017 救援
警備隊本部内の、犯罪者達が捕えられている牢に通じる廊下を、女性の警備隊員が歩いている。その女性隊員は奥で暇そうにしている男性隊員のところまで行くと、歩みを止めて姿勢を正した。
「お疲れ様です!交代に来ました!」
「交代?……まだ早いだろう?」
「はい、いえ、その、今は非常時なので早めに食事を取らせてるために交代してこいと言われまして、はい……」
「ほう、まあ、そりゃありがたいが……お前、見ない顔だな?」
牢の番をしていた男性隊員は、しどろもどろで話すこの女性隊員の顔に見覚えがなかった。そのため、どこの所属かを問いただそうとしたが、それは女性隊員が自ら答えた。
「あの、私はまだ警備隊見習いなのですが、非常事態ということで動員されまして……でも、出動とかは全然できないので内勤の方でお手伝いするようにと言われまして……」
「まあ、そりゃそうだろうな」
「ですので、私ができることは、その、先輩がお食事する間に、見張りを交代するぐらいなのですけれど、はい……」
緊張してうまく喋れない様子の見習い隊員に微笑ましさを感じつつ、自分もまだ下っ端であるのに、先輩と呼ばれたことに気をよくした男性隊員は、椅子からゆっくりと立ち上がった。
「なら、お言葉に甘えて、食事を取らせてもらおうかな」
「はっ、はい!ここは私にお任せくださいませっ!」
「そんなに緊張するな。すぐに食べて戻ってくる」
「はい、ごゆっくりどうぞ!」
「ああ、ありがとう」
男性隊員は廊下を歩きながら、女性隊員に背を向けたまま手を振った。女性隊員は深々とお辞儀をして、遠ざかっていく足音を聞いていた。足音が完全に聞こえなくなった時にようやく頭を上げた女性隊員の顔は、緊張した小娘の表情ではなく、不敵な笑みを浮かべた悪女のようだった。
「……どうぞ、ごゆっくり」
◇
サリーは言葉を喋る小さな動物に説教されている啓をしばし眺めていたが、再び市場方面から聞こえた爆裂音を聞き、説教に割り込んだ。
「すまないが説教はそこまでにしてくれ。君を攻撃していたバルダーは私が倒したが、まだ敵はいるのだろう?市場の方が騒がしい」
「ええ。敵は市場を制圧しようとしているのだと思います」
啓は手短に、啓が知っている情報をサリーに共有した。サリーも啓に、ここに来るまでの経緯を話した。サリーは行商部隊の護衛が終わって街に戻って来たのだが、すぐさま街の異変に気付き、市場に向かう途中で啓がバルダーに攻撃されているところに遭遇した。そしてサリーが乗ってきた白いバルダーで敵の戦闘用バルダーを倒したのだと言った。
「私のバルダーは私専用の特注品でね。戦闘用バルダーにも引けは取らない」
「それでも最新の戦闘用バルダーを倒すなんて、凄い腕ですね……」
「そこは熟練度の差だな。それはともかく、私はここに来る前に、連れの商人達に頼んで隣の街に救援依頼を出しに行ってもらった」
「本当ですか!それはありがたい。なら、救援を待って……」
「だが間に合わないかもしれんし、当てにもならない。私はこのまますぐに警備隊の加勢に行く。レナ隊長は私の大切な友人でもあるからな」
そう言ってサリーは白いバルダーのほうを向いた。啓は今すぐにサリーが市場に向かうと察した。
「あの、サリーさん。オレも連れていってくれませんか?」
啓の嘆願に、サリーは首を振った。
「残念ながら、私のバルダーは1人乗りだ。君のバルダーは壊れてしまったし、バルダーが無ければ戦えまい。君が一緒に戦ってくれれば心強いが……腕無しバルダーでそこの戦闘用バルダーを倒したのは君なのだろう?」
「ええ、まあ……好きで腕無しだったわけではないのですが」
「今は事情を聞いている暇はないが、もし私が無事に戻って来れたら話をしよう。君と、私の事も含めて」
「サリーさん……」
「私も生きて帰って来れるか分からないが、君も死んではならない。すぐにガドウェルの工房に避難しなさい」
そう言うとサリーは白いバルダーに乗り込み、市場へと向かっていった。
(くそっ!バルダーさえあれば……)
サリーが手練れだとしても敵の数の方が多い。数の暴力の前では万が一のことがあるかもしれない。しかし啓がバルダーも無しに単身で戦場に向かったところで、皆の足を引っ張るか、無駄死にするだけだと分かっている。
「……そうだな。サリーさんの言う通りだ。オレ達も避難しよう」
「ご主人、チャコが戻って来ました」
「チャコ!無事で良かった……それで、逃げた男はどうなった?」
啓は子気味良い羽音を立てて啓の掌の上に降りたチャコの頭を撫でながら、逃げた男について聞いた。チャコがバル子に説明し、それをバル子が通訳する。
「男は手近な家に押し入り、老夫婦を人質に取りました」
「卑劣な……よし、今すぐ助けに……」
「しかし老夫婦の反撃によって男は倒され、縛り上げられているそうです」
「……さすがこの街の住人。ステゴロでは負けないってか」
腕っぷし自慢の住人が多いとミトラが言っていたが、それは年老いてもなお健在なようだ。ひとまず男の事は放っておいても良さそうだと啓は一安心したが、続く報告は無視できないものだった。
「それと、チャコが上空から市場の様子を見たところ、敵のバルダーが優勢のようです」
「やはり、苦戦してるのか……」
(何か自分にできることはないのか。せめてバルダーさえあれば……)
その時、啓ははっと気づいた。
「……いや。ある。バルダーならあるじゃないか!」
「ご主人?」
「バル子、チャコ、急いでガドウェル工房に行くぞ!」
啓はガドウェル工房に向かって駆け出した。
◇
1人の男が捕えられている牢の前で、女は足を止めた。警備隊の服を着ているので一見警備隊員のように見えるが、服は街で市民を誘導していた女性警備隊員から拝借したものだ。女は牢の中で寝そべっている男に声を掛けた。
「お久しぶり、ベルーガ」
「……その声、グレースか!」
「しっ。声が大きいわ」
ベルーガと呼ばれた男は、夕方、啓達を襲った襲撃班の1人であり、先日、啓の足を叩き切った剣の男だった。
「……グレース、どうやってここに?」
「そんなの容易いことよ。貴方を助けるために来たのよ」
「そうか、すまない。早く牢の鍵を……」
「それよりも先に、大事なお話」
グレースは牢の鉄の檻にもたれかかり、ベルーガに手招きをした。ベルーガは起き上がると、鉄の檻越しにグレースに最接近した。グレースは柵の隙間から手を伸ばしてベルーガの腰に手を回し、ベルーガの耳元で囁いた。
「ベルーガ、貴方、何も喋ってないわよね?」
「ああ、もちろんだ。何も喋っちゃいない」
「そう。それを聞いて安心したわ」
「ああ、だから早く……ぐほおっ!」
「だから、貴方はもう用済みよ」
グレースは隠し持っていた短剣でベルーガの背中を一刺しした。ベルーガは口と背中から血を垂れ流し、牢の床に崩れ落ちた。
「どう……して……」
「どうして?だから言ったでしょ。貴方はもう用済みだからよ。この先も口を割らないとは限らないしね。これもあの方の指示なの。悪く思わないでね」
グレースが裏の仕事で暗殺役も担っていることをベルーガは知らなかった。
「もっとも貴方は最初から使い捨てのつもりだったから、死んでくれていれば私の手を煩わせることもなかったのに」
グレースの最後の言葉は、既に事切れていたベルーガには届かなかった。
◇
ガドウェル工房に到着した啓は、すぐに作業場に向かった。工房の作業場が、従業員や近隣の住人の避難場所として開放されていると聞いたからだ。作業場に着いた啓は、大声でミトラを呼んだ。
「ミトラ!ミトラ!!」
「ケイ!無事だったのね、よかっ……」
「ミトラ!頼みがある!」
啓の元に駆けてきたミトラは、啓と再会できた喜びの言葉を言い切る前に、啓に肩をガッと掴まれた。
「えっ?頼み?」
「ミトラ!君が造っているバルダーは今どこにある?」
「バルダー?あたしのバルダーなら倉庫に移動させて……」
「分かった。ありがとうミトラ。すまないがバルダーを借りるぞ」
「えっ……ええっ!?」
お礼と謝罪を同時に済ませた啓は、すぐさま踵を返して倉庫へと走った。
「ちょっと、ケイ!待ちなさいよっ!」
慌ててミトラも啓を追うが、ミトラが倉庫に到着した時には既に啓はミトラが造っていたバルダーの操縦席に座っていた。
「ケーイ!あんた、なにやってんのよ!一体どうする気なのよ!」
「どうするって、バルダーに乗って、やることはひとつだろう!」
「ダメよ!降りてよ、ケイ!」
「警備隊を助けにサリーさんが向かったんだ!オレも加勢に行く!」
「加勢に行くって……無理よ!」
「無理なんてことはない!武器ならそこの鉄柱を借りる!」
「そういう問題じゃなくて!」
「サリーさんには生きて戻ってもらわないと困るんだよ!」
そう言うと啓は搭乗口を降ろした。
「ご主人、よろしいのですか?」
「ああ。ミトラには後でちゃんと謝る。バル子とチャコもオレに力を貸してくれ」
「分かりました」
「ピュイッ!」
そして啓はバルダーの起動ボタンを押した。操縦席が眩しい光に包まれる。まだ造りかけの操縦席から剥き出しになっている魔動連結器が起動したのだと啓は直感で分かった。その証拠に、啓が操縦桿を握ってバルダーの腕と足を動かすイメージを伝えると、バルダーは思い通りに動き、倉庫の隅に横たえれた長さ2メートルほどの鉄柱を拾い上げた。
「やっぱり腕があるってのはいいもんだな……よし、行こう!」
啓は鉄柱を抱えたままバルダーを走らせて倉庫から出ると、工房の囲いを軽々と飛び越え、市場に向かって駆けて行った。倉庫に1人残されたミトラはその場でへたり込んだ。
「ケイ……なんで……どうしてよーー!!」
ミトラの絶叫は無人の倉庫に虚しく響くだけだった。
次回、市場の戦いです。
レビュー、ブックマーク、評価、誤字指摘などいただけると大変励みになります。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m