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016 遭遇

『味方の被害は!』

『二人やられました。俺のバルダーも左腕をやられました』

『厳しいな……』


 ユスティール工房都市警備隊の隊長であるレナは、部下からの報告に顔を顰めた。市場内に攻め入ろうとしていた敵のバルダー達の足止めには成功したものの、食い止めるのが精一杯といった状況だった。


 警備隊のバルダー乗り達の腕は悪くない。街を守るために日々研鑽を積んでいる彼らは、オルリック王国軍直属のバルダー隊にも引けを取らない技量を持っている。

 しかし敵の新型戦闘用バルダーとの性能差に加えて、警備隊の倍以上のバルダーが相手では分が悪い。なんとか最初の攻撃は退け、市場の入り口手前での防衛陣取りは成功したが、このまま攻め続けられれば全滅も免れない状況だった。


『隊長、何かいい作戦でもありませんか?』


 通信機から部下の声が聞こえる。警備隊のバルダー同士は、ある程度の距離内であれば互いの声を伝える機能が備わっている。どのような仕組みで声の伝達を実現しているのかレナは知らないが、仕組みの理解よりも有益に使うことが重要だ。レナ達は数の不利を通信による連携でカバーしていた。


『とにかく相手の数の方が多い。一対複数にならないように注意すること。できれば二人一組で互いを援護しながら戦うんだ』

『でも隊長、そうすると手薄になって突破されちゃいますよ?』

『分かっている。だがやるしかない。気合いで頑張れ』

『そうですな。気合いでふんばりますかね。はあ……今日は祭りの後で彼女に結婚を申し込むつもりだったのになあ』

『そういうことを言っている奴から死ぬんだ。気をつけろ』

『へーい』


 軽口のように聞こえる部下の受け答えはレナを軽視しているのではない。そのことはレナも分かっている。

 レナは部下からの信頼も厚く、そして言いたいことはなんでも言わせる上司でもあった。気安い口調は信頼の証でもあるし、命のやり取りをしている今こそ、軽口でも叩いていたほうが気が紛れるというものだろう。

 しかしそんな軽口の応酬もここまでだった。敵のバルダー達も体制を整え、再び侵攻を開始しようとしていた。


『隊長、来ますよ』

『分かっている……皆、死ぬなよ』

『死にませんよ、俺は帰ったら彼女に……』

『だからそういうことを言うな!』



 啓はバルダーで人気の消えた街の大通りを走っていた。壊された祭り屋台や建屋、飲食店の前に乱雑に転がる机や椅子は、まさに祭りの後という様相だが、そこにあるのは幸せな寂しさではなく、卑劣な侵略者による傷跡だけだった。


(許せん……せっかくの祭りを台無しにしやがって……)


 啓の心の中で怒りが沸々と湧き上がっていた。来たばかりのこの街にそれほどの思い入れがあるわけではない。ただ、啓は祭りの活気が好きなのだ。地元の祭りや競艇のイベントにも積極的に参加して祭りを盛り上げることが好きだった啓は、人々の楽しみを奪った襲撃犯達に怒りを感じていた。


(このバルダーではまともに戦えないことは分かっている。だから、できる範囲でやってやる!)


 啓が乗っているバルダーはザックスから借りたものだ。まだ修理の途中だったため、両腕がなかったり、色々と中途半端なバルダーだが、一応戦闘用バルダーであり、基礎能力は高いし、武器も積んでいる。敵の後ろで注意を引くぐらいのことはできるはずだ。

 そして時間さえ稼げれば、倉庫を開けた街の人達が、倉庫にあるバルダーに乗って加勢に来てくれる。そう考えて啓は、警備隊が襲撃犯達と戦っている市場へと向かっていた。


 啓が走っている大通りはかなり暗かった。通りに面した建物の幾つかには明かりが灯っているものの、街の人々のほとんどは緊急時の避難場所に移動しているため、普段に比べて灯りが少ない。その暗さのため、啓には気付けなかったが、啓の優秀な従者はそれにいち早く気付いた。

 バル子は揺れるバルダーの操縦席の中でも上手に啓の肩の上に乗っていた。そのバル子が前脚で、啓の頬をトントンと叩く。


「ご主人、止まってください!敵です!」

「なっ!?どこだ!」

「チャコからの連絡です。この先の十字路、右側から一機近づいてくるそうです」


 オオハチドリのチャコは啓のバルダーの真上を飛び、周りを警戒しながら付いてきていた。夜目も効くチャコだからこそ、まだ見えない通りの先の敵にもいち早く気がつくことができたのだ。ちなみにモンスズメバチ達は念の為に、倉庫にいる街の人達の護衛代わりにこっそり残してきている。

 啓は足を止めて耳を澄ませた。確かに、市場の方から聞こえる戦いの音に紛れて、こちらに近づいてくるバルダーの足音が聞こえる。


「まだこちらに気が付いていないのならば、先手を打てるはずだ。バル子、後どれぐらいで敵のバルターが路地に差し掛かるか、チャコに聞いてくれ」

「……あと二十歩ほどだそうです」

「ならば考えている暇はないな」


 啓はザックスに教わった通り、バルダーを一時的に強化するためのスイッチを押した。バルダーの肩口から蒸気が噴き出す。蒸気の音で敵に気付かれるかもしれないと啓は危惧したが、先に準備をしておく必要があったので仕方がないと割り切っての操作だった。しかし幸いにも、敵には気付かれなかったようだ。


「バル子、敵があと二、三歩で路地から姿を現すところで合図をくれ」

「承知しました」


 操縦桿を握り、時を待つ啓の手が汗ばむ。早鐘のように鳴る自分の心音と、敵のバルダーの足音だけが聞こえる中、バル子がそっと啓の頬顔を寄せた。


「ご主人、今です」

「オーライ!」


 啓は全力で大通りを走り、敵がいる路地を横切った。啓のバルダーが立てた足音に気付いた敵のバルダーは、その直後、大通りを走って市場方面へ駆けていくバルダーを視界に捉えた。 慌てて路地から飛び出した敵のバルダーは、啓のバルダーの後背を撃つべくして右腕を正面に向ける。上腕部の中に仕込まれた砲弾を撃つためだ。しかし、大通りに啓のバルダーの姿はなかった。



「どこに行きやがった?路地に隠れたか?」


 男がバルダーの中で呟く。襲撃犯の一味であるこの男は、工房都市に増援部隊が来ることを警戒して街の哨戒にあたっていたのだが、もしも増援部隊を見つけた場合は無理に戦わず、信号弾を上げるようにとも指示されていた。

 男が今しがた見たバルダーは、少なくとも自分の仲間のバルダーではなかった。ならば工房都市側のバルダーに違いないだろうと男は考えた。


 男は無理にバルダーを追おうとせず、信号弾を上げる動作に切り替えた。そして信号弾を上げようとしたその時、男は破裂音と同時に大きな衝撃を受けた。そして男の乗ったバルダーはバランスを失い、横向きに倒れた。


「クソッ何が起きた!?いや、攻撃を食らったんだろうが、一体どこから……ぐあっ!!」


 再び炸裂音が響き、バルダーの機体が揺れる。男はすぐさまバルダーを起こそうとしたが腕も脚も動かず、全く操作を受け付けようとしなかった。操作系統に不具合が生じたのではなく、おそらく腕も脚も破壊されたものと思われた。


「嘘だろ……こいつは戦闘用バルダーだぞ!」


 男の叫びが、動かないバルダーの操縦席の中で虚しく響いていた。



 「よっしゃ、うまくいった……ふう」


 啓は動かなくなった敵のバルダーを見下ろしながら安堵の声を漏らした。操縦桿を握る啓の手は軽く震えている。競艇で初めてGIレースに勝った時にも手が震えたが、この震えはその時と同じような達成感に加えて、失敗すれば死ぬかもしれなかった恐怖の両方だろう。


 啓は敵のバルダーを奇襲するにあたって、何通りかの戦術を即興で考えていた。一番手っ取り早いのは、素早く路地を塞いで先に撃たれる前に撃つというものだったが、啓の乗っているバルダーには操縦席を守るためのハッチがない。


 生身の体を無防備に晒したままで相打ち、いや、後から撃たれたとしても、敵の攻撃を直で受けてしまう可能性があった。また、奇襲に成功しても敵のバルダーが爆発した余波で被害を被る可能性があった。


 そこで考えたのが、後背から距離をとって攻撃することだった。

 啓は全力で路地の前を通り抜けて敵に自分を視認させた後、バルダーをジャンプさせて路地横の建屋の上に飛び乗った。石造りで平屋の建物はそれほど高くなかったし、パワーを一段階上げた状態ならば、両腕の無い軽量化されたバルダーであれば飛び乗ることも可能だと見込んでの策だった。


 それから啓は、敵のバルダーが路地から出てきた直後に、路地の反対側の建屋の上に再びジャンプで移動した。そこから自分を見失って立ち止まっているバルダーの背中に向けて砲弾をお見舞いしたのだ。

 敵のバルダーが倒れた後、啓はすぐに建屋から飛び降りて追撃を行い、敵のバルダーの腕や脚を破壊して行動不能にした。結果、啓の完全勝利となった。


 全ては啓の思い通りにバルダーが動いてくれたことと、期待通りに砲弾が命中してくれたことによるものだが、万が一、一つでも失敗していたら全力で逃げるつもりだった。


「さすがご主人、お見事です!」

「いや、バル子とチャコが敵の接近を教えてくれたからだよ。ありがとうな」

「もったいないお言葉です、ご主人……ご主人!あれを!」


 バル子が啓の頬をグイッと押して、啓の顔の角度を変える。顔を向けられた先で啓が見たのは、襲撃犯がバルダーの搭乗口から抜け出し、走り出す瞬間だった。


「あいつ逃げる気か!敵に合流される前に捕まえないと……バル子、チャコに奴を追うように伝えてくれ!」

「……はい、伝えました!」

「よし、俺達も追うぞ、見失ったらチャコと連携して……」


 その先の言葉を啓は言えなかった。炸裂音と同時に発生した背後からの強い衝撃で、啓は操縦席から放り出され、地面に強く体を打ちつけ、そのまま地面の上を転がった。


「がはっ……」

「ご主人!ご主人!」


 バル子が啓に飛びつき、何度も呼びかけながら前脚で啓の胸を揺すった。啓は何か答えようとしたが、激しい痛みと体を打ち付けた衝撃で呼吸も十分にできず、呻き声を上げることしかできなかった。

 口の中に広がる血の味と全身の痛みをいまいましく思いながら、啓は必死に頭を持ち上げ、自分のバルダーを見た。


(くそっ……勝利に奢って油断した……情けねえ……)


 啓のバルダーは背中から火花を散らし、背中側にくの字に折れ曲がっていた。そして啓のバルダーの向こう側、大通りの先のほうでは、先ほど倒したバルダーと同型の別のバルダーが右腕をこちらに向けて立っていた。


 啓は自分が倒したバルダーにばかり注意を向けていたせいで、もう一体の敵の接近に気付くことができなかったのだ。


「ご主人!」

「……ああ……オレは大丈夫、ぐあっ痛っ!」


 ようやく声が復活した啓は、体の痛みを堪えて起きあがろうとしたが、右足を曲げた途端、さらなる激痛に襲われた。啓の右足は、通常ではありえない方向に曲がっていた。


(折れてるのか……ちくしょう、このままでは……)


 啓を撃ったバルダーが接近してくる。すぐに逃げるか隠れなければ間違いなく死ぬ。しかし、そうしなければと分かってはいても、足の自由を失った啓は這いずることしかできなかった。きっと物陰に隠れる前に、啓は敵のバルダーに捕捉され、撃たれるに違いない。


 増していく体の痛みに反比例するように力が抜けていく啓は、もはや動くことができなかった。


(もう、ここまでだ……よくやったよ、オレ……)


 逃げることを諦め、仰向けになった啓を、バル子が必死に何かを言いながら、啓の服を咥えて引っ張っている。しかし啓の意識はまどろみ、その声は全く聞こえなくなっていた。バルダーが接近する振動を全身で感じながら、啓は最後はせめて痛みを長引かせることなく、一瞬で逝かせてくれるよう願った。


「ご主人ーーー!」


 最後の最後に、バル子の悲痛な叫び声だけが聞こえた。


(ごめん、バル子、チャコ……)


 バル子の声をかき消し、再び激しい爆音と衝撃音が周囲を包んだ。そのまま啓は意識を失った。



「おい、君!大丈夫か!おい!」


(……目の前に綺麗な女性が?)


 啓の目に飛び込んできたのは、深刻そうな顔をした美人の女性だった。金髪で色白の美しい女性が、真上から啓の顔を覗き込んでいる。


「オレは……」

「良かった、気がついたか。体の調子はどうだ?」

「……体の調子って言われても、オレはまた死んだのでしょう?……貴女は……今度はどこの世界の女神様ですか?」

「私が女神?そんな恐れ多い方と私を一緒にしないでほしい」

「えっ、でもオレは」

「ご主人!!!」

「えっ?バル子げふう!」


 バル子のフライングボディアタックが啓の鳩尾に綺麗に決まった。啓は悶絶のあまり、頭と足を宙に浮かせた。啓はこの瞬間、まだ生きていることを実感した。


「ご主人!バル子は悲しいです!怒っています!何故だかわかりますか!」

「ああ……たぶん。その……死ぬことを受け入れたから?」

「その通りです!ご主人は先程、生きることを諦めました!」


 バル子は啓のお腹の上で、啓に猫パンチを繰り出し続けながら説教を続けている。


「……諦めるとは何事ですか!どんなことがあっても最後まで諦めないでください!ご主人はバル子達のご主人なのですから!」

「……ごめん、バル子。分かった、約束するよ。カッコ悪くても、最後まで生きることを諦めない。もう二度と」

「ご主人……生きてて良かったです」


 バル子がポフッと啓の胸に頭を落とす。肩を震わせるバル子の頭を、啓は愛しさと申し訳なさを込めて、やさしく撫でた。


「あー……君。もう私が話をしてもいいかな?」

「えっ、ああ、はい……ああああっ!?」


 女性の問い掛けで、啓は反射的に跳ね起きた。その勢いで腹の上にいたバル子は吹っ飛ばされたが、啓が先に謝ったのは目の前の女性だった。


「すみません!その……オレ、貴女に膝枕を……ありがとうございます」


 啓は先ほどから感じていた違和感にようやく気が付いた。自分の顔を真上から、しかも割と至近距離で見てくる女性、後頭部に感じる柔らかさと温かさ……

 啓は気絶している間、この女性にずっと膝枕をされていたのだ。啓は深く頭を下げ、目の前の女性に謝罪とお礼を言った。


「いや、それは構わない。君を治療する必要もあったし、硬い地面に頭をつけておくのも可哀想だと思ったのでな」

「オレの治療をしてくれたのですか?あれ、そう言えばオレ、足が……」


 謝罪のために反射的に立ち上がった啓だったが、啓は体の痛みがほとんど引いていることに気付いた。それだけではない。折れていたはずの右足も治っているようだ。


「ああ。右足も治しておいたよ。しかし君はつくづく右足の怪我に縁があるのだな」


 その言葉に、啓の耳がピクッと動いた。この女性は今、間違いなく『つくづく右足の怪我に』と言った。啓自身、右足に怪我を負ったのは二度目の認識なので間違いはない。しかも一度目は右足切断の重傷だった。


 しかし啓がガドウェルの工房に保護された時、啓の右足に怪我は無かった。だから啓が右足に怪我を二回以上負ったことを知る人物はいないはずだ。ただ一人を除いて……


「貴女は……もしかしてサリーさんですか?」

「ああ。私はサリーだ。君の名前はケイと言うのだな?」

「はい……あれ、何故オレの名を?ミトラから聞いたのですか?」

「いや、君のその愛らしい動物から聞いたのだが?」

「……」

「……」


 啓はため息を吐いて、地面の上でちょこんと座って待っているバル子の方に向き直り、説教を始めようとした。


「バル子、オレ言ったよな?人前で言葉を喋ってはいけないと……」

「その前にご主人。バル子を投げ捨てておいて、先に言うことはないのですか?バル子がご主人をあんなに心配して!ようやくわかり合えてホッとしたところで、バル子をぞんざいに投げてそのまま放置!一体どういうことなんですかっ!だいたいご主人は……」


 逆に啓が説教された。

ようやくサリーに会えました。


多忙だったり、ちょっぴり入院したりしましたが、私は元気です(無事退院しました)。


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よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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