034 決闘 その3
20機以上のバルダーが、市場の試運転場で無造作に転がっていた。
腕や脚を損壊して行動不能になったバルダーや、操縦者が離脱して無人のまま放置されたバルダーは、全て白を基調とした機動保安部隊のバルダーだ。
それらのバルダーの隙間を縫うように赤いバルダーが走り、標的に迫る。
赤いバルダーは、相手の白いバルダーが振った手斧を盾で受け止め、そしてそのまま押し返した。直後、赤いバルダーは胴体がガラ空きになった白いバルダーに強烈な前蹴りを喰らわせ、仰向けに転倒させる。
倒されたバルダーはすぐに起きあがろうとするが、赤いバルダーはそれを許さない。素早い動きで倒れたバルダーを踏みつけると、右脚の関節に短剣を突き立て、そのまま剣先を捻った。金属の擦れる音と何かが折れる音が響き、白いバルダーの右脚は破壊され、行動不能となった。
今、試運転場に立っているのは、白いバルダーが四機と、赤いバルダーが一機だけとなっていた。
啓と、メリオール率いる王都の機動保安部隊との決闘は、最終局面を迎えていた。
◇
「はあ……はあ……あと、四機……」
「ご主人、顔色が……」
「ピュイッ」
バル子が心配そうに啓に声を掛けて、啓の頬に身を擦り寄せる。チャコもホバリングをしながら、啓の反対の頬を優しくつつく。
「二人ともありがとう。それだけでオレは元気が溢れてくるよ」
パートナー達の愛情表現に、啓は笑顔を浮かべて気丈に振る舞ってみせたが、実際のところ、酷い頭痛と吐き気で体調は最悪だった。その原因は酸欠だけではなかった。
啓のバルダーの操縦席は、ひどい匂いを放つ『スカンク砲』で自分がダメージを受けないように、隙間を埋めて完全密封してある。しかし今は、操縦席にもスカンク砲の臭気が漂ってきている。
戦いによる激しい動きで隙間が生じたものと思われるが、これ以上のスカンク砲の使用は自滅を招く恐れがある。啓はスカンク砲を封印して、メリオールと残りの三機バルダーは、白兵戦のみで倒すことに決めた。
「ミュウ、ありがとう。ゆっくり休んでいてくれ。あとは任せろ」
「ご主人、バル子もお力添えします」
「ピッ!」
「何言ってんだ。お前達にはいつも助けられてるよ……さあ、ボス戦といこうか」
啓は微かに震える手で、操縦桿を握り直した。
◇
「何をやっていやがる……お前達は揃いも揃って無能か!」
25機のバルダーが倒されている光景を見て、メリオールは激怒していた。
自分に刃向かった馬鹿な平民を踏み潰すだけの、単なる暇つぶしの遊びだったはずだ。なのに何故こんなことになっているのかと。
「……役立たずのこいつらのせいだ。所詮、平民は平民か」
メリオールの部下は、副隊長を除く全員が平民だった。そしてメリオールにとって部下達は、自分の指示に従順な駒であり、指示を遂行できなかった部下達は使い捨てられて当然の存在だった。
この有様に、やはり平民は役立たずと断定したメリオールは、自分を護衛する三機のバルダーに控えるよう指示した。そしてそのまま拡声器を通じて啓に言った。
『光栄に思えよ、平民。俺が直々に殺してやる!』
メリオールは護衛達を押し除け、前に進み出た。そして手に持っているメイス(棘付きの鉄球がついた棒状の武器)を地面に向けて振るった。
ジャラッという音の後に、ドン、という音が続く。
メリオールの武器は、棒の先から鎖が垂れ、その鎖の先に鉄球が繋がっている武器に変容していた。いわゆるフレイルやモーニングスターと呼ばれる武器だ。
メリオールは、待機の指示に戸惑っている部下を尻目に、単独で啓のバルダーに向かって行った。
◇
近づいてくるメリオールのバルダーを見た啓も、相手の武器が変わっていることに気付いていた。
「あれは飛び道具じゃ……ないか」
「振り回した鉄球で攻撃する武器と思われます、ご主人。大丈夫です、盾で防げます」
「分かった。でも無理するなよ」
「青紫色の顔色で言われても、説得力に欠けますよ、ご主人」
ひとまず啓は、盾をしっかりと構えて、敵の射程を測りつつ攻撃に対処することにした。逃げ回ったとしても、いずれ時間切れで負けとなるし、自分の活動限界も近い。敵の攻撃を避け、カウンター攻撃を狙うつもりで、啓もバルダーの足を止めた。
メリオールのバルダーがすぐ近くまでやってきた。そして啓を射程内に捉えたメリオールが、啓のバルダーの左側面に向けて武器を振るう。
さすがは隊長、あるいは貴族と言うべきか。メリオールの振るう武器の速度は、部下達の攻撃とは一味違っていた。啓は盾を前に出しながら、バックステップで避けたものの、思ったよりも速いメリオールの攻撃に体制を崩しかけた。すぐさま啓のバルダーに自動姿勢制御が働き、バルダーが転ばないよう自動的に脚を動かす。
だが、メリオールはその動きを見逃さなかった。自動姿勢制御中は思い通りにバルダーを動かすことができない。これはバルダー乗りにとっては、よく知られていることであり、そのまま連続攻撃に繋げるのがセオリーだった。
メリオールは一歩踏み込むと、振り抜いた腕を素早く戻した。今度は鉄球が啓のバルダーの右側面を襲う。
右側に盾を持っていない啓は、鉄球の直撃を避けるために、今度は転ぶのも覚悟の上で、もう一度、今度はさっきよりも大きくバックステップをした。そしてなんとか鉄球を躱すことに成功した。
『はっ!無様だが、平民にしては反応が速いじゃないか』
啓のバルダーは、転びはしなかったものの、自動姿勢制御がフル稼働して、フラフラとよろけながら何歩か後退した。
啓は煽ってきたメリオールをガン無視して、今度はこちらが攻撃を、と考えたものの、メリオールはすぐに距離を詰めて再び攻撃を繰り出してきた。またしても先手を取られた啓は、ひとまず躱すことに専念した。
(頭が痛くて集中できない……目も霞んでした……このままじゃマズイ)
しかし不調であっても、啓はようやく鉄球の速度や軌道に慣れてきた。
メリオールの鉄球が再び左側面を狙って振られた。啓はそのタイミングを見逃さなかった。
啓は盾で受け止めずに、スウェー気味に鉄球の攻撃を回避した。そして避けた鉄球が目の前を通過すると同時に、啓はメリオールのバルダーに急接近した。
振り抜いた鉄球を引き戻す時間よりも速く、メリオールのバルダーを攻撃できるはずだ、そう啓は計算していた。
しかし啓は、想定外の速さで戻ってきた鉄球の攻撃をモロに喰らってしまった。鉄球は啓のバルダーの右腕に食い込み、破片を散らばせる。
啓は慌てて左後方に下がり、距離を取った。
「バル子!今の鉄球の動き、見たか!?」
「はい、ご主人、鉄球が途中で止まって戻ってきました……ありえない動きです」
「いや、違うよバル子、あり得るんだよ……オレはあいつの能力のことを忘れていた」
啓も、鉄球の動きを目の端で見ていた。左から振り抜かれた鉄球は、突然空中で停止して、慣性を無視して鎖をたゆませ、鉄球だけが逆方向に向かって動いたのだ。
その時、メリオールのバルダーは腕を一切動かしていなかった。つまり、鉄球を逆方向に引っ張る力は掛けられていなかった。考えられることはただひとつだ。
「メリオールが『女神の奇跡』を使ったんだ。鉄球に逆方向の力を加えて、押し返したんだよ……でもあんなに重そうな鉄球を押し戻すほどの力があるとは……」
「ご主人、副隊長が仰っていたではありませんか。隊長の力はバルダーに乗っているときにこそ威力を増す、と」
「なるほど。魔動連結器を通じて力が増幅されているってことか」
啓は今の攻撃を見て、メリオールが戦い慣れていると感じた。おそらく一朝一夕で思いつく攻撃ではないだろう。
完全に虚を突かれた啓は、この先も想定外の攻撃があるのではないかと疑心暗鬼にかられ、迂闊に懐に入りにくくなってしまった。メリオールの攻撃は効果覿面だった。
「伊達に隊長ではないってことか……あっ!」
「ご主人、どうしました?」
「ミュウは!?ミュウは無事か!?」
ミュウはバルダーの右肩下の、胴体部寄りのところに設けられた小部屋にいる。直撃ではないにしろ、今の攻撃でミュウに被害が出ていないかと、啓は心配したのだが、既にバル子によって無事は確認されていた。
「軽く頭を打ったと怒っていますが、無事です」
「ごめんな、ミュウ。オレのせいで」
「いえ、怒っている先はご主人ではなく、相手に向けてですが……なので、ミュウも反撃したいそうです」
「そうだな、チャンスがあれば……くそ、右腕が動かない。壊されたか」
今の鉄球攻撃によって、バルダーの右腕の関節が歪み、動かすことができなくなっていた。
「だが片腕があれば十分だ。チャコ、武器を左手に移してくれ」
「ピュイッ」
短剣を左手に持ち替えたところで、再びメリオールが攻撃を仕掛けてきた。啓は再び防戦一方でとなってしまった。
更にメリオールは、一度見せた女神の奇跡を、今度は隠すことなく存分に行使し、不規則に鉄球を動かしては啓を惑わせた。
戦いは完全にメリオールのペースとなっていた。加えて、啓の不調も顕著になっていた。
「ご主人、鼻血が!」
「あが、うん、わがってる」
「ご主人……」
鼻血だけではない。啓は意識の混濁も始まっていた。もはや気力と、バル子とチャコのサポートだけが頼みの綱だった。
なんとかメリオールの攻撃をしのぎ続けていたが、気がつけば、啓のバルダーは試運転場の端まで追いやられていた。
不規則に動く鉄球が啓のバルダーを襲う。もう後ろに逃げられない啓は、鉄球を盾で防ごうと左腕を構えたが、鉄球はまた不規則な動きをして盾を避け、回り込むようにして左肩を潰した。啓のバルダーは左腕も上がらなくなった。
『終わりだ、平民』
メリオールは、ガラ空きとなった啓の頭上に、鉄球を振り下ろした。啓は今にも飛びそうな意識を気合いで繋ぎ、迫る鉄球を見ていた。
「ミュウ、今です!」
(ミュッ!)
掛け声を発したのは啓ではなく、バル子だった。その直後、啓の耳に、微かにミュウの声が聞こえた気がした。
メリオールが振り下ろした鉄球は、啓のバルダーの手前で停止していた。急停止したのではなく、鉄球を包み込むように受け止めたような動きだった。受け止めたのは、金色に光る大きな物体だった。
『何だこれは!』
メリオールが叫ぶ。啓にも何が起きたのか分からなかったが、鉄球を包んでいるその物体の形には見覚えがあった。
「これは……もしかして、ミュウのしっぽか?」
風になびき、ふわふわモフモフした動きをしているが、その形状はセジロスカンクの、いや、ミュウの尻尾にそっくりだった。
「ご主人、勝手をしてすみません。ミュウがどうしても何かお役に立ちたいと言うので、チャコと一緒にミュウに力の具現化の方法を教えておりました。間に合ってよかったです」
「二人ともありがとう。それにしても凄いな……」
具現化されたしっぽは、鉄球の鎖を絡め取り、鉄球の動きを封じていた。メリオールが必死になって鉄球を引っ張ったり動かしたりしているが、ビクともしない。
「オレもそのモフモフに絡まりたい……いや、そんなことを言っている場合ではないな」
啓は気力を振り絞って、操縦桿を握り直した。
「バル子、チャコ。バルダーの両腕はもう動きそうもない。だから武器は一度消してくれ。それからオレが合図したら……」
◇
一方のメリオールは、決定的なチャンスを意味不明な物体に邪魔された上、武器も絡め取られて困惑していた。
そして、やはりこの平民は女神の奇跡を使えるのでは、という疑念が再び頭をもたげていた。だが今は、目の前の赤いバルダーを捻じ伏せることが最優先だった。メリオールは武器を捨てて、肉弾戦でバルダーを潰すことを選択した。
メリオールは武器から手を離し、目の前で邪魔をしている謎のフワフワした物体を避けて、赤いバルダーに迫った。
既に赤いバルダーの両腕は動かない。そしてその後ろは壁で逃げ場もない。ならば、バルダーを押さえつけ、操縦席の原型が無くなるまで殴る蹴るを繰り返せばいい。メリオールはそう考えた。
その時、金色のフワフワした物体がフッと消え、メリオールの武器が地面に落ちた。メリオールは武器を拾いに行くか一瞬迷ったが、赤いバルダーが動き出したのを見て、武器を拾いに行くことを諦めた。
(武器から手を離すのを待っていたのか?小賢しい平民が!)
しかし武器など無くとも、メリオールは勝利を確信していた。両腕の動かないバルダーなど、もはや敵ではない。体当たりか蹴りしかできないバルダーごとき、地べたに転がして破壊するだけだ。
案の定、赤いバルダーは飛び蹴りを仕掛けてきた。相手のバルダーの機動性と操縦の腕には目を見張るものがあるが、飛び蹴りは悪手だった。
メリオールは赤いバルダーに向かって女神の奇跡を発動した。赤いバルダーは上半身に衝撃を受けて後ろに仰け反り、空中で体制を崩した。蹴りもメリオールには届かず、赤いバルダーは背中から地面に落ちると思われた。
だが、赤いバルダーは蹴り脚ではない方の脚で踏みとどまった……空中で。
メリオールの頭が理解する前に、赤いバルダーはもう一歩踏み出し、そのまま空中を駆け上がっていく。まるで見えない階段を上がるように空中を進む赤いバルダーを、メリオールは呆然と見上げていた。
◇
啓は、メリオールが武器を手放したのを確認したと同時に、ミュウが具現化したしっぽのようなものを解除させた。そしてメリオールに向かって『蹴りのように見せた跳躍』をした。
メリオールから女神の奇跡による直接攻撃が来る可能性も想定していた啓は、バランスこそ崩したものの、慌てることなく対処することができた。そして啓はバル子に命じた。
「足元に盾を!」
「ニャッ!」
短く了解を伝えたバル子が、バルダーの足元に盾を具現化する。具現化されたばかりの盾は、中空に留まり、バルダーに踏まれてもびくともしなかった。
啓は盾を踏み台にして再び跳躍をして、次の足元にも盾を具現化させた。啓のバルダーは、連続して具現化した盾の足場を階段のように駆け上がり、あっという間にメリオールの頭上に到達した。
そして啓は足場を消すと、自由落下に任せて、真上からメリオールのバルダーに向けて機体を落とした。バルダー脚の先に、チャコが具現化した短剣を添えて。
啓の一撃は、メリオールの機体の上部、搭乗口の繋ぎ目付近に突き刺さった。そして落下による重力加速度が機体の体重に加わり、そのままメリオールのバルダーを押し倒した。
正面からの衝撃には強い搭乗口も、上から押し潰される力には若干耐久性が弱かった。メリオールの機体の搭乗口は、亀裂と圧力によって、操縦席が半分ほど見える程度にひしゃげてしまっていた。
『な……何がどうなって……』
メリオールはまだ現状を理解できていなかった。赤いバルダーが、空を駆け上がっていく様も未だに信じられなかった。独り言が拡声器から外に出ていることにも気づかないほど、メリオールは当惑していた。
しかし、今、自分のバルダーに覆い被さっているのは、紛れもなく赤いバルダーだ。倒すべき敵が、小賢しい平民が自分のバルダーの上に乗っている。それは許しがたい事実だった。
『俺はまだ負けていない。バルダーだってまだ動く。俺はこの痴れ者の平民を殺すまでは……』
『あー、すまない、隊長さん。オレはもそろそろ色々と限界なんだが……』
罵声を飛ばすメリオールの声を遮るように、啓も拡声器を使ってメリオールに呼びかけた。
『この平民風情が!すぐにそこをどけ!ぶっ殺してやる!』
『まあ、そう言うな。でも、ミュウがどうしてもやりたいっていうからさ。オレだって少しは匂いを喰らうからキツいんだ。ただ、隊長さんは直撃になるから、一応出力は落としておくよ』
『……は?』
今、メリオールは、ひしゃげた搭乗口の隙間から外の空気に触れているが、その空気には、鼻が曲がりそうなほど酷い匂いが混じっていた。
メリオールは、啓が言った『匂いを喰らう』と言う言葉に、嫌な予感を感じていた。
『我慢できたら隊長さんの勝ちだけど、なるべく早く降参することをお勧めするよ』
『降参だと!?俺が平民に降参などすると思っているのか!貴様、一体何を……』
図らずも、ひしゃげた搭乗口のちょうど正面にあるのは、啓のバルダーの砲弾の発射口であり、今はスカンク砲の発射口でもある場所だった。
『ミュウ、いいぞ』
啓の合図で、スカンク砲は発射された。
メリオールの操縦席に直接噴射されたスカンク砲は、メリオールのプライドも気力もメンタルも、とにかく全てを崩壊させた。
拡声器から流れるメリオールの絶叫と嗚咽と悲鳴、そして『お母様!お母様!くさいよ!苦しいよ!僕を助けて!』という言葉が、試運転場にいる全員の心に刻まれた。
その後、メリオールは自ら操縦席から這い出し、そして気を失った。かくして、決闘は決着を迎え……
啓は反則負けとなった。
今年もよろしくお願いいたします。
一応、決着はつきました。
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