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122 レオの話 その4

122 レオの話 その4


– 約30年前、オルリック王立研究所……後に「堕ち子再来事件」と言われる日 –


 それは、突然の轟音から始まった。

 王立研究所の一角で大きな爆発が発生したのだ。


 研究所の副所長であるイランドは、すぐに当該区画へと向かった。場所は研究所の地下にあるオルドリッドの研究室だ。


 開け放たれた扉からオルドリッドの研究室に入ったイランドは、その凄惨な現場に絶句した。


 爆発は部屋の中で起きたのだろう。研究機材は吹き飛び、壁も破壊されていた。


 床にはガラクタと一緒に、研究員達も倒れている。

 中には体の損傷が酷く、既に事切れていると思われる研究員もいた。


「これは……ひどい……」


 とにかく医療班を呼ぼうと踵を返しかけたところで、イランドはか細い声に呼び止められた。


「……長……副所長……」


 額から血を流して足を引き摺りながら、一人の男がイランドの方へ近づいてきた。

 オルドリッドの研究室で働いている若い職員だ。


「おい、大丈夫か!何があった!」

「オルドリッドさんが……突然……研究室をめちゃくちゃに……」

「オルドリッドが?部屋の中で爆砲でも撃ったのか?」

「それは……その……」


 研究員は目を伏せた。


(何かを知っているが、言えないってか……)


 イランドは若い研究員の胸ぐらを掴んだ。

 怪我人だと分かってはいるが、今は少しでも情報を手に入れる必要があった。

 

「オルドリッドが何をしたのか、はっきりと言え!このままだとお前ら全員、共犯だぞ!」


 脅迫が効いたのか、若い研究員は話し始めた。


「……昨日の夜、オルドリッドさんが城の事情聴取から戻って来たんです。その時のオルドリッドさんの様子は少しおかしくて、ものすごく腹を立てているようにも見えました」

「それで?」

「オルドリッドさんはガーランさんを呼んで、奥の実験室に入っていきました。私は残りの仕事をした後、先に帰りましたが……今日、私が出勤すると、まだ奥の実験室は使用中になっていて……」

「奥の研究室……」


 イランドは視線を部屋の北側に向けた。

 そこには、内側から破壊されたと思われる扉の残骸があった。


「午前中が過ぎても、オルドリッドさん達は出てきませんでした。でも午後になって、いきなり奥の研究室の中で爆発したような轟音が響いて……研究室の扉が吹き飛びました……驚いていると、中からオルドリッドさんが出てきて……」


 若い研究員は全身を震わせながら、続けた。


「……オルドリッドさんは上半身裸で……胸元に大きな魔硝石を埋め込んでいました」


 その後、イランドは若い研究員から手短に話を聞き出した。


 分かったことは、オルドリッドの研究室で働いていた研究員のほぼ全員が、魔硝石を人体に埋め込む実験に加担していたことや、実験は未完成ながらも、能力向上の成果が確認できていたことだ。


 そしてオルドリッドは王城から戻った後、自らを被験体にして実験を行ったらしいということだ。


 実験体にする罪人の調達ができなくなったせいか、あるいは王城で何かあったのかは分からないが、自らを改造したことは間違いなかった。


「……魔硝石の移植実験によって、能力が向上することは確かです。ただ、実験体は精神的にも肉体的にも不安定になり、時には死亡することがあり……オルドリッドさんは、元々の能力の高さと、強い精神力があれば克服できると考えていたようですが……」

「結局、オルドリッドも克服できずに、飲まれたわけか」


 暴走したオルドリッドは、研究室で大暴れをした後、姿をくらませたとのことだった。


「俺がここに来るまで、オルドリッドに出会うことはなかった。奴は何処に消えたんだ?」

「それは……分かりません。私も意識を失っていたようで……」


 若い研究員はうなだれて答えた。


「外に出ていないならば、まだ中にいるってことだろう?」


 そう考えたオルドリッドは、奥の研究室へと向かった。



 奥の研究室は、かつてイランドも何度か足を運んだことがあった。


 現在こそ研究室として利用されているが、オルドリッドがこの場所を貸与される前は、研究所の備品置き場だったからだ。


 しかし今は備品置き場の面影はなく、中央には大人が寝られるサイズの実験台が置かれ、壁側には様々な機材や薬品が並べられている。

 もっとも、正確に言えば「並べられていただろう」となるが。


 ここもオルドリッドが暴れたせいだろう。

 機材は破壊され、薬品の瓶は割れて床に散乱していた。


 散々な状況ではあったが、それ以上に目を引くものがあった。


 研究室のさらに奥に、別の扉を発見したのだ。

 少なくともイランドの記憶には無い扉だった。


「オルドリッドの奴、勝手に隠し部屋を作りやがったのか?」


 イランドはその不審な扉の前に立ち、取っ手を引いた、


 隠し部屋の扉に鍵はかかっていなかった。

 イランドがゆっくり扉を開けると、扉の向こうからは埃っぽい風が入ってきた。


 開いた扉の先は、まるで坑道のような通路になっていた。坑道の壁は舗装されておらず、むき出しの土のままだった。


「おいおい……これはまるで……」

「秘密の抜け道みたいね」

「モリア!?」


 背後から聞こえた良く知る声に、イランドが慌てて振り向くと、そこには興味津々で扉の先を覗き込むモリアがいた。


「おい、モリア、なぜ……」

「心配だからついてきちゃった」


 無邪気な笑顔を浮かべるモリアに、イランドは溜息を吐いた。


「……この先もついてくる気か?」

「ええ、もちろん。オルドリッドが暴走しているのでしょう?貴方一人では危ないわよ」


 そう言うとモリアは、イランドに小さな杖を手渡した。


「はい、貴方の武器。持ってきたほうがいいと思って」


 小さな杖の正体は、イランドが自分専用に作った魔動武器である。


 イランドの能力は、女神の奇跡の力を


 杖は、イランドが込めた女神の奇跡の力に呼応して、杖の先から砲撃を放つことができるという代物だ。


 なお、込める力によっては、軽く小石を投げる程度から、バルダーが放つ爆砲に匹敵するほどの威力を出すことも可能だ。


 女神の奇跡の力を物理的な力として放出するという、イランドの能力を拡張することができるものだった。


「こいつに頼るようなことが無けりゃいいんだがな」

「いざという時には私が守ってあげるわ」


 幸い、坑道は無人のようで、モリアが力を使っても人に見られることは無いだろう。


 そんな打算が最悪の事態を迎えるとは、この時のイランドには知る由もなかった。



 坑道を進んでいくと、やがて開けた空間に出た。

 坑道とは違い、壁は舗装されており、等間隔で明かりも灯されている。

 まるで普段から使用しているような小綺麗さもある地下通路だった。


 そしてイランドは、もうひとつ気づいたことがあった。


「なあ、モリア。ここってもしかして、王城の地下じゃないか?」

「そうなの?」

「……そう言えばモリアは方向音痴だったな」


 進んだ方向と距離から、イランドはここが城の敷地の地下だと踏んでいた。

 舗装された壁や照明まである地下通路が城の地下にあるということは、当然、城内にも出入り口があるだろうと推測した。


「もしかして、オルドリッドはこの通路を使って、罪人を調達していたんじゃないか?」

「だとすると、王城の中にも、共犯者がいるってこと?」

「かもしれないな。だが……話は後だ」


 イランドはモリアに止まるよう、目で合図した。

 通路の先に、うずくまっている人間を見つけたからだ。


(あれは……オルドリッド……なのか?)


 体格や背格好を見る限りではオルドリッドに見えるが、肌の色が真っ赤に変色していた。

 そして裸の上半身からは、湯気のようなものが発生している。

 その胸には、大きな赤い魔硝石が埋め込まれていた。

 

 イランドは直感で、オルドリッドの体の変化が魔硝石に体を蝕まれたせいだと確信した。


(どうする……このまま近づいてみるか?)


 その躊躇はほんの数秒だったが、オルドリッドがイランド達の気配に気づくには十分な時間だった。


 オルドリッドは立ち上がると、人が発したとは思えない叫び声を上げた。


 地下通路の空気を震わす声に、イランドは背筋を凍らせた。

 そのため、対処が一瞬遅れた。


 オルドリッドは人間離れした跳躍でイランドに迫り、右拳を突き出した。


 直撃していれば、イランドの首から上は無くなっていただろう。

 しかし、その拳はイランドの顔の手前で停止していた。

 モリアが女神の奇跡の力を使い、念動力でイランドの拳を押し返したのだ。


 拳を止められたオルドリッドは後ろに大きく飛び、距離を取った。


「すまない。助かった、モリア」

「ね、役に立ったでしょ?」


 モリアは笑顔でウインクしたが、長い付き合いのイランドは、その笑顔がかなり無理をしているものだと感じ取っていた。

 今の一撃を止めるために、かなりの力を使ったのだろう。それほどまでに、オルドリッドの攻撃力が大きかったことを物語っていた。


 そして、オルドリッドが正気を失っていることも。


「同僚だから助けてやりたかったが、ここで倒すしか無いな。こいつを外に出すわけにはいかん」


 イランドは完全に腹を決め、杖を構えた。


 オルドリッドは咆哮と共に、再びイランド達に襲いかかる。

 それをモリアが念動力で食い止め、イランドが杖で砲撃する。

 しかしオルドリッドは、人並み外れた運動性能でそれを避ける。


 しばらくは一進一退の攻防が続いたが、ついにモリアが膝をついた。力を使いすぎた反動だった。


 足を止めたモリアにオルドリッドは急迫し、モリアを横蹴りで吹っ飛ばした。


「モリア!」


 イランドがオルドリッドの背を追いかける。

 しかしオルドリッドの方が早かった。


 オルドリッドは、腹を押さえて地面に横たわるモリアに追撃を加えようとしていた。


「グオァ!」


 悲鳴を上げたのはオルドリッドだった。

 オルドリッドの頭は炎に包まれていた。


 それは、モリアが他者から吸収して身につけた、火球を生み出す女神の奇跡の技だった。


 熱さと呼吸困難で苦み暴れるオルドリッドに、イランドは杖の先を向け、そして砲撃を放った。


 杖から放たれた魔力の砲弾が、オルドリッドの右足を吹き飛ばした。オルドリッドは地面に倒れた。


「モリア、大丈夫か!?」

「……ええ、ちょっと痛いけれど、間に合ったから……いたた」


 モリアはオルドリッドに蹴飛ばされる直前、念動力で衝撃を緩和し、致命傷は避けていた。


「そうか……あと少し辛抱してくれ」


 オルドリッドは足を失って動けない。

 今なら捕縛して連れて帰れるかもしれない。抵抗された時は殺せばいい。


 そう考えて、イランドはオルドリッドの倒れている場所に目を向いた。


 しかしそこに転がっているはずのオルドリッドはいなかった。


「イランド!」


 モリアが叫ぶ。しかし遅かった。


 オルドリッドは「駆け抜けざま」に、素手でイランドの左脇腹を抉りとった。


 血を吐きながら、イランドは地面に崩れ落ちた。

 イランドは激痛の中で、致命的なミスを悔いていた。


「忘れていた……オルドリッドの能力は……自己再生だった……だからこそ、か……」


 オルドリッドの右足は、完全に復元していた。


 オルドリッドの持つ女神の奇跡の能力は自己再生。

 他者の傷こそ治せないが、オルドリッド自身であれば、ちぎれた腕や足も再生できると聞いたことがある。


 しかし異常なまでの再生スピードは、やはり魔硝石の移植によるものだろう。


 オルドリッドが自分自身にリスクの高い魔硝石の移植実験を行なったのも、この自己再生能力があるからこそだった。


「精神までは治せなかったようだがな……クソッ!」


 気を抜いたら気絶しそうな痛みに耐えながら、イランドは立ちあがろうとした。しかしその意思は足まで伝わらなかった。


 かろうじて留めた意識で杖を握ったものの、戦力としては役に立ちそうになかった。


 掠れる視界の先で、オルドリッドが次の攻撃のために身構えていた。


(モリアの足手纏いになるくらいなら……)


イランドがやるべきことは一つだった。


「モリア、俺を囮にして……」


 その先をイランドは言えなかった。

 モリアの唇が、イランドの口を塞いだからだ。


「……モリア?」

「イランド。貴方は私が守る。だからイランド……」


 モリアは立ちあがり、イランドの前に立った。


「後のことは、よろしく。ごめんね!」

「モリア、何を……」


 イランドが尋ねている途中で、モリアは前に伸ばした右手から火球を放った。


 その火球は飛びかかってきたオルドリッドにカウンターヒットし、オルドリッドは苦悶の声を上げる。


 そのままモリアは手を休めず、使える術を次々と行使した。

 氷の礫を飛ばし、念動力で石を落とし、他にも様々な攻撃を繰り出してオルドリッドを翻弄した。中には、イランドが知らない技もあった。


 気がつけば、オルドリッドは袋小路の壁際まで追い込まれていた。

 モリアは具現化した四本の刃でオルドリッドの四肢を貫き、壁に磔にした。


 手足を自由にしようとオルドリッドがもがく。そこにモリアがゆっくりと近づいていく。


 女神の奇跡の技を使いすぎたせいで、モリアの足元はふらついていた。


 何とかオルドリッドの所まで辿り着いたモリアは、両手の掌でオルドリッドの体に触れた。


「モリア……まさか……」


 イランドは、モリアのやろうとしていることがすぐに分かった。


 体を切り刻んでも再生されるならば、その能力を使えなくすればいい。

 オルドリッドを狂わせている原因が胸に埋め込まれた魔硝石ならば、その力を奪ってしまえばいい。


 モリアはオルドリッドの体から、女神の奇跡の力の根源となるエネルギーを吸収し始めた。


 同時に、オルドリッドの右手が自由になり、モリアの首を絞めた。


「うぐっ……」


 モリアが苦悶の表情を浮かべる。しかしそれはオルドリッドも同じだった。


 モリアの吸収が早いか、オルドリッドがモリアの息の根を止めるのが早いか……命懸けの根比べは、モリアに軍配が上がった。


 オルドリッドの右手がだらんと下がった。

 赤くなっていた肌が、今度はドス黒く変色していく。そしてボロボロと崩れ始めた。

 魔硝石の移植と人体改造によって、肉体も変質してしまった影響だった。


 オルドリッドの体に嵌っていた大きな魔硝石が、肉体の消失によって地面に転がり落ちた。


「終わった……」


 イランドは安堵の息を吐き、繋ぎ止めていた意識を開放してやることにした。


 重傷で気絶した自分は、きっと妻が研究所まで運んでくれるだろう……そう思ってのことだった。


 こうして、オルドリッドの暴走事件は幕を閉じた。


 しかし、これは次の事件の始まりに過ぎなかった。


 今度はオルドリッドから力を吸収した、いや、吸収しすぎたモリアが、その力を抑えきれずに暴走を始めたのだ。


 モリアは耳をつんざく叫び声を上げながら、念動力を周囲に撒き散らし、壁や天井を破壊した。


「モリア……目を覚ましてくれ、モリア!」


 念動力の余波に当てられながらも、イランドは必死にモリアに呼びかけた。

 しかしイランドの声はモリアに届かなかった。


 ついに自分を制御できなくなったモリアは、強烈な念動力で地下道の壁に大穴をあけた。


 大穴の先から、外の光が差し込んだ。

 モリアは、大穴を抜けて、外へと駆け出していった。


「待ってくれ、モリア……行くな……」


 そこでイランドの意識は途切れた。



 その数時間後、イランドは地下の捜索に来た研究員と王都の兵士によって救出された。


 その間に王都では、突然、王城の敷地内に現れた「常軌を逸した女神の奇跡を行使する異能者」が大暴れし、多大な被害を被っていた。


 王国はこの異能者を、かつて出現した「複数の女神の奇跡を行使し、王国を危機に陥れた者」、すなわち「堕ち子」の再来と断定。


 今も王都の兵士や貴族の有志達は、堕ち子を討つために戦闘を続けていた。


 その話を聞いたイランドは、すぐに堕ち子の討伐に志願した。


 しかしイランドは重傷であり、当然ながら周囲に反対されたが、イランドはそれを押し切って王城へと向かった。


 堕ち子となってしまった妻を、自分の手で止めるために。



「……で、じっちゃんは、ついにばっちゃんと対峙した。じっちゃんは、ばっちゃんに杖を向けて、ありったけの力を込めて攻撃して、ばっちゃんを討ちとったそうだ。その時、ばっちゃんは笑ったように見えたんだってよ。きっとじっちゃんが自分を止めてくれると分かって、それを受け入れたんだろうって……おい、ケイの旦那とそこの姉ちゃん。ちゃんと聞いてんのか?」


 レオの話を聞いていた啓は、目頭を押さえて俯いていた。

 サリーも口元を手で隠して顔を背けている。


「……お前ら、泣いてんのか?」

「レオ、お前の祖父母は大変だったんだな……」

「わ、私は泣いてない……泣いてないぞ……」


 啓とサリーは割と涙もろい上、両親も祖父母も既に他界しているため、この手の話には弱かった。また、地味にレオの語りもうまかった。


 なお、他に同席している、猫カフェ「フェリテ」の店長であり、啓によってシェットランド・シープドッグが本体となったシャトン、自称・サリーの護衛で元第三王子の護衛騎士のアーシャ・リー、メカニック&研究開発担当の、元ガドウェル工房の技師ヘイストは、特に涙で頬を濡らすこと無く、平静にレオの話を聞いていた。


「で、それからイランドさんはどうなったんだ?」

「国外追放になった。その時にオレと親父も一緒に、このアスラに流れてきたんだ」


 この騒動で表沙汰になったのは、堕ち子になったモリアが起こした暴動事件だけである。


 一連の事件はオルドリッドの暴走から始まったことだが、実際にオルドリッドが暴走した現場を見たのは研究所の職員のみであり、地下での戦いを知るのはイランドだけだった。


 また、オルドリッドの体は燃えカスのように崩れて消えてしまったわけだが、それを見たのはイランドだけであり、そのことを主張しても受け入れられなかった。


「人が崩れて消えるはずはない」、「その時のイランドは重傷で意識が朦朧としていたため、信憑性に欠ける」……それが国の判断だった。


 結局オルドリッドは研究所の破壊行為の罪に問われたものの、行方不明のまま死亡扱いとなった。


 そして一番の問題である「堕ち子の再来事件」については、モリアが「何らかの理由」によって覚醒し、堕ち子になったものとされた。


 当初は、夫であるイランドが事件の関与を疑われた。

 そうでなくとも、身内が王城の敷地内で起こした事件である。

 有罪となれば、最悪、王家への反逆罪として一族全員死罪となるところだった。


 しかしイランドに不審な点は無く、証言に矛盾も見つからず、最終的にはイランドが自身の手で妻にとどめを刺したことで事態の収束に貢献したとされた。


 結局、堕ち子が出現した理由は不明のままとなった。

 そしてイランドは死罪を免れたものの、王命によって、一族全員の国外追放処分となった。


「そんな過去が……お前も大変だったんだな……」

「だから、泣くなって。ケイの旦那は涙腺が弱いんだな」


 レオは呆れ半分になったが、自分の身の上話で涙を見せる啓に悪い気はしなかった。


「しかし、30年前の事件の真相がそんな話だったとは……」


 涙の跡も乾ききっていないサリーが呟いた。


「サリーはこの事件を知っているのか?」

「無論、王国の歴史は教養として学んでいるからな。だが、事件の概要しか教わっていないし、城の禁書庫にもそれほど詳しい資料はなかったと思う」

「禁書庫を遊び場にしていたサリーでも詳しいことは知らなかったのか……意図的に情報が隠されていたのかもしれないな」

「ああ。おそらく魔硝石を使った人体実験のこともな。おそらくガーランがオルドリッドの研究を引き継いだのだろう。表向きは動物実験として、裏では……」


 啓は城の地下で実験にされていた人間達のことを、サリーは動物実験に使われ、目の前で死んだルーヴェットのことを思い出していた。


 そしてサリーは姿勢を正すと、レオに向かって頭を下げた。


「救国の恩人に、大変すまないことをした。私はまだ生まれていなかったし、当時の判断としては仕方のないことだったのかもしれない。だが、それでは私の気が済まない。お祖父様に代わって、謝罪させてほしい」

「あー、えっと……」


 当然ながら、レオは唐突なサリーの謝罪に困惑した。

 レオはしばらく中空に目を泳がせたが、ふと腑に落ちた表情で、サリーを見た。


「そうか……あんた、王女様なんだな」

「……あっ」


 レオには、サリーがオルリック王国の王女であることを伏せていたのだ。

 それを失念していたサリーは慌ててアーシャを見た。

 しかしアーシャは、もう遅いです、と言わんばかりの表情で、首を横に振った。


「いや、違うぞ、私は……」

「国王をお祖父様呼ばわりしておいて今更……だいたい、城の禁書庫なんて所に入れるのは王族ぐらいじゃないのか?」

「それは、その……」

「姫様。もう手遅れかと」

「アーシャ……」


 バツの悪そうな表情を浮かべたサリーは、自分の迂闊さを反省した。



「なるほど、王女は殺されたと聞いていたが、生きていたんだな……ああ、別に俺は追放されたことを恨んじゃいないし、王族に対してわだかまりもない。こっちで好き放題やってこれたしな」

「そう言ってくれると助かる……」

「とにかく、俺の話はこれで終わりだ。今度はそっちの番だぜ、ケイの旦那」

「ああ、そうだな。サリーの正体もバレてしまったことだし、包み隠さず話をしようか」

「ケイ、あまりいじめないでくれ……」


 啓は改めて、ここまでの経緯をレオに話した。

 ミトラが女神の奇跡の力を使えるようになったこと、研究所で行われていた動物実験、啓とサリーが研究所の地下で見た魔硝石を埋め込まれた動く死人の話、ユスティールに侵攻してきた黒いバルダーの操縦者が魔硝石で改造されていたことなど、先のレオの話に関わりそうなことについても詳らかにした。


「まさかケイの旦那も、じっちゃんと同じようなことをしていたとはなあ……」

「レオの助言のおかげでミトラを失わずに済んだんだ。礼を言うよ」


 ミトラが暴走した時、ミトラの中の魔力のバランスを元に戻すようにとレオがアドバイスしたおかげで、啓はミトラを平常に戻すことができた。


 その助言がなければ、啓は強引な止め方をして、ミトラの身体と精神を深く傷つけていたかもしれなかった。


「いやいや、力を与えることしかできなかったじっちゃんと違って、ケイの旦那は力を吸収することもできたからだ。大したもんだよ」


 レオは「じっちゃんもそれができりゃ、ばっちゃんを……」と小声で呟いていた。


「それにしても、魔硝石を使った人体実験がまだ続けられていたとはな……間違いなく、ガーランがオルドリッドの研究を引き継いだのだろうよ」

「ああ。そのガーランは例の組織とも繋がっている。先にも言ったが、オレ達はその組織を探して、潰すつもりなんだ」

「なあ、ケイの旦那。俺も連れて行ってくれねえか?」

「は?」


 唐突なレオの申し出に、思わず啓は間の抜けた声を出した。


「ガーランが引き継いだ人体実験のせいで、俺のばっちゃんは死んだ。つまり、ガーランとその組織は、俺のばっちゃんの仇でもあるわけだ。そんな連中を許しちゃおけねえ」


 レオは立ち上がり、プレゼンを続けた。


「それにオレはアスラ連合の評議員だ。俺なら評議会に掛け合って、アスラからオルリックへの侵攻を止めるように提言できる。そうすりゃケイの旦那達がこれ以上、アスラ国内で襲撃を続ける必要もなくなるだろう?ゴミ掃除ができないのは残念だけどよ」


 レオの言うゴミ掃除とは、悪評の高い領主を啓達が潰して回ったことを指していた。


「加えて、俺は魔動武器作りが得意だ。旦那達の武装の強化に役立つぜ」

「それは良いですね!」


 即、反応したのは、技術担当のヘイストだ。

 ヘイストは新しい技術に目がない。啓もガドウェル工房でのアルバイト時代は、啓が知っている技術情報を聞き出そうとしてヘイストにしつこく付きまとわれていた。


「ちょうどケイがバルバロッサを回収不能にして帰ってきたところですからね。技術者が増えるのは大変助かります」

「うっ……」


 啓には返す言葉がなかった。


「まあ、旦那達についていくのは面白そうだってのが一番の理由だけどな。そんなわけで、よろしく頼むぜ」

「……バル子はどう思う?」


 啓は、膝の上で大人しく話を聞いていたバル子に訊ねてみた。


「ご主人が良ければ、よろしいのではないでしょうか。レオ様は女性ではありませんし」

「ん?どういう意味だ?」

「これ以上、ご主人の周囲に女性が増えるのは困りますが、男性ならば構わないでしょう」

「だから、どういう意味だよ……」


 天然のジゴロには理解できなかったが、サリーとシャトンは大きく頷いていた。


「じゃあ、レオ。よろしく頼むよ」


 こうして、レオが仲間に加わることとなった。


「ではレオ殿。次の目的地だが、評議会本部がある所に向かえば良いのだろうか?」


 サリーがレオに訊ねた。

 評議会議員のレオの最初の役目は、オルリック侵攻を止めてもらうことだと考えたからだ。もちろん、その道案内はレオにしてもらう必要がある。


「レオでいいぜ。俺も姫様でなく、サリーって呼ぶからよ」

「では、レオ。目的地は……」

「ああ、評議会本部に案内するぜ。ただ、その前にバーボック砦に寄ってくれ。引き継ぎと、俺の荷物を持ってくるからよ」


 一応、レオはバーボック砦の司令官でもある。

 司令官が敵の本拠地に遊びに来た上、そのまま寝返るのもどうかと思う啓だったが、今更でもだった。


「なるほど。ケイもそれでいいだろうか?」

「ああ、もちろんだ。移動はこのままトータス号で行けばすぐに……あっ」


 トータス号は自走車の機能も備えているが、サイズが大きいので、飛んでいくほうが使い勝手が良い。しかし空を飛ぶには、飛行能力を持つミトラの操縦が必要だった。


「ミトラの体調が戻るのを待つか、あるいはいっしょ、レオ一人で戻ってもらうか……」

「あたしなら、もう大丈夫よ」

「ミトラ?」

「途中から話は聞かせてもらったわ。あたしが運転するから、砦に向かいましょう」


 半開きになった会議室の扉の横に、ミトラが立っていた。

 肩には愛鳥のノイエが乗っている。


「ミトラ、大丈夫なのか!?」

「今、大丈夫だって言ったでしょ?……えっと……みんな、心配かけて、ごめんなさい」


 そう言ってミトラは頭を下げた。


 ミトラは暴走状態から解放された後、意識を失った。

 啓がトータス号に連れ帰った後はベッドで寝かされていたが、レオが昔話をしている間に目を覚ましたとのことだった。


「あたしの中のマリョクは安定しているわ。ケイのおかげなんでしょ?ありがとね」

「ご主人、ミトラ様の中の魔力は、確かに安定しているように見えます。「マリョク」の抑揚はいつもどおり違いますが」

「まあ、バル子がそう言うなら……」

「あたし自身がそう言ってるんだから、信用しなさいよ……って、今は説得力が無いか。あはは……」


 ミトラは申し訳無さそうに頭を掻いた。

 その表情で、啓は気付いた。


(これは多分、ミトラなりの謝罪の形なんだろうな)


 皆に迷惑をかけたことを気にして、少しでも役に立ちたい、挽回したいと思っての自薦なのだと啓は思った。


「……絶対に無理はするなよ?おかしいと思ったらすぐに着陸するように」

「うん。分かった!あたしも墜落したくないしね」


 ミトラの表情がパァッと明るくなった。



 トータス号は、バーボック砦を目指して飛行を開始した。

 現在のトータス号は、オオコノハズクのコノハの能力によって、姿を消して飛行している。


 途中で砦からの攻撃を受けないように用心してのことだったが、結果的に姿を隠して行動したのは正解だったかもしれない。


 レオと啓はトータス号のデッキ(単に窓とも言うが)から砦の方角を見ていた。

 視界の先では、砦の周囲で慌ただしく動き回る兵士とバルダーが見える。

 そして、さらにその遠方に、多数のバルダーの集団が砦の方に接近してくるのが見えた。


「おいおい……これは、どういうことだよ……」

「レオ、一応言っておくが、オレ達に別働隊なんていないからな」

「ああ、分かってる。あれは……カナート軍のバルダーだ」


 バーボック砦は、カナート王国の軍勢に攻撃されようとしていた。


回想(昔話)はここまでです。

そんなわけで、レオが仲間になりました。

が、早速戦闘勃発の気配です。

敵の中には、あの女兵士も……


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 こりゃレオと初めて会った時、『堕ち子』に対してめちゃ殺意高かったのも納得な過去話でしたね。やっぱり人間、過ぎたる力を持つと終着点は破滅しかないんですかね…? >後書き あの女兵…
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