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121 レオの話 その3

121 レオの話 その3


– 約30年前、オルリック王立研究所 所長室にて –


「あれは一体どういうことですか!」

「まあまあ、落ち着きなさい、副所長……」

「落ち着いてなどいられますか!」


 所長室に駆け込んだイランドは、その勢いのまま所長に詰め寄って説明を求めた。

 なお、現在のイランドは副所長になっており、数年後には所長になると周囲から目されている。


「人体に魔硝石を埋め込んで、それを活性化させるなんて……そんなことをして体と精神が保つわけがない!」

「いや、儂も知らなかったんじゃ。まさかそんな実験を行っていたとは、オルドリッドも困った奴じゃ」

「困ったじゃ済まされませんよ!」


 オルドリッドの実験が露見したのは、オルドリッドの実験室から運び出された「焼却廃棄」と書かれていた箱が運搬中にひっくり返り、中身が出てしまったからだ。


 その中身とは、身体中に穴を空けられ、その穴に魔硝石を埋め込まれた複数の死体だった。

 

 幸か不幸か、イランドはたまたまその場に居合わせてしまった。

 イランドはすぐに死体の状態を検分し、死体の状態を調べた。

 そしてオルドリッドのしていたことを完全に理解したイランドは、そのまますぐに所長室にやってきたのだった。


「オルドリッドの奴がやっているのは、非人道的な行為です!既に何人もの人間が死んでいる!所長、今すぐに……」

「今すぐに、なんですか?」


 不意に背後からかけられた声でイランドは振り向いた。

 所長室の入り口には、渦中のオルドリッドが立っていた。


「オルドリッド……」

「イランド副所長、貴方が言おうとしていたのは、今すぐに、やめさせろ、ですか?」

「ああ、その通りだ!お前のやっていることは……」

「はあ……研究者たる者、既成概念で物事を見ては、新しい発見などできませんよ」

「なんだと……」


 イランドは魔道連結器の発明によって社会を発展させ、その後開発されたバルダーの製造と性能向上にも貢献した。その成果を認められて、王立研究所の副所長に就任したほどの実力者である。


 少なくともイランドにかける言葉としては相応しくなかっただろう。


 しかしオルドリッドは、イランドに遅れを取った焦りと、自分よりも先にイランドが出世したことに嫉妬していた。


 だからオルドリッドは、嫌味とも挑発とも取れるような言い回しをした。要するにイランドが気に入らなかったのだ。


 オルドリッドは、視線を所長に向けた。


「貴族の能力向上の研究は、国王陛下直々の勅命だったはずです。そうですよね、所長」

「う、うむ、そうだったかのう……」


 オルリック国王が「貴族の能力向上の研究」の指示をしたのは約二十年前のことであり、命じた当人も忘れているほどに風化した話である。


 加えて、その指示はかなりふわっとした提案程度で、勅命というほどのものではなかった。

 しかしオルドリッドは、あえて誇張した表現を使うことで正当化を図った。


「ならば、あらゆる方法を模索して、全力で陛下の期待に応える努力をすべきです。違いますか?」

「だからといって、法を犯して良いはずがないだろう!」

「所長、研究の内容を詳しくお伝えしていなかったことについては謝罪します。つい言いそびれてしまいまして」


 オルドリッドはイランドの怒号を無視して話を続けた。


「私は、魔硝石を人体に埋め込み、生体組織と融合させることで魔硝石の力を直接取り込む実験を行ってきました」

「う、うむ……」

「まだ完璧とは言えませんが、近い将来、必ず成功することでしょう。既に研究は最終段階に向かっております」

「うむ……」


 所長もなんと答えて良いか考えがまとまらず、同じ相槌を繰り返すばかりだった。


「それに、私は法を犯してなどおりません」


 ここでようやく、オルドリッドがイランドに目を向けた。


「イランド副所長。貴方が言っている「法」とは、人体実験のことですか?それとも、実験の結果、命を落とすことですか?」

「両方だ!」


 イランドが所長のデスクをバンと叩く。

 所長は思わず体をビクッとさせたが、オルドリッドは微動だにしなかった。


「無碍に人体に傷をつけ、失敗すれば死に至らしめる。これが無法以外の何だというのだ!人の命を弄ぶなど、女神すら恐れぬ所業ではないか!」

「実験体は罪人です。それもすべて、死刑を待つ身のね」

「なっ……」


 イランドは絶句した。


「死罪人に人権無し。どのみち死ぬのならば、せいぜい世の役に立って死ぬほうが無駄がない」

「そんなこと……」


 しかしイランドは、それ以上言葉を紡ぐことができなかった。

 イランド自身、死刑を宣告されるような罪人に慈悲をかける必要などないと思っていたこともあり、すぐに反論の理由を見いだせなかったからだ。


「それに、何の罪も犯していない平民相手に人体実験を行うようなことこそ、無法者ではありませんか?まさかそんなことをする人がいるとは思えませんがね」


 思わずイランドは息を呑んだ。

 オルドリッドの目は、イランドが過去に極秘で行っていた実験を知っていると、静かに語っているようだった。


 イランドは完全に反論の糸口を失った。


「では、私の潔白も証明されたことですし、これで失礼します。ああ、副所長。奥方はまだ体調がよろしくないようですね。くれぐれもご自愛ください」


 イランドと所長は、立ち去るオルドリッドの背中を黙って見送った。



「……その後、オルドリッドは正規の手順で罪人を調達していなかった問題が発覚したため、新たな被検体の調達はできなくなったようだ。オルドリッド自身も王城に呼ばれて事情聴取されたそうだし、研究は中断せざるを得ないだろうな」

「あらまあ、それは貴方が手を回したのかしら?」

「いや、俺じゃない。所長だ。知らなかったとはいえ、部下が罪人を研究所に連れ込んでいたことを叱責された所長が自分で調べたことだ。理由の半分は保身のためだろう」


 仕事から帰宅したイランドは、自宅で療養中の妻のベッドに座り、事の顛末を話していた。


 モリアはベッドに横たわったまま「所長の必死な顔が目に浮かぶわ」と微笑を浮かべた。


「……で、体調はどうなんだ?」

「ええ。かなり良くなったわよ。明日は仕事に行けるわ」


 約二十年前、イランドはモリアと二人で考案した「能力植え付け実験」を行った。

 妻のモリアが最初の被験者だった。


 その実験は、イランドの開発した装置を使って魔硝石からエネルギーを抽出し、それをモリアに与えることで、後天的に女神の奇跡を使う力を植え付けるというものだ。


 そして実験の第一段階である、能力の付与には概ね成功した。


 しかし、そのせいでモリアの体に異変が起きた。

 発熱や嘔吐が続いたり、突然眩暈や睡魔に襲われるようになったのだ。


 その症状は二十年経った現在でも、時折発症している。

 ここ数日も発熱が続いたため、研究所の仕事を休んでいた。


「そうか。だが無理するなよ」

「大丈夫よ。それに今日はね、レオがお見舞いに来てくれたのよ」

「何だと?俺が仕事をしている最中にか!」

「ええ。可愛い孫の顔は、最高の回復薬だわ」

「俺にも孫の顔を見せろよ、あの馬鹿息子め……」


 イランドとモリアの孫であるレオは現在五歳で、イランド達の息子である父親と二人でオルリックの城下町に住んでいる。

 なお、レオの母は流行病によって、レオを産んでまもなく死去している。


「レオがあまりに心配そうにするものだから、ベッドごと宙に浮いて見せてあげたの。レオったら大喜びだったわよ」

「おい、コラ。何してんだよ婆さま」


 モリアに後付けされた女神の奇跡の力の「ひとつ」は、物体を自由に動かす力だった。


「だって、定期的に力を解放しないとまた具合が悪くなっちゃうでしょ?」

「わざわざレオに見せる必要はないだろう……」

「大丈夫よ。レオにはこのことは秘密よって約束したから。それに他の力は見せてないし」

「まったく……」


 モリアの体調不良は、後付けされた女神の奇跡の力に起因していた。


 生まれつき女神の奇跡が使える貴族は、自然回復で使った力を取り戻すが、その速度は緩やかであり、自己のキャパシティを超えることはない。


 しかしモリアの場合は、際限なくその力を吸収し続けてしまうことが分かったのだ。


 そのため、女神の奇跡の力を使わないでいると、許容量を超えて蓄積された力が体内で暴れ出し、発熱や力の暴走を引き起こした。

 逆に力を使いすぎても、力の欠乏から体調不良となる。


 そのため、モリアは常に一定のバランスを保つように、力を解放しなければならなかった。


 しかし、問題はそれだけではなかった。


 モリアが周囲から吸収するのは魔硝石のエネルギーだけではなく、女神の奇跡の力を有する人からもエネルギーを吸収することができた。


 その副作用で、吸収元となった貴族が使う女神の奇跡の能力を、モリアも使えるようになってしまうことがあったのだ。

そのため、モリアは現在、十種類以上の女神の奇跡の力を発現することができるようになっていた。


 系統の違う、複数の女神の奇跡の能力が使えたのは、オルリック王国の建国以来、二人だけと言われている。

 ひとりはオルリックの建国王、そしてもうひとりは、「堕ち子」と呼ばれた人間である。


 その「堕ち子」が現れたのは百年以上前のことであり、詳しい話を知っている者はいないが、「堕ち子」は平民出身でありながらいくつもの女神の奇跡の力を使って反乱を起こし、オルリックを危機に陥れたと伝えられている。


 女神に天界から堕とされた子、という意味でつけられたその名は、現代でも忌むべき名とされている。


 今のモリアは、まさに堕ち子と同じような能力持ちとなっていた。


 この問題が発覚した時点で、イランドは実験を中止し、実験そのものを無かったことにした。


 このことを他者に伝えたり、後世に残すわけにはいかないと考えたイランドは、資料や実験装置を全て破棄した。

 平民が貴族以上に力を持つ方法があると知られれば、「貴族の能力向上」どころか、平民の下剋上が発生してしまう危険があるからだ。


 もちろん、モリアが複数の女神の奇跡を行使できることも秘密にした。


 以降、イランドとモリアは、能力向上に関わる研究は一切行わずにいたのだが、まさかオルドリッドが別の切り口から研究を続けていたとは思っていなかった。


「……まあ、今回のことで、オルドリッドも諦めるだろう」

「ん?何か言った?」

「いや、何でもない。とりあえず食事にしよう。何か食べたいものはあるか?」

「んー、魔硝石かな?」

「……笑えない冗談はやめてくれ」

「ふふっ」



 その数日後、事件は起きた。


 オルドリッドは、自らを被検体にして魔硝石を体に埋め込む実験を行い、その力を暴走させた。

 

レオの話、その3です。

まとまりきらなかったので、もう一話続きます。(連投します)


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