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019 目的

 ユスティールの市長であるマウロは、管理棟の入口前で襲撃犯達と対峙していた。対峙と言ってもマウロは身一つ、襲撃犯達はバルダーに乗ったままだ。


『お前がユスティール工房都市の市長か?』


 襲撃犯の一人がバルダーの中から拡声機で呼びかける。マウロは怯むことなく答えた。


「儂が市長だ。祭りを台無しにしたお前達には言いたいことが山ほどある」

『そうか。そいつは悪かったな』


 謝罪の言葉とは裏腹に襲撃犯の口調は軽く、悪びれた様子はない。マウロもその態度には言及しない。ここで相手を刺激したところで何も利が無いことは承知している。


「儂の身柄を預ける。だからこの街と住人にはこれ以上被害を出さないで欲しい」

「お前に交渉の余地はない。それに我々はお前を人質にするつもりはない。お前を人質にしたところで何の意味もないのだからな」


 襲撃犯はマウロの嘆願を容赦なく切り捨てた。だが、マウロもそのことは分かっていた。自分を人質にしても何の交渉材料にもならないことを。


 そもそも、街を破壊する気ならば、わざわざ市場に押し入る必要はなく、ただただ破壊の限りを尽くせば良い。金品狙いでも同様だ。街を乗っ取る気だとしても、市長を拘束したり、あるいは殺したとしても住人が素直に犯人達に従うはずもない。破壊よりも占領の方が遥かに難しいのだ。

 ならば単純にマウロの命が狙いだろうか。そうであればこのように話などせず、もう殺していることだろう。


 結局、マウロは犯人達の意図を掴むことができなかった。考えても分からないならば、直接聞くしかない。


「お前達の目的は何だ」

『市長、教えてもらおうか。我々は……』


 しかし襲撃犯の男の声の続きは爆音で消された。男の後ろで待機していたもう1機のバルダーが、突然背中から煙と火花を吹き上げて、そのまま前のめりに倒れた。


『おい!どうした!動けるか!』


 男が撃たれた仲間に呼びかけるが、倒れたバルダーはピクリとも動かない。機体が損傷したのか、中の操縦者が気絶しているのか分からないが、戦闘不能に陥ったことには違いなかった。襲撃犯の男は一旦市長との交渉を中止してバルダーを反転させた。


「もう来やがったのか……一機だけか」


 男が見たのは1機の警備隊のバルダーが走ってくる姿だった。仲間を撃ったのがこのバルダーだと確信した男は、すぐに迎撃の体勢をとる。


『市長!離れててください!そいつは私が倒します!』


 レナが拡声機でマウロに呼びかける。その声が警備隊長のレナであることが分かったマウロはすぐにその場を離れた。


『観念なさい、悪人共!』

『やれるもんならやってみな!』


 襲撃犯のバルダーが右腕を伸ばす。レナは自分に向けられた右腕を警戒しながら、距離を詰めていく。そして砲弾発射の瞬間、レナは斜め前に鋭くステップを踏み、砲弾をかわした。


「私が何度その攻撃を見たと思っている!」


 レナは市場前での戦闘で、敵の攻撃のタイミングを完全に読み切るに値するだけの経験値をその身に刻み込んでいた。そのままレナは敵のバルダーに肉薄し、手斧を振り下ろした。敵のバルダーの右腕を切断し、さらにレナの体当たりで敵のバルダーを吹き飛ばした。

 

『勝負ありだ。搭乗口を開けて大人しく出て来い。抵抗しなければ殺しはしない』


 敵のバルダーに馬乗りになったレナは降伏を勧告した。しかし襲撃犯の男はバルダーから出てくる様子がない。


『出てこないならばこのまま殺す』

『分かった!分かったよ、今出る!』


 レナのバルダーの下で横たわるバルダーの搭乗口に隙間が空く。衝撃でひしゃげたのか、あるいは地面と接触しているせいで開きにくくなっているのか、男は搭乗口の隙間から体を無理やり外に出そうとしていた。


(ふう……とりあえずここはこれで大丈夫ね。こいつらを拘束したらすぐに外に戻らなきゃ)


 レナは眼下にいる、挟まった体を引っ張り出そうとしてもがく男にも注意を払いつつ、先に自分が撃ったバルダーの方へ目を向けた。倒れているバルダーの背中に穴が空いている。爆砲が綺麗に敵のバルダーに刺さったのだろう。

 あまり命中精度が高くない爆砲だが、貫通力だけは高い。もしかしたらそのままバルダーの魔動連結器を破壊したのかもしれない。

 せめて牽制になればと思って撃った爆砲だったが、当たりどころが良かったことにレナは安堵の息を漏らした。


(二人を拘束したら市長達に引き渡して……あれ?)


 二人、という言葉を思い浮かべた途端、レナの背中から冷たい汗が流れた。目の前にいる敵のバルダーは二機。だが、市場内に突入した敵のバルダーは三機だったはずだ。


「もう一機は!?もう一機はどこに……ぐぁぁっ!!」


 レナの機体が外からの衝撃で大きく揺れた。操縦席から身を乗り出して外を見ていたレナは、頭を搭乗口に激しく打ちつけた。


「撃たれた……どこから!?」


 痛みを堪えながら操縦席に座り直し、再び操縦桿を握る。レナはすぐにバルダーを反転させようとしたが、再びレナの機体が破裂音と共に大きく揺れる。


「とにかく逃げ……脚が動かない!?」


 狙い撃ちされないようにこの場から離脱しようとしたレナだったが、今の砲撃で破損したのか、バルダーの左脚がいうことを聞かなかった。


「動いて!お願い、動いてよ!」


 レナは操縦桿を握りつぶす勢いで手に力を込めるが、やはりバルダーの左脚は動かない。その間にも背後からバルダーが迫ってくる音が近づいてくる。


 そして、レナのバルダーは至近距離から敵の砲弾を浴び、完全に行動不能となった。



『敵がそっちに行ったぞ!』

『分かってます!俺が食い止め……いや、サリーさんと、謎のバルダーが加勢に来てくれました……あっ!?』

『どうした!?』

『えーと、その……お二人があっという間に倒しちゃいました』

『……そうか』


 啓が合流してからの市場前の戦闘は、見違えるほどに警備隊側が優勢となった。啓は異常なまでの素早さで敵のバルダーに近づき、鉄柱を振り回す。その攻撃に驚いた敵は逃げるか、距離を取って反撃を試みるが、啓の動きは速く、おまけにトリッキーなため捉える事ができなかった。そしてその隙をついてサリーが敵のバルダーを斬る。サリーと啓のコンビプレーはとんでもない速さで各個撃破の山を築いていった。

 やがて敵の数は警備隊の数を下回り、さらに警備隊側が優位な展開へと向かっていった。味方のバルダー五機に対し、残敵数は三機となっていた。


「よし、あと少しだ!」

「ご主人、装甲板が落ちました」

「うわっ、また剥がれちゃったか!」


 バル子が言うとおり、いつの間にか腕の装甲が無くなっていた。そもそも腕だけではなく、啓のバルダーは全身が酷い有様になっている。敵からの攻撃は全く喰らっていないが、啓の激しい操縦に機体がついてこれず、啓のバルダーの装甲のほとんどは剥がれ落ちてしまい、機構が剥き出しの状態になっていた。


「まるでスケルトンスーツだな。いや、スーツでもなんでもなく、ただのスケルトンかな」

「ですがご主人、動作には問題ありません」

「ああ、それが救いだな。関節や可動部が壊れなくて良かったよ」


 その後、さらに一機のバルダーを倒したところで、サリーが身振りで啓に合図を送ってきた。サリーは市場内の方に向けてしきりに腕を振っている。


「バル子、これは市場内へ行けということかな」

「おそらくそうでしょう」

「そうだな……よし、ここはサリーさん達に任せて、レナさんの手助けに行こう」

「ご主人、市場内がどうなっているか分かりません。できる限り慎重に」

「ああ、そうだな、バル子の言うとおりだ。さすがはバル子、頼りになるパートナーだよ、うわっ!」


 その時突然、バルダーの右膝がカクンと落ち、啓は操縦席で体制を崩した。右脚が壊れたかと一瞬焦った啓だったが、とりあえず普通に動かすことができたので安堵した。

 

「やはり膝にも負荷がかかっているようだな。慎重に、かつ、出来るだけ速く向かおう。サリーさんも苛立ってそうだし……」


 サリーは先ほどよりも激しく右腕をブンブンと振り回して『さっさと行け!』とアピールしていた。



「さて、市長。話の続きだ。俺の質問に正直に答えろ。変な真似をすれば……おい、アントン」

「分かってますよ、バージルさん。おらよっ!」

「うぐっ!」


 アントンと呼ばれた男が、レナの腹を蹴り飛ばした。手を頭の後ろで組まされ、正座させられているレナが苦悶の声を上げる。


 アントンは先程レナに倒され、搭乗口から這い出てきた男だ。アントンのバルダーは壊されたものの、本人は軽傷で済んでいたが、レナに倒されたことを根に持ち、レナを容赦なく蹴り上げている。なお、もう一人の襲撃犯も気絶から回復し、今は市長であるマウロに刀を突きつけている。


 アントンに指示を出したバージルという男は、レナのバルダーを倒した男で、襲撃犯達のバルダー隊のリーダーでもあった。レナはバージルに倒された後、操縦席から引き摺り出され、拘束されたのだった。


「それ以上、レナを痛めつけるのはやめなさい。儂に聞きたいこととは何だ。それに答えれば我々を解放してくれるのか?」

「それはお前の答え次第だ……『ユスティールの至宝』はどこにある?」


 それを聞いたマウロの顔色が変わった。その要求は想定外であり、決して第三者が知るはずの無いものだった。


「ユスティールの至宝……さて、聞いたことがないが」

「そうか。アントン」

「ほいっと!」

「がはっ!げほっ……」


 再びアントンがレナの腹をつま先で蹴飛ばした。レナは胃液を逆流させ、嘔吐した。


「やめろ!」

「ああ、俺もやめたい。やめたいのだが、残念なことに市長であるお前が頑固なものでな。アントン」

「おらよ!」

「んぐふう!」


 レナは涙を浮かべ、腹の痛みと嘔吐に耐えている。マウロはこれ以上、しらを切ることを諦めた。


「……どうして至宝のことを知っている?」

「俺が聞いているのはその在処だ」

「……ユスティールの至宝を手に入れて、どうするつもりだ?」

「それは言えん。お前が言うべきことはその在処だ。市長であるお前は知っているはずだ。そうだな?」

「……ユスティールの至宝は、使い方次第では危険なものだ。大勢の人が死ぬかもしれん。そんなものをお前達に渡すことはできない」

「そうか。アントン」

「おらっ!」

「ぐううっ……ふふっ、ふふふっ」

「あ?何笑ってるんだよ、女」


 レナは腹の痛みに耐えながら、突然、笑い声を漏らした。


「ふははっ……ゴホッゴホッ……なんだ貴様ら。そんなものが欲しかったのか」

「レナ!?まさかお前もユスティールの至宝のことを知って……」

「いえ、市長。知りませんよ……ユスティールの至宝なんて、聞いたこともありません」


 レナはバージルを睨みながら言葉を続けた。


「ですが……市長がこの盗人共に渡したくないものであれば、渡す必要などないのです。それが危険なものなら尚の事。私は辱めを受けようとも、殺されようとも構いません。人々の命を守ることが、警備隊の務めですから」


 そう言うとレナは笑みを浮かべた。無理に笑顔を作っていることは見て分かる。マウロは気丈に振る舞うレナを見ていられず、目を背けた。


「そうか、女。たいした度量だ。感心したよ」

「分かったのならば私をさっさと殺すがいい……私は人質には値しないと分かっただろう?」

「女、脱げ」

「……は?」

「脱げ、と言ったのだ。辱めを受けても構わないのだろう。今すぐここで全て脱げ」


 バージルの指示を聞いたアントンは下衆な笑い声を上げた。レナは絶句し、顔は徐々に赤みを差していく。


「脱げ、だと?」

「なんだ、女。殺されるのは構わないが、裸になるのは嫌か。さっきの啖呵はただの虚勢か」

「……分かった。脱げばいいのだろう」


 拘束を解かれたレナは、腹を押さえながらゆっくりと立ち上がると、再びバージルを激しく睨みつけてから、服のボタンに手を掛けた。そしてゆっくりと服を一枚、一枚と脱ぎ捨てていく。

 そんなレナの姿を横目に見ながら、バージルがマウロに語った。


「下着も脱げよ……そう言えば市長、俺はこの市場内に来た時に少しだけ別行動をした。そのおかげでこの女を捕まえることができたのだがな」

「……何が言いたい」

「その時に、オレは市場の隅で街の記念碑を見つけた」

「……」

「その記念碑の裏手の地面に、厳重に閉ざされた入口のようなものがあった。そこに何があるのか、大変興味があるのだが」

「……」

「あるのだろう?そこに、ユスティールの至宝が」

「脱いだぞ。これで、満足か」


 マウロとバージルの会話をあえて遮るようにレナが声を上げた。警備隊で鍛えられたレナの肢体は引き締まり、仄かに赤らめた頬と白い肌の対比がさらに美しさを引き立てていた。マウロはせめてレナの裸体を見ないようにと目を瞑り、何度もすまないと謝り続けた。


 バージルは全裸になったレナを満足そうに眺めながら、アントンに命じてレナに鉄製の首輪を付けさせた。そして首輪には長い鎖がつけられ、鎖の反対側をバージルのバルダーの腕に巻き付けた。


「この街に至宝があることが分かっただけでもまずは十分な成果だ。今度は俺達の安全を買わせてもらう」

「……どうするつもりだ」

「市長。俺達はこれからこの女を人質にして街を出る。余計な真似をすればこの鎖を引っ張り上げて首を吊り、女を殺す。そして裸のまま街の大通りに捨て置くことになる。幸い、今は夜中で、街の連中は避難しているはずだな?騒ぎを起こしてこの女の裸を大衆に晒したくなければ、静かに、大人しく、俺達が立ち去ることに協力してもらおう」

「貴様ら……」

「市長!私のことなどげふうっ!」

「黙れ」


 バージルが鎖を引き、レナの首を痛めつける。


「この女はユスティールの至宝と引き換えに返してやろう。引き渡し方法は後で連絡する。それまでの間、俺達はこの女で楽しませてもらう。なるべく早く持って来たほうがいいぞ」

「いや、俺は遅くて構わねえぞ。ギャハハ!」


 アントンともう一人の男が下衆な笑い声を上げる。


「市長にも街の出口まで同行していただこう。連れてこい」


 市長は腕を縛られたまま、後ろから刀を突きつけられて、街の出口方面へと歩かされた。レナは首輪と鎖ごと、敵のバルダーの右腕に縛り付けられた。そして襲撃犯と人質の一行は、市長を先頭にしてゆっくりと市場の外へと向かった。


 市場の外から聞こえていた戦闘音は既に聞こえず、市場内は虫のような小さな羽音だけが響いていた。



 チャコに頼んで先に市場内の様子を見て来てもらった啓は、チャコからの状況報告をバル子経由で、市場のすぐ外で聞いていた。


「……という状況です」

「レナさん、裸なのか……」

「……ご主人?一番気になる所はそこですか?」


 バル子がジト目で啓を見る。


「いや、違うって!そりゃ裸もどうにかしなきゃと思うけど。何よりも、レナさんと市長の安全確保と、卑劣な奴らを逃がさない手を考えないと……」


 いずれにしても人質を取られていては、啓一人が飛び出して行ったところで何もできない。啓は一旦引いて、作戦を考えることにした。

レナ、色々と危うし。


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よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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