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038 アメットの主張

 ポート商会の商会主を名乗るアメットは、啓に会うなり、啓が自分の飼い猫を盗んだと言いがかりをつけてきた。

 色々な意味で面食らった啓は、ミトラにも同席してもらい、まずはアメットの主張を聞いてみることにした。


「あの、アメットさん。オレ……じゃなくて、私が貴方の飼い猫を盗んだ、と言うのは間違いないですか?」

「はあ……間違いも何も、貴方がよくご存知なのでは?」

「いや、私は全く心当たりが無いのですが」


 啓は一応、相手が商会主という地位にあることを踏まえて、丁寧な物言いで応対することにした。啓はこれがアメットの言いがかりであることは分かっているが、こういった場合は感情を露わにして激昂するより、冷静に対応することが大事だと、ボートレーサー時代の実体験で学んでいる。


 なにより啓は、この商人がどんな形で啓を陥れようとしているのかに興味があった。ミトラにも、啓が意見を求めた時だけ発言をしてもらうよう、事前にお願いしてある。


「それで、私が盗んだという証拠はあるのですか?」

「私のネコが貴方の茶屋にいるはずです。それが動かぬ証拠となるでしょうな」

「それはどんな猫ですか?容姿や色は?」

「ここで言えば、貴方は店番に命じて、私のネコを隠すかもしれません。てすので、今は申し上げることができません」

「はあ……」


 アメットは困惑する啓を見て、心の中で『これは容易く落とせる』と判断した。アメットは、事前に啓に質問されることを想定して、幾つも回答を用意していた。

 その時の状況に合わせて、声の抑揚や表情などを変えつつ、言質を取られぬように相手を丸め込む。兵士はバルダーで戦うが、商人は言葉と金と情報で戦う。

 それはアメットが商人として大成するに至った、自身で磨き上げた最大の武器だった。


 アメットは番頭の方を向き「アレを」と言った。すると番頭は、鞄から封書を取り出した。


「今、うちの番頭が出したその封書の中には、私のネコの捜索依頼書が入っています。そこには、私のネコの特徴も書いてありますので、後ほどお見せしましょう」


 アメットは番頭の持つ封書を指差した後、再び啓に向き直った。


「ケイさん、正直に言ってください。私のネコを盗んだのは、ケイさんで間違いありませんね?」

「いえ、私は貴方の猫を盗んでいません」

「そうですか。お認めにならないと仰るのですね。大変残念です」


 アメットは大きな溜息を吐き、頭を振った。


「私の商会は、ガーランド商会の傘下に入っております。無論、ガーランド商会の名前はご存知かと思いますが……」

「ガーランド商会ですか?いえ、知りませんが」

「ですから……えっ?知らないですと?」


 ガーランド商会の名を知らぬ者などいない。そのつもりで話を続けようとしたアメットは、知らないと言う啓の言葉に本気で面食らい、思わず体を浮かせかけた。

 ガーランド商会を知らずに、オルリック王国内で商売をする男がいるなど、アメットには信じられなかった。


「ああ、すみません。オレ、じゃなくて私は、最近この土地に来たもので……」

「なるほど、他国から流れてきたのですか」


 それでも名前ぐらいは知っているだろうと思うアメットだったが、啓がミトラにガーランド商会のことを聞いている様子を見て、どうやら本当に知らなそうだと感じ、少し頭が痛くなった。


「ケイ。ガーランド商会と言えば、オルリック王国随一の大商会よ。ユスティールにも、傘下の商会があったと思うわ。王都周辺で流通している衣料品や食べ物、それに武器やバルダーなんかも、ほとんどガーランド商会が仲介しているらしいよ」

「らしい、ではなく事実ですよ、お嬢さん」


 多少の誇張はあるが、アメットはわざわざ細かい訂正はしなかった。アメットとしては、啓にガーランド商会の影響力の大きさを示せればそれで良いのだ。


「要するに、私どもの商会に傷をつけると言うことは、ガーランド商会に楯突くも同然ということです」

「はあ……」

「貴方がこの件を解決しないまま、この先も商売を続けようとお考えであれば、今後、茶屋の営業に様々な不都合が生じることでしょう。お分かりいただけますかな?」

「はあ……」


 啓は曖昧な返事を返したが、啓は別にアメットの言葉に納得したり、萎縮したわけではなかった。

 そもそもアメットは「自分の飼い猫が盗まれた」と主張しているので、この件はポート商会とは無関係な話である。そして当然ながら、ポート商会のバックにどんな大商会がついていようが、やはり全く関係のない話なのだ。


 アメットという男は、個人レベルの話を大事にすり替え、巨大なバックがあることを利用して啓を恫喝しているに過ぎない。


「なるほど。虎の威を借る……ってやつですね」

「トラ?何の話ですかな?」

「いえ、何でもないです。ですが、私は本当に貴方の猫を盗んでなどいないのです。それなのに、私の商売に様々な不都合が出るというのも納得がいきません。一体どんな不都合が生じるのか、説明していただけますか?」


 啓の質問に、アメットは「この男、無知なだけではなく、本当に頭が悪いのではないか?」と思わずにいられなかった。普通の商売人ならば、自分で察するぐらいのことはできるだろう。


 とはいえ、説明しろと言われると、それはそれでアメットも困った。もしも具体的に恐喝や風評被害の示唆をしては、商会に悪評が立たないとも限らない。ここは啓個人の店ではなく、ユスティールにある工房の応接室であり、この場には第三者もいるのだ。

 それにこの安っぽい応接室の壁が薄ければ、外にいる工房の職人に話が聞こえているかもしれない。


 そう考えたアメットは、切り口を変えることにした。これも事前に用意していた落とし文句だ。


「具体的にどんな不都合が生じるかについては、ひとまず置いておきましょう。私も事を荒立てるつもりはないのです。貴方が盗んでいないと主張するのであれば、私もそれを信じたいと思っています。初対面の貴方を、盗人として訴えたくはありませんからな」

「そうですか。そう言ってもらえれば……」

「ですから、貴方は私の猫をたまたま外で見つけて、拾って保護してくれた恩人、ということにしてはいかがでしょうか。そうすれば貴方の体面を傷つける事もなく、穏便に話が解決します」

「……………………はあ」


 アメットの行った論法は、最初に承知しかねる要求を行った後、譲歩した提案を出すことで、相手から承諾を引き出しやすくするというものだった。


 とはいえ、啓もミトラも、空いた口がしばらく塞がらなかった。この厚顔無恥な商人は、あくまで啓が猫を盗んだと主張し、その事を世間から隠してやる代わりに猫をよこせと恐喝しているのだ。

 もしも啓がアメットの提案に同意しなければ、啓を盗人として訴え、さらにカフェの経営に『様々な不都合』とやらが生じることになるのだろう。


 啓は目を瞑り、少し考えをまとめてからアメットを見た。アメットは、人の良さそうな笑顔を浮かべているが、その仮面の下には醜悪な本性が隠されているに違いないと啓は確信していた。


 そこで啓も、負けずに作り笑いを浮かべて、アメットに言った。


「アメットさん。ひとまず場所を変えませんか?貴方がおっしゃる猫が、本当に私のカフェにいるかどうか、まずは確認してください」

「そうですか。分かっていただけましたか。ええ、もちろん伺いましょう」


 アミットが腰を上げたので、啓も笑顔を張り付かせたまま、無言で立ち上がった。

 啓はこのケンカを、真っ向から買うことに決めた。



 啓とミトラがカフェ・フェリテに着いた時には、既にアメットが店内で猫を物色していた。アメット達が先に店に到着していたのは、アミットが自前の商会の自走車に乗って、先にカフェ・フェリテに向かったためだ。


 歩いてカフェ・フェリテに到着した啓が店に入ると、すぐさま憤慨したシャトンが啓に詰め寄ってきた。


「オーナー!何ですか、あの人達は!?店に入るなり『全ての猫を出せ』だの、『猫を隠したりしたら酷い目に遭う』だのと言った挙句、私には奥に引っ込んでろとか言うんですよ?オーナーには話がついてるって言われましたけど、本当のことなんですか?」

「シャトン。気持ちは分かるが本当だ。すまないが少し席を外してくれるか」

「オーナーがそう仰るなら……」


 シャトンはまだ言いたいことがありそうだったが、啓の顔に張り付いた笑顔を見て、自室に『避難』していった。


「ケイさん、お待ちしておりましたよ。待っている間に、店番をしていたお嬢さんに、全てのネコをここに集めてもらいました。聞いていた通り、20匹と……おや、そちらにも黒いネコがいますね」


 啓はバル子も連れて店に来ていた。なお、ここまで来る道中、バル子は尾を膨らませてブンブン振ったり、時折「フーッ」、「シャーッ」と唸って怒りを露わにしていた。

 今は感情を殺して、ポート商会の店主をジッと見ている。


「このバル子はオレの大切なパートナーですので、店には出していません……まさかこの猫が貴方の猫だと言うことは無いでしょうね?」

「いえ、違いますよ。私のネコは既に見つけました」


 そう言って、アメットは一匹の猫を指差した。


「ティルトですか?」

「ええ。この細い腕としなやかな体。そして赤い毛色。間違いなく私の猫です。この捜索依頼書の通りです」


 アメットは捜索依頼書を啓に渡した。その内容は、確かにティルトの特徴に合致したものだった。


 ティルトは店でも特に人気のある猫だ。アビシニアンのティルトは赤褐色の毛色で、細身で引き締まった体は身のこなしも良い。元気に遊びまわる姿と、名を呼べは寄ってくる人懐こさが、客の心を鷲掴みにしていた。


 おそらくアメットは、事前に人気のある猫の特徴を調べておき、それを元に捜索依頼書を作成したのだろう。そう啓は考えた。


 啓はこんこんと湧く怒りを堪えながら、ティルトを呼んだ。


「ティルト、ちょっとおいで……よし、いい子だ。いいかい、ティルト。オレはこれからこの人達と大事な話をする。ティルトはその間、奥でシャトンに体を拭いてもらってきなさい。バル子もティルトと一緒について行ってくれ」

「ニャッ」

「ニャッ」


 ティルトはバル子と一緒に、店の奥へと消えて行った。


「あの、ケイさん?」

「アメットさん、心配しないでください。これからお出かけするティルトの体を、綺麗に拭いてもらうだけです。別に裏から逃したりしませんよ。そんな事をして、うちの店に『様々な不都合』とやらが起きても困りますからね」

「そうでしたか。いやいや、安心しました」


 言葉だけでなく、アメットの顔にも安堵の表情が浮かんでいた。そしてアメットは心の中で「勝った」と呟いた。


「ところでアメットさんは、ティルトを何処で手に入れたのですか?」

「それは言えません。貴方と同じく、それをはっきりと申し上げることはできません」

(そこも調査済みか……)


 啓も猫の入手場所や生息地については、普段からはぐらかした回答をしている。アメットはそのことも知っていたようだ。

  アメットが少し油断したところで、揺さぶりをかけてみようと考えた啓だったが、抜け目のないアメットには効果がなかった。そこで啓は次の手を打った。


「念の為、もう一度言っておきますが、私は貴方の猫を盗んでなどいません。ですが、貴方の仰る通り、貴方の猫がうちに勝手に紛れ込んだ可能性も否定しません。ですので、ティルトは貴方にお渡しします。まず、ここまでの認識に間違いは無いですか?」

「ええ。大変結構です」


 アメットは満面の笑顔を浮かべたが、次の啓の言葉に、表情を一転させた。


「ですので、もしもアメットさんが、ティルトがやはりアメットさんの飼い猫では無かったと気付いた時には、ティルトは私に返していただきます。その場合は『特別にうちから貸出していた』ということにして、今日から返却された日までの貸出料を日割りでいただきます。金額は……」


 そして啓はかなり高い金額を提示した。その金額は、一日あたり、ガドウェル工房での一ヶ月の給料に相当する。


「はあ!?獣ごときにそんな高額を払えるわけないだろう!」

「獣ごとき?」

「あ、いや、失礼……しかし、それはいくら何でも高すぎると思うのですが……」

「え、相場通りですよ?アメットさんならば当然ご存知だと思っていたのですが、もしかして知らなかったのですか?」


 無論、アメットが知っているはずなどない。啓自身、ついさっき金額を決めたばかりなのだ。そもそも、この世界にいない猫の相場など存在するはずがない。だが、アメットは食い下がった。


「いや、もちろん知っておりますが、しかし私は……そう、私はお客様に喜んでもらえるように、普段は格安の料金を提供しているので、相場通りの価格では高いと、そう言いたかったのですよ」


 アメットの苦し紛れの言い訳に、啓は大げさに食いついてみせた。


「なんと!それは素晴らしい!私は感服しました。私もアメットさんを見習いたいと思います。猫を愛する者同士ですし、アメットさんから貸出料を頂くわけにはいきませんね」

「いやあ、わかってもらえたようで、私も嬉しいですよ」

「では、貸出料を頂く代わりに、貴方の猫かどうか確認している期間中に起こった問題には、私は一切責任を負わない、ということでよろしいですか?」

「それだけでよろしいので……いや、ええ、それで構いませんとも」

「では、その旨、書面で残しておきたいのですが……」

「勿論です。商人は命よりも契約が大事ですからな。おい、紙と筆記具を!」


 アメットは番頭を呼びつけ、紙と筆記用具を用意させた。そして啓の言った条件を契約書に記した。貸出料が発生しないことについては、特に濃く書いていた。


 アメットは、啓がアメットと同じように「最初に承知しかねる要求を行った後、譲歩した提案を出すことで、相手から承諾を引き出しやすくする」という論法を用いていたことに、最後まで気が付かなかった。



 ティルトはアメットが用意していた木製のケージに入れられた。ケージはアメットの番頭が大事に抱え、番頭はそのままポート商会の自走車に乗り込んでいった。


「では、確かに受け取りました」

「では、お預けします」


 アメットは自分の猫を返してもらった意味で、啓はティルトを貸し出した意味で言葉を交わし、握手をした。そしてアメット達はさっさと自走車で帰っていった。


 走り去る自走車を見送った啓は、隣で泣き出したシャトンの頭をポンポンと叩き、大丈夫だから泣くな、と声を掛けた。


「でもオーナー、あの商人がティルトちゃんを返してくれるとは思えません!かといって可愛がってくれるとも思えません!きっとティルトちゃんは知らない人に売られてしまいます!オーナーもそのぐらい分かっているのでしょう?それなのに、どうしてそんな平気な顔をしているのですか!」

「平気な顔?シャトンにはそう見えるかい?」

「あの……オーナーが帰ってきた時の笑顔はすごく怖かったのですが、今はその……分かりません」


 今の啓はほぼ無表情だった。勿論、啓の胸中は穏やかではなかったが、啓の頭の中は、次の策のことを考え続けていたため、表情には出なかっただけだ。


「大丈夫だよ、シャトン。ティルトは必ず無事に帰ってくる。でもティルトがただ帰ってくるだけではつまらないだろう?」

「はい……はい?」


 シャトンは啓の言葉を理解しきれず、聞き返してしまった。


「そんなわけでシャトン。少しの間、店はシャトンに任せるけどいいかな?勿論、店もシャトンも、ちゃんと『警備隊』に守らせるからね」

「はい……」


 シャトンは涙を拭うと、シャトンが心から敬愛するオーナーの顔を見上げ、笑顔でもう一度返事をした。


「はい!お任せください!だから、ティルトちゃんのことをよろしくお願いします!」


「ああ任せろ。さて……ティルトを取り返すだけじゃなく、あの商人に一泡吹かせるための作戦会議をしようか。バル子、ミトラ」

「ニャ!」

「ええ、やってやりましょう。サリー姉も呼ぶ?たぶん喜んで手伝ってくれるわよ」

「そうだな。今からサリーの家に行ってみようか」


 啓達はそのままサリー宅に行き、ちょうど家にいたサリーに、これまでの経緯を話した。サリーは喜んで協力を申し出てくれた。


「もちろんよ。そんな面白そうなこと、私が参加しない訳ないでしょう?」

「ありがとう、サリー。助かるよ」

「で、その商会ごと叩き潰せばいいのね?」

「はい、サリー様。その通りでございます」

「いや、サリー。それはちょっと……バル子もサリーをけしかけないで……」

「いえ、サリー様の言う通りでございます。あんな男の商会など、塵一つ残す必要はありません」

「……」


 ずっと我慢して、大人しくアメットの戯言を聞いていたバル子のフラストレーションは、かなり溜まっていたのであった。


ティルトが連れ去られてしまいました。

バル子は激おこです。


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