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003 市場

 啓がガドウェル工房に来てから数日が経過していた。体の傷や痛みが癒えるまで客室を貸してもらい、療養に専念させてもらったおかげで、もう普通に動くこともできるようになっていた。


「うむ。だいぶ良くなったようだな、ケイ」

「はい。ガドウェルさんのおかげです。こんな見ず知らずのオレなんかのために、ありがとうございます」

「前にも言ったろう?サリーに頼まれたからお前の面倒を見てやったんだ」


 だから気にするな、と啓の様子を見に来たガドウェルは言った。サリーという人物が口添えしてくれていなければ今頃自分は死んでいただろう。そう思う啓だったが、啓はまだサリーに会っていない。サリーにもお礼を言わねばならないし、なぜ自分を助けたのかも聞きたいと思っている。


「あの、ガドウェルさん。そのサリーさんに会ってお礼を言いたいのですが、サリーさんに会うには商工会館へ行けばいいんですよね?」


 啓はまだ外出許可をもらえていない。だが回復具合的にももう外へ行っても問題ないだろう。無論、啓は商工会館が何処にあるのか知らないので、場所を教えてもらうか案内してもらう必要はあるが。


「ああ、サリーは今、護衛任務で商隊と一緒に出かけていてな。会館に行っても会えんよ」

「そうですか……」


 任務が終わって街に戻ってくるまでサリーには会えないらしい。


「まあ、動けるようになったのなら街でもぶらついてみるといい。工房都市は初めてなんだろ?」

「はい。興味深いものも多そうですし、色々見てみたいです」


 特にあのバルダーというやつは是非見ておきたいと啓は思っていた。


「そうか。ならばミトラに案内させよう。お前は着替えて待ってろ」



 サリーが護衛する商隊は無事に商品の取引を終え、後は工房都市ユスティールに帰還するだけとなっていた。サリーは自分の準備をしながら、商隊の出発の合図を待っていた。程なく、商隊長がサリーの元にやってきた。


「サリー、待たせたな。出発の準備ができたぞ」

「ああ、商隊長。分かった。私は隊の後ろからついていく。すまないけれど、途中まで誰かに私のキャリア(輸送車)の運転を頼めるかな?」

「そりゃ構わんが……本当にソイツでついて来るのか?」


 商隊長が目を向けたのはサリーのキャリアではなく、キャリアに積まれているものだった。サリーのキャリアは幌が畳まれ、荷台が剥き出しになっていた。そしてその荷台には、真っ白なバルダーが載っていた。


「こいつの潤滑油を新調したんでね。機体に馴染ませたいんだ」


 サリーがポンポンとバルダーの装甲を叩く。白をベースに、所々を金色のラインで装飾されたバルダーの機体は、無機質な作業機械というよりも、高級な装飾品のような美しさがあった。バルダーの上半身、いわゆる胴体部分は横長気味で、やや大きめの腕が左右に付いている。胴体の中央には卵型に大きく膨らんだ透明のガラスのような部分があるだけで、いわゆる頭部といえる部分は無い。その上半身は、がっしりとした太い二本の足が支えており、膝関節をくの字に曲げた状態の足と、接地面積が広めの足裏でバランスよく立っていた。


 サリーがバルダーの胴体部分にあるハンドルレバーをひねると、卵型の突起部分が大きく開き、操縦室がはっきりと見えるようになった。


「少し動かしたらキャリアに戻す。ちゃんとついていくから心配はいらない」

「サリー、それは構わんが、うっかり輸送車を踏み潰したりしないでくれよ?」

「ははっ。気をつけるよ」


 そう言うとサリーはバルダーに乗り込み、搭乗口を閉じた。やがてサリーのバルダーが始動音と共にアイドリングの振動を始める。サリーは操作レバーを握り、自分のバルダーの名を口にした。


「カンティーク、行くよ!」



 啓はミトラと一緒に工房都市の中央通りを歩いていた。工房都市というだけあって、周りには大きな工場やこじんまりとした工房が多く立ち並んでいる。建屋は石造りか、レンガのようなもので建築されている所と木造が半々といったところだ。道路は石畳で整備されて歩きやすいし、幅も広い。製作した物の搬送にも適しているのだろう。中央通りに面した場所には多くの露店が出ている。食料品や生活雑貨も豊富なようで、生活水準はそれなりに高そうに思えた。


「まるで外国だなあ。まあ、外国みたいなもんだけど……」

「ん?ケイ、なんか言った?」

「いや、なんでもない」

「しっかし、ケイは本当に何も覚えてないんだねえ。街に出ればなにか思い出すんじゃないかって期待したんだけどなあ」

「は、は、は……」


 数日間の療養生活の間に、啓はミトラとすっかり打ち解け、普通に友人のように接することができるようになっていた。啓はミトラに色々と質問をされるものの、ほとんど答えられずにいるのでミトラに呆れ顔を向けられたが、覚えていないのではなく、知らないのだからこればかりは仕方がない。


「ミトラ、今はオレの記憶のことより、この工房都市のことを教えて欲しい。この都市は何処かの国に属しているのか?」

「そうだよ。ここはオルリック王国の属領」

「オルリック……」


 啓はその名前に聞き覚えがあった。啓の苗字を聞き間違えたガドウェルが発した言葉だ。『おうりく』と『オルリック』なので、発音が似ていなくはない、というレベルだが。


「ケイはたぶんオルリック出身じゃないよね?もしかしてまさかアスラ連合じゃないよね?だとするとカナート地方?」

「んー、ごめん。その地名、全部分からないや……」

「じゃあ、あたしの予想だと、タリア公国出身ってのが本命かな。自然豊かで色々な動物がいて作物も豊富、国同士のしがらみにも興味がなくて、自主自立している国だから、他の国のことを知らない国民も多いって聞くし……まさか海を超えて遥か西の大陸から来た、なんてことはさすがに無いよね?」


 『地球という名の違う星から来ました』などと言っても信じてもらえるとは思えないので、啓としては苦笑を返すしかなかった。しかし『別の大陸から来た』という話であれば多少は出自にごまかしが効くかもしれない。


「西に大陸があるのか?」

「んー、噂だけね。昔、新天地を目指してオルリックの西の海からでっかい船を造って飛び出していった人がいてさ。そして長い航海の末、ついに見つけたのよ。未知の大陸を!」

「へー。未知の大陸か。浪漫があるね」

「でも、結局、その人はオルリックに戻ってくることはなかったんだってさ」

「……じゃあ、誰がその話を伝え聞いたんだ?」


 今度はミトラが苦笑する番だった。要するに寝物語や冒険譚の類なのだろう。啓は『別の大陸から来た』という設定には無理があると悟り、諦めることにした。


「あいにく、タリア公国という名前も思い出せないけれど、オレは自然も動物も大好きだから、もしかしたらそこの出身かもしれない。一度行ってみたいな」

「あら?あらら?それはデートのお誘いなのかな?」

「違うよ」

「即答しなくてもいいじゃん……」

「だいたい、デートと言うなら今だってそう言えなくはないだろう?こうやって一緒に街を歩いて、色々案内してもらっているんだから」

「それもそっか」


 ミトラが頭の後ろで手を組み、笑みを浮かべる。感情に合わせて表情がコロコロと変わるミトラは見ていて飽きない。感情を隠さず、歯に衣着せぬ物言いも小気味よく、工房で働く男達をどやしつけたり、父親と意見をぶつけ合う姿も見ている。小柄な割に体力もあるようで、工房で仕事をする傍らでバルダーを自作しているようだし、健康美人という言葉がしっくりくる女の子だと啓は思った。しかし、牙や爪を隠していないわけではなかった。


「それにしても、サリーさんという人の言った事とはいえ、本当に見ず知らずのオレなんかに良くしてくれて不思議に思うよ」

「まあ、サリー姉の頼みだからね」

「もしもオレが賊か何かで、治療が終わった途端にミトラに攻撃したり、ガドウェルさんの工房で暴れたりしたら……みたいなことは思わなかったのかい?」

「……あたしがケイに後れを取るとでも思ってるの?」

「えぎっ!?」


 啓が『えっ!?』と声を出そうとした時には、既に啓の喉はミトラの左手で掴まれていた。直前まで頭の後ろで腕を組んでいたはずのミトラは、目にも止まらぬ速さで啓の首筋に手を突きつけていたのだ。


「これで分かった?」

「あがっ……」


 分かった、と啓は言いたかったが、啓の喉を掴むミトラの手の力は徐々に上がり、全く声が出せなかった。助けを呼ぼうにも呼べないが、少なくともここは大通りのど真ん中で、通行人も多い。案の定、啓とミトラの様子に周囲の人達が気付き始めた。啓達に真っ先に気がついた露店の主人が大声を上げたが、それは啓の思惑とは違う言葉だった。


「なんだよ兄ちゃん、だらしねえなあ!」

(え?だらしないって……)

「ほれ、とっとと反撃しないと、ボキッといっちまうぞ!」

(え?ええっ?)


 あたりを見れば、通行人も微笑ましそうな笑みを浮かべたり、ファイティングポーズを取ってけしかけようとしている。誰一人ミトラを止めに入らないどころか、喧嘩を助長する様相さえあった。仕方なく啓は自力でなんとかしようと両手でミトラの手を引き剥がそうとしたが、ミトラの手はビクともしなかった。


(一体どこにこんな力が……もう、息が……)


 啓は呼吸ができず、力も入らず、意識が落ちかけていた。しかしその寸前で、ようやくミトラが啓の喉から手を離した。啓は地べたに座り込み、むせこんだ。そんな啓をミトラが見下ろす。ミトラの顔は一切笑っていなかった。


「ごめんケイ。ケイがあんな事をいうから、少し感情的になっちゃった」

「……これが……少し?」


 啓は下から恨めしい目をミトラに向けた。ミトラはその視線を真っ直ぐ受け止めている。


「あたし達、工房都市の人間は、喧嘩が日常。内輪の喧嘩で殴り合いになることなんて珍しくないわ。日頃から鉄を担いでる連中ばかりなのよ?腕っぷしはハンパじゃないわ。だから揉めたら喧嘩。喧嘩が終わったら仲直り。仲直りしたらもう仲間。気持ちいいでしょ?」


 殴り合って友情が芽生えたり理解しあえる系のやつだ、と啓は理解した。実際、溜め込んで陰湿な仕返しをするよりも、全て吐きだして殴り合ったほうが確かにスッキリしそうだと思う。


「それに、時には他国の侵略を受けることがある。もちろん王国から兵を出してくれるけれど、すぐには来てくれないことだってあるわ。その時は自分で自分を守る。そして仲間も守るの。命がけでね」

「……」

「サリー姉に運ばれてきたケイの体を見てすぐにわかったわ。ケイは戦い慣れしていないって。あたしよりも弱いって。だから拘束も監禁もせずに工房で治療していたのよ」

「……なるほど」


 戦いに慣れた人は、相手を見るだけである程度はその強さを判断できるものらしい。啓も別に喧嘩が弱いわけではないと思っているし、実際に殴り合いの喧嘩ぐらいはしたことがある。ただ、ミトラとはレベルが違うということなのだろう。啓は完全に舐められていたらしい。


「それに、ケイが恩を仇で返すような人じゃないって、この数日間で分かった……分かったつもりよ。だからケイが自分でそんなことを言い出したのがなんか許せなかったのよ。嘘でも、そんな事を言って欲しくなかったの」


 少なくとも信用されていたということか、と啓は思った。その信用をなくすような言動がミトラには許せなかったのだ。


「……ごめん、ミトラ。悪かった」

「……うん。許す。あたしも少し、やりすぎた!」


 ペロッと舌を出すミトラに笑顔が戻った。


「さてと、ケイに分かってもらえたところで、どこか行ってみたい所とか……」

「いでででっ!」


 突然、近所で悲鳴が聞こえた。何事かと声の発生源に目を向けると、露店を開いている男が頭を抑えて唸っていた。だが、誰かに殴られたり、喧嘩をしたような様子はない。男の足元には用途の分からない機械と工具が散乱していた。ミトラが駆け寄り、店主に声を掛ける。


「おっちゃん、どうしたの?」

「いてて……おう、驚かせてすまんな。このボルトがよお……」


 そう言って男は手に持った部品をミトラに渡した。やや厚めの円盤状の金属の中心部分にボルトが刺さっている。男は露店を営業しながら、手持ち無沙汰の間に何かを作っていたようだ。


「あーこりゃ、ボルトを斜めにねじ込んじゃったんだね。で、ボルトを外してつけ直したいってことね。でも何で途中で気が付かなかったの?」

「あんたらが揉め事を始めたろ?面白そうだったから見ながらねじ込んでてよ。思わず力が入っちまってこの有様よ。で、外そうとして手が滑って自分の手で頭を殴っちまった」

「……ったたた。素手じゃ回らないわ。どんだけ馬鹿力で回したのよ」


 ボルトには全面にらせん状の溝があり、おそらく金属板側にも同じく溝があると思われる。それほど力を入れずにただ垂直にねじ込んでいけばいいだけのものだったはずだが、うっかり斜めになっていることに気が付かずに斜めにねじ込んでしまった、という話だ。


「どうする?うちの工房からペンチを持ってこようか?」

「いや、ペンチならある。だがペンチは困るんだ。ネジ溝が潰れちゃかなわん。部品代だって馬鹿にならんのだ」

「そう言ったって、掴まなきゃ外れないよこれ……」

「なあ、ミトラ、それちょっと貸してくれないか?」

「ケイ?でもあんたの力じゃ絶対に外れないよ?」


 啓は部品を受け取って状態を見た。ボルトは頭部が無く単純な棒状で、先端まで溝が刻まれていた。確かにこれでは掴むところが無い。


「ケイ、あんたじゃ無理だって……」

「でも、オレ達が騒いだせいで曲がっちゃったんだろ?なんとか助けてあげたくてさ。それに、これなら外せると思う」

「ホントに?」

「ああ。店主、ボルトの溝に合う『ナット』という部品は無いかな?ナットでなくても、ネジ溝に合う金属製の何かでも構わない」

「ナットの事か?あるぞ。ほれ」

「ありがとう……おお、六角形だ」


 啓は店主から六角形のナットを受け取った。こちらの世界でも六角形のナットが存在していると言うことは、当然ナットを回す工具もあるはずだ。啓はボルトの先端からナットをクルクルと回して嵌めていく。それを見ていた店主は慌てた。


「おい兄ちゃん、これ以上締め付けたら余計に外れなくなるだろうが!」

「いや、大丈夫。店主、もう一つナットを貸して欲しい。それと『レンチ』か『スパナ』か……とにかくナットを外す工具も貸して」

「本当に大丈夫かよ……」


 怪訝な表情で店主が2つ目のナットとレンチを啓に手渡した。


「おお、『メガネレンチ』じゃないか。こっちにもあるんだなあ」

「あ?なんだって?」

「いや、なんでもない。えーと、こうやってナットをくっつけて……」


 啓は1つ目のナットをボルトの先端にやや近いところまでねじ入れた。それから2つ目のナットを1つ目のナットにピッタリと隣接するところまでねじ入れ、それからレンチで2つ目のナットをギュッと締めた。これでナット同士は密着した状態となった。


「これで準備はできた。ミトラ、下の円盤を一緒に押さえてくれ。店主、下側のナットをレンチで外す方向にゆっくりと回してみてくれ」

「ほう……なるほど」

「あっ、そーゆーことか!」


 下のナットを外す方向に回してみても、上のナットが邪魔をして回すことが出来ない。ナットが回らないかわりにボルト自身が回転して、ボルトが円盤状の金属から外れるのだ。店主とミトラはすぐに仕組みを理解したようだ。程なく、ボルトは無事に円盤状の金属から外れた。


「これは『ダブルナット』という方法で……まあ名前はどうでもいいか。結構便利な方法なんだよ。使える場面は限られるけど、応用は利くと思う」

「ケイ、すごい!あたし知らなかったよ!」

「ああ、締め付けを強くするためにナットを2重にする事はあるが、盲点だった。助かったぞ、兄ちゃん」


 ナットの2重化で緩みを防止する手法を知っているならば気が付きそうなものだが……と啓は思ったが、とにかく解決できたので良しとすることにした。店主に別れを告げ、啓とミトラは再び中央通りを歩き始めた。


「やるじゃん、ケイ。そういえばケイは機械いじりが好きだって言ってたよね?あれ、ホントだったんだ」

「なんだよ、信じていなかったのか?」

「ううん、そうじゃないけれど、ただ好きなだけとか、子供が興味本位で触る程度だと思ってた。ごめんね」

「まあ、程度までは分からないもんな」

「だったらさ……バルダーを見に行かない?この先にバルダーの市場があるんだ」


 ミトラの提案に、啓は大きく頷いた。


「ああ。オレもそれをお願いしたかったんだ。ぜひ頼む」



「うおおお、バルダーがこんなに!」

「ケイ、興奮しすぎ。落ち着きなさい」


 バルダーの市場で啓が見たのは、様々な形状のバルダーが大量に並んでいる光景だった。アームがやたら大きく、手の形状が鉄球やフックになっていて明らかに工事や土木作業用といった感じのバルダーや、足が4本足や車輪になっているバルダーなども鎮座していた。


「この市場、すっごく広いんだよ。入口付近はこんな感じで業者がバルダーを陳列してるの。奥の方には自走車や他の製品も売ってる。買いたいモノがあれば、試運転場で試すこともできるんだ」

「へー。すごいな。即売会って感じだね」

「気に入ればここにある商品を買っていってもいいし、量産とか、特注品の商談もできるんだよ」

「ガドウェル工房でも、この市場にバルダーを出してるってことか。ミトラも作ってるって言ってたしね」

「あー、うん……そうだね、完成したら売りに来ようかな。あはは……」


 歯切れの悪いミトラの回答がちょっと気になった啓だったが、今は目の前に並ぶ大量のバルダーへの興味が勝った。


「なあ、ミトラ。やっぱりバルダーの操縦は難しいのか?二本足で動くタイプの姿勢制御ってどうなってるの?動力は『ガソリン』?それとも『ロケット燃料』とかかな?」

「ちょっと、一度にたくさん質問しないでよ」


 ミトラが苦笑を浮かべながら、青い機体のバルダーを指差した。ミトラが造っていたバルダーと同じような、重心が低めで大きな手足を持つバルダーだ。


「バルダーには基本的に水平器という装置が搭載されてるの。倒れそうになったりして水平器が一定以上の傾きを検知すると、自動的に姿勢制御が動いて倒れないように足や手を動かすんだよ」

「なるほど……そのへんはやっぱり『電気制御』なのかな」

「デン……なにそれ?」

「え?『電気』だよ。動力とか制御に使っていないのかい?」

「魔動機の動力は魔硝石に決まってるでしょ?」

「魔硝石?」


 そういえばガドウェルやミトラはバルダーや自走車の事を『魔動機』と言っていた。そのことを啓は今更ながら思い出した。


(つまり、地球とは全く違う原理で動力を得ているということか……それにしても魔動機に魔硝石って……一体なんなんだ?)


「なあ、ミトラ。魔動機って……」

「おい、ミトラじゃねえか。こんなところに何の用だ?」


 突然横から声をかけられ、そちらを向くと、声をかけてきたと思われる男と、その後ろから数人の男がこちらに近づいてきた。ミトラはあからさまに嫌そうな表情を浮かべている。


「ザックス……」


 ザックスと呼ばれた男は、細身で、身長は啓よりも少しだけ高く、小綺麗な身なりをしていた。一方、後ろにいる数名の男はガタイも良く、ガラの悪そうな風体だ。さしずめザックスの護衛、あるいは用心棒といった雰囲気を醸し出している。


「ミトラ、この人は?」

「こいつはザックス。ロッタリー工房の馬鹿息子よ」

「ロッタリー工房?」

「この工房都市で1,2を争う規模の工房よ」

「なるほど……」


 ミトラの口調からして、このザックスという男とミトラの関係性があまり良くないことは啓にもなんとなく分かった。


「おい、ミトラ。聞こえなかったのか?何しに来たんだと聞いているんだが」

「……友達がバルダーを見たいって言うから案内しているのよ」


 それを聞いたザックスは大袈裟な身振りで「ああ、なるほど!」と答え、嫌味ったらしい笑みを浮かべた。


「お前の工房ではまともなバルダーが作れないから、ここで売っているバルダーを勧めているわけだ。ああ、実に賢い選択だよ、ミトラ」

「そんな事ない!うちの工房だってまだバルダーを造ってるし……」

「はあ?不良品のバルダーを造って、バルダーの出品が禁止になっている癖によく言うぜ」

「別に禁止なんかされてない!あたしがちゃんとしたバルダーを作るまで、出品を断ってるだけで……」

「同じ事だろ?どうせできやしないんだ。お前の工房は大人しく農業用の小型魔動機を造ってりゃいいんだよ」


 ザックスとその取り巻きがミトラを笑う。ミトラを見れば、言い返したくても言い返せず、悔し涙を浮かべていた。


「……あの、ザックスさん?」

「あ?何だお前。ああ、そういえばお前、バルダーを探しているんだったか?バルダーが欲しいならウチの工房のバルダーを紹介するぜ。ミトラなんかと連んでないでこっちに来いよ」

「いや、オレがバルダーを買うとしてもあんたの工房のは絶対に買わない。それにミトラは今、新しいバルダーを造っている最中だ。完成したらそっちを買うとするよ」

「……ほう?」


 ザックスの顔から笑みが消えた。ザックスは啓に近づき、少し身を屈めて啓と目線の高さを合わせて言った。


「……見ねえ顔だが、ロッタリー工房に喧嘩を売って、街を歩けると思うなよ?」

「オレもお前など知らん。だが友人を馬鹿にされて黙っているほど大人しくもない」

「ケイ、いいからもう行こうよ。あたしなら大丈夫だから……」


 ミトラが顔を伏せたまま啓の服の袖を引く。ミトラが中央通りで見せた強さを啓は知っているが、流石にここで喧嘩沙汰になるのはミトラにとっても良くないだろうと考えた啓は、ミトラの言に従ってこの場を去ろうとした。だが、ザックスがそれを許さなかった。ザックスの取り巻きが啓とミトラの退路を塞ぐように立ちはだかった。


「オレはこれ以上、あんたと事を構えるつもりはない。こいつらをどかせてくれ」

「はあ?あんな啖呵を切っておいて逃がすと思うのかよ」

「……どうしてもと言うなら仕方ないが、これはオレとお前の問題だろ?コイツらは引っ込めろ」

「そいつらは俺の護衛だ。言うなれば俺の武器だ。俺の武器をどう使おうが俺の自由だ……おい!」

「なっ!?離せ……がはっ!」


 ザックスの合図で、ザックスの護衛が啓を後ろから羽交締めにし、その隙にザックスが啓の頬を殴り飛ばした。


「ちょっと!ザックス、卑怯よ!」

「黙れミトラ。出品禁止のくせに俺に刃向かうからだ」

「だから出品禁止じゃないし!そんなのどうでもいいからケイを放しなさいよ!」

「お前達、そこまでだ!」


 啓を羽交締めにしていた護衛の手が緩み、啓は滑るように床に座り込んだ。ミトラが啓に駆け寄る。啓は切れた口の中の痛みに耐えながら声をした方に目を向けた。そこには屈強そうな体で、いかめしい顔をした男が立っていた。歳は4、50歳くらいだろうか。中年と思われるその男は啓達に厳しい目を向けた。


「ザックス、それとミトラだな。これは何の騒ぎだ?」


 男はミトラとザックスの顔を知っているようだった。ザックスは少しバツの悪そうな顔をして、護衛をケイの側から引き上げさせた。ミトラは仲裁が入ったことに安堵の表情を浮かべている。啓はミトラに、やってきた男のことを尋ねた。


「ミトラ、こちらの人は?」

「市長だよ。ユスティールの市長で、この市場の責任者でもある人」

「なるほど……」


 責任者の登場で、どうやらこれ以上のいざこざは起きないだろうと啓は考えたが、安堵するのはまだ早かった。


「お前達、市場での喧嘩は御法度だと知ってるな?どういうことか、詳しい話を聞かせてもらおう」


啓達全員は事情聴取のため、市長に連れられて市場の事務所へ向かうこととなった。



「なあ、ミトラ。中途半端とはいえ、喧嘩が終わったんだからザックスと仲直りして終わり、ってのがこの工房都市のルールじゃないのか?」

「……ゴメン、ケイ。例外もあったよ」


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