022 事後処理と確認事項
まもなく夜明けを迎えるユスティール工房都市では、事後処理が始まっていた。
事後処理のほとんどは警備隊と街の有志達によって行われた。その内容は、襲撃犯達の残党の捜索や、破壊された家屋の確認、襲撃された時の様子や襲撃犯達との戦闘についての概要把握などだ。
また、再襲撃の可能性を考慮して、街の入り口やその周辺にバルダーを配置して警戒に当たった。警備隊のバルダーはその半数が襲撃犯達との戦闘で破壊されていたので、警戒には街の有志による作業用バルダーも起用されていた。
そして、市長や警備隊長の救出をはじめ、襲撃犯達との戦闘に深く関与していた啓とサリーも街中の捜索や事情聴取に協力し、夜が明けた頃にようやく解放されたのだった。
「お疲れ、ケイ」
「ええ、本当に疲れましたね。サリーさんもお疲れさまでした」
「ケイはこの後、ガドウェル工房に帰るのだろう?」
「はい……ちょっと帰りにくいですけどね……」
バージルとの戦いの後でついに動かなくなったミトラのバルダーは、警備隊の格納庫に保管されている。大通りにそのまま放置するわけにはいかなかったので、警備隊と街の有志の協力によって運び出してもらっていたのだ。
「ミトラのバルダーを勝手に持ち出した上に壊してしまったので。あはは……」
「壊してしまったことについては、ミトラにしっかりと怒られるといい。だが、いくつか口裏を合わせたいこともある……バル子ちゃん達のことはミトラは知っているのだな?」
「ええ。ある程度は知ってますが……ところでバル子。随分とサリーさんに懐いてるじゃないか」
啓はサリーの肩にちょこんと乗っているバル子をジト目で見た。
「ご主人、誤解しないでください、バル子のご主人はご主人だけです。ですがサリー様はバル子の命の恩人です。恩人の希望に応えるのも大事な務めです」
「……サリーさんの希望、ね」
バル子が死んだ(ように見えた)時に、バル子に魔硝石を与えるように提案したのはサリーだった。サリーのおかげで、バル子は啓に丁重に弔われずに済んだので、サリーはバル子の命の恩人と言えよう。
そしてバル子に興味を持ったサリーは、バル子の体を触ったり、頭をナデナデした後、自分もバル子が欲しいと啓におねだりし始めたのだが、さすがに啓はその申し出を拒否した。代わりに啓はサリーに『バル子と好きなだけ遊んで良い権利』を与えたのだった。
バル子もまんざらではないようで、サリーの頬にスリスリしている。
「まあ、バル子が良いなら構わないけどな。超美人の隣に美猫がいるのは絵になるしな」
「超美人!?」
「美猫だなんて、もう、ご主人は……」
「ん?なんかオレ、変なこと言ったか?」
少し赤面したサリーと、身をくねらせるバル子の様子を不思議そうに見ながら、啓はそう聞いた。
「サリー様、ご主人はいつも無自覚でそういうことを仰るのですよ」
「これは無自覚なのか……まあいい。とにかく、私も一緒にガドウェル工房へ行く」
「一緒に怒られてくれるのですか?」
「それは君の仕事だ」
サリーとバル子は揃って、ポンと啓の肩を叩いた。
◇
日の出を迎えたばかりの早朝であり、ガドウェル工房の中はまだ暗かった。一部を除いて。
「倉庫に明かりが……ミトラが起きて待っているのかもしれないな」
啓とサリーは、ガドウェル工房で唯一明かりの灯っている倉庫へと向かった。倉庫に着いた啓は、椅子に座って頭をコックリコックリさせているミトラを見つけた。ミトラ以外には誰もいないようだった。
「……寝ているなら、明日にしようかな」
「怒られるならば早い方がいいのではないか?」
「まあ、そりゃそうだけど……」
「うん……あ、サリー姉……と、ケイ……ケイ!?」
しかしミトラは、啓達の物音と話し声で目を覚ました。
ミトラは啓の顔を見た途端、勢いよく立ち上がった。そして啓に向かってズンズン歩み寄った。
「ケイ……ケイ!!!」
「ゴメン、ミトラ!勝手にバルダーを持ち出して、おまけに壊しちゃって、本当にゴメン!」
「ケイ……無事で良かった!」
ミトラは啓に飛びつき、抱きしめた。啓は呆気にとられたまま、啓を強く抱きしめているミトラを見た。ミトラは大粒の涙を流していた。
「馬鹿!あんなバルダーで飛び出すなんて、心配したじゃない!このお馬鹿!!」
「……心配かけてゴメン」
啓はミトラの頭をポンポンと叩き、謝罪の言葉を掛けた。ミトラは啓が飛び出していった後もずっと倉庫で啓の無事を祈り、待っていたのだ。
「ケイ……街はどうなったの?」
「襲撃犯達は全員倒した。もう大丈夫だ」
「そっか……ケイ、頑張ったんだね。それにサリー姉も」
サリーが軽く手を振って応える。ミトラは涙を拭い、ようやく笑顔を見せた。その笑顔を見た啓は、改めて無事にミトラの元に帰れたことを心から喜んだ。
「じゃあ、街は守れたんだね……」
「ああ、その通りだ」
「レナさんは?」
「色々と大変な目に遭ったのでしばらくは休養するそうだが、とりあえず無事だ」
「そっか……ねえ、ケイ。もうひとつ教えて」
「ああ。何でも聞いてくれ」
「さっき、わたしのバルダーを壊したって言ったよね?」
「……」
「詳しく、教えて、くれる、わよね?」
今日一番の満面の笑みを浮かべて啓を見るミトラに、啓は今日一番の戦慄を覚えた。
◇
「だいたい、まだ造りかけのバルダーを持ち出すなんて無謀そのものよ!」
「はい。仰る通りです」
ミトラの説教はかれこれ三十分ほど続いていた。その間、啓はずっと地べたに正座してミトラの話を大人しく聞いている。サリーは我関せずと、バル子とチャコを相手に遊んでいる。
(サリーさん、助けてよ……)
「ケイ!ちゃんと聞いてるの?」
「もちろん!ちゃんと聞いてる!……聞いてます、はい」
「それにしてもどうやってバルダーを動かしたんだか……」
ミトラが首を傾げて悩み始めた。啓がバルダーに乗れることはミトラもよく知っているはずだ。それなのにミトラがなぜ悩んでいるのか、啓も不思議に思った。
「どうやってって、普通に動かしただけだが?」
「そうじゃなくて、あたしのバルダー、魔動連結器に魔硝石を入れてなかったのよ?」
「……はい?」
「ケイはバルダーに使える魔硝石なんて持ってなかったでしょ?前に市長にもらった魔硝石は無くしたって言ってたし、アルバイトでもらった小さい魔硝石じゃバルダーは動かないし」
啓が市長にもらった魔硝石はバル子になってしまったのだが、ミトラにそれを言うわけにはいかず、啓はミトラに魔硝石を無くしたと言ってあったのだ。
「動力も無しに動くはずなんて無いのよ」
「それは、その……」
「ああ、ミトラ。バルダーの魔硝石だが、私が念の為にケイに渡しておいたんだよ」
バル子と戯れているサリーが横から口を挟む。
「サリー姉が?魔硝石をケイに貸してくれたの?」
「そう!そうなんだよ!」
もちろんこれは嘘である。そもそも啓がサリーと会ったのは、啓がミトラのバルダーに乗ることを思いつく前のことだ。だがミトラはその時系列を知らない。
「そういうことなら納得だわ……でも、そうだとすると、サリー姉も共犯ということよね?」
「あー……しかしケイの救援がなければ、市長とレナは死んでいただろうし、街も制圧されていたと思う。ケイとミトラのバルダーには本当に助けられたよ」
「でも、だからと言って……」
「それで思い出したのだが、私は明日……いや、もう今日だな。今日、レナのお見舞いに行くつもりなのだが、ミトラも一緒に行くか?」
「もちろん!」
「では一緒に行こう。レナが入院している場所は……」
(サリーさん、お見事……)
サリーは説教が自分にも飛び火すると見るや否や、話を即座に切り替えた。そのことに啓はすぐに気付いた。
「……それで、レナのお見舞いに行く前に、できれば少し仮眠を取りたい。ミトラ、申し訳ないが、空いている部屋を貸してくれないか。さすがに私も今日は疲れた。ケイも疲れただろう?」
「ええ、そりゃもう……足も痺れたし」
「何か言った?」
「いや、何も!」
「……まあ、いいわ。そうね、もう休みましょう。あたしもベッドでちゃんと寝たいし」
ミトラが椅子から立ち上がったので、啓も正座で痺れた足をさすりながら立ち上がる。
「サリー姉、部屋に案内するね。ケイは自室で休んで。それと、ケイ……」
「何?」
「……本当に心配してたんだから。街が落ち着いたらでいいから、またあたしをお出かけに連れて行くこと。分かった?」
「ああ。約束するよ……ところで、サリーさん?」
啓は、ミトラと並んで前を歩くサリーの背中に向かって声を掛けた。サリーがギクリとして足を止める。
「……何だろうか?」
「何だろうかって……しれっとバル子を連れて行かないでください。バル子も当たり前のように連れて行かれるんじゃない」
「……一緒に寝ては駄目だろうか?」
「今日は駄目です。また今度、そのうちに」
サリーは渋々、バル子を啓に返すと、ミトラと一緒に建屋へと入っていった。
◇
自室に戻った啓は、すぐさまベッドにダイブした。横になった啓は、思った以上に体が疲れていることを実感した。
気を抜けばこのまますぐにも眠れそうだったが、啓はそうせず、気合いを入れて上半身を起こした。そして部屋にいるパートナー達を見回した。モンスズメバチ達は窓際で一列に並び、チャコは机の上で羽を繕っている。そしてベッドの上では、バル子が香箱座りをしていた。
「みんな、今日はお疲れ。色々と助けてくれてありがとう」
チャコはピュイッと返事を返し、蜂達はカチカチと音を出した。普通スズメバチは、外敵に対する警告としてこのカチカチ音を出す。そのため、この音を聞いた時には警戒しなければならないが、啓が召喚した蜂達は返事として使ったようだ。
「お役に立てて何よりです、ご主人。皆もご主人の労いの言葉に喜んでいます」
「バル子、お前にもたくさん力を使わせてしまったようで申し訳ない」
「バル子はバル子の役目を果たしただけです。ご主人」
「だから、今一度、ちゃんと確認しておきたい」
啓は姿勢を正すと、バル子に質問した。
「ミトラのバルダーを動かしていたのは、バル子だよな?」
「はい……もうお分かりになっていると思いますが、バル子の根源は魔硝石です。バル子があのバルダーの魔動連結器に力を与えていました」
「ああ。あのバルダーの魔動連結器に魔硝石が入っていなかったと聞いて、完全に理解したよ。操縦をしていたのはオレだけど、動力源になっていたのはバル子だったんだ」
思えば、バルダーの装甲が外れた時にバル子がいちいち謝っていたことにも啓は違和感を覚えていた。バル子がバルダーに力を与えていたからこそ、バルダーが損傷するたびに申し訳なさそうにしていたのだ。
「気がつくのが遅くなってゴメン。オレはバル子にかなり無理をさせてしまっていた。本当にゴメン」
「いえ、ご主人。バル子はご主人のお役に立てて嬉しいのです。謝らないでください……こういう時は、もっと違う言葉が欲しいです」
「そうだな……ありがとう、バル子」
「どういたしまして、ご主人」
バル子は啓のお礼の言葉に喜び、喉を鳴らした。
「それともう一つ。あの大槍のことを教えて欲しい。そのことにもお礼が言いたい」
「それは本人に……チャコに言ってあげてください」
「やっぱり、そうなのか」
啓はチャコにもお礼を言った。チャコはクルクルと飛び、喜びを全身で表現する。
あの時、突然出現した光り輝く大槍のおかげで、啓は敵のバルダーからレナを救うことができた。あの槍の正体がチャコだということにも啓は薄々気付いてはいたが、確証を得たのはまさに今、バル子から話を聞いてのことだ。
「まさか、チャコが大槍に変身できるとはなあ。もしかして他にも変身できるのかい?」
「短時間ですが可能です。基本的にはご主人が望むものに形を変えることができるようですが、本来の姿の特性が強く出るもののほうが変身しやすいようです」
「なるほど、ハチドリだから投げ槍に向いていたのかもしれないな」
ハチドリの嘴は花の蜜を吸ったり、昆虫を食べるだけではなく、攻撃にも使う。縄張り争いの時には、同族に対しても容赦なく嘴を突き立てるのだ。
「ただ、チャコ自身の力だけでは足りませんでしたので、バル子が力を貸しました」
「チャコの魔硝石は小さいものだったしな」
「そのせいもあって、バル子は最後に力尽きてしまいました。ご主人には大変申し訳なく……」
「いやいや、本当に助かったから。知らなかった事とはいえ、こっちが無理をさせてしまったようなものだし」
啓とバル子は互いにペコペコと頭を下げあった。
「それにしても、何がどうなって、こんなことができたのだろう……オレはただ、魔硝石を使って地球の動物を召喚できる力があるだけだと思っていたのに」
「それだけといっても、この世界では十分に異質だと思われますが」
「まあそうだな。改めて、サリーさんに相談してみようかな」
サリーにはまだまだ聞きたいことがある。最初に自分を助けてくれた理由もまだ聞いていないし、サリーは治癒能力を持っていることを啓には教えてくれたが、ミトラをはじめ、親しい人には教えていないらしい。サリーはきっと、魔硝石の力に関する情報や秘密を持っているはずだ。
「ただ、バル子。ひとつだけ、どうしても譲れないことがある」
「何ですか、ご主人」
啓はホバリングしているチャコを見ながら、バル子に言った。
「あの槍は、もう使わない。使いたくない」
「ご主人、それは何故ですか?チャコもご主人の期待に応えられて、こんなに喜んで……」
「だって、あの槍はチャコそのものなんだろう?オレはチャコを敵に向かって投げたくなどない」
「……確かに槍の本質はチャコです。ですが武器になっている時のチャコは頑丈ですし、痛みを感じることも無く……」
「いや、そうかもしれないが、やっぱりオレの心がそれを許さない。オレは自分のパートナーを物扱いして、敵に向かって投げるなんてことをしたくないんだ。それに万が一壊れでもしたら、死ぬかもしれないだろう?だから、せめて、オレの隣や近くで一緒に戦ってくれるまでが許容範囲だ。そのことを分かって欲しい」
飼い犬が泥棒に向かって吠えたり噛みついたりするのは許容できても、飼い犬を泥棒に向かってブン投げて怯ませる、などという使い方はゴメンだという啓の主張は、バル子達も受け入れてくれた。
「分かりました……では、その点については別の方法を考えてみましょう」
「そうしよう……」
ひとまず聞きたいことと言いたいことを言った啓は、大きなあくびをして、ベッドに横たわった。
「とりあえず今日のところはここまでかな……色々あったし……疲れたし……そろそろ限界……」
啓は最後まで言い切ることなく、ようやく眠りについた。
◇
啓が目を覚ましたのは昼になる少し前だった。そして啓は起きるや否や、何やら興奮しているバル子を見て怪訝な顔をした。
「バル子……オレが寝ている間に何かあったのか?」
「ご主人!さっそく新しい武器を考えました!見てください!」
バル子がチャコと蜂達に指示を出すと、チャコと蜂達の姿が変質し始めた。
「ご主人がお休みになっている間、バル子達はご主人の世界の知識を元に、似たような武器を考えたのです」
啓の目の前に現れたのは羽根の生えた一丁の銃だった。銃口の上には鋭い刃が付いているので、銃剣のようにも見える。
「……これは?」
「見ての通り、銃です。この銃本体はチャコが変身したもので、蜂達が銃弾に変身していています。銃弾はチャコが勢いよく飛ばし、敵を攻撃します。全弾打ち切ってしまっても、銃自身が自力で敵に向かって飛び、敵を刺します。どうですか!」
「却下」
「ニャッ!?」
得意げに語るバル子だったが、啓は即座に切り捨てた。バル子は思わず、普通に猫の鳴き声を出すほど驚いた。
「どうしてですか、ご主人!?」
「あー、その……お前達、もしかして『オレが投げずに勝手に飛んで行く分には問題ない』と思ってないか?」
「違うのですか?ご主人自らが撃ったり投げたりするわけではないのですよ?」
「自分らで投げるのも却下だ」
「そんな……」
「いや、コンセプト自体は悪くないと思う。だからもう少し捻ってみよう。オレも一緒に考えるから」
啓が言いたかったのは、自分自身を傷つけるような攻撃はしないでほしいというものだ。バル子達は本質を理解していないようだったが、啓自身も言葉が足りなかったことを反省した。
「しかしご主人。チャコがチャコの姿のまま嘴で敵を攻撃したり、蜂達が針で刺しに行くのは構わないのですか?」
「あー、それはまあ、その……動物の姿なら、それは動物本来の本能に見えるし……でも危険なことはしてほしくないとは思うわけで……バルダーの武器として使うよりはマシだと思うから絶対に駄目とも言い難いが……まあ、結局はオレのエゴなんだろうな」
バル子の質問に、啓自身もモヤモヤするものがあったが、結局は自分で言った通り、エゴなのだろう。啓はなるべく早く、この問題を解決する方法を考えようと心に決めたのだった。
少しずつ能力が分かってきたような、そうでもないような。そしてサリーはバル子にご執心。
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