039 別行動
ティルトがポート商会のアメットに連れ去られてから三日。
ユスティールの市場へと通じる大通りには、たくさんの屋台や露店が立ち並び、多くの人で賑わっていた。その一角、ガドウェル工房からも近い酒場の前にある屋台の中では、啓が金属製のヘラを持ってお好み焼きを焼いていた。
啓が熱した鉄板の前で汗を拭きながら、次の準備のために鉄板に油を馴染ませていると、匂いと物珍しさに引き寄せられた男が啓の屋台の前にやってきた。男は皿に乗ったお好み焼きを指差し、啓に尋ねた。
「兄ちゃん、これは何だ?」
「いらっしゃい。これは『お好み焼き』って言うんだ。ひとつ買っていかないか?」
「ほう……変わった料理だな。じゃあ、ひとつもらおうか」
「毎度!」
啓は男に、先ほど焼きあがったばかりのお好み焼きを手渡す。男はお好み焼きにかぶりつき、味や食感を確かめた後、啓に言った。
「まあ、うまいが……なんというか、普通だな」
「いやあ、まあ、うちの故郷の大衆料理なもんでね。あはは……」
お好み焼きが悪い訳ではなく、自分の腕が悪いのだと啓は自分に言い聞かせた。強いて言えば、材料の問題だろうか。小麦粉に、(キャベツのような)葉物と根菜をみじん切りにしたものを加え、(鶏に近い)家畜の卵と肉、そして水を加えてよく混ぜ、鉄板で焼く。焼き上がったら客の好みで、香辛料や果実の汁をふりかけて食べてもらう。ソースも青のりも鰹節もマヨネーズもない。あくまで、こちらの世界の食材を使って、似せて作った『お好み焼きもどき』なのだ。
「だが兄ちゃん、安い割には、食べごたえがあっていいじゃねえか。肉体労働の合間に食いたいぜ」
「そりゃ良かった。まだあるから、お土産に買っていってよ。冷めてもおいしいからさ」
もう少し味の研究をして、カフェでも出してみようかな……と思う啓だったが、一方で自分は何をやっているのだろうかとも思っていた。
「サリーとミトラは大丈夫かな……やりすぎてなきゃいいけど」
啓は鉄板にお好み焼きの生地を流しながら、独り言を呟いた。
◇
ティルトが連れて行かれた日の翌日、再びサリーの家に集まった啓とミトラ、そしてパートナーの動物達は、それぞれが集めた情報を持ち寄って、本格的な作戦会議を行った。
「ポート商会のアメットの自宅は、ここから西の、エレンテールの街にあるわ。ユスティールから自走車で四日ほどね。でもそれは、昼夜を問わず走った場合の時間だから、恐らく途中の街に立ち寄って休んでいくはず。だから到着までに数日はかかると思うわ」
「さすがサリー姉。頼りになる!」
「ふふっ。伊達に商隊の護衛はやってないからね」
サリーはこのユスティールで、商隊の護衛を主な仕事としている。市長からの信頼もあり、街のご意見番として、言わば半官半民のような仕事も引き受けており、あちこちに顔が利く。
そこでサリーは、知り合いの商人から、ポート商会の情報をかき集めてきたのだ。なお、ポート商会の建物は、アメットの自宅も兼ねているとのことだ。
「それにしても、ポート商会ってのはあまり評判が良くないね」
「あたしも、うちの工房と取引してる資材屋さんに聞いてみたんだけど、顔をしかめられたよ。『あんな商会と取引するのはやめとけ』って言われちゃった」
「典型的な悪徳商人ってところか」
「そうね。叩けば埃がたくさん出てくるわよ」
「遠慮はいらないってことだな」
特に情報を得られるような人脈を持っていない啓は、ただ二人の会話を聞いて、感想や見解を述べることしかできない。啓が行ったことは、チャコにアメットの追跡をお願いしたことだけだった。
オオハチドリのチャコは、高速で飛行できる上に体力、もとい、魔硝石で蓄えたエネルギーもあり、丸一日程度は余裕で飛び続けられる。
チャコがアメットの自走車に追いつけば、自走車の真上に止まって、隠れて休むこともできるし、ティルトと念話で会話もできる。そしてチャコからティルトへ、啓の指示を伝えてもらうのだ。
だが啓は、そんなことよりも、ティルトが一人ぼっちで心細くならないようにチャコを手配した、という意向の方が強かったのだが。
「では、まずはチャコちゃんとの合流を目指してみましょう。最悪、アメットの家で合流できればいいんだけど」
「それならノイエに任せてよ。ノイエに先に西に向かってもらって、空からチャコちゃんを探してもらうわ」
「ノイエ、探せる。任せて、ご主人。ガアッ!」
「ノイエはすっかり、カタコトな喋り方に慣れてしまったんだね……そのほうが安心だけど」
ミトラのパートナーであるハシボソガラスのノイエは、普通に会話もできるのだが、普段は人の言葉をオウム返しで真似る鳥として、カタコトで喋る癖をつけていた。
そんなノイエは、空を飛ぶ速度もそこそこ速いし、目も良い。チャコのいる場所に近づけば念話も可能となるから、チャコを発見するのも苦ではないだろう。
「あとはあたしたちね。サリー姉、自走車は出せるの?」
「ええ、大丈夫よ。もちろんケイとミトラも乗っていけるわ。数日分の食料と備品も乗せてね。ってことで、ノイエちゃんを先行させて、私達は自走車でそれを追う。それでいいわね?」
「いいけど、サリーの自走車って、バルダーを運ぶやつだろう?」
「ええ、そうよ。だから念のためにバルダーも持っていくわ。カンティークも一緒に行くしね」
「念のため、ねえ……」
サリーは暴れる気満々な気がしないでもないが、さすがに大っぴらに暴れるわけにはいかないだろう。いざとなれば、啓が過剰な武力行使は止めるつもりでいたのだが……
「あっ!あたし駄目だ!」
「どうした、ミトラ。なにか用事でもあったのか?」
「酒場のおっちゃんが腰をやっちゃったらしくて、当分動けないんだって。だからあたしが手伝うことになってたのを忘れてたよ。どうしよう……」
「手伝うって何を?」
「祭りの露店だよ」
「ああ、祭りか。そう言えば、そんな話を聞いたな」
先月開催されたユスティールの創立祭は、その真っ最中に『ユスティールの至宝』を狙った賊の襲撃によって中止を余儀なくされた。街は多くの被害を被ったが、市民達の精力的な復興活動によって、現在は元の活気を取り戻している。
そこで市議会は、街の有識者達と協議を行い、小規模ながら、祭りのやり直しをすることにしたのだ。そしてその祭りは、二日後に行われることになっている。
それを聞いたサリーは少し考えた後、啓に言った。
「ちょうどいいわ、ケイ。貴方、ミトラの代わりに手伝いに行きなさい」
「え!?サリー、そりゃないよ。オレも行かなきゃ……」
「いいえ、ケイは行かない方がいい。現場で貴方の姿は見られないほうがいいの。むしろこの機に、ケイはユスティールから一歩も出ていなかったという証拠を作りましょう」
サリーの言いたいことは啓にも分かった。要するにアリバイが必要だということだ。
ポート商会に何かが起きた時、真っ先に疑われるのは啓だが、その啓が街から出ていなければ、疑われる心配も少ない。
「じゃあ、お祭りはケイに任せて、あたしとサリー姉で行くね」
「んー、まあ、そういうことなら仕方ないけど、本当に大丈夫かなあ……」
「あ、バル子ちゃんは借りていくから」
「え!?そうなの!?」
「そりゃそうよ。大切な戦力だもの」
「戦力って、あのねえ……」
「ご主人、バル子に命じてください。あの厚顔無恥な商人を叩き潰してこいと」
「……」
バル子はやる気に満ち溢れていた。
そして皆で作戦を練った後、啓を除く二人と一匹、そしてカンティークとノイエは、意気揚々とエレンテールの街へと向かって出発した。
◇
一方、アメットの自走車を一足先に追ったチャコは、半日もかからず、ティルトの乗った自走車を見つけ出していた。チャコは自走車のルーフに止まると、念話でティルトに語りかけた。
(ティルト。ティルトよ、聞こえますか?)
ケージで丸くなっていたティルトは、突然聞こえた聞き覚えのある声に反応し、体を伸ばして耳をピンと立てた。そして目を開けて、一声鳴いた。
「ニャッ?」
「おや、ようやくネコが起きたようだぞ。ネコというのは随分と寝る獣なんだな」
番頭の座るシートの横に置かれたケージを、その正面に座っていたアメットが覗き込む。猫の鳴き声に気づいたアメットが興味深く猫を見るが、ティルトはすぐに目を閉じて、再び丸くなった。
「なんだ、また寝よったぞ。全く、つまらん獣だ」
アメットは、寝てしまったティルトにすぐに興味を無くし、ケージから目を逸らして外を眺めた。
もちろん、ティルトは二度寝をしたわけではない。この不快な人間の顔を見たくなかっただけだ。そしてティルトは、念話の相手がいるのはこの空間ではなく、おそらく外にいるのだと理解した。
(ティルト。聞こえていたら返事をしなさい)
(聞こえます、チャコ師匠!)
ティルトは、念話で語りかけてきた相手がチャコだとすぐに分かった。
チャコは普段、カフェ・フェリテの20匹の猫を相手に鬼ごっこをして遊んでいる。それも、チャコvs猫全員という鬼ごっこだ。
そしてチャコは、いままで一度も猫達に捕まったことがない。しかもチャコは、猫が届かない上空を飛んで逃げるという真似は一切しない。あくまで猫の射程距離の中で逃げているにも関わらずだ。
フェリテにいる猫達にとって、チャコは自分達を鍛えてくれている先生だった。そして華麗に舞うチャコの姿は、猫達の憧れでもあった。いつしかチャコは、猫達から師匠と呼ばれていた。
(ティルトよ。不自由をさせて申し訳ないと、ご主人から伝言を預かっている)
(いえ、もったいないお言葉です。私はご主人の期待に添えるよう、私の役割を果たすだけです)
(そうか、ティルトよ。良い心がけだ。ご主人だけではなく、私も其方の働きに期待している。しかと励むが良い)
(師匠!ありがとうございます!)
師匠と呼ばれているチャコも、まんざらではなかった。
啓は1人でお留守番です。
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