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040 想定外の来賓

「サリー姉、見えたよ!すごい街だねえ。周りが壁に覆われてるよ。ユスティールとは大違いだねえ」

「ああ、エレンテールは大きな街だからね」


 サリー達がユスティールの街を出発してから四日目の午後。ミトラはサリーが運転する自走車の窓から身を乗り出して、エレンテールの街を眺めていた。


「ミトラ。そんなに乗り出して、落ちても知らないわよ」


 ミトラは窓枠に腰をかけて身を乗り出して、いわゆる箱乗りで街を見ていた。


「カンティーク、バル子ちゃん。絶対にミトラの真似をしちゃダメよ」

「承知しています、ご主人」

「バル子は、そんなはしたない事はいたしません」


 カンティークとバル子は、自走車の後部座席で大人しく座り、ミトラのお転婆っぷりを見ている。しかしミトラは、お構いなしに箱乗りを続けていた。


「あれが街の入り口かなあ。すっごい行列になってるんだけど、入るのが大変な街なの?」

「何だって?」


 サリーも窓から身を乗り出して、街に目を向けた。ただし自走車の操縦桿からは手を離さずに。

 自走車はバルダーと同じく、操縦桿だけで運転操作を行う。ハンドルもアクセルもブレーキもない。運転手は操縦桿を握り、走らせたい速度と方向の思念を魔動連結器に伝えて、自走車を走らせるのだ。


 サリーは自分の目で街の入り口に並ぶ人々の列を確認した後、運転席に座り直した。サリーは商隊の護衛稼業で何度もこの街を訪れているが、これほど街の入り口で混雑する様子は見たことがなかった。


「これは街で何かあったのかもしれないな」

「サリー姉、どうする?ノイエに様子を見てきてもらおうか?」

「でも、ノイエちゃんにはずっと飛び続けてもらっていたし……」


 ミトラのパートナーであるハシボソガラスのノイエが、先立ってアメットの自走車を探しに飛び立ち、アメットの自走車とチャコを見つけて戻ってきたのは昨夜のことだった。

 

 ノイエは、チャコがアメットの自走車の上でティルトの様子を見てくれていることや、アメットが向かっている方向について報告をしてくれた。その情報から、サリーはアメットの一行が寄り道をせずにエレンテールの街を目指していると確信し、サリー達も真っ直ぐエレンテールに向かって進んできたのだ。


 その後も何度かノイエに偵察に行ってもらい、アメットがまもなく街に到着しそうだと聞いたのは今朝のことだった。

 ミトラは自分の肩でくつろぐノイエを撫でながら、サリーの返事を待った。サリーはたいして時間をかけることなく、ミトラに答えた。


「いや、見たところ、街に入れないわけでは無いと思う。実際に行って、門番に聞いてみることにしよう」


 サリーは街の入り口に向け、自走車を走らせた。



 エレンテールの邸宅に戻ったアメットは、番頭に猫を獣用の檻に移すように指示をした後、休むことなくポート商会の会長室に向かった。とはいえ、ポート商会の本部は、アメットの邸宅の1階と2階にあるので、ただ建屋内を移動するだけだ。


 アメットは会長室に職員を呼び、自分が不在中の取引状況や出来事を報告させた。その報告の中には、アメットにとって実に興味深い話があった。


「第三王子がこの街の視察に来ているだと?」

「はい。ですのでここ数日、街は騒がしくなっています。街の入り口では不審な者が入らないよう、いつもより入念に警戒していたかと思いますが……」

「そうだったか?」


 邸宅に到着するまで熟睡していたアメットは、街の入り口で検閲のために待たされたことに全く気付いていなかった。


「それで、王子はいつまで滞在する予定だ?」

「確か、明日までかと」


 それを聞いたアメットはすぐに番頭を呼び、エレンテールの議会長経由で、王子に謁見の申入れをするように指示を出した。

 議会長とは、エレンテールの街を統括する議会の会長であり、街で最も高い権力を持つ人物の一人だ。

 一方のアメットも、エレンテールの街では最大規模の商会を経営する有力者である。自分の名前を出せば、他者の謁見を差し置いて自分の謁見を捩じ込むことなど容易いことをアメットは知っている。そしてアメットは、その権力を行使することに一切の躊躇いを持っていなかった。


「それにしても、まさかネコがさっそく役に立つとは思わなかったわ」


 アメットは、この珍しいネコという獣を王子に献上することで、王室とコネクションを持つ算段を立てたのだった。


 ネコの入手と王子の来訪。このタイミングは天啓だとアメットは考えた。商人としての勘と経験が、この機会を逃すべきでは無いと言っている。アメットはその勘と経験で、つい先日も、やや危ない案件ではあったものの、大きな取引で大儲けしたばかりだった。


 今の自分には良い風が吹いている、そう思ったアメットは、今回も自身の直感に従って、王子にネコを献上することを即決したのだった。


 昼過ぎに戻ってきた番頭が、アメットに「明日、王子と謁見できる約束を取り付けました」を告げると、アメットは商会の受付前の広いスペースに職員と邸宅の使用人を集め、第三王子との謁見とネコの献上について説明し、すぐに準備をするよう指示を出した。


 開け放たれた商会の扉の外では、準備に奔走し始めた職員達の様子を、一羽の茶色の鳥がじっと見ていた。



「第三王子が視察に来てるの?」

「だからこうやって街に入る人を確認してるんだ。あー、分かっていると思うが、街中では理由なくバルダーを動かさないようにね」


 何度も同じ質問と回答でうんざりしている門番が、サリーとミトラに今日何度目か分からない言葉を投げかけた。


 バルダーは仕事でも普通に使われるため、搬入に関して大きな制限は無い。完全に戦闘用のバルダーであれば用途を聞かれることもあるが、体裁として聞かれるだけである。

 無論、犯罪行為に使えば死罪にも直結する重罪となるが、そこは使い手のモラルの問題である。


 かくして、サリー達は多少待たされたものの、無事に街に入ることができた。

 サリーは大通りをゆっくりと走り、バルダーを牽引した自走車を停めることができる宿に向かった。そこは、この街に来るたびにサリーがよく使う宿でもあった。


 宿の店主と顔見知りのサリーが、和気藹々と談笑しながら宿泊の手続きをしていると、ミトラが小声で「チャコちゃんが来たよ」とサリーに告げた。

 サリーは店主にお礼を言い、ミトラと一緒に荷物を持って宿泊する部屋に入った。


「ふう……カンティークちゃんは重いねえ」

「ミトラ様、その表現は少々傷つきます」

「そうだぞミトラ。カンティークは重いんじゃない。たくましいんだ」

「ご主人、それもどうかと……」


 ミトラの持っていた麻袋から出てきたカンティークは、毛繕いをしながら苦言を呈した。メインクーンのカンティークは、ロシアンブルーのバル子に比べて体重が倍以上ある。普段、バル子を抱っこすることが多いミトラにとって、カンティークが重いと思うのは無理もないことではあるが。


「バル子ちゃんも、窮屈な思いをさせてすまなかったね。一応、今この街でネコを見られるのはまずいと思ったんでね」

「いえ、サリー様の言う通りだと思います。問題ありません」


 同じく、麻袋から出てきたバル子がサリーに応えた。


「それに、ティルトはもっと不自由な思いをしているはずですので」


 サリーはバル子の言葉に頷くと、部屋の窓に向かって歩き、そして窓を開けた。


「お待たせ。ノイエちゃん、チャコちゃん」

「ガアッ!」

「ピュイッ!」


窓の外では、黒い大きな鳥と、茶色の小さな鳥が待っていた。



「明日、ティルトが第三王子に献上されるですって!?」


 ミトラとサリーは、チャコからもたらされた情報を聞き、想定外の事態が起きていることを知った。それは明日、アメットがティルトを王子に献上するつもりだという話だった。


「それはまずいな。ウルガー王子は珍しいものが大好きだったからな。ネコなんて見たら間違いなく欲しがるだろう」

「サリー姉、ウルガー王子のことを知ってるの?」

「えっ?ああ、いや、もちろん人から聞いた話だよ。ウルガージェラール王子は、珍しいものが好きなんだそうだ」


 サリーはミトラには話していないが、サリーはオルリック王国の元王女である。そして、オルリック王国第三王子のウルガージェラール・オルリックは、サリーの実の弟でもある。


 なお、ウルガージェラール王子は名前が長いため、市井では「ウルガー王子」や「ウルガー殿下」あるいは単に第三王子と称されることが多い。


「どうしようか?あたしたちも謁見を申し込んで、ネコを返してもらうようお願いしてみる?」

「いや、それはちょっとまずいかな……」


 サリーは暗殺者によって命を狙われ、現在は死んだことになっている。もしも王子と面会してサリーの正体に気付かれ、王女が生きていると知られれば、サリーは再び命を狙われる危険がある。

 何よりサリーは、再び王位の継承権争いなどに巻き込まれるのはごめんだった。


 それでもサリーには心残りもある。サリーがかつてサルバティエラ・オルリック王女だった頃、まだ少年だったウルガージェラールとは仲の良い姉弟だった。

 姉が死んだと知らされた時、弟はどんな気持ちだっただろうか。もしも自分が生きていると知ったら、弟は喜んでくれるだろうか。


 大好きだった弟に、自分が生きていると知らせたい、名乗り出たいという気持ちがサリーの中で膨らみかける。しかしサリーは、首を振ってその思いを散らせた。今はやるべきことがあるのだ。


「ミトラの案はいずれにしろ無理だろう。この街の住人でもない私達では、王子に御目通りできるはずもない」


 それもそうかと、ミトラは提案を引っ込めた。サリーは自分の都合でミトラの案を却下してしまった、という負い目を少し感じていたが、逆にこの状況を利用できないかとも考えた。

 そしてひとつの方策を講じた。


「基本的な方針は元の計画通りでいいと思う。でも、せっかくだから、この状況も利用しようじゃないか」


 そしてサリーは、ミトラとバル子達に作戦の概要を伝えた。


「なるほど、面白そう!やろう、サリー姉!」

「もしも駄目だった時は……その時は、バル子ちゃんが考えた最終案をやるしかないね」

「バル子は最初からそれでも構わないのですが……」

「それは最後の手段よ!」


 こうしてサリー達は、大急ぎで準備に取り掛かった。



 その日の夜。アメットの邸宅にて。

 バルコニーに面した部屋の中で、使用人に見張られている檻の中には、毛布に包まって寝たふりを続けているティルトがいた。

 そのティルトに、外から呼びかける「声」が聞こえた。


(ティルトよ、ティルト。私の声が聞こえますか?)

(はい、聞こえます、チャコ師匠!)


 チャコはバルコニーの手すりから、念話でティルトに呼びかけていた。


(ティルトよ。時は来ました。これから言うことをよく聞きなさい。そして役目を果たすのです)

(お任せください、師匠!)


 そしてアメットの邸宅では、これから悪夢の大騒動が始まるのだった。

第3王子が街に来ていました。

弟に会いたい衝動に、少しだけ駆られるサリーでした。


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