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013 強襲

 ユスティール工房都市の郊外。祭りの喧騒が遠くに聞こえる程度に離れた山道の、そこから少し森に入った所で、一組の男女が祭りの熱に当てられ、盛り上がっていた。


「なあ、いいだろう?」

「ここでなの?もう……仕方ないわねえ」


 木に押し付けるようにして女を抱擁していた男が女から少し離れる。女は艶っぽい目で男を見ながら、ゆっくりとシャツのボタンを外し始めた。男もズボンのベルトに手をかけ脱ぐ準備を始める。しかし女は3つ目のボタンを外した所で、ふと手を止めた。


「なんだよ、焦らすなよ」

「ちがっ……あ……あれ……」


 女の視点は目の前の男ではなく、その後ろに向いていた。男も山道を走る自走車の音は何度か耳にしていたが、山道からは見えにくい場所で女と逢引きしていたので通過していく自走車など気にしていなかった。だが男は、女の反応から察するに、自分達を覗いている輩が出たのだと考えた。

 男は振り向き、文句を言って追い払ってやろうと考えたが、できなかった。男が見たのは覗き魔ではなく、山道上に停車している濃緑色のバルダーを乗せた自走車だった。その後も次々とバルダーを載せた自走車がやってきて、その場に停車した。


「ちょっと、何よ……何が始まるのよ!」

「馬鹿!声を上げるな!あのバルダーは戦闘用だ!」


 しかし男の制止は遅かった。1台のバルダーが自走車の上で、森の中にいる男女のほうに向き、左腕を伸ばす。


「見つかったか!?……おい、逃げるぞ!」

「ちょっと、私まだシャツのボタンが……」

「そんなものは後回しだ!走れ!」


 男は女の腕を掴み、森の奥へ向かって駆け出した。バルダーはその背中に向けて、腕に搭載されている砲口を向けた。

 森の中で、複数の発砲音にかき消された2つの悲鳴が上がり、2つの死体が転がった。



 ユスティール警備隊本部の中の取調室で、1人の男が取り調べを受けていた。啓達を襲った連中のリーダー格である剣の男だ。男は啓とミトラを襲った容疑で尋問を受けているが、男は全く喋ろうとはしなかった。啓とミトラは警備隊長のレナと一緒に、別室で取り調べの結果を待っていたが、現状は男から何の情報も得られずにいた。


「つまりケイは、あの男に襲われたのは2度目なのだな?」

「そうです。オレに何か重要な話を聞かれたと思っているようなのですが、実際のところ何も聞いていなくて。全く迷惑な話ですよ」

「今となっては、その話を聞いていてくれた方が、ケイが襲われた理由に辿り着けたかもしれんな……」


 レナは皮肉っぽい笑みを浮かべ、壁の向こうの取調室の方に目を向けた。暇を持て余して猫のバル子とハチドリのチャコをいじって遊んでいたミトラがレナに不満の声を上げる。


「ねえ、レナ隊長。理由が分からないとケイを襲った連中を罪に問えないの?」

「いや、そんな事はない。暴行罪は確定しているし、あのリーダー格の男以外は、金で雇われてケイを襲う手伝いをしたと自供している。問題なのはやつらの出身だ」

「どこなの?」

「アスラ連合、だそうだ」


 うわーとミトラが天井を見上げて声を上げる。啓にはそのリアクションの理由が分からなかった。


「アスラ連合……どんな国なんですか?」

「知らんのか?」

「えっと、オレ、ちょっと世間の事情に疎くて」

「そいつは不勉強だな」


 レナは啓の方に向き直ると、アスラ連合について説明した。


 アスラ連合は、オルリック王国の南東にある連合国で、王国の東端にあるユスティール工房都市からはほぼ真南に位置する。アスラ連合は連合国というだけあって、元々はいくつかの小さい国だったが、とある国が付近の国と友好関係、あるいは侵略行為により一つの大きな国家としてまとめた歴史があり、それぞれの小国……今は領と呼ばれるその地の代表が評議会を作り、連合をまとめていた。ユスティール王国とアスラ連合は形式上は友好国だが、実情は互いに不干渉、不可侵というだけで、突けば崩れそうな脆い関係にあった。


「……というわけで、アスラの連中と事を構えるのはいささか面倒でな」

「なるほど……」

「なるほど、ではない。お前がアスラ連合のことを本当に知らんのであれば、いよいよ意味が分からない。ケイ、お前は一体何を……」


 その時、取り調べを行っていた警備隊員が戻ってきた。浮かない顔をしている警備隊員の表情を見たレナは結果を聞くまでもないと思ったが、義務的に一応確認した。


「何か吐いたか?」

「いえ、何も。時折り今何時かを聞いてくるだけで、何も喋りませんよ」

「奴は時間を気にしているのか?」

「どうなんでしょうね?もう19時を過ぎましたし、腹でも減ってるんじゃないですか?」


 その時、別の隊員がレナ達のいる部屋に駆け込んできた。


「隊長!緊急事態です!」

「何事だ!」

「街に、バルダーが……襲撃です!」

「何だと!?」



「父ちゃん、次はあれが見たい!」

「んー、くじ引きか?あれはどうせ当たりなんて……まあいいか。よし、行ってみよう」

「父ちゃん、肩車」

「疲れたのか?仕方ないな。ほれ」


 娘にせがまれて肩車をした父親が、人ごみの中をゆっくりと進んでいく。病気で先立った妻も祭りが好きだったことを思い出しながら、まだ幼い娘のために祭りを堪能させてやろうという親心が、娘を存分に甘やかしていた。


「ねえ、父ちゃん、あれ、何?」

「ん、何だ?」


 くじ引き以外の屋台が気になったのならばその方がいい、などと都合の良いことを考えながら、頭上の娘が向いている方向に体の向きを変えようとした。しかし叫声と共に走り出した人々にもみくちゃにされ、おまけに次々と体当たりされ、担いだ娘と一緒に倒れないように踏ん張ることに必死ですぐに向きを変えられなかった。

 狂騒する人々の様子を見て、暴れている酔っ払いでも出たのかと思ったが、ようやく振り向けた時に目にしたものは、2体のバルダーが通りに侵入し、人々を蹴散らしながらこちらに向かってくる様だった。


「なぜ……」


なぜバルダーが、という言葉を飲み込み、父親は急いで娘を肩からおろして胸に抱き抱えると、通りを走り出した。

 後ろから聞こえる悲鳴や怒号、そしてバルダーが近づいてくる振動を感じながら必死に走った。だが、爆音と同時に背中に広がった激しい痛みと熱さで、父親は前のめりに倒れた。流れ弾が背中を撃ち抜いたのだ。意識が途切れそうなほどの痛みの中で、娘が怪我をしないように娘の頭をしっかりと抱えたまま倒れたのは父の愛情によるものだろう。背中を撃たれて倒れた娘の父親は、最後の力を振り絞って、自分の腕の中で震える娘に笑いかけた。


「父ちゃんは……大丈夫だ……早く、逃げろ……お前は……俺達の……大事な…………」

「父ちゃん!」

「お嬢ちゃん!こっちにおいで!急いで逃げるんだ!」


 たまたま近くで市民の避難誘導をしていた警備隊の女性が、倒れた父親の下敷きになっていた娘を見つけた。警備隊員は父親が既に手遅れと見るや、急いで娘を引き摺り出すと、そのまま抱えて全力で走り出した。


「父ちゃん!父ちゃあーーーん!!」


 地面に倒れたまま動かない父親がどんどん遠ざかっていく。娘は父親が見えなくなっても、自分を抱き抱える警備隊員の背中越しに、父親に向かって叫び続けた。



「街の南側と西側にバルダーが数体現れて街に侵攻。市民に多数の死者と怪我人が出ています。まだ報告は受けてませんが、東側も騒ぎが起きているそうなのでおそらくは……」

「今日は祭りだ。人出もかなり多い。このままでは被害は大変なものになる。大至急、市民を避難させろ!」

「既に隊員達が対応しています。それよりバルダーを止めないと……」

「無論だ。警備隊のバルダーを総動員する。バルダー部隊全員に搭乗準備を急がせろ!それと緊急配備令の信号弾を上げろ。街の有志にも協力してもらう!」

「緊急配備令ですか?市議会への確認は……」

「そんなものは事後だ!急げ!」

「はっ!」


 緊急配備令は、街に危険が生じた場合に発令できる緊急措置で、一般市民にも協力を要請することができるものだ。発令された場合、市民達はバルダーや魔動機を含め、あらゆる武器を街の中で制限なく使い、街を襲う脅威と対峙することができる。


「おそらく敵の狙いは街の制圧。ならば最終目標は市場にある市議会本部だ。警備隊のバルダーが準備出来次第、班分けを行い対処に向かう。私もバルダーで出て陣頭指揮を取る!」

「はっ!」


 一気に警備隊本部は騒がしくなった。隊員達は慌ただしく準備に取り掛かっている。


「ミトラ、ケイ。聞いた通りだ。お前達も避難しろ。ミトラの工房は指定避難場所にもなっているな?この辺りはまだ戦火がきていないようだから今のうちだ。道中は警備隊員を護衛をつける。今すぐに帰るんだ」

「そんな!レナ隊長、あたしも何かしたいよ!」

「ミトラに何かあれば私が困るんだよ。話をしている時間も惜しい。急げ」

「……分かった。でもレナ姉、絶対に無理しないでね」

「ああ、分かった。女神様の御加護を祈っていてくれ」


 そう言うとレナはすぐに部屋を飛び出して行った。啓とミトラは護衛をする警備隊員が来るのを待つため、部屋に取り残された。



 街の東側では、祭りを開催中の安全性確保のために、街にある全てのバルダーをしまい込んでいる倉庫の前で市民達が騒いでいた。

 倉庫に格納してあるバルダーの持ち主や操縦士達は、街が襲撃されるや否や、すぐに倉庫の開放を求めて倉庫の管理をしている市場に申し入れをした後、倉庫前で待機していたのだが、すぐに来るはずの鍵を持つ市の職員は一向に現れなかった。

 待っている間に緊急配備令の信号が上がり、自分達の行動が合法化されたことを知ったが、肝心の鍵の管理人が来ない。

 そんな状況にヤキモキしていると、別の男が走って倉庫前に現れた。


「おーい!お前ら!……まずい事態だ!」


 息を切らせてやってきたのは、市場で話を聞いてきたという男だった。


「鍵を持っている職員が行方不明なのだそうだ」

「何だと!?だが合鍵ぐらいはあるだろう?」

「それが……合鍵も一切無くなっていて、今、職員達も探しているって……」

「そうか。分かった。なら仕方ねえよなあ……おいお前ら!扉をぶっ壊すぞ!」


 しかしバルダーを格納する倉庫は、扉も壁も特別に丈夫にできており、簡単に破れる代物ではなかった。それは扉を破壊すると宣言した男も理解していた。


「誰か、工具をもってこい!何だったら自走車でもいい。扉にぶつけて破壊を……」

「おい、待て。バルダーが来たぞ!」


 倉庫に至る道に目を向けると、2体のバルダーが駆けてくるのが見えた。倉庫の扉を破壊するためにバルダーが救援に来たのだと喜んだのは一瞬だった。濃緑色のバルダーは立ち止まると、倉庫前に集まっている人達に腕を伸ばした。


「クソッ!あいつらは街の襲撃犯だ!全員、逃げろ!」


 バルダーの砲火にさらされた市民達は散り散りに逃げ出した。倉庫前は襲撃犯のバルダーに占拠された。



 レナが退出してから約5分後。ようやく啓達の元に護衛の警備隊員が到着した。


「待たせて悪かった。すぐに出られるか?」

「はい、行けます」

「……その動物達も一緒か?籠か何か必要か?」

「いえ、この子達なら大丈夫です。ちゃんとオレについてきますから」

「そうか。では行こうか」


 啓とミトラは頷き、隊員に従って部屋を出た。なお、バル子は啓の肩に、チャコは啓の頭に大人しく乗っている。そんな不思議な光景が気になる隊員だったが、今はそんなことを聞いている場合ではないので、聞きたいのを我慢して、警備隊本部内を早歩きで進んで外に出た。外へ出るや否や、遠くから爆音や怒号が聞こえてくる。それも一方向からだけではなく、各方面から同時に聞こえてくるため、随所で戦闘行為が行われていることが分かる。


「悪いが自走車は全て出払っているので徒歩での移動だ」

「いえ……大丈夫です」

「そう固くなるな。必ず無事に送り届けるよ」

「はい。よろしくお願いします」


 ではいざ出発、という、まさにその時だった。


「そこの警備隊員!」


 通りの向こうから声を上げながら走り寄ってくる男が見えた。走り方はぎこちなく、どこか怪我をしているようにも見えた。最初は襲撃によって怪我をした被害者が助けを求めているのかと思ったが、そうではなかった。そして啓はその男に見覚えがあった。

 男は焦燥に駆り立てられたように警備員に詰め寄った。


「今すぐ隊長に会わせてくれ!大事な話がある!」

「待て、待て、とりあえず落ち着け!」


男は警備隊員に軽く胸を押されると「うぐぅ」と言って顔を歪めた。どうやら怪我をしている場所を押されたようだ。知らなかったとはいえ、警備隊員もバツの悪そうな顔をしている。


「頼む……隊長に、会わせてくれ」

「そうは言ってもなあ。隊長はもうこの騒ぎの鎮圧のためにバルダーで出てしまったよ」

「そんな……まずい、あれはまずいんだ……一体どうすりゃいいんだ!」


 男はその場で膝から崩れ落ちた。そんな男の元に啓が歩いて近づき、男に尋ねた。


「なあ、お前……ザックスだよな?」

「ああ、そうだが、お前は……お前か!名前は、何と言ったか……」

「啓だ」

「そうだ、ケイだ!……頼む、ケイ。俺の話を聞いてくれ!」


 ザックスは啓の足にすがりついた。いや、すがりつこうとした。しかしザックスの飛び込みにカウンターを合わせるようにバル子がザックスの顎に飛び蹴りを入れ、脳が揺らされた所にチャコが嘴で目潰しを喰らわせた。ザックスは悲鳴を上げながら地面の上をのたうち回った。


「うわっ!ザックス、すまない!こいつらはオレが襲われるかと思って守ってくれただけで……その、悪気はないんだ、多分……」


 一仕事を終えたバル子とチャコは再び定位置である啓の肩と頭の上へと戻った。


「ニャーン(ご主人はバル子が守ります)」

「ピュイッ(ご主人はチャコが守ります)」

「……うん、そうだね、ありがとう」


 怪我人にも容赦をしない小さな護衛に、警備隊員とミトラは呆然と見ているだけだった。

祭りの最中に街が襲われました。

次回、反撃に出ます。


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