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036 ミトラのお願い

「はあ……ずるいと思わない?」

「はい、その……そうですね」

「でしょう?カンティークちゃんもそう思うよね?二人だけでそんな秘密を隠してたなんてさあ……」

「あの、ミトラ様?そろそろ離していただけると……」

「やだ。傷心のあたしを癒してくれるのは、カンティークちゃんのモフモフだけだもん」

「……」


 ミトラはリビングのソファで、カンティークを両手でガッチリとホールドしたまま、顔をカンティークのお腹に埋めて、そのままグリグリと動かした。

 カンティークは主人であるサリーに目で助けを求めたが、サリーは「ごめん、辛抱して」と言わんばかりに、苦笑いを返すだけだった。


 メリオール率いる王都の起動保安部隊との決闘を終えた後、啓とサリーは、ミトラにこれまで黙っていた数々の秘密を話した。なお、ガドウェル工房や猫カフェ・フェリテではなく、サリーの家で話をすることにしたのは、第三者に邪魔されたり、聞き耳をたてられないようにするための配慮だ(特にシャトン)。


 啓はミトラに、自分が女神によって他の世界から転生させられたことと、魔硝石を使って啓がいた元の世界に存在している動物を召喚できることを伝えた。


 最初は「そんな嘘をついて、あたしをはぐらかす気なの?」と疑って掛かるミトラだったが、啓は熱心な説明に加えて、バル子を通じて盾を具現化したり、(ボツ案になった)チャコの銃モドキへの変身を見せたことで、ミトラもひとまず啓の説明を受け入れた。


 サリーも啓と同じく、自分の出自についてミトラに話をした。ただしサリーは、自分が元貴族で、命を狙われたために貴族の名を捨てて逃げてきたことは話したが、王位継承権を持つ王女であったことについては説明を省いた(説明を省いただけで嘘は吐いていない)。


 それからサリーは、自身が治癒の力を持っていることと、カンティークはサリーの持つ魔硝石を元に啓に召喚してもらった猫であり、話もできることも教えた。


 こうして二人から話を聞いたミトラは、いきなり降ってきた大量の情報を頭の中で整理しようにも整理しきれず、ひとまず考えるのをやめた。

 そして人の言葉が話せることが判明したカンティークを相手に愚痴り、そのままモフモフに現実逃避したのだった。


 ミトラはカンティークのお腹に顔を埋めたまま、二人に問いかけた。


「……ねえ、啓。サリー姉。今聞いた話、本当に嘘じゃないんだよね?」

「ああ、本当だ」

「私も嘘ではないと誓おう」

「……女神様にも誓える?」

「え?あの女神に誓うの?」

「ケイ。君はたまに女神様に不敬な態度を示すことがあるが、女神様はこの世界の守り神であり、創造神であらせられるのだぞ?」

「……できることならば、一度、素の女神様に会わせてあげたいよ」


 この世界で女神と言えば、もちろんシェラフィールのことを指す。啓としては、地球の公営ギャンブルを使って神と外ウマで賭けをした挙げ句、熱を上げすぎて啓を引っ張り上げてしまった残念な女神を、心から崇拝する気にはなれなかった。


「誓えるの?誓えないの?」

「私は誓える」

「……じゃあ、オレも」

「しぶしぶ!?」


 そんな啓に、ミトラは「まあいいか」と溜息を吐いた後、ようやくカンティークを開放した。カンティークは自分の主人の元へとすっ飛んでいった。


「ケイ。もう、隠し事は嫌だよ?」

「ああ、分かった」

「だから、あたしのお願いも聞いてほしいの」

「ん?お願い?」


 ミトラは、ふふんと笑うと、服の中から装飾品を取り出した。ブローチやカメオのように見えるその装飾品の中央には、黒い魔硝石が嵌っている。バルダー用に使えるギリギリぐらいのサイズはありそうな魔硝石だ。


「ミトラ、それは?」

「これ、母ちゃんの形見のひとつなの」


 ミトラは愛おしそうに、その装飾品を見つめた。


「あたし、母ちゃんのことは全然覚えてないんだ。母ちゃんは、あたしがまだ赤ちゃんの頃に、流行病で死んじゃったんだって」


 ガドウェルから聞く母の思い出話だけが、ミトラの中にある母の姿らしい。ミトラの話を聞きながら、啓も自分の母の姿を思い出して、少しだけ感傷に浸った。だが、しんみりした時間は長くは続かなかった。ミトラの微笑みが不自然に深まる。


「そんなわけで、ケイ。あたしにも動物を召喚してくれないかな?」

「はい?」

「ケイは魔硝石で動物を召喚できるんでしょ?この魔硝石を使っていいからさ」

「ええっ?いやいや、ミトラ。それはお母さんの形見なんだろ!?」


 そんな大切な物を使うなんてとんでもない、と啓は断ろうとしたが、ミトラはソファから飛び起きて、啓に詰め寄った。


「これは母ちゃんの形見の『ひとつ』なの。魔硝石がついてる形見はこれしかないけど、他にも形見はちゃんとあるから大丈夫よ。それに、サリー姉にもカンティークがいるのに、あたしだけ何もいないのはずるいじゃない。それともやっぱり、あたしだけ仲間はずれにするつもりなの?」

「いやいや、そんなつもりはないけど……」

「だったら、お願い!あたしにも召喚して!」


 ミトラが必死の形相で啓に訴える。啓も、ミトラが引き下がる気はないと感じ、ことさら断る理由も見当たらないので、ミトラの要望に応えることにした。ただし、懸念事項だけはしっかりと伝える。


「ミトラには、魔硝石を直接使って、力を引き出す能力がないよな?」

「それって女神の奇跡のこと?だったらそうだね。あたしは使えないよ」

「そう。その女神の奇跡は、魔硝石と親和性が高いというか……なんと言えばいいのかな?」


 啓はうまい説明が思い浮かばず、サリーのほうに視線を送った。サリーはやれやれという身振りをして、啓から説明を引き継いだ。


「いいかい、ミトラ。私とケイは『女神の奇跡』が使える。女神の奇跡は魔硝石の力を引き出すことで、その効果を高めることができる。つまり私とケイは魔硝石と相性がいいんだ」

「うん……それで?」

「それが動物を使役することに関係するかどうかは分からない。ただ、もしもその力が関係しているのならば、ケイがミトラと一緒に動物を召喚したとしても、その動物がミトラを主人と認めてくれるかどうかは分からない、ということさ。ケイ、言いたかったことはこれで合ってるかな?」


 サリーの確認に、啓は頷きで返した。そして再び、啓が続きの説明をする。


「たぶん、オレが命令すれば言うことを聞いてくれるとは思うが、もしもミトラを主人と認めてくれなくても、泣いたりしないでくれよ」

「なっ、泣かないわよ!嫌だわ、ほんとにもう」


 ミトラは膨れ面で顔を背ける。その仕草に、啓とサリーは軽く笑った。


「じゃあ、ミトラ。魔硝石をオレに貸してくれ。ミトラは手をオレの手の上に乗せて、2人で魔硝石を包むようにするんだ。カンティークもそうやって召喚した」

「ふーん、つまり啓は、サリー姉の手を握ったんだ」

「いや、そのほうがいいかと思って……」

「ふーん……まあいいけど。ところであたしが召喚して欲しい動物の種類なんだけどさ」

「あれ、猫じゃないの?」


 啓はミトラも猫をパートナーにするものだと勝手に考えていた。しかしミトラは首を振った。


「あたし、鳥がいいな」

「鳥?」


 この世界にも鳥類はいる。街でも、雀や鳩のような鳥が飛んでいるのを目にすることがある。啓はこの世界にどんな種類の鳥がいるのかまでは知らないが、ミトラが鳥を所望するのは少し想定外だった。


「あたしね、いつかはこの街を出て、旅をしてみたいと思ったことがあるの。知らない土地に行って、見たことがないものを見てみたい。この世界をこの目で見て回りたいなって」

「元気で活発な、ミトラらしい夢だね」

「うん!だから、空を自由に飛べる鳥には憧れもあって……あたしと一緒に、世界を飛び回ってくれるような鳥がいいなって」

「……ミトラが乗って飛べるような、大きい鳥の召喚は無理だぞ?そんなのはオレの故郷にもいなかったし」

「ああ、違う違う!別に一緒に飛ぼうってんじゃないのよ。ただ、あたしの代わりに空からも世界を見てほしいというか……まあ、とにかく鳥がいいの」

「分かった」


 ミトラが鳥に憧れを抱いていることを理解した啓は、ミトラのために鳥を召喚することに決めた。ならば次は、どんな鳥を召喚するかを考えなければならない。


「召喚する鳥の色とか、特徴はどうしようか。チャコみたいに、小さいけれど、その場で浮いているような飛び方ができる鳥もいれば、飛ぶ速度が速くて狩りのうまい鳥もいる。空を飛べない鳥、なんてのもいるが」

「飛べないのはちょっと。とにかく格好良い鳥がいいな」

「何をもって格好良いとするかが問題だな……」


 ひとまず啓は、チャコのように小柄な鳥ではなく、もう少し大きい鳥で考えてみることにした。魔硝石の大きさ的には、鷹や鷲のような、猛禽類の召喚もできそうだと啓は考えていた。


「あと、かわいい声で言葉を喋る子がいいな」

「えっ!?言葉を喋れる鳥!?」

「無理なの?」

「んー、正直なところ、喋るのは難しいかも知れない。バル子とカンティークは少し特殊というか……魔硝石に強い思い入れがあったり、ずっと肌身離さず持ち歩いていたり、長い期間使い込んでいたり……そんな条件がありそうなんだ」

「ああ、そう言えばチャコちゃんも、ネコカフェのネコ達も喋らないんだっけ。一応、これは思い入れがあるし、いつも持ち歩いてるけれど……」

「そうか。なら喋れる可能性はあるか……いや、待てよ」


 啓はピンと閃いた。喋れる可能性を高める方法が1つあった。

 

「なあ、ミトラ。鳥の色は黒っぽくてもいいか?」

「なんで?」

「いや、だってほら、前に『黒はなんかイヤ』って言って、ザックスから貰った黒いバルダーを真っ赤に塗り直しただろ?」

「あれは、あの黒いバルダーの第一印象が悪かったからよ。別に黒でもいいわよ」

「そうか。ならば決まった。早速、召喚に取り掛かろうか……一応言っておくけど、召喚した鳥が気に食わなくても文句言うなよ?」

「言わないよ。母ちゃんの魔硝石を使ってケイが召喚してくれる鳥なんでしょ?文句なんて言わないわ」


 啓はミトラから魔硝石を受け取り、掌に乗せた。その上にミトラが手を乗せる。


「じゃあやるよ。ミトラも『自分が主人だ』と念じててくれ」

「分かった」


 そして、啓とミトラの手の中から、光が溢れ出した。



「ケイ、この子は……」

「ほほう、これはなかなか……」

「ガァー」


 光の中から現れたのは1羽の黒い鳥だった。全身の色は確かに黒く見えるが、よく見れば紫や紺の美しい光沢を持つ、艷やかで柔らかい羽毛に覆われていた。全長は40cm程で、頭から背中にかけて滑らかな曲線を描き、シュッとした体型と細めの嘴を持っている。そして、その嘴から溢れた啼き声は、やや濁声だった。


「召喚成功だな。ようこそ、ハシボソガラス君」

「ハシボ……なんですって?」

「ハシボソガラスだよ。カラスの仲間でも、住宅地でよく見かけるハシボソガラスと違って、河川敷や山間部に生息していることが多いんだ」

「ちょっと何を言ってるか分からないけど……うん。格好良い。格好良い鳥だわ!」

「ガァ!」

「……啼き声はちょっと可愛くないけどね」


 ミトラの、カラスに対する第一印象がそれほど悪くなかったことに、啓はひとまず安堵した。日本の都市部で見かけるカラスはあまりイメージが良くないが、こちらの世界ではそんな心配もない。

 ミトラはカラスをまじまじと見た後、恐る恐るカラスに手を伸ばした。するとカラスは、ヒョイッと足を出してミトラの手に乗り、そのまま腕を経由して肩の上で止まった。


「おお、すごいなミトラ。まるで鷹匠みたいだな」

「さっきからケイの言ってることが全然分からないんだけど?多分褒められてるのよね?」

「ああ、もちろん。ところでミトラ。そのハシボソガラスは、鳥の中でも、特に頭がいいんだよ」

「へーそうなんだ……君、賢いんだ」


 ミトラがカラスに話しかけながら、指をそっとカラスの口元に近づけた。するとカラスは、ミトラの指を嘴で上手に甘噛みした。もしかしたらこのカラスは、既にミトラが主人であることを理解しているのかも知れない、と啓は思った。


「そうだよ、賢い。だからたぶん……」

「そうだよ、賢い。ガァ!」

「うわ、喋った!喋ったよ!」

「そうなんだよ。こっちの世界でもカラスは喋れるんだ。まあ、喋れると言っても、人の声真似をするだけなんだどね。だけどオレが召喚した動物達は、たとえ喋れなくても、人の言葉は理解できている。だからこのカラスに言葉を教えれば、きっと意思の疎通もできるようになると思う。普段は単に、声真似ができる鳥だと思わせることもできるんじゃないかな?」

「そっか。じゃあ頑張って教えなきゃ!……ねえ、あたしが君の主人だよ。分かる?」

「……主人。分かる。ガァッ」


 カラスはそう答えると、お辞儀をするように頭を上下に振った。その仕草を見たミトラは数刻前までしょげていたことなど完全に忘れ、今日一番の、最高の笑みを浮かべた。


「声はちょっと可愛くないけど、あたしはすっごく気に入ったわ。ありがとう、ケイ!」

「ああ。良かったよ。じゃあ、早速そのハシボソガラスに名前をつけようか。そうだなあ……」

「やめて。それはあたしが自分でつけるので。ケイは絶対に口を出さないで」

「はい……」


 ミトラも、ケイのネーミングセンスが悪いと思っている一人だった。

ハシボソガラスが召喚されました。

次回、猫カフェに珍客が。


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