033 決闘 その2
「ガホッ……もう無理だゲホッ!……これ以上は……俺は耐えられん!」
啓の攻撃を喰らって苦しんでいた機動保安部隊の隊員の一人は、たまりかねて自機のバルダーの搭乗口を開いた。そして勢いよく身を乗り出し、そのまま外に転げ落ちた。
たまたま近くにいたフィニアスは、地面に落下した隊員に駆け寄り、決闘に巻き込まれないようにと隊員を試運転場の端まで引きずっていった。
搭乗口を自らの手で開けてしまったこの隊員は、ルール上、もう戦闘に戻ることができない。そのため、フィニアスは無人になったバルダーをそのまま放置し、隊員を安全な場所まで移動させた。
隊員は、ボロボロと涙を流し、嘔吐きを繰り返している。
「おい、大丈夫か!」
「ふ、副隊長……ゴホッ!オエエッ!」
「……お前、この匂いは……ゲホッ!」
異臭でむせたフィニアスは、顔をしかめて隊員から顔を背けた。
フィニアスは、先ほどから試運転場で起こっている異常事態に当惑していた。ひとつは次々と足を止めていく機動保安部隊のバルダーのことだが、もうひとつは、風に乗って届く不快な匂いだ。その匂いが、この隊員と隊員のバルダーから特に強く匂っていることに気がついた。
何故、と考えたフィニアスは、この隊員が少し前に、啓のバルダーと組み合っていたことを思い出した。フィニアスは、今も多数のバルダーに追いかけ回されている赤いバルダーに目を向けた。
「もしかして、これはケイが仕掛けているのか……?」
◇
第三分隊からも増援を受け、未だに10機以上のバルダーに執拗に追いかけ回されながらも、時折応戦しては相手のバルダーを行動不能に陥れている啓だったが、そんな啓自身にも不調が現れ始めた。
「ご主人、大丈夫ですか?」
「ああ……軽い酸欠だろう。かといって搭乗口を開くわけにもいかないしな」
自らの意志でバルダーの搭乗口を開いた場合、そのバルダーは戦闘不能の意思表示であり、その後の戦闘には参加できないとフィニアスから説明を受けている(相手からの攻撃によって搭乗口が破壊された場合を除く)。
そのため、啓が搭乗口を開いてしまった場合、それは啓の負けを意味する。
「ですが、ご主人……ほら、ミュウも心配してますよ」
「そう言われても、バル子と違ってオレにはミュウの声が聞こえないからね。操縦席は完全密閉してあるから尚更聞こえん……だけどそうだな。ミュウに、もっと出力を上げられるか聞いてもらえるか?」
「承知しました…………ご主人、まだまだ行けるそうです。次からは3倍の量の『スカンク砲』を噴出するそうです」
「それは強烈だな……わかった。でも無茶はしないでくれと伝えてくれ」
啓がこの戦いのために思いついた策略は、スカンクによる悪臭攻撃だった。
それはフィニアスとサリーの会話を聞いて、ふと思いついたものだ。
『この言い方は失礼かもしれないが、サリー殿からは普通の市民とは違う匂いというか、雰囲気を感じるのだが』
この『匂い』という単語に、ピンと来た啓が連想したものがスカンクだった(決してサリーが匂うとか、そういう意味で捉えたのではない)。
そこで啓は、決闘が始まるまでの間に、ガドウェル工房の自室でスカンクの召喚に挑戦した。バルダー用の魔硝石の在庫がまだ残っていたのは幸いだった。
果たして啓は、スカンクの召喚に成功した。
『ご主人、この動物は?』
『この子はスカンクというんだ。たとえ猛獣であっても、この子の攻撃を喰らえば逃げ出すんだぜ』
啓が召喚したのはセジロスカンク。大きさは大人の猫と同じぐらいで、顔や手足は黒いが、背中から尻尾の先までは真っ白で、なかなか美しい毛並みをしている個体だ。
尻尾は大きく、フワフワでモフモフで、見た目は実に愛らしい動物なのだが、その尻尾の付け根付近(召喚したスカンクはレディだったので、あえて『尻尾の付け根付近』と表現させていただく)には、恐るべき兵器が備わっている。
召喚したスカンクは、啓の猫カフェにいる猫達と同様に、言葉を喋ることはできなかった。そこでいつも通り、バル子を仲介して色々と聞いてみたところ、スカンクは啓を主人として理解していること、スカンクの必殺技である『尻尾の付け根から分泌液を噴出する攻撃』が可能であること、さらに普通のスカンクと違い、通常のスカンクよりも強い威力を増すことも、連発することもできることが分かった。
スカンクの放つ匂いは強烈で過激だ。その臭気に当てられた者は、気絶するほど(場合によっては本当に気絶する)の臭さにのたうち回ることになる。
この匂いの正体はブタンチオールなどを含む様々な化合物を含む分泌液であり、皮膚に染み込みやすい特徴を持つこの分泌液は、しっかり洗っても1ヶ月近くは匂いが取れない。
服に染み付いた場合は捨てるしかないし、万が一目に入った場合は失明の危険もある、非常に厄介なものなのだ。
また、通常のスカンクであれば、分泌液を何度か放出すると、次に貯まるまでにある程度の時間を要するが、それが不要であることも大きなアドバンテージだった。
啓はスカンクの頭をやさしく撫でながら、愛らしくも頼もしい仲間が増えたことを歓迎した。
『無理をさせるつもりは無いが、頼むぞ……えっと……』
『ミュッ?』
『よし。お前の名前は、ミュウだ』
『ご主人の名付けは相変わらずですね……』
セジロスカンクは、思いの外かわいい鳴き声を出す。啓は最初に聞いたセジロスカンクの鳴き声の印象で、その名を決めた。
こんな感じで啓がスカンクの召喚をしていた頃、ヘイストとミトラは既にバルダーの改造に着手していた。啓はスカンクを召喚する前に、予めヘイストにバルダーの改造を依頼をしていた。
無論、スカンクの召喚が成功する前提での依頼だったが、メカやハードの改造には時間がかかるものだ。そのため、仮に啓が召喚に失敗したとしても、先に改造には取り掛かってもらう必要があった。
啓が依頼したのは、バルダーの肩から胸元付近にある、砲弾の発射口の改造と、操縦席の完全密閉だった。
砲弾の発射口の改造は、通常であれば砲弾をセットする場所の、さらにその奥(位置的には操縦席の真上付近になる)に、『バル子が入れるほどの大きさの』小部屋を作って、砲弾の発射口と繋げるというものだ。
実際の使い方としては、小部屋の中にミュウを配置して、啓の合図に合わせてミュウが発射口に向かって勢いよく分泌液を放出する。そして同時に砲弾の『空打ち』を行う。砲弾の発射口は、魔動連結器を通じて中の物体を勢いよく射出する仕組みが備わっている。
その仕組みを利用して、スカンクが放出した分泌液とその臭気を敵のバルダーに叩きつける、というものだ。
決闘においては『物理的な』飛び道具を使うことが禁止されている。そのため、今回は使う予定のなかった砲弾の発射口を遠慮なく改造することができた。啓はこの武器を『スカンク砲』と名付けた。
バルダーの操縦席は閉鎖されているとはいえ、完全に密閉されているわけではない。通気口による空気の通り道もある。スカンク砲はその通気口を狙って撃つ。啓は戦いながら、できるだけ効果的にスカンク砲の威力を相手のバルダーの操縦席にお届けする場所を模索し、何度かの試射の末、そのポイントを掴んでいた。
なお、スカンク砲の臭気は、当然ながら啓自身にも影響を及ぼす。だから啓は、自分のバルダーの通気口をすべて塞ぐと共に、操縦席の隙間という隙間を目張りして完全密閉するようヘイストに依頼した。そのため、啓はスカンク砲の影響が自分には及びにくい代わりに、酸欠との戦いを余儀なくされている。
よって、啓としては、なるべく短い時間で決着をつける必要があった。とはいえ、相手の数は多い。だからこそ、啓は無理な戦いをせずに、スカンク砲作戦で粘り強く、地道に敵の数を減らすことに専念し、着実に実行した。
そして、ようやくその戦法は実を結んだ。啓は今が潮時だと思った。
「鬼ごっこはそろそろ終わりにしよう。バル子、チャコ、ミュウ。こっちから仕掛けるぞ」
啓は試運転場の中央に陣取り、足を止めた。啓のバルダーに向かって、四方から機動保安部隊のバルダーが殺到する。
「バル子!性能強化を!」
「承知」
簡潔にバル子が応える。啓自身がバルダーの操作盤で実行することもできるが、今、バルダー本体の制御を握っているのは、借り物の魔硝石ではなくバル子である。だから啓はバル子に実行のタイミングを任せた。
赤いバルダーの肩口から蒸気が吹き上がる。これはかつての持ち主であるザックスが啓との模擬戦の時にも見せた、バルダーの性能を一時的に増強する機能だ。
「今だ、ミュウ。でっかいのを頼む!」
砲弾の発射口から『スカンク砲』が溢れ出す。啓はピボットターンのようにその場で回転し、蒸気と一緒にスカンク砲を周囲に撒き散らした。そして啓は迫り来るバルダーの一機に向かって突進し、チャコが具現化した短剣を一閃する。相手の手斧は空を切ったが、啓の攻撃は的確にバルダーの足関節を粉砕し、行動不能に追い込んだ。
啓はこれまでの鬼ごっこで、相手のバルダーの性能をある程度見切っていた。時間は限られるものの、スカンク砲と性能強化を組み合わせれば、残りの機体数ぐらいならば圧倒できると踏んでいた。
かくして啓は、スカンク砲の影響で動きが鈍くなった機動保安部隊のバルダー達を相手に大立ち回りを行い、次々とバルダーを倒していった。
◇
閲覧席の最奥で、啓の孤独な戦いを見守るミトラ達も、試運転場の異変に気付き始めていた。
「ねえ、サリー姉……なんか臭くない?」
「……私じゃないぞ。きっと市長だ」
「なんだ、マウロおじさんか」
「儂は屁などしとらん!」
啓が撒き散らしているスカンク砲の影響は、試運転場の外周にある閲覧席のほうにも広がり始めていた。今のところは 市長が不名誉な濡れ衣を着せられる程度の『多少臭い』というレベルではあるが。
啓はバルダーの改造を手伝ってくれたミトラにも、スカンク砲の詳細を説明していない。しかしミトラは、先のバルダーの改造が、きっとこの匂いに関係していると推測した。
「思うんだけどさ。この匂いって、たぶんケイが何かやってるよね?」
「ああ。おそらくそうだろう。破壊されてもいないのに足を止めたり、降参している保安部隊のバルダーは、おそらくこの臭さに耐えきれなかったのではないか?」
ミトラの推測に、サリーも同意する。
「だが、一対多数の戦いならば良い作戦だ」
「そうだね。相手の理不尽に、ケイも理不尽で対抗してるってことだよね」
「でも、ちょっとえげつないわよねえ。それにこの酷い臭い。鼻が曲がりそうだわ」
「えっ?」
「誰だ!」
サリーとミトラの会話に、しれっと紛れ込んだ第三者の声。
サリーとミトラと市長は、一斉に声がした方を振り向いた。声が聞こえた場所はサリーのやや斜め後方の席。そこに、一人の見知らぬ女性が座っていた。
年齢はサリーと同じか、やや上に見える。胸元の露出が高めの服を着たその女性は、笑顔でサリー達に手を振って応えた。
しかしサリーは、最大級の警戒をしながら、その女性を睨みつけた。
「いつからそこにいた?」
「いつからかな?忘れちゃった」
「……この決闘は、関係者以外の観戦を認めていない。お前は何者だ?市議会の者か?」
サリーの問いには、市長が「いや違う。儂はこんな娘は知らん」と答えた。女性は悪びれる様子もなく、サリーの問いに対して、答えになっていない回答を返した。
「まあ、細かいことはいいじゃない。見ての通り、私はただ、この面白い決闘を見てるだけよ」
「そうはいかない。私が聞いているのは……」
「それよりも試合をしっかり見ないと。ほら、赤い方が白い方を全部やっつけちゃったわよ」
「えっ?」
サリーは試運転場に目を戻した。試運転場の中では、啓を攻撃していた機動保安部隊のバルダーの、最後の1機が啓に倒されたところだった。残るはメリオールの隊長機と、それを護衛している三機のバルダーだけとなっていた。
「ケイ、凄い!あと少しだよ!頑張って!」
興奮したミトラが啓に声援を送る。そんなミトラの様子に、サリーも心の中で「最後まで気を抜くなよ」と啓にエールを送る。サリーは、このまま啓の勇姿から目を離したくなかったのだが、ひとまず後ろにいる女性をさっさと場外に追い出すか、従わなければ警備隊に引き渡すことにして、再び後ろに目を向けた。
しかし、既に女性の姿は無かった。
「消えただと!?何処に行った!」
「どうしたの、サリー姉……あれ、さっきの人は?」
ほんの少し目を離した隙に女性が姿を消してしまったことに、ミトラと市長も驚いている。だが、サリーは驚き以上に、得体の知れない不安を感じていた。
……姿を消した女性が、先日、警備隊本部に忍び込んで、勾留中だった剣の男を暗殺した人物であることは、サリー達には知る由もなかった。
◇
「サリー姉。さっきの女の人だけど……あたし分かっちゃったよ」
「ミトラ?奴を知ってるのか!?」
サリーは驚いてミトラの顔を見た。ミトラはドヤ顔をしている。
「さっきの人こそ……この匂いの犯人なんだよ!だから恥ずかしくなって、誤魔化して、姿を消したんだよ!」
「……ミトラ。もういいから、しっかりケイを見守ろうか」
決闘は終盤を迎えます。
今年もあと僅かとなりました。まだお仕事のある方、帰省される方、家でゆっくりされる方等、様々かと思いますが、皆様どうぞ良い年をお迎えくださいませ。そして引き続き、このお話をご愛顧いただだけると幸いです。
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