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002 バルダー

 薄暗い部屋の中で、男は酒の入ったグラスを片手に、手下からの報告を聞いていた。


「それで、話はついたのか?」

「はっ。当日は工房都市の武器庫に鍵をかけ、その鍵の管理はあの男がするとのことです。その後、あの男は行方をくらます算段で、しばらくの間は武器庫を開けることはできません。そうして反撃されるまでの時間を稼ぎます。また、見張りにも酒を配って、警備を手薄にするとのことです」

「反撃される前に制圧するさ」


 男はグラスを傾け、酒を喉に流し込むと、満足そうな笑みを浮かべた。


「では、何も問題はないな?」

「はっ……ただ、話をしているところに見知らぬ男が現れまして……工房都市の人間では無かったようですが」

「何?話を聞かれたのか?」


 男の手に力が入り、手に握ったグラスから軋む音が聞こえた。慌てて手下が弁明する。


「い、いえ、ご心配には及びません。斬り捨てましたので、もう死んでるでしょう」

「死んだことを確認しなかったのか?」

「いえっ、そんなことは……ただ、その後すぐに都市の商隊と思われる一団が街道を走って来たので、俺達は森の中へ退散しまして……」

「ふむ。見知らぬ男よりも商隊の方が厄介だな。商隊にお前達の姿を見られたということはないな?」

「はっ。それはありません」

「……まあいい。計画に変更はない。当日は大仕事だ。良い働きを期待する」

「はっ!」



「うわあああああ!」

「ひいいいいいっ!」


 自分の叫び声と共に啓は目覚めた。悪夢を見て最悪の寝覚めを迎えた啓だったが、その啓の目の前には見知らぬ少女がいた。少女は絶叫した啓に釣られて思わず叫んでしまったようで、バツの悪い表情をしている。


「お、驚かすんじゃないわよ、まったく!」


 胸を抑え、膨れ面をした少女は、幼くもなく成人とも言い難い年齢に見えた。高校生くらいだろうか。短めの焦げ茶色の髪、凛々しさと愛嬌の中間ぐらいの顔、健康美人という言葉がしっくりくる印象の少女は、あちこちほつれて補修の痕もある作業服のようなものを着ている。おそらく普段着ではなく仕事着だろうと啓が想像していると、呼吸を整えた少女は啓に声を掛けた。


「とりあえずそこで大人しくしてなさいね。今、父ちゃん……じゃない、工房長を呼んでくるから……おーい、工房長ー!起きたよー!」


 そして少女はクルッと身を翻すと、開けっぱなしにされていたドアの向こうへと走っていった。


「ここは……どこだ?」


 啓がいるのは殺風景な部屋だった。部屋には小窓がひとつだけあり、壁の棚や床の隅には工具や木箱が置かれていた。啓自身は簡素なベッドに薄手の毛布をかけられて寝かされていたが、少なくとも競艇場の救護室や休憩所では無さそうだ。見知らぬ少女に大人しくしていろと言われたからではないが、ここがどこだか分からない以上、啓は大人しくしている他無かった。


 自分はまだ夢を見ているのではないだろうか、実はレース中の事故からまだ目が覚めていないのではないのかと啓は思ったが、左頬の痛みが夢では無いことを告げていた。


「やっぱり夢じゃ無いのか?……あの女神の事も、剣で切られたことも……」


 左頬の傷は、テープのようなもので塞がれていた。手で上から触れると痛みが走る。間違いなく本物の傷だ。顔の傷以外にも腕や背中、足にも痛みを感じる箇所があるので、おそらく倒れた時にできた擦り傷や打撲、そして剣で斬られた刀傷によるものだろうと思われた。そう考えると同時に、啓は襲われた時の状況を思い出し、血の気が一気に引いた。


「そうだ、オレは顔を切られて、倒れて、それから足が!」


 啓は慌てて起き上がり、毛布をひっぺがした。急に動いたことで体のあちこちに痛みが走ったが、そんな事よりも切断された足がどうなったかの方が気になって仕方がなかった。見たくない現実がそこにあるとしても、確認せざるを得なかった。しかし、それは杞憂に終わった。


「足が……ある?」


 剣で斬られ、切断されたはずの右足は何事もなかったように本来あるべき場所にあった。そっと右足を動かしてみるが、無論、問題なく自分の意思通りに動いた。


「……なんでだ?やっぱり夢だったのか?」

「よう、体調はどうだ?」


 ちょうどその時、大柄な男がやって来て啓に声をかけた。男も先程の少女と同じく、作業服のようなものを着ており、こちらはかなり汚れている。


「えっと、あの……」

「ふむ……まあ、とりあえず元気そうだな」

 

 男は啓を見てニヤリと笑みを浮かべた。この男が啓を助けてくれたのかもしれない。そうでなくとも、少なくともここで啓を介抱してくれたことには関係しているだろう。ならば自分はまずこの男に礼を言うべきだと頭では理解していたが、しかし啓はそれよりも先に足のことを聞かずにはいられなかった。


「あの、足が……オレの足があるんですよ!」

「あ?そりゃ足はあるだろうよ」

「いや、そうじゃなくて、オレの足は……いや、まさか、足が生えたのか!?」

「……そんなことよりも、お前。真ん中の足も丸見えだぞ?」

「あっ!?」


 啓は素っ裸だった。毛布を跳ね除けたせいで啓は右足どころか、大事な場所まで丸見えだった。大柄な男の後ろで『うわっ!うわわっ!』と言いながら手で顔を覆いつつも、指の間から啓の真ん中の足をガン見している少女の姿があった。



「ガハハ!お前、そんな優男な顔をしているくせに、なかなかいいモノを持ってるじゃねえか!」

「やめてください……」


 大柄な男と少女の前で、啓は毛布にくるまって色々と小さくなっていた。2人は部屋の隅にあった椅子をベッドの傍らに持って来てきて腰掛けた。


「話はできるか?まだ体調が悪いなら後にするが」

「いえ、大丈夫です。オレも聞きたいことがありますので……」


 とりあえず会話は問題なくできる事に啓は安堵した。普段聞き慣れた単語や言葉に自動的に相互変換してくれているような感覚が少し面白い。この能力を与えてくれた事については、あの残念な女神に心から感謝した。


「あっ!そう言えばお礼がまだでした。その……助けていただき、ありがとうございます」


 啓が頭を下げると、大男は楽しげに答えた。


「いいって。気にすんな。それにお前を直接助けたのは俺らじゃねえしな。ああ、俺はこの工房を経営しているガドウェルだ。こっちは娘のミトラだ」

「ミトラよ!よろしくね!えっと……」

「あ、オレは王陸啓といいます」

「何!?オルリックだと!?」


啓の名を聞いた途端、ガドウェルが過剰な反応を示した。だが、今、ガドウェルが言ったのは『オルリック』であり『王陸』ではない。おそらく聞き間違えだろうと啓は思った。


「えっ?いえ、オルリックではなく、王陸です」

「なんだ、違うのか。クソ紛らわしいな。で、オウリクが名前なのか?」

「いえ、名前は啓のほうです」

「ケイだな。分かった。しかし家名持ちと言うことはお前、貴族か何かか?何処の出身だ?」

「いえ、その……」


 もしかして苗字がないのが普通な世界なのだろうか。この世界のことを何一つ知らない啓はなんと答えれば良いのか悩んだ末、苦し紛れの回答を試みた。


「……実はオレ、名前以外はほとんど何も覚えてないんです。何処から来たのか、ここが何処なのかも分からなくて……」

「何々?それって、もしかして記憶喪失ってやつ?」


 ミトラが物珍しそうに啓の顔をまじまじと見る。


「えっと……たぶん」

「もしかしたら賊に襲われた時のショックで一時的に記憶が飛んでいるのかもしれんな」

「はあ……」


 啓はその場凌ぎの作り話をガドウェル達があっさり信用してくれたことに多少拍子抜けしたが、少なくとも悪い人ではないだろうと判断した。


「あの、すみません、ここは何処ですか?そう言えば、さっき工房と言ってましたが、ここで何かを作っているのですか?それにオレを助けてくれたのは……」

「待て待て、一度に聞くんじゃねえ。何から答えりゃいいか分からんだろうが」


 ガドウェルに嗜められ、啓は口を噤んだ。ガドウェルの説明を聞いた後でわからない所を質問することにした啓は、ガドウェルが話し始めるのを待った。


「……まず、お前をここで介抱することになったのは、お前を助けた奴に頼まれたからだ」

「頼まれたのですか?」

「ああ。この工房都市で一目置かれている奴でな。頭も切れるが腕も立つ。御意見番であり、用心棒でもあり、商隊の隊長もやっている奴だ。名前はサリー」


 話によると、サリーが商隊を連れて工房都市の商品を売りに行った帰り道で、啓が賊に襲われている所に偶然遭遇。サリー達が近づくと賊共は逃げていったが、念のために商隊は先に工房都市に向かわせ、サリーが残って啓の応急処置をしてから、啓をこの工房に連れて来たとのことだった。


「応急処置、ですか……」

「ほれ、その顔の傷やら、背中の切り傷だ。命に別状はなかったようで何よりだったな」

「……」


 そんなはずはない。命に別状がないとは思えない傷を負わされたはずだ。足を切断され、背中にも深い刀傷を負ったはずだ。もっとも、背中は目視できなかったし、剣で斬られた経験などは勿論無いから、一歩譲って背中は軽傷だったとしても、足は説明がつかない。もしかして自分は足を切られた幻覚でも見せられたのだろうか。啓は当時の様子を思い返してみようとしたが、はっきりと思い出すことはできなかった。啓が考えている間にも、ガドウェルの話は続いた。


「……で、サリーが言うには『この男は何か事情がありそうだから、回復するまでここで預かってほしい』とミトラに頼んできたわけだ」

「そ。あたし、サリー姉とは仲良しなんだ!サリー姉は強くてカッコいいんだよ!」


 どうやらサリーという人物は女性らしい。そして、もしかしたらサリーが自分の足の治療をしてくれたのかもしれない。一度会って、お礼ついでに色々と話を聞く必要がありそうだと啓は思った。なにより、自分に『事情がありそうだ』と判断したことも気がかりだった。


「……そうでしたか。ご迷惑をおかけしてすみません」

「いいってことよ。俺達もサリーには借りが沢山あるからな。これで1つ返せたってもんよ。ああ、そうだ。お前が回復したらサリーが話をしたいと言っていたから、その時にしっかりお礼を言っとけよ」

「ええ、そのつもりです。それでサリーさんはどこに?」

「出払っていなければ、大抵は商工会館にいるはずだ。歩けるようになったら行ってみるといいだろう」


そう言えばサリーは商隊のリーダーだと言っていたのを思い出した。そして商工会館があると言うことは産業が盛んな街なのかもしれない。今いる場所もガドウェルが経営している工房の一室だ。啓は俄然興味が湧いてきた。


「商工会館への行き方は後で教えてください。ところでここの工房では一体何を作っているのですか?」

「そう言えば街の説明がまだだったな」


ガドウェルは椅子から立ち上がり、小窓を開けた。外からは金属同士がぶつかるような音や、何かを地面に打ちつけているような鈍い音などが聞こえてくる。


「ここは工房都市ユスティール。都市といってもたいしてデカくはないがな。俺の工房を含め、大小様々な工房が集まっている街だ」

「工房都市ですか……」

「この工房都市は鉄鋼業が盛んでな。主に作っているものは、日用品、農耕具、それに武器や自走車、そして魔動機だ」


 ガドウェルが小窓を指差す。身を乗り出して窓から外を覗いた啓は思わず息を呑んだ。工場のような建物が並ぶ風景に驚いたのでは無い。啓が見たものは、工場の敷地内に置かれている、いや、立っている、人型に近いメカだった。


「これが……魔動機……」


 大きさは人間の身長の2倍から3倍くらいだろうか。縦長と言うよりも幅広で低めの重心、作業用に特化したと思われる大きな腕と足。安定感を高めるためと思われる設置面を広く取った足裏。胸元は大きく開いており、幾つもの操作レバーが見える。おそらく操縦する者が乗り込む場所なのだろう。


「すごい……こんなものがあるなんて……」

「なんだお前、バルダーを見るのは初めてか?まあ、そこのバルダーはまだ試作途中なんだがな」

「バルダー?」

「今お前が見ている乗り込み型の人型魔動機だ。自走車なんかも魔動機の一種だが、人型魔動機はそいつらと区別するためにバルダーと呼んでいる」

「バルダー……」


 生来、メカや装置にも興味がある啓は、バルダーを見て胸が高鳴った。興奮で思わず身を乗り出しかけたが、はしゃぎ過ぎるのも恥ずかしいと思って自重した。しかし、乗り込み型の人型ロボットを見てワクワクしない奴がいるだろうかと頭の中で自問自答し、結局身を乗り出して窓の外のバルダーを眺めた。


「凄い……」

「ふふーん。あのバルダーはあたしが造ってる最中なんだよ」

「ミトラさんが!?凄いな!」

「えへへっ。もっと褒めてもいいのよ!あのバルダーは関節周りを改良しててね、従来のバルダーよりも素早く動けるはずなんだ」

「おいミトラ。関節は普通に造れと言ったはずだが?」

「あっ、しまった!……でも父ちゃん、絶対あたしの設計理論のほうが優れてるってば。きっと王国の戦闘用バルダーよりも……」

「余計なことはするなと言っただろうが。いいか。お前の設計はな……」


 親子でああでもない、こうでもないと論議が始まってしまったが、啓の目はまだバルダーに釘付けのままだった。


(……乗ってみたいな。バルダーってやつに)


 夢中でバルダーを見る啓に、ガドウェルは呆れ顔を向けた。


「なあ、ケイ。バルダーを見るのが初めてで物珍しいのは分かったが……」

「ええ。二本の足で歩ける乗り込み型メカなんて、男の浪漫ですからね!」

「……毛布がはだけて、お前のバルダーがまた見えているぞ」

「うわあああああっ!」


 慌てて毛布で隠した啓は、そういった暗喩の使い方があることを身をもって学習した。



しばらく多忙のため、不定期更新となります。ご了承ください。

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