015 工房都市の戦い その2
啓はバルダーに乗り、街の東側にある倉庫へと向かっていた。啓が乗っているバルダーは元々ザックスの専用機であり、戦闘用の高性能なもの「だった」。過去形なのは、先日の模擬戦で啓に破壊されたため、まだ修理途中で中途半端なものだからだ。今、啓が操縦しているバルダーには両腕がない。修理が間に合わなかったため、脚しかないのだ。しかし一時的に機体の強化を行う機能と、遠距離攻撃用の武器はかろうじて使える状態にある。それだけが頼みの綱だった。
なお、初めて乗るザックスのバルダーだったが、操縦自体はスムーズに行えた。魔硝石、あるいは魔動連結器との親和性が高いのではという市長の言葉の通り、啓はほとんどタイムラグも無く、自在にバルダーを動かしていた。
「それにしても、まさかコクピットのハッチも無いとはなあ……」
「夜風が心地よいですよ、ご主人」
「バル子は呑気だなあ。もしも直撃を受けたら一発で死んじまうんだぜ?」
啓は搭乗口が剥き出しになったままのバルダーの操縦席でぼやいた。搭乗口のハッチの修理が間に合っていなかったと知ったのは、バルダーに乗ることを引き受け、作戦メンバーに送り出される直前のことだったので、もはや後には引けなかったのだが。
「まあ、動けるだけでもありがたいかな。ロッタリー工房の技術者に感謝しないとな」
バルダーの最終調整をしたのはロッタリー工房の技術者だ。ロッタリー工房の技術者達は、両腕の無いバルダーを使うなどとんでもない、と最初は反対したものの、ザックスの強い命令と、操縦者がザックスでは無く啓であることが説明されると、最終的に技術者は渋々ながら了承して作業を行なった。
ロッタリー工房の技術者がバルダーの最終調整を行なっている間、啓とザックスは倉庫の様子を見てきたという男から情報を仕入れていた。その男はこの町で鉄鋼業専門の仕事をしている男で、名前をカールと言った。カールも街の一大事に、倉庫に預けていたバルダーを取りに行こうとした1人だった。
『倉庫にいる敵のバルダーは2機で間違い無いんだな、カール』
『ああ。だが奴らは斧で武装していやがる』
『ケイ、警戒するのは斧だけじゃない。あのバルダーは腕に機関銃を装備している。近距離での戦闘は危険だ。速度を生かして立ち回るのがいいんじゃねえかな』
『ということは、ザックス。速度はこちらのほうが上なんだな?』
『ああ。腕が無い分、速く動けるだろう』
『それはそれでどうなんだろうな……』
啓達はそんなやりとりをしながら作戦立案を行い、行動を開始したのだった。バルダーのコクピットにいるのは啓とバル子とチャコだけだ。ザックスとカールは、街の倉庫のバルダーを使って反撃を行うための協力者を集めてから倉庫に向かうために別行動をしている。「啓とザックス達は倉庫付近で合流した後、ザックス達が陽動で倉庫にいる敵のバルダーの注意を惹きつけている間に、啓が敵のバルダーを各個撃破していく」という、多少の犠牲が出るのも致し方なしという前提の、かなり雑な作戦ではあるが……
啓はなるべく音を立てないように、とは言ってもそれなりに重量のある機体なので限界はあるが、できるだけ速く移動して、倉庫の近くまでやってきた。目の前には倉庫に至る一本道がある。ザックス達はまだ到着していないようだった。
「ここから先は、ザックス達と連携しなきゃいけないからな。ひとまずザックスの到着を待とう……そうだ、チャコ。倉庫と敵の様子を見てきてくれないか」
「ピュイッ」
チャコが啓の頭から飛び立ち、倉庫へと向かう。夜なので辺りは薄暗いが、チャコは迷うことなく倉庫方面へと飛んで行った。なお、よく『鳥は鳥目で夜は目がきかない』と言われるが、多くの鳥は夜でも目がきく。実際に鳥目で有名なのは鶏だが、人間に身近な鶏が鳥目だったために、フクロウなどの夜行性の鳥を除いた鳥全般が夜は目が見えないと勘違いされている風潮がある。暗いと獲物が見つけにくいし、鳥も夜間に休息を取るため、夜はあまり活動することがないだけなのだ。
「ご主人、バル子も偵察に行きますか?」
「いや、バル子はオレと一緒にいてくれ」
「ご主人……バル子もご主人と一緒にいられて嬉しいです」
「?」
ただ単に、今はまだ偵察の必要を感じなかったのと、チャコが戻った時に通訳をしてもらう必要があったためにそう言ったのだが、バル子は少し違う捉え方をしたようだが、啓は全く気が付かなかった。
程なくチャコが戻り、バル子経由で状況を報告した。
「ご主人、敵のバルダーは2機で間違いないそうです」
「そうか、ありがとう、チャコ」
「ピュイッ」
「それと、どちらもハッチを開けて辺りを窺っているそうです」
「なるほど……」
バルダーの中にいるよりも、ハッチを開けて身を乗り出した方が視界が広く、周囲を警戒しやすいだろう。とはいえ、奇襲をする側としてはあまり歓迎できることではない。どのみち、少しでも何か異常を感じ取れば、すぐにハッチを閉じて戦闘態勢を取るだろう。
「ハッチが空いている状況か……この状況を龍して、何か奇襲はできないかな?」
「ご主人、チャコに目を狙わせますか?」
「んー、確実に目を狙えればいいが、もしもゴーグルのようなものをつけていたら効果はないだろ?それにどうせなら2人同時に攻撃したい」
ハチドリの嘴による攻撃はそれなりに威力はあるので、もちろん突かれて刺されれば痛い。だが、人間に致命傷を与えられるようなものではない。目のような急所を狙えれば効果的だが、厚手の服の上から体を突いたとしても多少痛いだけで終わってしまう。敵に気付かれずに同時に奇襲ができて、かつ、致命傷を与える方法は……
ふと、啓はひとつのアイデアを思いついた。
「まだ時間はあるし、試す価値はあるか……万が一の時は、チャコ。オレを守ってくれ」
「ピュイッ!」
「ご主人!バル子ではお役に立てないのですか!?」
「いや、そこは適材適所ってやつだ。むしろバル子も危ないから、お前はオレの服の中にでも隠れていてほしい」
「ご主人の服の中!?喜んで!」
バル子は興奮も隠さず、啓がまくったシャツの裾から服の中へと飛び込んでいった。
「よし……じゃあ、やってみようか!」
◇
倉庫の前では、襲撃犯グループの、倉庫占拠を任された2人がダベりながら周囲を警戒していた。
「なあ、あとどれぐらい時間がかかると思うよ?」
「さてな。だが抵抗があるっつってもよ、こっちはこのバルダーが20機以上あるんだぜ?負けやしねえよ」
「この都市の警備隊が持っているバルダーが10機、それと市場にある工業用バルダーが20機ぐらいだったか?工業用バルダーなど数のうちに入らん……まあ、いざとなれば市民を……チッ……人質にすりゃ……クソッ!」
男は顔の周りで手をブンブン振って悪態をついた。林の中にある倉庫の周りは虫が多く、バルダーの明かりと人の呼気に引き寄せられて子虫が集まっていたのだ。もう一方の男は足元で仄かな煙の出る香を焚き、平気な顔をしている。
「なんだお前、虫除けの香を持ってこなかったのかよ。ひとつやろうか?」
「俺はあの香の匂いが嫌いなんだよ!……クソが!」
パチンと手を叩いて虫を撃退する様子を、香を炊いているほうの男は笑って見ていたが、突如、その笑い顔は凍りつき、そして絶叫した。
「痛え!痛ててててててっ!」
「ハッ!香を炊いているくせに意味ねえなあ!」
大方、羽虫にでも噛まれたか、小虫が目に入って大騒ぎをしているのだろうと、香を炊かずに虫を手で払っていた側の男はそう思い、逆に笑ってやろうとしたのだが、できなかった。
「いってええええええ!」
突然、男の頬に激痛が走った。激しい痛みと腫れた頬の熱さで、男は操縦席でのたうち回った。
(何に攻撃された!?とにかく、すぐにハッチを閉めないと……)
男は痛みに耐えながら、すぐに操作盤のレバーを引き、ハッチを閉めた。しかしそれは逆効果だった。閉鎖された操縦席の中で、複数のブーンという大きめの羽音と、カチカチという奇妙な音がはっきりと聞こえた。そして再び男に激痛が襲う。今度は左腕、そして太ももと連続で強烈な痛みが走った。そこそこ厚手の作業服を着ているにも関わらず、服の上から貫通して攻撃されたのだ。
「ぐうっ!!ぎひいいっ……」
もはや絶叫もできず、悲鳴すらまともに上げられないほどの激痛に男は苦しめられた。その間も、男の耳に聞こえる大きな羽音が、男を恐怖のどん底に陥れていた。男はハッチを開き、操縦席から飛び出して地面に転げ落ちた。
背中から地面に落ちたにもかかわらず、その背中は痛みを感じなかった。その痛みよりも、頬と左腕と太ももの痛みが凌駕していたからだ。地面の上で痛みにもがきながら、ふと横を見ると、相方の男も地面でのたうち回っていた。男は自分と同じく、何らかの攻撃を喰らって苦しんでいるのだと確信した。そしてそのまま男の意識は徐々に薄くなっていった。
チャコから奇襲成功の報を受けた啓は、バルダーを倉庫へと走らせた。倉庫の前に到着した啓は、操縦者不在で動かない2機のバルダーと、地面に転げてピクピクと痙攣している襲撃犯を目視で確認した。
「よし、思いつきだったけど、うまくいってよかった……ありがとう、モンちゃんズ!」
◇
倉庫を占拠した襲撃犯が悲惨な目に遭う数分前。
啓はポケットから小さな魔硝石を取り出してじっと見つめた。それはチャコの召喚時に使ったものと同じ魔硝石だ。
「ご主人、新しい従者を召喚なさるのですか?」
啓のシャツの中からバル子が顔を出す。啓は笑顔で頷くと、バル子の頭を押してバル子をシャツの中に押し込んだ。
「ああ。召喚を試してみる。この魔硝石ではあまり大きな動物が召喚できないことは分かってるから、今回も小さい奴を召喚するつもりなんだが……実際に召喚できるかわからないし、召喚できたとしても、オレの言うことを聞いてくれるか少し不安なんだ」
だからバル子も頭を出すなよ、と付け加えた。バル子は「ご主人だけを危ない目に遭わせるのは……」と服の中でモガモガと言っているが、啓は取り合わずにもう片方の相棒に顔を向けた。
「だから、チャコ。もしもオレを襲ってきたら、追い払うか、やっつけてほしい。オレが召喚しておいてやっつけることになるのは申し訳ないけれど、それぐらい危険な奴なんだ」
「ピュイッ!」
チャコは「任せろ」と言わんばかりに胸を張っているように見えた。おそらくチャコの飛行速度と反射神経ならば対抗できる……そう信じて啓は魔硝石を握りしめた。
「頼む、召喚に応じてくれ……そしてオレの言うことを聞いてくれよ……来い!」
念じる啓の手の中から光が溢れる。召喚が始まり、手の中で魔硝石が変質し始めたのを感じた啓は、掌が上を向くようにして手を開いた。そして掌の上で徐々に形作られるそれは、動物ではなく、虫だった。全長20ミリほどの黄色と黒のストライプの体、長めの触覚と大きな上顎に細く薄い羽。その虫の名はヨーロッパスズメバチ、一般的にモンスズメバチと呼ばれるスズメバチの仲間だった。
「よし、成功した……が、ここからが問題だ。その……モンスズメバチさん。君を召喚したのはオレだ。分かるか?」
啓に緊張が走る。もちろん虫が苦手なのではなく、このモンスズメバチが啓の指示を理解し、従うかどうかが問題なのだ。もしも啓に従わなければ、啓はこの瞬間にもモンスズメバチに襲われるかもしれないという、極めて危険な瞬間だった。だが、モンスズメバチは啓の呼びかけに応じるように、啓の方に体の向きを変えると、啓に向かって前足をピッと上げた。それはまるで、啓に向かって敬礼をしているようだった。
「ご主人、その虫ですが、ご主人に忠誠を誓う、と申し上げております」
バル子が再びシャツの中から顔をニュッと出して言った。
「バル子は蜂の声も聞こえるのか。凄いな!」
「ご主人のお役に立てて光栄です」
「本当にバル子がいて良かったよ。よし、だったら……」
啓は続けて3匹のモンスズメバチを召喚した。合計4匹になったモンスズメバチは、啓の指示を待つように、横一列に並んでバルダーの操縦席の上でジッとしている。チャコもその横に並び、まるで小隊長のような雰囲気を醸し出していた。どうやらチャコもモンスズメバチたちと意思の疎通ができるようだ。
「では、モンスズメバチの……モンちゃんズの皆。この先にいる男達を攻撃してきてほしい。数回刺して戦意を喪失させたところで戻ってくるんだ。現場では先輩のチャコの指示に従うように。そして無理はしないように。チャコはこの子達が危ない目に遭ったら助けてやってくれ」
「ピュイッ!」
そしてチャコとモンスズメバチ達は飛び立って行った。なお、啓が日本のスズメバチではなく、ヨーロッパに生息するモンスズメバチを召喚したのには理由がある。日本のスズメバチは夜に目がきかない、いわゆる「鳥目」なのだが、モンスズメバチは夜でも目が見えるという特徴があるのだ。果たしてモンスズメバチ達は夜の暗闇に惑うことなく、真っ直ぐ倉庫に向かって飛んでいった。
そして、モンスズメバチ達、通称モンちゃんズは、見事に任務を遂行したのだった。
◇
ザックスと、ザックスの呼びかけで集まった街の協力者が倉庫に着いた時には、既に襲撃犯の2人は啓に縛り上げられていた。ちなみにロープは襲撃犯達の乗ってきたバルダーに積んであったものを拝借した。
「……で、啓は俺達が来る前に、こいつらを無力化して捕らえたと」
「ああ。どうやったかは企業秘密だけどな」
「……まあ、手間が省けたんだから構わねえよ」
襲撃犯の男達は気を失っていた。死んではいないようだが、スズメバチに数箇所刺されたのでアナフィラキシーショックを受けている可能性が高い。しかし街の凄惨な様子を目の当たりにしてきた啓には、この男達が受けた報いは自業自得としか思えなかった。
「みんな、倉庫の扉を破って、バルダーを出すんだ!そして俺達の手で街を守るんだ!」
「おお!」
ザックスの号令で、街の人達は倉庫の扉を破るための作業を開始した。なお、襲撃犯達が乗ってきたバルダーも使えるかと思ったが、この戦闘用バルダーは登録した操縦者以外は動かすことのできないロックがかかっていたため、すぐに使えそうになかった。
そのため、倉庫から街のバルダーを取り返し次第、速やかに破壊するようザックスが指示した。どのみち襲撃犯達と同じ機体を使うのはなにかと紛らわしいし、万が一、再びこの機体が襲撃犯達に奪われるようなことがあってはならないので、破壊指示は理にかなっていると言えた。
倉庫の扉を破る作業が着々と進んでいく。その作業を眺めていた啓の所に、ザックスがやってきた。
「啓、その……ありがとうよ」
「ああ、ザックス。だが、まだ終わっちゃいない」
「そうだな。俺達は倉庫が空いたらバルダーで襲撃犯達と戦う。もっとも俺はこの怪我のせいでバルダーには乗れんから、ここまでだけどな」
「いや、ザックス。お前は立派に街の人達に指示を出して行動した。十分だとオレは思うぞ」
「……お前に認められても嬉しくねえよ。だが、その、なんだ……この間のことは、俺が悪かった。謝る」
ザックスは先日の市場でのことを謝罪した。既に啓はなんとも思っていなかったが、啓は謝罪を受け入れ、頷いた。あとでミトラにも教えてやらなきゃ、と思ったその時だった。
激しい爆発音が遠くから響いた。
「ザックス!今の爆発音は!?」
「分からんが、方角は中央市場の方だ……おそらくそこで警備隊と襲撃犯共が戦っているんだ。奴らは工房都市の中枢である市議会を制圧して街を占領する気なんだ。クソッ、早く倉庫の扉を壊さねえと……」
「ザックス、オレは先に行って警備隊に加勢してくる」
「はあ?加勢って、あのバルダーでか?」
「他に無いだろう?もちろん無茶はしないさ。市場を守る警備隊と襲撃犯達が戦っているならば、オレは奴らの背後で動き回って撹乱して時間を稼ぐ。その間に早く倉庫を開けて加勢に来てくれ」
「……分かった。頼む」
啓は再び両腕のないバルダーに乗り込むと、市場に向けて全力で走った。
次回、市場での戦いです。
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