023 復興作業と孤児
ユスティール工房都市が賊に襲われてから数日が経った。街の住人達は、壊された家屋の修理や死者の弔いを行い、日常を取り戻すための復興作業に取り組んでいた。
市長率いる市議会も復興資金を提供し、修繕費や弔い金に充てた。早くも業務に復帰した警備隊長のレナはサリーにも協力を仰ぎ、街の治安と復興の支援をしている。また、被害の無かった人々や工房も『困ったときはお互い様』と言わんばかりに、街の各所で復興の手伝いをしている。
啓もそんな中の一人だった。
「木材、持ってきましたよー!」
「おう、兄ちゃん。そこに積んでくれ!」
啓はバルダーを使って、壊れた家屋の解体や、建て直し用の部材運びの手伝いを行なっていた。作業にはミトラの造りかけのバルダーを引き続き使っているが、完全に修理されているわけではない。装甲は剥がれたままだし、搭乗口の覆いすら無い。
だが、運搬作業をする程度には問題ないということで(今回はしっかりとミトラの許可を得て)借用していた。
なお、先日の戦闘後にこのバルダーは動かなくなったが、その理由は魔硝石の代わりに力を使っていたバル子の力が尽きたためであり、動力さえ確保できれば動くことも確認できた。そのため、今回は(本当に)サリーから借りた魔硝石を魔動連結器にセットして使っている。
資材運びを終えた啓がバルダーから降りて一休みしていると、この現場を取り仕切っている親方が飲み物を持ってやってきた。
「兄ちゃん、お疲れ。これ飲みな」
「ありがとうございます」
啓は親方から飲み物を受け取ると、地べたに座り込んだ。搭乗口が無いとはいえ、バルダーの中は暑い。啓は親方からもらった冷たいお茶で喉を潤した。
「それにしても、よくもまあ、こんなオンボロのバルダーを動かせるもんだな」
「オンボロはひどいですよ。まだ完成していないだけです」
啓も嘘は吐いていないが、先の戦闘であちこちに傷がついたり凹んだりしているので、未完成というよりも壊れかけにしか見えないのは確かだった。
「まあ、おかげで作業が捗ってるから助かるが……ところで、そいつらはなんだ?」
「そいつらってのは、この子達のことです?」
親方は怪訝そうな表情で啓を見ていた。親方の視線は、啓の膝の前と肩のあたりを行き来している。
「こっちに座っているのは猫のバル子、肩に止まっているのはオオハチドリのチャコです。かわいいでしょう?」
「ああ、まあ、そうだな……初めて見る獣と鳥なもんでな。しかし随分と懐いているようだな」
「ええ。オレの大事な家族ですから」
「家族ねえ……」
啓がバル子の喉を指でさするとバル子は「ニャーン」と気持ちよさそうに鳴き、喉を鳴らした。
「……俺も触ってみてもいいか?」
「えっと……バル子、いいか?」
啓が小声でバル子に聞くと、バル子はため息を吐くような素振りを見せた後、のそのそと親方の方に向かって歩き、親方の足元にちょこんと座った。
「優しく撫でてやってください」
「お、おう……」
親方は恐る恐るバル子に手を伸ばし、バル子の背中に触れた。そしてそっと撫でる。
「ニャーン」
「おおおおっ!気持ちいいのか?そーかそーか、うははは……」
割と厳つい顔の親方だったが、バル子を撫でている時の親方の顔は完全にとろけ、破顔していた。
「やはりバル子の可愛さはこの世界でも通用するんだな」
「んー?なんか言ったか?」
「いや、なんでもないです……ん?どうした、チャコ」
チャコがホバリングをしながら、啓の頬を軽くつつく。啓がチャコに目を向けると、チャコはスイッと啓から離れていく。啓がチャコを目で追うと、チャコの向かった先に1人の少女が立っているのを見つけた。
(チャコはこのことを教えたかったのか……あの女の子、ずっとオレを見ているけれど、誰だったかな?)
啓はこちらをガン見している少女を思い出そうとしたが、記憶の引き出しから見つけることはできなかった。少女はオドオドとモジモジが入り混ざったような雰囲気でこちらを見ている。
(あー、もしかしたら……)
少女の様子にピンと来た啓は、立ち上がって少女に声をかけた。
「君もこの子達に興味があるのか?良かったらこっちにおいでよ」
啓に声を掛けられ、少女はビクッと体を揺らした。もしかしたら怯えさせてしまったか、と思った啓だったが、少女はゆっくりとこちらに近づいてきた。その様子に啓は安堵すると、啓は親方の方に向き直った。
「親方」
「んふふー、んー?なんだ?」
「愉悦に浸っているところすみませんが、そろそろ交代です。バル子、おいで」
「ああっ!バル子ちゃん……」
啓は、バル子が離れてこの世の終わりのような表情になった親方を尻目に、バル子に視線で少女の方に向かうように合図した。
バル子は「ニャッ」と承諾の声を上げると、トコトコと少女の方に向かって歩き、その足元で止まった。
「わあ……」
「ニャーン」
バル子を見下ろす少女と、少女を見上げるバル子。なかなか絵になる光景に啓はほっこりした。
「大丈夫。噛んだりしないから優しく触ってごらん」
「……うん」
少女は恐る恐るバル子に触れた。そして背中をそっと撫でる。バル子は気持ちよさそうに身をすり寄せた後、お腹を上にしてコロンと地べたに寝転んだ。親方の時と違い、サービス満点のバル子の仕草に啓は小さく苦笑したが、少女は急に倒れこんだバル子の様子にあたふたしている。
「あっ……」
「大丈夫だよ。お腹も撫でてあげて」
「うん……ふふっ。かわいい……あははっ」
バル子は、撫でる少女の手を前脚で軽く挟んだり、起き上がって戯れたり、少女に抱っこされたりと、サービス満点だ。
(バル子め、親方と女の子で対応が違いすぎるだろう。でも、まあ仕方ないか……親方が気を悪くしなきゃいいけど)
チラッと親方を見ると、そんな啓の心配をよそに、親方は柔らかい表情で少女とバル子を見ていた。
「あの子の笑った顔、久しぶりに見れたなあ」
「久しぶり?」
「ああ。あの子の名前はシャトン。この近所に住んでいるのだが、先日の賊の襲撃で父親を亡くしてな……」
シャトンは父親と祭りを楽しんでいる最中に賊の襲撃に遭遇し、父親はシャトンを逃したが、自身は犠牲になったという。
「シャトンの母親はシャトンがまだ小さい頃に病死しててな。だからシャトンの父親はそりゃもうシャトンを大切に育てていてよ。だから俺ぁシャトンが不憫で仕方なくてよ……」
「そうだったんですか……」
親方は涙を滲ませ、鼻を啜った。
「身寄りが無くなったシャトンはずっと塞ぎ込んでいたんだが、やっと笑い顔が見れてよ……俺は嬉しいよ」
「他に家族や親戚はいないのですか?」
「ああ、いねえ。だから今は俺達ご近所が目をかけてるんだ。あの賊共のせいで親を失った子は多いが、天涯孤独になっちまったのはシャトンだけらしい。まったく、許せねえよな」
「ああ、同感だ……」
啓はバル子に顔をペロペロされているシャトンを見た。いつのまにやらチャコもシャトンの頭に乗って囀っている。今は笑顔を浮かべているシャトンからは、そんな悲しい身の上事情など伺い知れない。だが、そのことを知ってしまった啓は、その笑顔に胸が締め付けられた。
(オレも、両親が事故で死んだ時は、すぐには笑えなかったな……)
啓の両親は、啓が高校生の時に自動車事故で他界し、啓も天涯孤独の身となった。その後、啓は田舎の家と土地を守るべく、競艇選手となって生計を立てていた。
「なあ、この世界……じゃなくて、この町でシャトンはどうやって生きていくんだ?仕事はできるのか?」
「ああ、年齢的には少し早いが、仕事ができないことはない。やれることは限られるだろうがな」
「そうか」
「当面は俺達が面倒を見る。あの子と、亡くなった両親のためにもな。さあ、そろそろ仕事を再開しようか」
少し後ろ髪を引かれる気持ちを抱いたまま、啓は作業に戻った。
手伝いを終えてガドウェル工房に戻った啓は、ガドウェルから『明日の13時に、市場に来て欲しい』と市長からの伝言があったことを伝えられた。
次回、市場で市長とお話します。
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