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018 市場侵攻

 暗い大通りを一台のバルダーが走っていく。街中にも関わらず、バルダーが立てる足音も振動も気にすることなく、啓は全速力でバルダーを走らせ、大通りの先にある市場を目指していた。本来であれば今夜は祭りで、大通りには多くの人で溢れているはずだった。しかし今は

祭りの最中に街を襲撃した連中のせいで人々は避難し、通りには誰もいない。破壊された家屋や屋台もそのままに、街も人も傷ついていた。

 

「いかんいかん、こういう時こそ冷静にならないと。これは勝負駆け、いや、命懸けなんだ」


 啓は沸々と怒りが込み上げてくる自分を戒める。競艇レーサー時代も、キレた頭でレースをしてあわや大事故という事が幾度とあった。グレードの高いレースであるほど、自分も相手も興奮や焦燥で正しい判断がしにくくなる。誰よりも冷静に、かつ、安全にレースを作って行くことが大事であることを啓は思い出していた。


 少し頭の冷めた啓は、今乗っているバルダーのことを考えた。このバルダーはミトラが自作していたバルダーで、まだ完成品ではなかったが、それを承知で勝手に借りてきたものである。帰ったらミトラに盛大に怒られると思うが、甘んじて怒られようと啓は覚悟を決めている。


「そういえば、ミトラは関節部分の改良をしたと言っていたな。確かにスムーズに動いているような気はする……なんとなく」


 他のバルダーと比較できるほど、啓のバルダーの操縦経験は多くない。だが、少なくともぎこちなかったり、思い通りに動かないわけでは無かった。

 回転軸の摩擦を減らして回転効率を上げるためのベアリング技術について話をしたのはほんの少し前のことなので、実装は間に合っていないはずだが、ミトラは他の方法で効率化を図って実現しているようだ。


 そんなミトラの技術に心の中で感心していると、足元で異音が聞こえてきた。敵に攻撃されたり、何かを踏んだわけではない。一旦足を止めて操縦席から下を覗きこんだ啓は、思わずあっと声を上げた。


「装甲板が剥がれちまってる……」


 右脚の脛に当たる部分の装甲が外れかけ、プラプラしていたのだった。啓がどうするか悩んでいる間に、外れかけていた装甲板は完全に剥がれて、地面に落ちて甲高い音を立てた。


「はあ……未完成ということがよく分かったよ」


 啓はその場で、脛の骨格が剥き出しになったバルダー右脚を動かしてみたが、とりあえず脚の動き自体に問題はなかった。だが、当然ながら装甲のない右脚は敵の攻撃が当たれば容易く粉砕されてしまうだろう。そう分かってはいるものの溶接の工具も無いので、装甲の付け直しは不可能だった。


「ご主人、どうしますか?」


 バル子が心配そうに啓に問う。


「仕方ないさ。この際、身軽になって移動速度が上がると前向きに考えることにしよう」

「そうですね……申し訳ございません」

「バル子が謝ることじゃ無いだろう。それより先を急ごう」


 ちょっと装甲が剥がれただけならばむしろ幸運だったのかもしれないと啓は思うことにした。未完成のバルダーである以上、他の部分も動かなくなったり壊れたりするかもしれない。啓は急ぎつつもなるべく慎重に移動を再開した。



 市場前の戦闘状況はかなり悪かった。サリーの合流で少し持ち直したものの、不利な状況には変わらなかった。現在の戦況は、警備隊のバルダーが5機とサリーのバルダーを加えた合計6機に対して、敵のバルダーは13機。レナ達は2倍の敵を相手に必死に防衛を続けていた。


『隊長、爆砲の残弾がもうありません。そっちはどうです?』

『私も残弾はない。あとは白兵戦しかできんよ』


 レナはバルダーの右手を振りながら副隊長の通信に応えた。そのバルダーの右手にはバルダーの白兵戦用の手斧が握られている。

 爆砲は警備隊用バルダーの肩付近に装備されている遠距離攻撃用の武器で、砲弾を高速で打ち出して敵を撃ち抜くことができる。地球でいうところの言わば滑腔砲で、命中精度はやや悪いが貫通力が高い。

 しかしこの武器のおかげで敵のバルダーを倒し、或いは相打ちに持ち込み、敵を足止めして市場内への侵入を阻止することができていた。だがそれもここまでだった。警備隊の抵抗もここまでと踏んだのか、襲撃犯達のバルダーが一斉に動いた。


『全員、迎撃!一機も逃すな!』


 レナの号令で警備隊のバルダーも動いた。先陣を切って突撃してきた1機のバルダーにレナが向かおうとしたが、レナより先に白いバルダーが走り抜けていった。


「サリー!さすが速い!」


 レナがサリーの反応に舌を巻く。サリーの乗る白いバルダーは敵のバルダーの前に立ち塞がると、薙刀のような、先端に反りのある刃を持った柄の長い武器を敵のバルダーに向けた。そのままサリーは敵のバルダーに向けて武器を振り下ろした。

 しかし敵のバルダーもサリーに向けて右腕を伸ばし、腕に仕込まれている砲弾をサリーに向けて発射した。


 タイミングは相打ちだったが、サリーは鋭いサイドステップて砲撃を躱しつつ、すれ違いざまに敵のバルダーのを横薙ぎで斬った。右脚を切り落とされた敵のバルダーはバランスを失い、地面に倒れた。サリーは返す刀でしっかりと倒れたバルダーに止めを刺す。


「豪快!私もサリーに負けてられないわね!」


 サリーの勇姿に奮起したレナは、自分も相手を探そうと周りを見た。その時、レナに通信が入った。


『隊長!西側!』


 短い単語のみの通信だったが、言いたいことはレナにすぐに伝わった。敵の三機のバルダーが、いつの間にか警備隊の作っていた防衛ラインを避け、背後に回っていた。そしてそのまま市場内へ向かっていく。


「一斉攻撃はこのための布石か!」


 やられた、と歯ぎしりしたレナだったが、悔しがっている暇はない。市場の先にはユスティール工房都市の中枢である管理棟があり、そこには市長や街の役職達がいる。

 すぐに追うべきか、先に目の前の敵共を倒してから行くか、レナは逡巡した。


 その時、サリーが武器の先で市場の方を指し、そして左腕を上げた。ここは任せろ、という合図だ。

 

「サリー?私に行けと言うのか?しかし……」


 まだ敵の数は多く、味方は既にボロボロな状態だ。自分が抜けては苦戦は免れない。だが、サリーに続いて、隊員達からの通信がレナの背中を押した。


『隊長!奴らを追ってください!ここはサリーさんと俺達でやります!』

『隊長、市長、いや、市民を守ってください。それが俺達の役目だって隊長がいつも言ってるじゃないすか』

「……この馬鹿共が」


 隊員達にも聞こえる大きめの独り言を呟き、レナは皆に背を向けた。


『ここは任せる。頼んだぞ』


 そしてレナは単身、市場内へと向かった。



 広大な市場内は夜でも営業ができるように照明装置がついている。今夜はユスティールの創業祭で、市場は祭りの本部でもあるため、照明は一晩中つけることになっていて、市場内は明るかった。

 そのため、市長と町の幹部達は、街を襲撃したバルダーが市場内へ侵入したことを市場の奥にある管理棟の会議室から目視で確認できた。


「市長、奴らが来ました」

「うむ。そのようだな」

「警備隊はやられてしまったのでしょうか?」

「分からん。だが、儂も覚悟を決めねばならんようだな」

「覚悟だなんて……市長、ここはひとまず逃げましょう!」

「逃げ場なんぞどこにも無いわ。それに街の危機に市長が逃げてどうする。責任者は責任を取るためにいるのだよ」

「市長……」

「君達はここで待っていなさい。儂が話をしてくる」


 市長は襲撃犯達を出迎えるために会議室を出た。市長についていくかどうか、顔を見合わせた主幹達だったが、結局市長の言に従い、会議室に待機した。



 『副隊長!一機倒しましたが、こちらも1機やられました!』

『くそっ、小賢しい奴らめ……』


 市場前の戦いは膠着していた。相変わらず防戦で手一杯、倒せても相打ちという状況で、数の不利を払拭できずにいる。襲撃犯達も無理に攻撃しようとせず、有利な状況を維持したままジリジリと警備隊の戦力を削っていく。警備隊達は敵の行動に苛立ち、焦っていた。それはサリーも同様だった。


「奴ら、時間稼ぎをしているのか……」


 白兵戦ではサリーの方に分があると判断したのか、襲撃犯達は白いバルダーが近づいてくるとすぐに距離を取り、他の警備隊のバルダーの方に向かってしまう。サリーが他の救援に向かおうとすると、遠距離からの砲撃でサリーを狙う。サリーは味方と分断され、連携が取れずにいた。


「せめてあと一機、強い味方がいれば……そうだ、あいつがいてくれればきっと……しまった!」


 啓のことを思い浮かべて一瞬気がそれたサリーは、それでも敵が撃ってきた砲弾を無造作に躱したものの、その時にうっかり戦闘中にてきた地面の穴に脚を取られてしまった。

 思いの外深かった穴に右脚がすっぽりと嵌り、脱出には少なくとも十数秒かかると思われた。それは僅かな時間に過ぎないが、戦場で命運を分けるには十分な時間だった。敵はその好機を見逃さなかった。二機のバルダーが手斧を振り回してサリーに迫ってくる。


 せめて相手が一機ならばこの状態からでも対応できる自信がサリーにはあった。しかし二機は厳しいだろう。さらに最悪なことに、三機目の足音が背後から迫っていた。警備隊のバルダーは全て視界に入っている。ならば敵に違いない。サリーは操縦桿を握る手に力を込めた。


(相打ちでいい。一機、いや二機は倒してみせる!)


 サリーは防御を捨てて攻撃に集中することに決めて、武器を構えた。片脚を取られたままの姿勢でどこまでできるか分からない。だが、ただでやられてやるつもりは毛頭無かった。

 まもなく敵のバルダーがサリーの射程に入る、その直前だった。敵のバルダーが足を止めて腕を突き出した。


(くそっ、砲撃か!残弾があったのか!)


 敵もわざわざサリーの射程に入って戦ってやる義理などない。弾が残っているならば、近距離からの砲撃で十分だ。敵が接近してきたことで、敵の弾切れを期待していたサリーだったが、その目論見は外れてしまった。敵がもっと離れたところから砲撃による攻撃姿勢を見せれば、多少被弾したとしてもサリーは穴から這い出していただろう。しかしサリーはその機会を完全に失った。


(敵の方が一枚上手だったとはな。私もヤキが回ったか……)


 サリーの武器の先端が力無く地面に触れる。


(ごめん、カンティーク)


 サリーは愛機に謝罪の言葉を告げ、その時を待った。しかしサリーは奇妙な違和感を覚えた。敵のバルダーの右腕は確かにサリーのバルダーに向いている。だが、その射線がズレているように思えたのだ。


(奴らはどこを狙っている?私を撃たないのか?だったらどこを……後ろか!?)


 サリーがそう考えたのと、目の前にいる敵のバルダーの体から鉄柱が生えたのはほぼ同時だった。鉄柱が生えたのではなく、投げ込まれた鉄柱が敵のバルダーに刺さったことは、ガァンという衝撃音が聞こえたことで明白だった。


 サリーの心臓が早鐘を打つ。もしかして背後にいるのは敵ではなく、味方なのではと。だがサリーのバルダーは体勢が悪く、後ろを向くことができない。確認できないことがもどかしかった。


『サリー!武器を上に投げてくれ!』


 その時、後ろから拡声器による声が聞こえた。サリーはこの声に聞き覚えがあった。その声の主は、先ほどサリーが思い浮かべた人物に間違いなかった。


「ケイ!受け取れ!」


 サリーが武器を頭上に投げる。同時にサリーの機体の上に影が落ちる。一機のバルダーがサリーの頭上を飛び越え、サリーの投げた武器を器用にキャッチしてサリーのバルダーの前に着地した。

 サリーはそのバルダーに見覚えがあった。装甲も不十分で、どう見ても不良品か、または造りかけと思われるそのバルダーを見たのは確かガドウェル工房に遊びに行った時のことだ。サリーはそのバルダーが、ミトラが嬉々として造っていたバルダーであることを思い出した。


「ケイ……まったく、お前って奴は……」


 武器を受け取った啓は、そのままもう一機の敵のバルダーに急接近した。啓は敵のバルダーの脚に向けて武器を薙ぎ払い、両脚を真っ二つにした。ひっくり返った敵のバルダーが腕を向けようとするが、啓はその腕も斬り飛ばして戦闘不能にする。その後、啓は鉄柱を喰らって倒れているバルダーにも止めを刺してから、サリーのバルダーに向き直った。


『サリーさん、無事ですか!?それにしても、この武器は凄いですね!』

「……いや、凄いのはお前だよ、ケイ」


 拡声器で喋る啓に対して、サリーの機体には拡声器が備わっていない。通信機能はあるが、相手の通信機と同調しなければ声は通じない。そのため、サリーの声は啓には届いていない。だが、サリーは声に出さずにはいられなかった。

 啓の動きは凄まじいものだった。自分を飛び越えた機動力、着地から敵に迫るまでの速度、武器を振る威力、その全てが驚異的だった。


(悪いがミトラが造ったバルダーの性能とは思えない。やはりこれはケイの力によるものか……)


 啓はサリーのバルダーに駆け寄ると、サリーのバルダーの腕を取って穴から引っ張り上げた。そんな啓のバルダーの操縦席を、そしてその中にうっすらと見える啓の笑顔を、サリーは熱い眼差しで見つめていた。


啓、ようやく合流。


次話は早めに投稿します。

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