020 救出作戦
レナと市長が人質になり、迂闊に手出しができない状況になってしまったことを知った啓は、市場内に突入することを取りやめ、一旦後退することにした。
市場の外では、まだ警備隊と襲撃犯達のバルダーが戦闘中の可能性が高いため、先にこちらの戦闘を終わらせることに協力しようかと考えた啓だったが、それは杞憂に終わった。
外の戦闘は既に終わり、警備隊員達はまだ生きている襲撃犯達の捕縛や事後処理を行っていた。すると啓の元に一人の女性が走ってやって来た。啓はバルダーの搭乗口を開き、身を乗り出した。
「サリーさん!無事でよかった!」
「ケイ!レナは!?市長達の様子は!?」
「そうだ、サリーさん、そのことで、急ぎで相談が……」
啓はバルダーを降りると、サリーに中の様子を話した。レナと市長が人質に取られていること、レナは全裸で敵のバルダーの右腕に括り付けられていること、敵は二人を連れてこれから街の外へ向かうことなどを簡潔に説明した。
「そんなわけで、犯人を刺激せずになんとかレナさんを救出して、敵を倒す方法を考えなければならないんです。それも大至急……」
市長の歩みはゆっくりだが、あまり時間をかけていられない。おそらく三十分もかからずにこの場に到着してしまうだろう。
「そうか、時間がないのだな……全く、卑劣な奴らめ……」
「はい。一刻も早く何か手を打ちたいのですが、一体どうすれば……」
「ふむ……」
サリーは一度深呼吸して、それから目を瞑った。サリーは一度冷静になって、考えを巡らせていた。
そして数秒後、サリーは目を開いた。
「よし……斬り落とそう」
「斬るって……レナさんを巻き添えにするのですか!?」
「ケイ、落ち着け。斬り落とすのは敵のバルダーの右腕だけだ」
「それは……確かにできればそれが一番いいですが、当たりどころが悪ければレナさんが死にますよ!それに敵は間違いなくレナさんを盾にしてくるでしょう。そう簡単に腕だけ斬るなんてできませんよ。だいたい腕が落ちた時にレナさんが怪我すると思いますし……」
「怪我は私が治す。レナには痛い思いをさせるかもしれんが、これもレナの命を救うためだ」
啓はサリーが傷を癒す力を持っていることを知っている。何故サリーにそんな力があるのかは分からないが、それが事実である以上、啓には反論することができなかった。
そしてサリーは短時間で作戦を練ると、警備隊の1人を呼んだ。
「もうすぐ敵のバルダーがレナ隊長を人質にしてここを通って街を出ていこうとする。私はレナ隊長を救うために敵を罠にかける。この策を完遂するために、警備隊員全員、この場から速やかに去るように。決して手出しはするな」
「……レナ隊長を救出する作戦なのに、我々では力になれないのですか?」
「敵に待ち伏せを悟られてはならないのだ。全員、この大通りから離れて、敵の目につかないところに隠れていてほしい。レナ隊長の安全が確保できたら信号弾を上げる」
「……分かりました。全員に伝えます」
◇
「負けたのか。無能共め」
市場を出たバージルは、市場前での戦闘が終わっていること、そして無様に破壊されているバルダーの残骸を見て、自分達の部隊が敗北したことを悟った。
「それにしても、警備隊の奴らは一体どこに行った?なぜ市場に突入してこなかった?」
戦火を避けるために避難していると思われる住人達の姿が見えないのは理解できる。だが、都市の警備隊員達もいないのは不可解だった。
そもそも、警備隊の勝利で市場前の戦闘が終わったのならば、その後市場に突入してバージル達を追ってもおかしくないはずだ。
バージルはそんな不審な状況と軽く感じている不安を誤魔化すように、バルダーの拡声器のスイッチに手を伸ばした。
『見ろよ、隊長さんよ。誰もお前を助けに来ねえじゃねえか。どうやら隊長さんは部下達に見捨てられちまったようだな』
「……私の部下達を舐めるなよ」
バージルのバルダーの腕に全裸で縛り付けられているレナが吐き捨てるように言葉を返す。
「だがこれで分かっただろう。私は人質の価値が無いのだと」
レナは半ば自重気味に言った。正直なところ、レナは自分を誰も助けに来ない、来てくれないことに軽くショックを受けていたが、安堵もしていた。
もしかしたらサリーや部下達は、私や市長の状況をどうにかして知ったのかもしれない。そして何か策を考えて、あえてこの場から姿を消したのでは無いだろうかとレナは考えていた。
(そもそも合理的に考えれば、私とこの街を天秤にかける必要などない。もしも私の命と引き換えに犯人が理不尽な要求をしてきたら、部下達はきっと苦悩し、恭順してしまうだろう。いっそ私の命など捨て置いて、街の外で一気に強襲をかけて、私ごとこいつらを粉砕してしまえばいいんだ)
そしてレナはふっと笑顔を浮かべた。
(それに、街の中で騒ぎを起こして私の粗末な体を住人達に晒すよりも、街の外で仕掛けてくれた方がありがたい)
でもどうせ死ぬのだから構わないか、とレナは天を仰いだ。夜空の星と、やや前方にある時計台が目に映る。
(時計台を見るのもこれで最後か……あれは、なんだ?)
普段見慣れた時計台の時計。しかし時計台の屋根の上に、何か異物が乗っているように見える。
(あれは……もしや!)
レナは時計の屋根に乗っている何かが何であるか気づいた。そしてその狙いも。
だからレナは先頭を歩いている市長に声をかけた。
「市長、暗いので足元に気をつけてください。少し右に寄ったほうが歩きやすいですよ」
「捕虜同士で会話してんじゃねえよ!」
市長が答える前に、市長の真後ろを歩くアントンがレナを制する。しかしレナは構わず、今度はアントンに向かって忠告した。
「貴方も足元に注意したほうがいいですよ。貴方達はこの街のことを知らないでしょうけど、この道の真ん中は舗装が甘いのです」
「舗装が甘い?……この街はまともに道の整備もできねえのかよ」
「大通りはバルダーがよく通るので、すぐに道が痛むのですよ」
「ふん、そうかよ」
無論、それはレナの嘘である。市長にもそれが嘘であることは分かったが、同時に、レナが『右寄りを歩け』と言っていることに何か意図があると察した。
「分かった、レナ隊長。忠告感謝する」
市長は足元を『あえて』よく確認しながら、大通りの右側寄りを歩いた。アントン達とバージルのバルダーも、足元を気にしながら市長の後に続く。レナは襲撃犯達の注意を足元に逸らすことと、道の右側寄りを歩かせることに成功した。
やがて一行は街の時計台付近に差し掛かった。レナは何気ない振りで時計台を見た。
(サリーさん、後の事は頼みます!)
果たして、レナの想いはサリーに届いた。突如、星明かりを遮り、レナ達の上に影が落ちる。市長とアントンも影に気付いたが、既に遅かった。いや、もっと早く気付いたとしても何もできなかっただろう。
音もなく時計台の屋根の上から飛び降りたサリーのバルダーは、薙刀のような武器を振り下ろしながら、バージルの機体の右腕を斬り落とさんとしていた。
サリーのバルダーは落下の勢いのまま、大きな音を立てて地面に着地した。振り下ろした武器の先端の刃が地面に食い込み、同時に長い柄が衝撃の反動で折れる。
「くっ……」
『ハッハー!甘いんだよ!』
信じられないことに、バージルは間一髪、サリーの攻撃を躱していた。バージルは時計台の上から躍り出たサリーのバルダーに誰よりも早く気付き、回避行動をとっていたのだ。
「ぐああっ!」
「レナ!」
バージルのバルダーが急制動を取ったことで、レナの体に巻きつけられた鎖がレナの体を痛めつける。だがバージルはそれに構わず、レナごと右腕をサリーの方に向けた。
『動くな。動けばこの女が死ぬ。バルダーを降りて投降しろ』
「くそっ……レナ、すまない……」
サリーの奇襲は失敗に終わった。
◇
「ど、どーするよ、バル子。サリーさんの攻撃、空振っちまったよ……」
「作戦失敗ですね、ご主人」
少し先の角からそっと現場の様子を見ていた啓は、サリーの作戦が失敗に終わったことに動揺を隠せなかった。啓はバルダーの操縦席で項垂れた。
サリーの作戦では、サリーが奇襲で敵のバルダーの右腕を斬り落とした後、サリーが市長と、斬り落とした腕ごとレナを回収してその場を去る。直後に啓が信号弾を打ち上げ、啓が敵のバルダーの足止めをしているうちに味方を呼び寄せて敵を包囲するというものだった。
「まさかサリーさんのあの攻撃を躱すなんて信じられない。奴はかなりの手練ということか」
「そうかもしれません」
「くそっ……どうすれば……」
敵はサリーに向けて降伏勧告をしている。このままではサリーも人質に取られてしまうだろう。
「せめてここから奴を攻撃する方法があれば……」
「ご主人。ご主人はどんな攻撃をしたいのですか?」
「ん?どんなってそりゃ、敵の右腕を落とせるような攻撃かな」
もしも本体を攻撃して爆発でもすれば、レナの身も危ない。いくらサリーが怪我を治せると言っても死んでしまってはレナを救えないかもしれない。だから敵のバルダーの右腕だけを落として、作戦を続行するのが最適解だと啓は考えた。
「投擲武器で腕の付け根から大穴を開けるような、そんな武器を使った攻撃でもできれば……」
「なるほど、承知しました」
「……は?」
承知した、という意味を啓は理解できなかった。さらに啓は頭が追いつかない事象を目の当たりにする。
「これでよろしいですか?」
「なんだよ、これ……」
啓のバルダーの右手に、先端が鋭く尖った大槍が握られていた。大槍は仄かに光を放っている。
「この武器は一体どこから……」
「ご主人、その武器を敵にめがけて投げてください」
「いやバル子!投げろと言われても!……いや、仮にこの槍で敵の腕を落とせたとしても、コントロールが……もしもこの槍がサリーさんやレナさんに当たったらどうするんだよ!」
啓自身、槍投げの経験など一度もない。バルダーでの投擲などは尚更だ。啓が躊躇していると、バル子がそっと前脚で啓の右手に触れた。
「大丈夫です、ご主人。ご主人は当てたい場所を明確に思い浮かべながら武器を放ってください。必ず命中します」
「そんな気休めを……」
「気休めではありません。間違いなく当たります。バル子とチャコを信じてください」
「え?それってどういう……」
「早く……チャコの力だけでは足りなかったので、バル子も力を貸しています。早くしないとバル子も動けなくなります……」
「バル子、お前……」
バル子がやや苦しそうに身を震わせる。啓はバル子の物言いに何となく気付きを得た。だが今はそれについて検証したり、議論している余裕はなかった。
「……バル子、オレがバル子やチャコを信じないわけがないだろう。バル子もチャコも、今はここにいないもんちゃんズも、みんな大事なオレのパートナーだよ」
「ご主人……」
バル子が身をくねらせる。だがそれが恍惚なのか苦痛によるものなのかは分からなかった。
「……ですがご主人、モンちゃんズという名前は今ひとつ気に入らないとモンスズメバチ達から苦情があったことを思い出しました」
「今それ言う!?」
少し力が抜けた啓だったが、おかげで緊張もほぐれた。もしもバル子がそれを狙って言ったのならば効果は抜群だったと言えよう。とりあえずモンちゃんズの改名については落ち着いてから考えることにした。
「……とにかく、オレはバル子達を信じて投げるよ。目標は敵のバルダーの右腕の付け根。粉砕して右腕を落とせ!」
啓はバルダーを操作して路地の角から大通りに躍り出た。そして大槍を敵に向かって放り投げた。
投げられた大槍は光り輝き、ものすごい勢いで敵のバルダーに向かって飛んだ。そして、敵のバルダーの右腕の付け根に大穴を穿ち、見事に敵のバルダーの右腕を切り飛ばした。
予定は狂いましたが作戦は継続。
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2023/11/17 誤字修正