030 バルダー戦再び
咄嗟に出した盾でメリオールの剣を防いだ啓だったが、今更ながら『ズボンから取り出した』設定には無理があったと少し反省した。
周囲からも『あいつ、貴族の攻撃を防いだぞ』とか『あれも女神の奇跡なんじゃ?』とか『奴も貴族だったのか?』などという声が聞こえる。啓も大衆の面前で少しやりすぎたかもしれないと、今更ながら気がついた。
そんなざわめきを静めたのは、サリーだった。
「皆、何を驚く。この技をケイに教えたのは私だぞ。ほら、この通りだ」
そう言ってサリーも、方形の盾をどこからともなく取り出した。いや、どこからともではなく、おそらくサリーの履いていたスカートの中からだろう。
「なるほど……サリーのアレか」
「そういう事なら、そうかもしれんな」
「なんだよ、サリーの弟子か」
(え?皆、それで納得するのか?)
街の有名人であるサリーが(啓もそこそこ知られてはいるが)そう言ったことで、周りの人々が納得していく。むしろこの納得具合に、啓のほうが驚いた。
「そうだよ!あたしもサリー姉からこの技を習ったから使えるし、別に普通のことだよ!ケイも習ってたなんて知らなかったけどね」
(ミトラにスカート技を教えたのはサリーだったのか……)
普通のことかどうかはともかく、ひとまず誤魔化せそうな雰囲気になったので、啓はサリーとミトラに感謝して、そのウェーブに乗ることにした。
それに、目の前にいるメリオールは憤怒の形相で啓を見ている。今回はたまたま盾で防げたから良いものの、このまま続けて攻撃をされたら自分や周囲に危険が及ぶ。そう考えた啓は先手を取ることにした。
「手品の話はもういいだろう?ところで隊長さん。提案の続きだが、場所を変えてオレと勝負しよう。オレが勝ったらザックスと親父さんを解放するというのはどうだろう。別にオレが怖いのなら、ただ解放してくれるだけでも構わないが」
「平民風情が、粋がるなよ……」
啓はあえて火に油を注ぐような発言をしてみた。プライドの高そうな男なので、啓の安い挑発に乗ってくるだろうと思った。この手の挑発は競艇選手時代に、悪い先輩の所業を見て覚えたものである。
そしてメリオールは啓の期待通り、その挑発に乗った。メリオールは拳を握り、啓を睨みつける。
「……いいだろう。お前の決闘。受けてやろう。部隊の流儀に従い、バルダーによる決闘でな」
「え?バルダー?」
啓はステゴロでの勝負を挑むつもりだったが、様相が変わってきた。
「当たり前だろう。我々はバルダー乗りの部隊だ。決闘ならばバルダーの戦いで決着をつけるのが当然だ。それともお前はバルダーに乗れないのか?」
「いや、そんなことはないが……」
「だったらバルダーでかかって来い。バルダーを持っていなければ、その辺の穴掘りバルダーでも借りてくるんだな。おい、ルーベン!」
メリオールが呼ぶと、先ほど吹き飛ばされていた副隊長が立ち上がり、駆け寄ってきた。
「ルーベン。バルダーの準備をさせろ。この市場には試運転場があるからそこを借りておけ。開始時間は、そうだな……約三時間後の17時からにしよう。そこでこの男を公開処刑してやる」
「メリオール隊長、しかし……」
「お前、またぶっ飛ばされたいのか?」
「いえ……分かりました」
「ふん。役立たずめ」
ルーベンは部下達に指示を出し、バルダーの準備に走らせた。部下達が慌ただしく動き出したのを見たメリオールは、再び啓に向き直った。メリオールが自分に何か言うつもりだと思った啓だったが、飛んできたのは言葉ではなかった。
啓は胸付近に、何かで強く押されたような衝撃を受け、後方に吹っ飛ばされた。啓は真後ろにいた人達にぶつかったため、頭や背中を地面に打ち付けずには済んだが、メリオールの突然の攻撃に面食らって、すぐに立つことができなかった。
メリオールは少し満足した表情で、今度こそ啓に言った。
「17時だ。逃げるなよ」
「イテテ……その言葉、そっくりお返ししてやる」
そしてメリオールは市場の中へと去っていった。
◇
「はあ、成り行きとはいえ、バルダーで戦うことになるとはねえ。そりゃあ、ケイなら勝てるかもしれないけれど、相手はバルダー部隊の隊長さんなんだよ?」
「ミトラの言う通りだ。あのメリオールという男を侮らない方がいい。王国で正規の訓練を受けた男だ。ザックスや賊共とは格が違うと思った方がいい」
「まあ、頑張るしかないんじゃないか?幸い、戦闘用バルダーはあるし」
「武装はないけどね……」
啓とサリーとミトラ、そしてバル子とチャコは、ガドウェル工房の応接室に集まっていた。もちろん、メリオールの戦うための作戦を考えるための会議だったが、相手の技量も武装も特技もよく知らないので、とにかく頑張るぐらいのことしか言えないのだが。
啓が乗るバルダーは、先日ザックスから譲り受けた、『元』戦闘用バルダーだ。元と言っても砲弾などの武装がないだけで、基本性能は作業用バルダーに比べて格段に高い。
啓ならば十二分に使いこなせるし、動作確認も実施済みだ。
なお、元々は黒いバルダーだったが、ミトラが『真っ黒はなんかイヤ』というので、全身真っ赤に塗り替えられている。
「ところで、ケイ。聞きたいことがあるんだけどさ……」
「なんだい?ミトラ」
「さっきの盾、絶対にズボンから出したんじゃないよね?」
「あー、それは……」
「さっきのは女神の奇跡なんでしょ?」
「……」
啓は回答に困った。ミトラの言う通り、先の盾は『女神の奇跡』の技には違いないだろう。しかしその技は、啓は単独でできるものではなかった。
その技は、魔硝石を与えられて力が強化されたバル子と一緒に編み出したもので、『バル子の力を放出して形を作る』と言うものだ。この発想の根底は、バル子やチャコを危ない目に遭わせる事なく、魔硝石の力を使えるようにと啓が考えたことにある。
つまり、バル子がいなければ発現できない技なのだ。
啓はバル子に身を守るための盾の形をバル子に教え、すぐに具現化できるように練習していた。その成果もあって、先ほどメリオールに剣を振り下ろされた時も、啓が素早くバル子に合図を送り(実際のところ、バル子も自分の判断で盾を出そうとしていたが)、盾を素早く具現化したのだった。
だが、啓はまだミトラに『女神の奇跡』が使えることを話していない。啓が限定的ながら女神の奇跡を使えることをミトラに話せば、同時にバル子達の秘密にも触れることにもなるだろう。無理やり辻褄を合わせれば、多少は誤魔化すこともできるかもしれないが、これ以上嘘を重ねるのも限界に思えたし、それはミトラに申し訳ないと啓は思っていた。
そのため、啓は何もミトラに言えず、ただ目を伏せるしかなかった。それを見たミトラは、矛先をサリーに変えた。
「ねえ、サリー姉も知ってるんでしょ?」
「……なぜ、そう思う?」
「だって、ケイとサリーはなんか通じ合っている気がするんだもん。二人で秘密を共有しているっていうか……カンティークのことだってきっとそうだよ……あたしだけ仲間外れなんでずるいよ……」
ミトラは今にも泣きそうな表情をしている。困り果てたケイは、サリーの顔を見た。サリーは少し考えた後、首を縦に動かした。それで啓の腹は決まった。
「ミトラ、あのさ……」
「ケイがどんな秘密を抱えてても、あたしは絶対にケイの味方だよ?だからあたしにも教えてよぅ……」
「……ああ、分かった。分かったが、話せば長くなると思うし、今はその時間がない。この戦いが終わったから必ずミトラに話すから、少しだけ待っていてくれないか?」
「ご主人、その言い方をする場合、高い確率で死ぬと思われます」
「バル子、頼むから水を差さないでくれ……しかし、よくもまあ、そんな事まで知ってるね……」
バル子の知識は転生前の啓の記憶を元に形成されている。そのため、バル子が死亡フラグのテンプレを知っていてもおかしくはないが、そんな無駄な知識は忘れて欲しいと思わなくもなかった。
「うん……分かった。必ず話してね」
「ああ。必ず」
その時、バル子がピクッと耳を動かし、扉の方を向いた。啓達も、すぐに誰かが応接室に近づいてきたことを足音で察した。
扉がノックされ、ミトラが返事を返すと、いつもの事務員が扉を開けて顔を出す。
「なあ、ケイ。またお前に客なんだが……」
「……ちゃんと名前で呼ばれると、それはそれで違和感がありますね」
「そんなことより、客ってのは、王都の保安部隊なんだが、どうするよ?」
「はあ!?」
啓達三人は顔を見合わせた。想定外の来訪者に戸惑ったものの、断るわけにもいかないので、応接室に通してほしいと事務員に返事を返した。
程なく、鎧を着た一人の男が応接室にやってきた。
「フィニアス・ルーベンだ。この度は申し訳ない」
機動保安部隊の副隊長は応接室に入るなり、深々と頭を下げた。
◇
「ケイ、と言ったか。君がこの工房にいると聞いたのでね。約束も無しに来てしまった非礼を許して欲しい」
「いえ、構いません。どうか頭を上げてください。それで、ルーベン副隊長はどのようなご要件で?」
「要件の半分は、君が戦うことになってしまったことに関する謝罪だが、もう半分は情報提供だ」
「情報提供?」
「ああ。我々の部隊と突然戦うことになってしまった君に、私が知っている限りのことを教えたいと思う。聞きたいことがあれば何でも聞いて欲しい」
「よろしいのですか!?」
つまりそれは、部隊内の機密情報を漏らすということだ。しかも副隊長の肩書を持つルーベンがそれをやると言うことは幹部の内部不正であり、場合によっては軍事裁判ものの利敵行為とも言えるだろう。
そのことを啓が問うと、ルーベンは「それがどうした」と吐き捨てた。
「市民を守ることが我々の仕事なのに、隊長は自分の欲と我儘だけで市民を害そうとした。今に始まった事ではないが、同じ貴族として恥ずかしい限りだ」
「ルーベン副隊長も貴族なのですね」
「ああ、私は名ばかりの貴族だがな。使える女神の奇跡も大したことはない」
このルーベンという男も女神の奇跡が使える、という点に啓は興味を持ったが、まずは対戦相手のことを聞くべきだと思い、啓はメリオールのことについて質問した。
「では早速ですが、教えてください。メリオール隊長の使った技、あれは一体なんですか?」
「君も食らったので分かると思うが、あれは実際に触れることなく、物体を動かす技だ。強く動かそうとすれば、ちょっとした攻撃にもなる」
「なるほど、念動力みたいなものですか……」
「ネンドウリョク?」
「いえ、気にしないでください。その技はバルダーに乗ってても使えるのですか?」
啓の質問に、ルーベンは間髪入れず頷いた。
「むしろバルダーに乗っている時にこそ、その威力を発揮すると言っていいだろう。隊長機の魔動連結器は、その力を有効に使うために最適化されている。だからこそ、メリオール隊長はバルダーで戦うように仕向けたのだ。君があの場で怪しげな技を見せたせいもあるだろう」
「やっぱり失敗だったかな……」
しかし、あそこで盾を使わなければおそらく啓は斬られていただろうし、選択肢は無かったとも言える。剣で斬られた経験のある啓としても、そう何度も斬られてはたまったものではない。
「だから隊長機のバルダーが近くにいなくても、決して油断をしてはいけない」
「そうですね……気をつけるようにします」
「本当に気をつけてくれ……きっとメリオール隊長は、君をなぶり殺しにする気なのだと思う」
「いや、さらっと怖いことを言わないでくださいよ……」
「自分に逆らった君をメリオール隊長は決して許さないし、楽には殺さないだろう。メリオール隊長はそういう男だ。私は隊長の不況を買ってしまったので、部隊から一時的に外されてしまったし、今回の決闘にも参加できない。だからこそ、隊長の目を盗んでここに来れたのだが、私にできることはこうやって情報を提供することだけだ。本当に申し訳ない」
ルーベンは再び啓に頭を下げた。しかし啓はそんなことより気にかかることがあった。
(今、副隊長はなんて言った?)
啓は嫌な予感を感じた。どうやらそのことにサリーも気付いたようで、啓より先に、サリーがルーベンに質問した。
「あの、ルーベン殿。聞き間違えであれば申し訳ないが、今、ルーベン殿は『ご自身は今回の決闘に参加できない』と言いましたか?」
「ああ。そう言ったが?」
「そもそも決闘はケイとメリオール殿の一騎打ちなのでは……」
「それは違うぞ。隊長は『部隊の流儀による決闘』と言っただろう?戦うのはケイと、私を除いたメリオール隊長率いる機動保安部隊の総勢29機だ」
「はああああああ?」
ケイとミトラの絶叫がシンクロした。
次回、1 vs 29
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