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124 黒曜騎

 カナート王国がアスラ連合国西部のバーボック砦へ侵攻を開始する数日前。


「起きなさい、パトラ」

「……うっ」


 目を開けたパトラは、天井から刺す光の刺激に軽くうめいた。


 そしてパトラは、ここがガーランの研究施設の一室であることを思い出した。


 ガーランの研究施設はカナート城の地下にあり、日夜、様々な実験や研究開発が行われている。


 パトラは前日、ガーランに呼び出されて軽い診察を受けた後、睡眠薬を投与されて眠りについた。


 そして目が覚めた今、パトラは実験室の中央にある診察台に横たわっていた。


 診察台の横にある器具は、大量の血で汚れている。パトラはこの血が自分のものであることをすぐに察した。


(……実験室というよりも、手術室だな)


 大量の血におののくよりも、先にパトラの頭に浮かんだことは、そんな他愛もないことだった。


 すると頭上から、拍手の音が聞こえた。


「おめでとう、パトラ。改造手術は無事成功です。いやいや、久しぶりの成功で私も嬉しいです。このところ粗悪な被験者ばかりで、辟易していたのですよ」

「そう……ですか」

「ほほう、意識もしっかりあるようですね。さすがは元白耀騎。これは大成功と言って良いでしょうな」

「……大成功?」

「そうですとも。術後に自我を保ち、このように普通に会話できるのは初めてのことです。これは貴女の女神の奇跡の力の大きさ、あるいは既に強化改造済みだったせいか……少なくとも、オルリックから拾ってきた雑魚とは大違いですな。いやはや、年甲斐もなく、興奮してしまいました。これなら、そのまま貴女を隊長として任務に就かせることもできそうですね」

「はあ……ところで、元とは?」

「ええ、そうです。貴女は今日から白耀騎ではなく、黒曜騎に配属です。実戦部隊のほうのね」

「……なるほど。了解した」


 パトラは前回の任務失敗の責任を取るため、ガーランの実験台となることを了承した。


 最初の改造実験で、パトラは体の数カ所に魔硝石を埋め込まれた。それによって、パトラの身体能力と女神の奇跡の力は著しく増大した。


 改造後に参加したオルリックへの侵攻作戦でもパトラは武勲を上げ、改造成果を証明してみせた。


 しかし、能力向上の一方で、しばしば体に不調が出るようにもなった。


 三日ほど活動すると、その翌日は疲労で体が動かなくなった。

 やがてその間隔は短くなっていき、ついには動ける時間が一日ももたなくなった。


 そのことをガーランに報告したパトラは、ガーランによる精密検査の後、追加の改造手術を受けることになったのだった。


(まさか、黒曜騎のバルダーに乗るための手術になるとは思わなかった……だが、これも友達のため……)


 パトラの思考はそこで止まった。

 

(友達?……誰のことだ?)


 パトラはそれ以上、何も思い出すことができなかった。

 そもそも、自分が何の任務を行い、何に失敗したのかすら思い出せなかった。


 それは、改造手術による後遺症だった。

 パトラに残ったのは、戦闘兵としての意義と、カナート王国への忠誠だけだった。


 任務失敗の汚名は、次の任務の成功で雪がなければならない。


 それがたとえ、あの黒曜騎のバルダーに乗ることになったとしても。


「……ガーラン殿。アタシのバルダーは?」

「ええ。すぐに準備しましょう。バルダーが無ければ、もう一人で歩くこともできませんからね」


 パトラは頭を持ち上げ、視線を自分の体に向けた。


 裸の体にかけられた薄布のカーブは、豊かな胸を強調すると同時に、肘から下と、膝から下の部位が無いことを示していた。



 レオを砦に帰した後、啓達は砦からそこそこ離れた場所にトータス号を着陸させ、コノハの姿隠しでトータス号を隠蔽した。


 それから啓は、ミトラの愛機であるノイエ・ルージュに乗り、トータス号から出撃した。

 目的はカナート軍の後方に控えている黒いバルダー、黒曜騎の殲滅である。


 そんなわけで啓は今、ミトラの能力によって空を飛び、上空から黒曜騎に接近しているのだが、ノイエ・ルージュの中では、ミトラがブツブツと文句を言っていた。


「全く……あたしのルージュなのに……あたしに操縦させてくれないなんて……」


 現在、ノイエ・ルージュの操縦権限を持っているのは啓である。

 もちろん、バルダーのエンジンとも言える魔動連結器に接続しているのもバル子だ。


 ミトラと愛鳥のノイエはサポートとして同乗し、飛行能力だけを展開している。それがミトラの不満の原因だった。


「ミトラは病み上がりなんだから仕方ないだろ。それにまた暴走したら大変じゃないか。頼むから飛行にだけ集中してくれ」

「大丈夫だもん。そんな簡単に暴走しないもん」

「まあ、いざという時には操縦を代わってもらうかもしれないけどな。ルージュはミトラのバルダーだし、操縦には慣れているだろうから……」

「でしょ?なんなら今すぐでもいいよ!」

「大丈夫ですよ、ミトラ様。ノイエ・ルージュの基本設計はご主人のバルバロッサを参考に作られておりますので、バル子も操作にそれほど違和感を感じません」

「バル子ちゃん、優秀すぎるよ……ううっ……」

「ミトラ、おしゃべりはそこまでだ。見てくれ」


 地上に見える黒曜騎のバルダーは七機。バーボック砦に進軍する列には加わらず、北東側、つまり啓がいる方角に向かって陣形を組み始めている。


「どうやら向こうにも視認されたらしい。あわよくば奇襲を、と思っていたが流石に甘かったか」

「敵も馬鹿じゃないってことね」

「真っ赤な機体は目立つしな」

「ん?今、ルージュの悪口を言った?言ったよね!」

「気のせいだよ。それに赤い機体ってのは昔から部隊の隊長だったり、三倍強いとか言われてるんだ」

「そんなの聞いたことないんだけど、一体どこで言われてるのよ」

「ご主人、攻撃、来ます!」


 バル子の警戒を知らせる声で、啓とミトラは無駄口を閉じて身構えた。

 まだ敵との距離はまだ遠く、こちらは空にいる。つまり、敵は遠距離攻撃を開始したということだ。


 啓はノイエ・ルージュに標準搭載されている大金槌をノイエ・ルージュの右手に構えさせた。

 ちなみに大金槌は、ミトラ個人の得意な武器でもある。


「バル子、チャコ、準備はいいか」

「ニャッ」

「ピュイッ」


 啓は半円状の盾をノイエ・ルージュの前に出現させた。盾の大きさは、ノイエ・ルージュの全長をカバーするのに十分な大きさだ。


 同時に、淡く金色に光る半透明の盾の向こうで、黒曜騎小隊から発射された大量の爆砲を視認した。


 二発の爆砲が盾にヒットしたが、盾に弾かれて失速し、落下していく。


「命中精度はまあまあってところだが、貫通しなければ問題ない。よし、ミトラ、そのまま敵に向かって接近してくれ」

「分かった!」


 ノイエ・ルージュは地表の黒曜騎小隊に向けて、一直線に滑空した。


 黒曜騎から続けて爆砲が放たれたが、再び啓の盾でガードする。

 やがて最も近い黒曜騎の一機を、啓の射程にとらえた。


「喰らえっ!」


 啓はノイエ・ルージュの左手に光る槍を具現化した。盾はバル子の能力由来だが、槍はオオハチドリのチャコの能力によるものだ。


 まるで放電しているようにバチバチと光を弾ませた槍が、黒いバルダーに向かって投擲された。

 槍を投げたノイエ・ルージュは再び上昇していく。


 金属同士が衝突するような音が周囲に響いた。

 槍は、黒いバルダーの胴体の中心を正確に貫き、地面に刺さった。

 

 槍が消え、支えを失ったバルダーが地面に倒れる。


「まず一機……それにしても、この黒いバルダーはやっぱり小さいよな……」

「ほんとだねえ。操縦者はどうやって乗ってるのかしら」


 黒曜騎のバルダーは、通常の戦闘用バルダーよりもサイズが二回りは小さい。

 さらに、コクピットのある胴体は小ぶりで、面積も厚みも少ない。ミトラの疑問はもっともだった。


 しかし啓はその理由をなんとなく分かっている。

 啓は一度黒曜騎と戦い、破損した胴体からコクピット内を見たことがあるからだ。


 操縦者はその機体に合うように、いや、同化するように体を改造され、乗せられているということを。


「……だからこそ、早く解放してやらないとな」

「……ケイ。顔、怖いよ?」

「え、ああ、ごめん」


 啓は無意識に、怒りが顔に出てしまっていた。

 命を弄ぶような所業を、啓は心から嫌悪していた。


「ミトラ、残りも倒すぞ」

「任せて。こっちは飛べるんだから楽勝……あれ?」


 突然、ガクガクとノイエ・ルージュが揺れ出した。


「あれ?あれれ?飛べない?」

「ミトラ、どうした!」

「飛行能力が効かないの!」


 制御を失い、失速したノイエ・ルージュは、地表に向かって墜落し始めた。


「いやああああああああ!」

「うをををっ!」


 自由落下の気持ち悪さと、墜落への恐怖がミトラの全身を駆け巡った。


 啓も一瞬動揺したが、不幸中の幸いなことに、啓にとってこの状況は「既に経験済みのこと」だった。


 なにしろ啓はつい先日、クレバスに落ちたばかりなのだ。


 すぐに冷静さを取り戻した啓は、バル子をグッと抱き抱えた。


「バル子、力は使えるか?」

「もちろんです、ご主人。バル子とご主人の愛の力は消えたりしませ……」

「よし、やるぞ!」


 啓はイメージを膨らませ、それをバル子に共有した。啓とパスが繋がっているバル子は、啓のイメージ通りに、空中に盾を構築していく。


 ノイエルージュの背中に何か硬いものが当たったような、軽い衝撃を受けた。


 その後、ノイエ・ルージュは、真下ではなく、斜め前方に向かって飛んでいった。


 正確には、飛んでいるのではなく、滑っていた。


パパパパ……と、ノイエ・ルージュの進行方向に向かって次々と盾が形成されていく。


 啓とバル子は、平らな盾を組み合わせて、大きな傾斜付きの路を作っているのだ。


 啓はスキーのジャンプ競技の着地点をイメージし、バルコに共有した。

 そのイメージ通りにバル子が組み上げ、ノイエ・ルージュを急斜面で拾いあげた。


 あとは斜面を緩やかに水平にしていくことで、自由落下エネルギーを斜面を滑る運動エネルギーに変換し、墜落を阻止したのだった。


 急ごしらえの滑り台を楽しんだ(?)啓とミトラは、停止した機体の中で一息ついた。


「……死ぬかと思ったわ。ありがとう、ケイ、それにバル子ちゃん」

「ああ、助かったよ、バル子」

「いえいえ、お礼はこのままご主人がギュッと抱いてくれているだけで構いませんよ」

「それは操縦しにくくなるので却下だ」

「そんなぁ……ご主人、意地悪です」

「それよりも、ミトラ、大丈夫か?また調子が悪くなったんだろ?暴走の気配はないか?」

「それが……」


 ミトラは頭を軽く振り、何ともないことをアピールした。


「体は何ともないの。ノイエもそうでしょ?」

「何ともない、ガアッ!」

「ただね、こう……能力を使おうとすると、モヤがかかったみたいに、うまくいかないというか……」

「それってやっぱり不調なんじゃないのか?」

「違う。絶対に違うんだよ!」

「ご主人、ミトラ様の仰っていることに間違いはないと思います」


 膝の上のバル子が、顔だけクルッと啓に向けた。

 

「バル子も何かモヤのようなものを感じます……

おそらく、何かしらの攻撃をされているものと思われます」

「攻撃?今もか?」


 墜落しかけたせいもあって、現在、ノイエ・ルージュは敵から少し離れた場所にいる。

 のんびりできるほどの距離はないだろうが、今は爆砲で攻撃されている様子もない。


「おそらく、先ほど敵に接近した時に仕掛けられたのでしょう。女神の奇跡の力による、持続型の攻撃の可能性も……」

「分かった!分かったよ!」


 突然、ミトラが大声を上げた。


「グレースとかいう奴が持ってた杖と同じ!能力を使えなくするやつだよ!」

「そうか、確かオルリックの第一王子がやられたのも、能力が使えなくなったせいだったな」


 鉄壁の異名を持つアイゼン第一王子が敵の攻撃を受けて重傷を負った話は、啓達も伝え聞いている。

 その時に現れた敵も、黒い小柄のバルダーであったということも。


「どうやら繋がったな。あの黒いバルダーはただ強いだけじゃない。相手の女神の奇跡の力を封じ込める力を使う奴がいるんだ」

「でも……ケイは何で平気なの?」


 ミトラは能力が使えなくなっているが、啓は普通に能力を使い、盾の滑り台を作り出した。

 啓自身も、能力の発動に不都合を感じていなかった。


「それは、つまり……バル子」

「はい、ご主人もバル子も敵の攻撃……妨害を受けております。ですが、妨害よりもご主人の出力の方が強く、妨害しきれていないようです」

「……と、いうことらしい」

「ふーん。ケイは何も感じてないんだ。鈍感なのは女心だけじゃなかったのね」

「何か言ったか?」

「なんでもないよーだ……っと、やっぱり駄目だ。あたしの能力、全然出せないよ」


 ミトラはなんとか能力が出せないかと奮闘してみたが、無理だった。


「ケイみたいに、出力をうんと上げて……」

「駄目だ、ミトラ。無理をしたらまた暴走するかもしれない」

「えー!それじゃあ、あたし、ただのお荷物じゃん!せっかく新しい能力も披露しようと思ったのに……」

「いいから、オレに任せて、大人しくしてろ」

「ご主人、敵が来ます!」


 バル子の言う通り、黒いバルダーが向かってきていた。その数は六機。


「残り全員で来たか。やっぱり黒いバルダーは砦の攻略よりも、こっちを優先しているみたいだな」


 奴らの狙いはミトラなのかもしれない、と啓は思ったが、ミトラを不安にさせる必要はないので、口には出さなかった。


「空を飛べなくても、負けはしない」


 啓も黒曜騎に向かってノイエ・ルージュを走らせた。



 黒曜騎は、六機のバルダーを等間隔で横一列に並べ、ノイエ・ルージュに迫ってきている。


(最終的には包囲するつもりなんだろうが……)


 啓は中央寄りの一機に狙いを定めて、突進した。


 接触まで五十メートルを切ったあたりで、再び敵から爆砲が放たれる。


 しかし啓も機体を覆うように盾を展開して、直撃コースの爆砲を全てブロックした。


 爆砲の衝撃で舞い上がった砂煙の中から、無傷のノイエ・ルージュが飛び出した。

 そしてそのまま加速し、正面にいる黒曜騎のバルダーに急接近した。


 一方、啓の正面にいた黒曜騎は動きを鈍らせていた。


 目の前にいる赤いバルダーが爆砲を躱すための動きを見せたら、その隙に攻撃を仕掛けるつもりだったのだ。


 しかし赤いバルダーは、封じ込めたはずの女神の奇跡の力を行使し、足を止めることなく向かってきた。そんな計算外の動きが、判断を遅らせた。


 啓は右手に握った大金槌を黒曜騎に向かって振るった。慌てた黒曜騎が左手でガードしようとする。

 しかし、速度の乗った重量級の金槌の一撃を防げるとは思えなかった。


 大金槌は、小柄で細身のバルダーを粉砕する……はずだった。


「えっ?」


 啓の攻撃は、盛大な空振りで終わった。

 それもそのはずで、大金槌がノイエ・ルージュの手から消えていたからだ。


「今、何が……」

「ご主人!」


 直後、ノイエ・ルージュの機体が大きく揺れた。

 左側面から衝撃を受けたのだ。


「ぐっ!」

「きゃああっ!」


 ノイエ・ルージュは右側に軽く飛ばされたが、自動姿勢制御によってなんとか転倒は防いだ。


「至近距離からの爆砲か!?」

「違うよ、あれ見て!」


 敵のバルダーの右手には、ノイエ・ルージュの大金槌が握られていた。


「今の、まさか……」


 再び敵のバルダーが大金槌を振るう。細腕ながらも軽々と大金槌を振るえるほど、出力は高いようだ。


 啓は素早く盾と槍を具現化し、金槌の攻撃を受け止めた。

 衝撃で一歩後退したが、踏みとどまると同時に、槍先を黒曜騎に向けて一閃した。


 槍先は、黒曜騎の胴部外装に亀裂を入れた。

 外装が剥がれ落ち、操縦席があらわになる。


「やっぱり、お前は……あの時の……」


 左手で触った物質を収納し、収納した物質を右手から取り出すことができる能力を持つ女。


 蜂に刺されて重症となったグレースを助けるために啓と取引を行い、二度と敵対しないと約束をして去ったその女の顔を、啓は忘れていなかった。


「……パトラ、なぜ……」


 操縦席にいたのは、まるで機械人形のように無表情のパトラだった。


敵の中にパトラかいることを知ってしまった啓とミトラ。

黒曜騎となったパトラを倒すべきか苦悩します。


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よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 そう言えば向こうは『R-Typ○』世界の狂気の科学者連中みたく、普通に非人道なこと(詳しくはR-ty○eシリーズの自機設定を色々調べて貰えれば…)もやって来てましたね…某サンボル…
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