123 バーボック砦の戦い
啓一行は、バーボック砦の上空を飛ぶトータス号の中から、砦の兵士達が戦いの準備をしている様子を見ていた。
砦の前では慌ただしく動き回る兵士達と、砦前に並べられた数十機のバルダーや、遠距離砲撃用の武器を積載した自走車が出撃待機している。
一方、砦から西の方角では、アスラ連合のものとは異なる形状のバルダーの大群が陣を張っていた。
トータス号を操縦しているミトラは、大声で啓を呼んだ。
「ちょっと、ケイ!どーするのよ!このまま着陸していいの!?」
啓はサリー、アーシャ、シャトンと一緒に操縦席に戻った。もちろん、愛猫であるバル子とカンティークも一緒についてきている。
「ミトラ、着陸は待ってくれ。こんな所でトータス号が姿を見せたら、砦の兵からも敵だと思われて攻撃されるかもしれない」
現在、トータス号はオオコノハズクのコノハの能力を開放して、丸ごと姿を消している。
もしも臨戦態勢下にある砦のそばに、得体のしれない大きな倉庫が突然現れたら、敵と間違われて攻撃されても仕方ないだろう。
「いやー、さすがは砦の兵士達だ。俺がいなくてもしっかり動いてるな。まあ、俺は元々、臨時の司令官だけどな」
レオは操縦席の窓から地上の様子を眺めて、砦の兵士達の対応にウンウンと頷いている。
「レオ、感心するのはいいが、これは一体どうなっているんだ?どんな状況なんだ?」
「俺だって、カナート軍が攻めてくる理由なんて分からねえよ」
俺に聞くな、とレオがこぼす。
「レオ殿、そもそもあの敵軍は、カナート軍で間違いないのか?」
サリーはもっともな疑問を投げかけた。
アスラ連合国とカナート王国は現在、同盟関係にある。そのため、相互不侵攻の取り決めがされているのだ。
だからサリーは、砦を攻めようとしている軍勢がカナート軍だとは限らないのではないか、とサリーは暗に言っているのだ。
しかしレオは首を振った。
「この領地の西側は山脈を挟んで、カナート王国と隣接している。その西側から来た敵なら、カナート以外にあり得ねえだろ」
「それはそうかもしれんが……」
サリーには協定を破ってまで、わざわざ辺境の砦を攻める理由を見いだせなかった。
もっとも、二国間の事情にそれほど詳しいわけでも無いが。
「それによ、あのバルダーは、間違いなくカナートのバルダーだ。あの黒い奴には見覚えがある」
「黒いバルダーだと?」
サリーは改めてカナート軍に目を向けた。
そして息をヒュッと飲んだ。
「啓……あの時の黒いバルダーがいる」
「あの時?」
「フェリテを襲撃したバルダーだよ」
「あの時のか!」
アスラ軍がユスティールを襲撃した時、三機の黒い小型バルダーが啓が経営する猫カフェ・フェリテを襲撃した。
その時、フェリテを守ろうとしたシャトンは孤軍奮闘したものの、黒いバルダーに一蹴され、命を落としかけたのだ。
「……なあ、レオ。あの黒いバルダーは何なんだ?」
「……アスラ軍がオルリックを攻める時に、カナートから共闘要請があってよ。その時に派遣されたのがあの黒いバルダーだ。アスラ連合の領地を通した時に俺も間近で見たんだが、薄気味悪いバルダーだったぜ。おまけにやたらと魔硝石の反応が強くてよ。思わず吐き気がしたぜ」
「そうか。レオには魔硝石の感知能力があるんだったな」
レオの能力は、魔硝石の発するエネルギーを検知し、その特性を理解できることだ。
検知能力は、魔硝石のエネルギーの大小を判定したり、索敵にも利用できる。
方向を絞れば、かなり遠くの対象も検知することができる。
猫のドローン部隊の接近にいち早く気づけたのも、バル子の実体が魔硝石であることを見抜いたのもそのためだった。
「ケイの旦那、とりあえず俺は砦の加勢に行く。すまねえが近場で降ろしてくれねえか。旦那達はここから一旦離れて、戦いが終わるのを待っててくれ」
レオはそう提案したが、啓はその提案を却下した。サリー達も啓の答えに頷いている。
「いや、オレ達も参戦する」
「はあ?旦那達には関係のねえ戦いだろう?それとも砦の兵だけじゃ頼りねえってか?」
「そんなことは言ってない。正面の戦いはレオとバーボック砦の兵に任せる。オレ達が用があるのはあの黒いバルダーだ」
黒いバルダーはシャトンを襲っただけでなく、猫カフェ・フェリテを半壊させた。
そして倒した黒いバルダーの中にいたのは、かつてオルリック軍の保安部隊に所属していたメリオール隊長だった。
メリオールはかつて啓に決闘をふっかけ、返り討ちにされたオルリック王国の貴族だった男だ。
その後、メリオールは王都に帰還し、カナート軍の侵攻部隊と戦ったと聞いていたが、アスラ軍によるユスティール侵攻の際、例の黒いバルダーに乗っていたのもメリオールだった。
その時のメリオールは、顔や胸に魔硝石を埋め込まれるという人体改造を受けた状態だった。
啓達は、メリオールが敵の捕虜になった後、改造手術を受けて黒いバルダーに乗せられたのではないか、と推測している。
ならば今いる黒いバルダーにも、同じような被害者がいるのかもしれない。
人の命を弄ぶ非道な扱いに、啓は怒りを覚えていた。助けられずとも、解放してやるべきだとも。
「……そんなわけで、黒いバルダーには、きっと例の組織と、ガーラン元所長に繋がる手がかりもあると思うんだ」
「なるほど、そういうことかい」
「あの黒いバルダーはかなりの強敵だ。砦の兵達では手に余るだろう。私達が手を貸すのは悪い話ではないと思うぞ」
啓の話をサリーが後押しする。
「そういうことなら、俺から協力をお願いしなきゃならん話だな。ケイ、それに姫さん。頼めるか」
「ああ。任せろ」
「ですがご主人、バルダーがありませんが、どうするのですか?」
「……あっ」
バル子のツッコミで、啓はバルダーを谷底に捨ててきたことを思い出した。
頭を抱えた啓に、ミトラが助け舟を出す。
「まったく、ケイは……私のノイエ・ルージュを使いなよ」
「ミトラ……いいのか?」
「ええ。でも条件があるわよ」
「……想像はつくよ」
「あたしのルージュも二人乗り。もう分かるわよね?」
◇
アスラ領に侵攻したカナート軍に、戦いの号令がかけられた。
司令官の号令に従い、約二百機のバルダーが、バーボック砦に向けて進軍を開始する。
侵攻軍の司令官は、部隊の最後方から指示を出しているが、さらにその後方には七機の黒いバルダーが控えている。
その黒いバルダーは司令官の進軍指示にも関わらず、一切動こうとはしなかった。
なぜなら、侵攻軍の司令官には、黒いバルダー小隊に対する指揮権が無かったからだ。
そして侵攻軍司令官ではない声が、黒曜騎小隊に指示を出す。
『小隊はそのまま待機せよ』
その指示を出したのは、黒曜騎小隊の隊長だ。
黒曜騎小隊は今回の侵攻に同行しているものの、独立して動く権限を持っている。
軍隊に同行している以上、黒曜騎小隊は任務の「ひとつ」として、バーボック砦攻略の後詰めを命じられているが、黒曜騎の主目的は砦攻略ではない。
そもそも、砦の攻略、ひいては同盟国へ攻撃を仕掛けること自体が陽動なのだから。
黒曜騎小隊の真の任務は「魔硝石の力を吸い出す能力者」を見つけ、捕まえること。
つまり、ミトラの捕縛だった。
カナート王国の(事実上の)国王であるイザークは、「ユスティールの至宝」と呼ばれる巨大魔硝石を手に入れた。
ユスティールの至宝が持つエネルギーを自由に使うことができれば、世界をひっくり返せるほどの力が手に入る可能性が高い。
にも関わらず、イザークは未だにその力を活用できていない。
その理由は、魔硝石に特殊なプロテクトが掛けられているためだ。
なお、プロテクトを掛けたのはオルリックの至宝を作ったオルリック王国の建国王本人だが、そのことはイザークも知らない。
ただ、普通に使用できないという事実だけが存在していた。
そこでイザークは、魔硝石から直接エネルギーを吸収することができるミトラに目をつけた。
アスラ連合に潜入している間者からの報告で、ミトラとその一行がバーボック砦付近にいることを掴んだイザークは、砦への派兵を決定した。
もちろん同盟国への攻撃が何を意味するか、理解していないイザークではない。
しかしイザークにとっては、ミトラを手に入れることができれば、同盟破棄などたいしたことではなかった。
カナート軍がバーボック砦へ侵攻することで、ミトラの一行は何かしらの行動を起こすかもしれない。
先にカナート軍がバーボック砦を陥落させれば、砦でミトラ達を待ち受けることもできるし、砦にミトラが現れずとも、次の行動を起こすための拠点としても利用できる。
そう考えての派兵だった。
まもなくカナート軍とバーボック砦のアスラ軍が戦端を開くだろう。
そのままカナート軍が砦を制圧すれば、黒曜騎の出番は無いかもしれない。
そう黒曜騎の小隊長は考えたが、それは杞憂に終わった。
北東の上空に、赤いバルダーの姿を捉えたからだ。
自由に空を飛ぶことができるバルダーはいまだに発明されていない。
それができるのは、女神の奇跡の力で飛行能力を得たと言われているただ一人の人物、ミトラだけだ。
そして間者からの報告通り、その機体は赤色。
ミトラに間違い無かった。
『全機、あの赤いバルダーに向かえ。バルダーを落とし、操縦者を捕えよ』
黒曜騎小隊隊長のパトラは、そう部隊に命じた。
パトラ、久々の登場。
黒曜騎小隊隊長となって帰ってきました。
次話もすぐに投稿します。
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