が徐々に開き、中から白いバルダーがあらわになっていく。


「ミトラ、自走車をお願い!私はバルダーで王子を助けに行く!」

「分かった!気をつけてね、サリー姉!」

「ええ、もちろんよ。おいで、カンティーク!」

「承知しました、ご主人」

「サリー様、バル子もお連れください!」


 サリーは頷き、バルダーの操縦席に座った。サリーに続いて、カンティークとバル子も操縦席に入る。


「行くよ、カンティーク!」


 カンティークは、サリーのバルダーの名前であると同時に、サリーのパートナーの猫の名前でもある。猫のカンティークは、元々バルダーのエネルギーとして使っていた魔硝石だった。そして猫の姿となった今でも、カンティーク自身がバルダーにエネルギーを供給することができる。


 サリーの号令には、バルダーを発進させるという意味であると同時に、信頼するパートナーである猫のカンティークと一緒に戦うという意味も含まれていた。


 サリーのバルダーが起動し、自走車から降りて大地に立った。そして、待ち伏せをしているバルダーの集団に向かって、丘を駆け下りていった。


「まったく……いつまでも世話を焼かせる弟だわ」


 弟を心配する気持ちとは裏腹に、サリーは笑顔を浮かべていた。

アメットは無事に捕まりました。

そしてウルガー王子に危機が迫ります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 ざまあみろクソ商人!とすっきり出来たと思ったら…まさに『一難去ってまた一難』ってやつですな。 王族を狙う以上その辺のチンピラや雑兵では無さそう=ユスティールで暗躍して…
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