024 市長からの呼び出し
12時45分。
昨日、市長からの呼び出しを受けた啓はバル子とチャコを連れて市場にやってきた。待ち合わせの時刻は13時。啓は早めに到着して待つつもりだったのだが、市長のマウロは既に市場の入り口で待っていた。
「市長、お待たせしてすみません。もしかしてオレ、時間を間違えましたか?」
「いや、そんな事はない。儂が早く来ていただけだ。ケイ、お主こそ随分と早いじゃないか」
「競艇では遅参の罰則は重いですからね。時間厳守は基本ですよ」
「キョーテイ?」
競艇では、前検日(レース開催期間前日の検査)に遅刻すると、当該期間のレースに出られなくなるだけでなく、向こう1年は大きなレースに出走できなくなる等、重大な罰則が科される。そのため、昔から時間厳守の精神は根付いているが、もともと生真面目な性格の啓は、よっぽどのことが無ければ待ち合わせ時間に遅れたことはなかった。
「いえ、なんでもないです。それより今日は何のご用ですか?」
「ようやく一段落したのでな。事の顛末について報告と、謝礼だ」
「謝礼?」
「詳しいことは中で話そう。ついて来なさい」
◇
啓は市長に連れられて市場奥の管理棟に入り、応接室に通された。ここで少し待つようにと市長に言われたが、啓は上の空の返事を返すだけで、啓の意識は応接室の奥に持っていかれていた。
応接室には既に先客がいた。見覚えのある、短めの金髪の美人が啓を見て微笑む。啓の背中で聞こえた、応接室の扉の音が閉まる音で、ようやく啓の意識は再起動した。
「サリーさん!」
「やあ、ケイ。それにバル子ちゃんも久しぶりだな。と言ってもあれからまだ数日だが、何故か久しく感じるな」
「それはサリーさんが忙しかったからですよ」
サリーはユスティール工房都市のご意見番兼、用心棒的な存在であり、色々な事後処理に駆り出されて忙殺されていたと聞く。そのため、啓はまだサリーと話ができておらず、聞きたいことも聞けていなかった。だが今は、話よりも先に目が奪われていた。
「それにしても……」
啓は息を呑み、言葉を詰まらせる。
「ん?それにしても、何だろうか?」
「サリーさん、すごく綺麗です」
啓が初めてサリーと会ったのは、啓が襲撃犯のバルダーから奇襲を喰らってやられそうになったところを、サリーが助けてくれた時だ。あの時のサリーは作業服とレーシングスーツの中間のようなものを着ていた。おそらくバルダーに乗る時の専用の服なのだろう。
一方、今日のサリーは完全に私服である。サリーはオープンショルダーで、所々にレース編みのような柄の入った白いワンピース姿を着ていた。白いワンピースは金髪と相まって、サリーをとても魅力的に見せている……と啓は勝手に分析し、勝手に感心していた。最初に啓の意識が持っていかれたのも、初めて見たサリーの私服と、その魅力によるものだった。
「えっと、私が?」
「はい。とても綺麗です。すごく似合っています」
「えっ?はいっ?いや、そうかな……似合ってるか……あはは……別に、その、これは普通の私服なんだがな……」
サリーは少し顔を赤らめ、手でパタパタと顔を仰いだ。
「いえ、本当です。とても魅力的です」
「そんな真顔で言わないでくれ……」
「サリー様、ご主人は天然のジゴロです。嘘は吐いていませんが、全くの自覚なしです。くれぐれも気をつけてください」
「待て、バル子。それはどういう意味だ?」
「そのままの意味です」
「だから、どういう意味だと……」
「ははっ、バル子ちゃんも相変わらずだな」
啓とバル子のやりとりを見てサリーが笑う。そんな中、扉がノックされ、市長が女性職員と一緒に応接室にやってきた。
市長は椅子に腰掛け、啓達にも座るように指示する。女性職員は皆に飲み物を提供すると、応接室から退室していった。
女性職員の足音が遠ざかると、市長はお茶を一口飲んでから口を開いた。
「呼び立ててすまないな、ケイ。よく来てくれた」
「いえ全然。しかし、サリーさんも来ていたとは知りませんでした」
「サリーには午前中に別の用事があったものでな」
「なるほど。そうでしたか」
「そういうことだ。では早速、今回の襲撃事件に関する報告をしよう。まずは町の被害状況からだが……」
市長から、今回の襲撃事件によって破壊された家屋の数と死傷者数が報告された。それは決して少なくない数だった。
「だが、君達や警備隊のおかげで、これ以上の被害が出なくて済んだとも言える」
「市長、街にあるバルダーをすぐに出せれば街への被害はもっと少なくできたかもしれない。なぜ倉庫が開かなかったのだろうか」
サリーが市長に質問する。祭りの最中、街にあるバルダーは酔っ払い運転防止のために、街の片隅にある倉庫にしまわれることになっているが、有事の際にはすぐに動員できる取り決めになっていたはずだ、とサリーが付け加える。
「祭りの当日、鍵を管理していた職員がいなくなってしまったのだ。予備の鍵ごと持ち出してな。その職員は昨日見つかった。街外れの森の中で、死体となってな」
「一体どういうことですか?」
市長はため息をひとつ吐いてから、話を続けた。
「その職員は賊達と繋がっていたのだ。賊共を街に手引きしたのもその職員のせいだろう。その職員の机の奥から、内通していたと思われる証拠も幾つか見つかっている」
「なんてことを……」
「おそらく口封じのために殺されて、森に捨てられたのだろう。捕まえた賊と同じようにな」
「えっ!?全員殺されたのですか?」
「いや、全員ではない。祭りの最中に、ケイとミトラを襲った奴の一人だ」
殺されたのは、あの剣使いの男だという。女神シェラフィールによって啓がこの世界に落とされたその日に、啓はその男と遭遇した。そして男は啓の足を切り落とした。
祭りの時には、集団で啓とミトラを襲ってきたが、この時は逆に啓達が撃退し、男は警備隊に逮捕された。賊共の中ではリーダー格のような雰囲気の男だったと記憶している。
「警備隊本部の留置所の中で、短剣で刺されて死んでいた。自殺の可能性もあるが、状況から見て殺されたと見るべきだろう。わざわざ警備隊本部にまで侵入して仲間を殺しにし来たということは、連中にとって重要な情報を持っていた可能性がある」
「あの、市長。聞いていいですか?」
啓は軽く手を上げ、市長に問いかけた。
「なんだね?」
「市長はさっきから『口封じ』とか『連中にとって』とか仰ってますが、市長は襲撃犯達には、黒幕や背後関係があると考えているのですよね」
「うむ。その通りだ」
「では、また襲撃してくる可能性もある、という事ですか」
「まあ……そうだな。可能性は高い」
「連中の正体や狙いは分かっているのですか?分かっているならば対策を考えるべきなのでは?」
「ふむ……」
市長は啓の質問に答えず、腕を組んで目を瞑った。しばしの間、沈黙した時間が訪れる。啓には市長が啓の質問に答えるべきかどうか、考えを巡らせているように見えた。その沈黙を破ったのはサリーだった。
「市長、ケイは信用できると思います」
「ふむ……サリーがそういうのであれば……」
相変わらず、サリーは啓に信用を置いてくれている。啓にはその根拠が分からないが、ひとまずサリーの援護射撃のお陰で、市長は賊の正体について話を始めた。
「捕らえた賊共を取り調べた結果、賊共はアスラ連合出身の者達ばかりだった」
「では、背後にはアスラ連合が?」
アスラ連合はオルリック王国の南東、ユスティール工房都市からはほぼ真南にある連合国だ。元々は多くの小国だったが、互いに協定を組み、やがて連合国になったという。なお、オルリック王国とは現在、中立の関係にある。
「だが、アスラ連合自体が絡む陰謀かどうかは分からない。オルリック王国に対する敵対行動と考えるには、今回の襲撃はむしろ規模が小さすぎる。本気でかかってくるならば、街を殲滅するほどの大部隊で来るのではないか」
「私も市長の言うとおりだと思う。それに捕えた者達は雇われただけで、背後関係は全く知らないようだった。例の殺された剣の男か、レナを人質に取った奴が生きていれば、もう少し情報を引き出せたかもしれんがな」
市長の説明をサリーが補足する。
「サリーさんも事情に詳しいのですね」
「まあ、私は警備隊本部にも顔を出していたのでな。結局敵の正体は分からなかった。だが奴らの狙いは分かっている」
そう言ってサリーは市長を見た。市長は少しの間の後、黙って頷いた。サリーはそれを肯定と受け取り、啓に向き直った。
「奴らが狙っていたのは、『ユスティールの至宝』だ」
「ユスティールの至宝?初めて聞く名です」
「知らないのも無理はない。この街でその名を知っているのは、おそらく市長と私、そしてレナと、今話をした君だけだろう」
「え!?」
「レナは連中の捕虜になった時に、成り行きでその名を知ってしまった。レナには絶対に口外しないよう言いつけてあるが」
「それって一体……」
啓はユスティールの至宝について聞きたいことが頭の中で一気に押し寄せ、言葉に詰まった。
至宝とは何なのか、何故存在を公表していないのか、市長はともかく何故サリーがその存在を知っているのか、何故襲撃犯達がユスティールの至宝の存在を知っていたのか……その疑問に答えたのは市長だった。
「ケイの言いたいことはわかるつもりだ。何故その存在を秘密にしているのか、とな」
「ええ、疑問はそれだけじゃないですけど……何故ですか?」
「ユスティールの秘宝、その正体は、巨大な魔硝石なのだ」
ユスティールの街が誕生する以前、オルリック王国はまだ未開拓だったその土地を開墾するべく、兵を出して土地の調査を行った。その際、偶然見つけたのがその巨大な魔硝石だったという。
「この工房都市の東側に小さな鉱山がある。そこから見つかったのがその巨大魔硝石だ。発見を受けて、当時の王はすぐにここに工房都市を作ることを決め、開拓は一気に進んだ」
「第二、第三の巨大魔硝石が発掘されることを期待して、ですか?」
「いや、違う。違うが、少なくともその後、巨大な魔硝石は見つかっていない」
「あの、ちょっとした疑問なのですが、魔硝石って、合成して大きくすることができると聞きました。最初から大きいということがそんなに重要なんですか?」
「自力で合成できる範囲は限られている。せいぜいこの程度だ」
そう言って村長は人差し指と親指で大きさを示した。その大きさはピンポン玉と同じくらいだった。
「そうでしたか……だとすると、その巨大魔硝石というのは、どれぐらいの大きさなんですか?」
すると市長は両腕を広げてみせた。
「このぐらいの大きさだな。バルダーの操縦席に入るかどうか、といったところだ」
「はあ、それはデカいですね」
「……あまり驚かないな?」
「ケイ、感想はそれだけなのか?」
おおよそ直径1.5メートル程度もある魔硝石だと聞いて、啓は普通にその大きさに対する感想を返したのだが、啓の反応の薄さに市長もサリーも肩透かしを食らったようだ。
「あの、オレ、魔硝石の大きさがどれだけ重要なことなのか知らないのです。魔硝石が動力源になって、バルダーを始めとした様々な用途で使われている、ということも最近知ったぐらいで」
啓は心の中で『魔硝石で動物も召喚できますけどね』と補足したが。
なお『魔硝石の精錬具合や大きさで、啓が召喚できる動物の大きさも変わる』という関係性もありそうなことは分かっているが、魔硝石による動物召喚は啓とサリーだけの秘密となっているので、ここで口外するつもりはなかった。
(そんなデカい魔硝石ならば、シロナガスクジラも召喚できるかな?)
せいぜいそんなことを考える程度だった。
「概ね、ケイの認識で合っている。魔硝石については我々もまだよく分かっていないことが多いが、その純度や大きさによって、引き出せる力が増大することはよく知られている。ケイ、考えて見ろ。拳よりも小さい魔硝石でバルダーや自走車を動かすことができるのだ。巨大な魔硝石ならば、どれだけのことができると思う?」
「……より大きいバルダーが動かせる?」
市長は首を軽く横に振った。啓の回答は不十分だったようだ。そしてゆっくりと口を開いた。
「今ならば、国ごと、いや、この大陸ごと、滅ぼすことができるだろう」
さすがの啓も今度は驚きを見せた。
「そんな!いや、なんでそんな危険なものがこの街にそのまま隠されているんですか!?」
「うむ……それには当時の時代背景があるのだ」
巨大魔硝石が見つかった当時、オルリック王国の国王は寄る年波でもう長くはなかった。そして、王位継承権を巡って内乱が起きかけていた。また同時に他国からの侵攻も受けており、情勢は安定していなかった。そのため、当時の王は発見された巨大魔硝石の存在を隠すことにしたという。
「巨大魔硝石が継承権争いを行なっている王子達の誰の手に渡っても国は荒れるし、他国に露見して奪われれば国の根幹が揺らぐと考えた国王は、魔硝石の存在を王子達にも明かさず、無かったことにした。そしてその存在を隠すためにこの地に王の腹心を送り込み、都市を作らせた。それは自分の死によって腹心の身にも危険が及ぶことを危惧した王が、つまらない継承争いから大事な腹心を守るために行った最後の命令でもあった」
「ではその腹心の方が初代市長に?」
市長は頷いた。
「王の腹心の名はユスティールと言った。そしてその名を取り、この街はユスティール工房都市と名付けられた。ユスティール工房都市の市長は『ユスティールの至宝』と名付けられたその魔硝石の守り人として、代々その役目を受け継いできたのだ」
「なるほど……」
「やがて平穏な時代も訪れたが、再び動乱の火種になりかねない魔硝石の存在を公開するのは危険だと考えた先代の市長達は、このままずっと隠匿することに決めた。だから今、ユスティールの至宝の存在は儂しか知らないことだ。儂しか知らないはずだったのだ。だが、賊共はその名を知っていた」
市長の顔が険しいものになった。
「どこから情報が漏れたのかは分からぬ。少なくとも儂では無いが、先代市長が誰かに漏らしたのかもしれないし、王城に昔の記録が残っていたのかもしれない。あくまでも推測に過ぎないがな」
「王城の禁書庫で、誰かが文献を見つけたのかもしれないわね」
「禁書庫?サリーさんは何かご存知なのですか?」
「いやいや、何というか、そういったものがあってもおかしく無いと思っただけだ。それより市長。これからどうするつもりだ?ここに至宝があると知られている以上、またこの街が襲われるかも知れない」
「……こうなった以上、国王に伝えるべきだろう。そして、ユスティールの至宝を王都に移送して、王城か、魔動研究所に保管してもらおうと思う。これ以上、工房都市の住人を巻き込むわけにはいかんからな」
啓も市長の意見に賛同した。存在が知られているならば、この街に隠し置いておく必要もないし、もっと万全な警備体制のある場所で管理してもらうべきだろう。だが、サリーは異議を唱えた。
「でも、もしもこの襲撃犯の黒幕が王都の、いえ、王族だったら?」
「サリー!?お前は一体何を言っている?賊共は……」
「アスラ連合の可能性が高い、でもそれは可能性でしかない。違うだろうか」
「それはそうだが……王族が犯人というのはさすがに突拍子もないことだ」
「しかし……いえ、そうですね……私の言い過ぎでした」
サリーは言葉遣いも改め、市長に頭を下げた。市長は別に責めているわけではないと前置きした上で話を続けた。
「サリーが心配するのも無理はない。むしろその用心深さがいつも頼もしいのだ。忠告は心に留めておくとしよう。だが、この事件に関してはもうあまり時間がない」
「時間がないとは?」
「今回の襲撃事件を受け、王都から機動保安隊がやってくることになった。数日後には到着するだろう」
「機動保安部隊……そうですか」
「あの、機動保安部隊って何ですか?」
「王都軍の部隊のひとつだ。部隊ごとにバルダー十数機を有する小隊で、王都の警備の他に周辺地域の治安維持も行っている……建前上はな」
「は?建前?」
「まあ、なんというか鼻持ちならない連中が多いのでな。周囲の街からはあまり歓迎されんのだ」
「はあ……」
市長もサリーも、機動保安部隊とやらにあまりよい印象を持っていないように感じたので、啓はこれ以上掘り下げて聞くのはやめておくことにした。
「犯人達の引き渡しと同時に、襲撃に関する事情聴取も行われることだろう。その時に至宝の話をして、一緒に持ち帰ってもらおうと思う」
啓は市長の案に頷いた。サリーは険しい顔をしたままだったが、これ以上、市長の案に意を唱える様子はなかった。全員が沈黙し、やや重い空気となった応接室だったが、唐突に市長が柏手を打ち、注目を集めた。バル子はビクッと体を揺らし、チャコは一瞬、ホバリングをした。
「さて!つまらん話はここまでだ……ケイよ」
「はい、なんですか?」
急に市長に名前を呼ばれた啓は、思わず姿勢を正した。
「今回、襲撃犯から街を守った最大の功労者であるケイに、報奨を与えようと思う」
「えっ!?オレですか!?」
唐突な褒美話に、啓は文字通り飛び上がって驚いた。啓の肩に座っていたバル子は、急に動いた啓のせいで床に落ちたが、無事見事な着地を決めていた。
「いやいや、最大なんて事はないですよ。街を守ったのは警備隊やサリーさんですし、オレはその手伝いをしただけで……」
「街のバルダー倉庫の開放の手助けをし、街を徘徊していたバルダーを撃破、さらに市場前でも警備隊と連携して数機のバルダーを倒し、人質となった儂とレナを救出するために最後まで奮闘した。事件後は街の復興に意欲的に参加している……何か間違いはあるかね?」
「……いえ、ないです」
市長の話に間違いはない。改めて聞くと確かにそれなりの功績はあったように思える啓だったが、別に褒賞目的で行動したわけではなかった。
「だいたい、オレはこの街の住人ではありませんし……」
「それだよ、ケイ」
市長の目が、まるで狙っていた獲物を見つけたような眼差しに変わった。
「この街の市民にならんか?」
「……ならんか?って、そんな簡単になれるものなのですか?」
「通常は市長の許可が必要だ。そして儂は市長だ」
「……」
職権濫用という四文字熟語が啓の頭に浮かんだが、なんとか口から飛び出ることは防いだ。
「だが、ただ市民になるだけでは、今と何も変わらんだろう。だから土地と家を進呈しようと思う。例の、街の片隅の倉庫の近くに空き家があってな。かつてはそこで飲食店を営んでいた老夫婦がいたのだが、最近王都に住む息子夫婦に呼ばれて引っ越ししてしまってな。このまま空き家にしておくのももったいないので、ケイに譲ろうと思う。市で買い取った土地と家だから、儂の一存でどうにでもなる。遠慮なくもらってくれるといい」
「完全に職権濫用じゃないですか!」
今度は我慢できなかった。
「ははっ!ケイ、せっかくだから貰っておけばいいじゃないか」
「ですが……」
「市長としては、金銭よりもその方が助かるのだと思うよ。既にあるものを引き渡すだけだし、今は街の復興作業で金がかかっているからね」
(いや、現金では無いとはいえ、登記簿とか、土地の登記済証書とか、固定資産税とか、そういった概念は無いのか!?)
啓は日本の土地や住宅事情に照らし合わせて色々と想像したが、別の世界には別の世界の常識があるのだと思い直し、飲み込んだ。
「サリー、裏事情を勝手に読むんじゃない。だが、サリーの言う通りだ。この程度でケイの功績に報いれるとは思っておらん。他にも希望があれば遠慮なく言ってくれ……できれば金銭以外でな」
そう言って市長は頭を下げた。ぶっちゃけ過ぎなところが逆におかしくて、啓は素直に市長の好意を受け取ろうと思った。
(家か……確かに今は居候の身分だし、この先ずっとガドウェルさんの所でお世話になるわけにはいかないしな)
そう言えば、貰える家はかつて料理屋を営んでいたと市長が言っていた。ならば啓も、そこで何か商売を始めるというのも良いのではないかと思い始めていた。
(あっ……)
啓はふと、昨日会ったあの少女のことを思い出した。それをきっかけに、啓の腹は決まった。
「市長、その申し出、ありがたく頂戴します。それと、もう一つだけお願いがあるのですが……」
◇
市長との話を終え、啓とサリーは市場を後にした。ずっと応接室の中で退屈していたバル子とチャコは、啓の周囲を走り回っている。その様子を啓が微笑ましく見ていると、サリーが啓の肩をポンポンと叩いた。
「ケイはこの後、何か用事はあるのか?」
「いえ、市長の用事がどれぐらいかかるか分からなかったので、何の用事も入れてませんよ」
「そうか……だったら」
サリーがスッと啓の前に出て、腰を屈めて上目遣いで啓を見た。サリーの胸の谷間が見えそうなアングルに、思わず啓は息を呑み、慌てて目を逸らした。
「サリーさん……あの、ちょっと……」
「私の家に来ないか?」
「はい……はい?」
啓は動揺して反射的に返事を返してしまったが、改めて疑問形で聞き直した。
「私の家で話をしないか?……君と、私の話を」
「……はい。是非」
啓は、ようやくサリーと話す機会が訪れたことに、大きな期待と一抹の不安を感じるのだった。
褒美に家をもらえることになりました。
次回、ようやくサリーと対話します。
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