表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/124

004 市長の提案

 啓とミトラ、そしてザックスとその取り巻き達は、市場の管理棟にある応接室にいた。応接室の中央にある丸テーブルの対角線上に啓達とザックス達が座り、その間にユスティール工房都市の市長が座って、両者の言い分を聞いていた。


「つまり、ミトラはザックスの挑発を受け、そちらの……ケイと言ったか?ケイがザックスに喧嘩を売ったと、そう言うことか?」

「挑発だなんてとんでもない。市長、俺は本当のことを言っただけです。そこのミトラがバルダーをここで売る資格がないことをね。それを聞いたこの男が激昂して俺に殴りかかってきたので、俺は身を守るために抵抗したのです」

「オレは殴り掛かってなどいない!先に手を出したのはそっちだろう!」

「そうよ、ケイは手を出してない!あんたが先に手下に指示してケイを殴ったんじゃない!


 しかし、啓とミトラが反論してもザックスは涼しい顔をしている。ザックスは大工房のお坊ちゃんらしいので、後で権力や金を使ってどうにでもてきる、とでも考えているのかもしれないと啓は思った。何とかしてザックスに謝罪させることはできないものだろうか。


「ふむ。儂は最初から見ていなかったのでお前達の主張のどちらを信じていいかは分からん。だが、1つだけ訂正をしよう。ミトラはもちろん、ガドウェル工房にバルダーの出店禁止はしておらん」

「ほら!ザックス、聞いたでしょう?あたし達にはちゃんとバルダーを出す資格があるんだからね!」

「だが、次に不良品を持ち込むようなことがあれば出品禁止も検討する、とも言った。分かっているな、ミトラ」

「はい……」


 勢いづいたミトラのテンションは一気に下降した。だがこれでバルダーの出品禁止はザックスの言いがかりであったことが証明された。しかしそれで引き下がるザックスではなかった。


「ふん、所詮、まともなバルダーも作れない技術力ならば、事実上の出品禁止と同じことだろう」

「違う!あたしが試運転した時には何ともなかったし……その……」

「つまり、動作確認のためにバルダーを操縦する腕もお粗末だと言うことだろう?そんな奴の作ったバルダーになんぞ乗れるかよ」

「そんなことない!あたしのバルダーの操縦はあんたより全然上手いわよ!」

「はっ、どうだか」

「2人共、いい加減にせい」


 ヒートアップしていくミトラとザックスを市長が嗜める。市長は少し考えた後、2人に提案した。


「ミトラ、ザックス。ここは工房都市のしきたりで決着をつけてはどうだ。喧嘩をして負けた方が勝った方の言い分を聞く。そして勝負がついたら仲直りだ。ただし!」


 市長は一呼吸置いてから勝負の条件を述べた。


「直接の殴り合いじゃない。バルダー同士の模擬戦としよう。それでどうかね?」

「模擬戦?祭の時にやるアレか?……いいだろう。受けて立とう」

「あたしは……勝負の条件はそれで構いません。でもうちにはバルダーが……その……ありません……」


 ミトラの声は徐々に小さくなり、最後の方はギリギリ聞き取れる程度の、か細い声になっていた。


「ミトラ、ガドウェル工房では今はバルダーを造っていないのかね?」

「いえ、今あたしが造っていますが、まだ製作途中なんです。でも動かせる機体は一機もありません。ガドウェル工房は今、自走車と農業用魔動機に力を入れてるので……」

「はっ!それでは勝負にならねえな!それとも農業用魔動機で俺と勝負するか?畑を耕す速度で勝負する気はねえぞ」

「ザックス、静かにしたまえ。ではミトラ。バルダーは市場にあるものを貸そう。年季が入っているので入れ替えを検討していたものだから、壊しても構わんぞ」

「ありがとうございます、市長!」

「……ふん。こちらはウチのバルダーを使わせてもらう。構わないな?」

「模擬戦は15時から、市場の試運転場で行う。それまでに準備しなさい」


 そしてザックスは準備のために応接室を後にした。部屋に残ったのは啓とミトラと市長だけとなった。


「あの、市長。オレ達がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いや、構わん。ザックスは悪いやつじゃないとは思うが、ロッタリー工房の力を自分の力と勘違いして増長しとるようでな。年長者が正しい方向に導いてやらんとな。はっはっは」

「あ、あたしも、その、ご迷惑をおかけして……」

「ミトラ。らしくないのう。元気だけが取り柄なのがミトラだろう?」

「だけってなんですかっ!」

「そう、それでいい」


 市長は満足そうに笑顔で頷いた。一方、ミトラは頬を膨らませてそっぽを向いた。


「市長はミトラのことをよくご存知なのですか?」

「ああ。もちろんだ。ガドウェルは儂の弟分みたいな奴でな。駆け出しの頃からよく知っとる。だからミトラも生まれた頃からよく知っている。儂がお前達に手を貸してやる理由の一つでもある」

「なるほど……他にも理由が?」

「さっき言っただろう?ザックスの鼻をへし折ってやってほしい。模擬戦で負けたのであれば、ロッタリーの奴も文句は言わんだろう。ロッタリーは努力家で、一代でロッタリー工房をこのユスティールで1,2を争う大工房にまで成長させた。自分が苦労した分、息子には自由にさせているのだろうが、まあ、自由すぎるのも問題だな」


 市長はこの市場を管理していることもあって、ザックスの父親であり、大工房の工房長であるロッタリーのこともよく知っているようだった。市長は立ち上がり、窓から外を眺めた。


「もうすぐ14時だ。模擬戦まで後1時間ある。ミトラも自分が動かすバルダーを触っておくといいだろう」

「あの、市長……全然関係ないことを聞いてもいいですか?」

「何かね、ケイ」

「えーと、その……なぜ時間が分かるのですか?」

「あそこの時計塔を見たからだが?」

「時計塔……うわ、時計だ!」

「そんなに驚くことかね?」


 啓はこの世界に来てから、ちょっと引っかかっていることがあった。療養中にも「夕食は17時ぐらい」とか「6時ぐらいに起こしに行く」と時間を言われていた。最初は疑問に思わなかったが、ふと「この世界の時間の概念は地球と同じなのか?」と思ったのだ。そして今、窓から初めて見た時計塔を見て、ひゅっと息を呑んだ。文字こそ違えど、時計塔には円形の時計盤に12個の数字が刻まれ、長針と短針が現在の時刻を指していた。


「だって……だって、同じ時計なんですよ!」

「……ミトラ。ケイは一体どうしたのかね?」

「実はケイは記憶喪失で……」

「そうか。それは気の毒だな」


 市長は不憫そうな表情で啓を見たが、啓はそんなことは気にせず、市長に質問した。


「あの時計は12時間表記ですよね?今が14時であの針の位置だとすると、1日は24時間ですか?1時間は60分ですか?1分は60秒ですか?」

「概ねその通りだが……記憶喪失で一般常識もあやふやになっているのかね?」

「……凄い。まさかここまで同じとは。これなら時間感覚に困ることもなさそうだな」

「君。本当に大丈夫かね?」

「ケイ、お願いだから落ち着いて」

「ああ、ごめん、もう大丈夫。落ち着いた。ところでこの部屋には時計は無いのですか?」

「あんなバカでかいものを置いてたまるか」

「あー、いえ、そうではなく、小型で卓上におけるものとか、腕時計とか……」

「何を言っているか分からんが、時計台の時計が基準なのだ。個々に持っていても時間が合わなくなるだろう。手間と間違いが増えるだけだ」


 聞けば、時計台の時計はおもりを使った巻き上げ式の時計で、時計台の管理者が毎日手動でおもりの巻き上げを行って時計を動かしているそうだ。また、季節や陽の動きに合わせて、管理者が時間を調節しているらしい。時計台の時計がユスティールの標準時間であり、ユスティール市民は全員、この時間を見て動いているとのことだった。なお、市場の随所には今の時間を示す札を掲げる場所があり、それを時計台に合わせて手動で置き換えたり、鐘を鳴らしたりして建屋内でも時間が分かるようにしているらしい。ガドウェル工房内でも鐘を鳴らしていたので、同じようなことをしているのだろうと啓は理解した。


「クォーツ時計や電池で動くようなものはこの世界には存在しないってことか……」

「なんだって?」

「いえ、何でも無いです。すみません、市長。変なことを聞きました。忘れてください」

「……まあいい。どれ、ミトラ。そろそろバルダーを動かしに行こうか」

「はい!」



 市場の格納庫で、ミトラは古びたバルダーのコクピットで機体をチェックしていた。例によってこのバルダーも、くの字に曲がった2本の足で大きな両腕の生えた上体を支えている、今までに何度か見てきたバルダーと似たような形状だ。ただ、装甲は凹んでいたり、一部欠けていたりしていて、確かに年季が入ってくたびれているように見えた。


「ミトラ、これ、大丈夫なのか?」

「……うん、動作は問題なさそうだよ。まあ、実際に動かしてみないとわからないけれど。『流星』シリーズは、あたしも動かしたことあるし」

「『流星』シリーズ?」

「このバルダーのシリーズ名よ。主に資材の運搬用で、動きは遅いけれど、力持ちで安定性も高いわ」

「名前はかっこいいんだな」

「市場で通常行っているバルダーの模擬戦は3回勝負のうち、相手を2回転ばせるか、行動不能に陥いらせたら勝ちだ。このバルダーでも問題あるまい。あとはミトラの腕次第だ」

「じゃ、動かすよ」


 すると、ミトラの乗ったバルダーからモーターが駆動するような音が響いた。ミトラは啓に下がるようにといった手振りをすると、搭乗口のハッチを閉じた。ハッチは薄い水色の付いた透明色で、薄っすらとミトラの姿が見える。啓と市長が数歩下がるのを確認したミトラは、バルダーを前進させた。2本足を器用に動かし、前へと進んでいく。やがて、軽くスキップするように走ったり、急停止や旋回動作までやってのけた。バルダーを手足のように扱っているミトラを、啓と市長は感心しながら見ていた。


「ミトラ、すごいな」

「なかなかの腕前だな。ケイ、君はバルダーに乗ったことは無いのか?」

「ええ、バルダーを動かしたことはありません。バルダーではないですが、モーターボ……他の機械を使って、スピードを競う競技には出ていました」

「ほほう」


 啓が市長と話をしている間に完熟運転を終えたミトラは、そのまま試運転場までバルダーを運転していった。啓と市長は後からゆっくり歩いて試運転場に向かっていたが、何故か先に試運転場に着いて待っているはずのミトラが走って戻ってきた。


「どうした、ミトラ。バルダーは?」

「はぁ、はぁ……試運転場に置いてきた。それより、大変なのよ。ケイ、市長!」


 息を切らせて戻ってくるぐらいならばバルダーで戻ってくればよかったのでは、と思わなくもない啓だったが、すぐに直接話がしたかったミトラは走って戻ってくることを選択したのだった。


「ケイ……じゃ分からないか。市長、急いで試験場に来てください。ザックスのバルダーを見てください!」


 ミトラの訴えを受け、啓達三人は走って試運転場へ向かった。試運転場にはいると、まずミトラが市長から借りたバルダーが見えた。試運転場の中で、コクピットを開けっ放しにしたまま放置されている。そしてミトラのバルダーの先に、黒い機体のバルダーが見える。全体的に手足は太めであるものの、『流星』シリーズほど両腕だけ特化して大きいわけではなく、むしろバランスよく見える。膝もくの字ではなく軽く曲げているだけだが、機動性能は良さそうに見えた。しかし、その体型よりも異質なのはバルダーの装備の方だろう。バルダーの胴体部分であれば隠せるほどの大きさの四角い盾を左手に持ち、薙刀のような武器を背中に付けていた。


「市長、あれがザックスが持ち込んだバルダーなの……やっぱりあれって……」

「ああ。あの小僧……戦闘用バルダーを持ってきやがった」

「戦闘用!?」


 黒いバルダーのコクピットの搭乗口が開き、ザックスが姿を見せる。ザックスは醜悪な笑みを浮かべてミトラに宣戦した。


「さあ、ミトラ。模擬戦を始めようじゃないか」


次話は早めに投稿予定です。

レビュー、ブックマーク、評価、誤字指摘などいただけると大変励みになります。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ