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042 捕物劇 その2

「どっちに行った!?」

「風呂だ……うおっ!湯船に飛び込んだぞ!」

「よし、洗う手間が省けた!」

「そんなことを言ってる場合か!」

「あっ、また逃げた!」


 実は風呂好きだったティルトは、逃げる途中でひとっ風呂浴びてさっぱりした後、再びアメットの館の中を疾走した。


 ティルトと使用人達の鬼ごっこは、かれこれ1時間以上続いていた。疲れ知らずで逃げるティルトとは対照的に、追いかける人間側は体力を削られ、足は徐々に鈍くなっていった。


 そもそもティルトは普通の動物ではない。啓が魔硝石を使って召喚した猫であり、その体力や生命力は魔硝石のエネルギーに由来する。無論、エネルギーが切れれば動きは止まるが、日頃からチャコを相手に半日以上追いかけっこをしているティルトにとっては、この程度では準備運動にすらならなかった。


 加えて、素早く逃げるチャコを追いかけることで習得した身のこなしは、そのへんの人間がいくら束になってかかろうとも、簡単に捕まえられるものではなかった。


「今度はどっちだ?」

「上の階に行ったぞ!」

「よし、追うぞ……階段しんどい……はあ、はあ……」


 それでも体力のある若い使用人の男達は、ティルトを必死に追いかけ続け、ついに上階にある来賓用の客室へ追い込んだ。ティルトは棚の上に上がって立ち止まり、追いかけてきた使用人達をジッと見つめた。


「よーし、いい子だ……そのまま動かないでくれ」

「おい、気をつけろ……あの棚の上にあるのは旦那様の自慢の収集物だぞ……」


 使用人達はティルトを見ると同時に、その真後ろにある、高そうな壺や彫刻にも目を向けていた。


「分かってる。壊されでもしたら大変だからな。だから刺激しないよう、そーっと近づけよ……」


 当然ながら、使用人達はティルトが人の言葉を理解できることなど知らない。いい話を聞いてしまったティルトは、壺のひとつに前脚をかけた。


「ひいぃっ!」

「おい、変な声を出すな!」

「でも、壺が……」

「分かってる!だからこそ、刺激するような声を出すんじゃない。ネコに壺を落とさせるな!」


 しかしその願いは届かなかった。ティルトは前脚で壺を弾き、棚から落とした。


「うおおおおおお!」


 使用人の男の一人が、落下する壺に向かって決死のダイブを敢行した。そして見事、床に落ちる直前の壺を両手でガッチリと受け止めた。


「よし、よくやっ……」


 だが現実は非情だった。男が受け止めた壺に向かって、ティルトは別の壺を落とした。互いに良い音を響かせて粉々に割れる二つの壺。落胆と愕然の表情を浮かべる使用人達。

 そんな使用人達とは裏腹に、喜色満面のティルトは意気揚々と、棚の上にある高級品や彫刻を片っ端から落として回った。硬質な破砕音が絶え間なく部屋中に響き渡った。


「おい、どうするよ……」

「……見なかったことにしないか?」


 次々と壊されていく高級品の数々を、使用人達は呆然と眺めていた。さらにティルトは、壁にかけられた絵画にも爪を立てて引き裂いた。

 こうしてティルトは部屋の中にある「高そうに見える物」をほぼ全て破壊した後、使用人達の横をすり抜けて別の部屋へと向かった。

 そして次の部屋でも、次の次の部屋でも、ティルトは同じことを繰り返していった。



 ティルトが上階で暴れ回っている頃、下の階でも騒動が起きていた。


「ネコがそっちに向かったわよ!」

「なんだと!その先は商会事務所だぞ!」

「あれ?ネコは上の階に行ったんじゃないのか?」

「いた!あそこだ!商会事務所のほうに向かっているぞ!」


 使用人の一人が指さす方向には、全力で走り去っていく茶色の猫の姿があった。ちょうどその場にいたアメット自身も、商会事務所へと入っていく猫の後ろ姿を目にとめた。


「お前達、早く追え!商会が荒らされるぞ!」

「はいっ!」


 使用人達とアメットは、猫を追って急いで商会事務所へと向かった。

 その後ろを、使用人の少女がゆっくりと歩いていく。そして事務所と居住スペースのちょうど境目の所で足を止めた。


(さあバル子ちゃん!存分に暴れていいからね!)


 使用人の変装をしているミトラは、心の中でエールを送った。


 事務所に向かった猫の正体は、体毛を茶色く染めたバル子だった。バル子とティルトは体型こそ似ているが、バル子はロシアンブルーでティルトはアビシニアンである。見る人が見ればその違いは一目瞭然だが、猫を見たことのない人達には、その違いなど分かるはずもなかった。


 ミトラは、バル子達が互いに念話で共有している情報を教えてもらいながら、タイミングを見計らっていた。そして「サリー直伝のスカート技」で、スカートの中に隠していた「ティルトに似せて茶褐色に染めたバル子」を解き放ったのだった。


「さて、しばらくはアメットをここに釘付けにできそうね……あとはよろしくね、サリー姉」


 事前の調査で、ポート商会の建屋の構造を把握していたサリーとミトラは、アメットと使用人達に猫を追いかけさせて、目的の場所から人を遠ざけるための作戦を立てていた。

 それは、二匹の猫を使って現場を撹乱し、使用人達を分断・足止めするというものだった。


 果たしてサリーは、無事に目的の場所に辿り着いた。



 アメットの書斎の扉の前で、使用人の制服姿のサリーは周囲を伺った。人が来る様子がないことを確認したサリーは、扉に掛かっている鍵を解錠するために、スカートの中からカンティークを取り出した。本家本元の、サリーのスカート技だ。


(カンティーク、よろしくね)

(お任せください、ご主人)


 カンティークが鍵穴に前脚を向ける。するとカンティークの前脚の先が光り出し、細長い棒のように伸びていく。そして棒状の光は、そのまま鍵穴に入り込んでいった。

 サリーも啓と同様に、カンティークを使って武器を具現化することができる。サリーがカンティークを使って具現化できるのは薙刀のような武器だが、サリーはその力を応用して、鍵穴の形状にピッタリと収まる「小さくて鍵のような形の矛先」を作り出したのだった。


 カンティークが前脚を少し動かすと、扉からカチッという音が聞こえた。サリーは扉をそっと開き、暗い部屋の中に入って扉を閉めた。


「さて、どんな面白いものが出てくるかしらね……」


 サリーはスカートから蝋燭を取り出して灯りを確保すると、すぐに書斎を物色し始めた。そして、たいして時間をかけることなく、むしろあっけないほどに、アメットの行った様々な不正の証拠を見つけ出した。


 証文の偽造、詐欺行為、競合商会への嫌がらせ、恐喝で奪い取った利権と関係する暴力組織の情報、さらに親商会であるガーランド商会の金を横領している証拠の書類など、サリーは大量のお土産を確保した。

 最後にサリーは、鍵のかかった机の引き出しを(再びカンティークの力を借りて)開けた。


「これは……」


 サリーは引き出しの中から見つけた書類を読み進めた。書類を握る手に力がこもっていく。サリーは書類を握り潰してしまう前に、深呼吸をして手の力を抜いた。


「これは、バル子ちゃんの最終案を実行しても良かったかもしれないわね……」


 ちなみに、バル子の考えた最終案とは、「物理的な意味」でアメットもろとも、商会の建屋を完全にぶっ潰すことだった。



「頼む、もうやめてくれ!頼む!」


 アメットは、もはや傍若無人に暴れまわる猫を捕まえることを諦め、ただ懇願することしかできなかった。


 ティルトに扮したバル子は、ノリノリでその役割を果たしていた。その結果、商会事務所内はまるで大嵐が通り過ぎたようにめちゃくちゃにされ、見るも無惨な状況となっていた。


 机に積まれていた書類は全てぶちまけられ、棚の物は壊されるか、床に落とされていた。バル子を追いかけ続け、体力だけでなく気力も失って疲れ果てた使用人達は、床に座り込んで荒い息を吐いていた。


 いい加減荒らす場所も無くなってきた頃、バル子はカンティークからの念話で「任務完了」を伝えられた。

 バル子はアメットの頭に一発蹴りを喰らわせてから、邸宅に通じる廊下に向かって走り、そこにいたミトラのスカートの中にダイブした。


 その後、バル子を追ってヨロヨロと歩いて戻ってきたアメットは、(ミトラの扮する)使用人に、猫の行き先を尋ねた。

 ミトラが「向こうに行きましたよ」と答えると、アメットは生気の無い声で返事をして、ミトラの指差した方向へと歩いていった。



 ただ一人、檻の前で待機していた家政婦長は、毛布を持ってやってきた使用人の女に、用向きを尋ねた。


「その、旦那様に、檻の毛布を新しいものに取り換えておけと言われまして……」

「そうですか。では交換しなさい」

「はい。では失礼します……」


 使用人の女が毛布を取り替えるのを待つ間、家政婦長は、この使用人がどこの担当だったかを思い出そうとしていた。


(はて、誰だったかしら。名前も顔を思い出せないわ……)


 毛布の取り替えを終えた使用人に、家政婦長が話しかけようとしたまさにその時、突然、ティルトが猛ダッシュで部屋に飛び込んできた。そして自ら檻に入ると、新しい毛布に飛び込んで包まった。

 ちなみにティルトは(分かる人にしか分からないが)、やりきった表情をしていた。


 家政婦長は突然の猫の帰宅に一瞬呆けたものの、すぐに目の前にいる使用人に指示を出した。


「檻を!檻を早く閉めるのです!!」

「は、はい!」


 使用人の女は檻を閉め、鍵を掛けた。そして使用人の女は「旦那様を呼びに行ってまいります」と言って出ていった。

 無事に猫を確保できたことで頭も胸もいっぱいになった家政婦長は、先ほどの使用人が誰だったかという疑問など、欠片も残さず霧散していた。


 そして程なくやってきたアメットに、家政婦長は猫を確保したことを誇らしげに報告した。家政婦長はただ待っていただけではあったが。


「そうか、よくやった……いいか、家政婦長。二度と檻は開けるな。誰にも、絶対に開けさせるなよ!」


 本当ならばこんな大迷惑な猫など殺してしまいたいアメットだったが、第三王子に献上するという計画がある以上、それはできなかった。むしろさっさと王子に押し付けて、猫を厄介払いしたい気持ちでいっぱいだった。


 そしてアメットは家政婦長に、明日の謁見まで不寝番を立てて檻を見張るように指示を出した後、「今日はもう寝る」と言って、食事もせずに自分の寝室へと向かった。


 翌日、出社した商会の職員は職場の酷い有様を見て、そしてアメットは破壊し尽くされた高級な壺や絵画のコレクションを見て、共に阿鼻叫喚した。


次回、アメットが謁見に行きます。


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