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120 レオの話 その2


– 約50年前、オルリック王立研究所にて –


「女神の奇跡の力を強める方法を考えろと言われてもなあ……」


 イランドは自室の席で腕を組み、天井を見上げてボヤいた。


 レオの祖父であるイランドは、魔動連結器の基礎開発を成し遂げた成果によって、研究開発部門の長となった。そしていずれは次期所長になると噂されている。


「ま、のんびり考えましょうよ。イランド」


 イランドのボヤキに応えたのは、イランドの秘書であり、妻でもあるモリアだ。


 モリアは悠々とした笑みを浮かべて、夫の顔を見た。

 イランドもその笑みにつられてしかめ面を解き、頭を小休止させることにした。


「……正直、国王陛下はこんなことを本気で指示した訳ではないと思うのだよ。小うるさい貴族共を黙らせるために、その場を取り繕っただけなんじゃないか?」

「あら、あなたも貴族じゃない」

「モリア、今はお前も貴族だろう?」


 モリアは平民出身で、元々は城下町にある平民向けの学校で教師をしていたが、ひょんなことから、イランドと出会った。

 

 モリアにベタ惚れしてしまったイランドは、モリアを情熱的に口説き落とした。

 そして一年の交際の後、イランドはモリアとの結婚を決意した。


 貴族と平民が結婚することは珍しく、周囲からは猛反対されたが、イランドの本気っぷりに圧倒され、ついには結婚を認められた。


 なお、強欲な貴族が半ば強引に平民の女を妾にするようなこともあるのだが、イランドの場合は、どちらかといえばモリアのほうが夫婦の力関係が上なようで、「あいつは力ずくで平民の女をモノにした」などという悪評が立つこともなかった。


「それで、良い着想は得られそうなのかしら?」

「……のんびり考えようと言った直後の台詞とは思えんな」

「女神の奇跡の力を底上げするならば、魔硝石と魔動連結器を使うのが一番よねえ。でもそれって、今でも実現できていることよね。国王陛下は何がご不満なのかしら」

「俺の話、聞いてた?それから平然と不敬なことを言わないように」


 所長室に他の人間はいないが、何処で誰が聞いているとも限らない。

 モリアを諌めたイランドは、小さく溜息を吐いてから、自身の考えを披露した。


「……女神の奇跡の能力は、魔硝石に蓄えられている力でより活性化する。それは周知の通りだ。この力をさらに増幅して、より大きな力に変えるのが魔動連結器だ」

「あなたの研究成果の結晶よね」

「そして、女神の奇跡の力を持たない平民でも、この魔動連結器を使って大きな動力を生み出すことができる。それは平民が女神の奇跡を使う力を持っていないわけではなく、女神の奇跡を発現するほどの能力がないからだ」

「あら?今更、私に講義ですか?」


 茶化してみせたモリアだったが、イランドの話に続きがあることは長い付き合いで分かっている。

 モリアはイランドの話の続きを待った。


「……つまり、より大きな力で魔動連結器を使えば、絶大な出力を得られるはずだ。そのために必要なことは、純度が高くて大きな魔硝石を使うか……自らの能力を高めることだ」

「女神の奇跡の能力は、訓練によって成長する。でもそれは、あくまで技術面のことであって、能力を行使するための力が増えるわけではない」

「その通りだ」


 イランドは机の引き出しから小さな魔硝石を取り出した。


「この魔硝石は純度は高いが、大きさはそれほどでもない。かといって、巨大な魔硝石を準備するには金がかかりすぎるし、第一、そんな都合の良い魔硝石は容易く見つかるものではない」

「つまりイランドは、個々の能力の方をどうにかしたい、と思っているのね」


 聡明な妻の言葉に、イランドは頷きで返した。


「我々が使う女神の奇跡の能力……その根源となる力は、青年期までは増大するが、一度止まったらそれ以上伸びることはない。しかし、何らかの方法でさらに力を増すことができれば……」

「あなたなら、できるんじゃない?」

「モリア?」


 お忘れですか、とモリアが微笑む。


「イランド。あなたは魔硝石の力を大きな動力に転化する方法を確立した。今度は動力ではなく、魔硝石の力そのものを対象に与える仕組みを考えればよろしいのではなくて?」

「簡単に言うな。それに、できたとしても、人体にどれほどの影響が出るか分からん。失敗すれば、女神の奇跡の力を失うかもしれんのだぞ。どこの貴族が好き好んで、そんな実験に付き合うというのか」

「うふふっ」


 モリアは更に笑みを深くして、イランドに迫った。


「……おい、まさかお前……」

「私は平民出身よ。誰も文句なんて言わないわ」

「俺が言う。お前は俺の妻だ」

「あなたなら、自分の妻を死なせるようなことはしないでしょう?それに平民だからこそ、失敗しても、女神の奇跡の力を失うことなんて無い。逆に成功したら、私は女神の奇跡が使えるようになるかもしれないじゃない。私も女神の奇跡の力、ちょっと欲しいなと思っていたのよねえ」

「お前の場合は、ただの好奇心だろう?」

「あら、好奇心こそが新しい発見を産むのよ。人生とは、生涯学ぶこと。そこに危険はつきものよ」

「……全く、お前は教師の鑑だよ」

「違うわ。今は研究者の妻よ」


 イランドは大きな溜息を吐き、降参だと両手を上げた。


「当分の間、実験は非公開として行う。理由は分かるな?」

「ええ、もちろん」


 この実験の目的は「貴族の能力を強化するため」のものである。


 しかしモリアは平民である。モリアで実験が成功した場合、それは平民の力をより強化できるということにもなるのだ。

 

 そのため、イランドはこの実験が成功したとしても、モリアには能力を隠させるか、あるいは「実は貴族の血を引いていました」と後付けで誤魔化すつもりでいた。


「特に、オルドリッドには研究内容を知られないようにしないとな」

「あなたの好敵手ですものね」

「あんなのといっしょにしないでくれ。奴にあるのは野心だけだ」


 オルドリッドも開発部門の人間だが、他者が功績を上げることに嫉妬し、足を引っ張ってくるような人間だった。

 魔動連結器の開発に貢献したイランドなどは、あからさまに敵対視されている。


「オルドリッドにも指示が出ているからな。奴のことだから、俺に負けじと妙案を出してくるだろう。奴の助手のガーランも、オルドリッドにそっくりな奴だから、こっちの研究成果を盗もうとするぐらいのことは考えるだろうよ」

「あら、同僚をそんなに悪く言うものじゃありませんよ」

「事実だから仕方ない」

「大丈夫ですよ。オルドリッドにガーランがついているように、あなたには私がついていますからね」

「……そうだな」


 とにもかくにも、こうしてイランドとモリアによる「能力強化実験」は開始された。


 後にモリアが「堕ち子」と呼ばれる存在になることなど、イランドは知る由もなかった。



「……というわけで、実験が始まったわけだが……どうした?」


 レオの話を聞いた啓は頭を抱えてうつむき、サリーは苦い顔をしてそっぽをむいていた。


 一緒に話を聞いているシャトンも微妙な表情を浮かべており、詳しい事情を知らないアーシャとヘイストはレオ同様、二人の様子を怪訝そうに見ている。


「ひ……サリー様、どうかされましたか?」

「いや、大丈夫だ、アーシャ。ちょっと思い当たることがありすぎてな……」


 念の為、レオにはまだサリーの出自を隠しているが、サリーのおかしな様子に、うっかり姫様と言いそうになったアーシャだった。

 

「思い当たるって……ケイの旦那、まさかあんたら……」

「ああ……たぶんレオの思っている通りだよ。オレ達も、ミトラに魔力を与える特訓をした」


 取り繕っても仕方ないと考えた啓は、レオに正直に打ち明けた。


「オレは自分の魔力を誰かに送り込んだり、逆に吸い込んだりすることができる。レオの祖父、イランドさんがモリアさんにしたのと同じことをミトラにしたんだ。そしてミトラは平民だけど、女神の奇跡の力が使えるようになった」

「ケイの旦那が……こいつは驚いたな。だけどよ……」


 レオは頭を捻りながら、続けて啓に質問した。


「ケイの旦那は、誰に堕ち子にされたんだ?」

「オレが?なんで?」

「ケイの旦那には、あの奇妙な盾や槍を出現させる能力がある。それに加えて、魔硝石を獣に変えたり、魔硝石の力を自在に操れるとなると、やっぱり旦那も堕ち子なんだろう?」

「それは、その……」


 啓がなんと答えるか悩んでいると、突然、アーシャが口を挟んできた。


「ケイ殿は、オルリックの出身ではありません。そして、カナートでも、アスラでもありません」

「アーシャ、ちょっと……」

「ケイ殿は、他の大陸からやってきた、異国の人間なのです」

「えっ?」

「えっ?」


 アーシャの言に、レオだけでなく、啓も驚いた。


「我が国の第三王子であるウルガー殿下の前で、ケイ殿が仰ったことです。嘘は言っていないはずです。そうですね?」

「えっと、まあ、はい……」


 異世界なので、他の大陸や異国という表現に間違いはない。


「大丈夫ですよ、ケイ殿。ウルガー殿下もケイ殿の出自については不問にすると仰っておりました。それにここはアスラです。今更、不法入国を問われることはありません。なぜなら我々も同様に不法入国をしているのですから」

「ああ、そういう……」


 アーシャは、啓が出自をどう話せばよいか困ったと考えて助け舟を出したのだ、と啓は理解した。


「ですので、ケイ殿が複数の女神の奇跡の能力が使えたとしても不思議ではありません。我々とは生まれも育ちも違うのですから」


(助かったよ、アーシャ。ナイスフォロー!)


 アーシャ達には、啓が異世界から来たことを包み隠さず話している。しかしアーシャがその事には触れず、うまく誤魔化してくれたことに、啓は心の中で感謝した。


「そうなのか……やっぱりこの大陸の外には別の大陸があるんだな……しかし、誰も到達したことのねえ他の大陸から、一体どうやって……」

「レオ、その話はいずれ追々。今はレオの話を続けてくれ」

「ん?ああ、そうだな。えーと、どこまで話したっけかな……」

「モリアさんに魔力を与える実験を始めたところだ」

「そうだった。しかし、なるほど……マリョクというのは、ケイの旦那の国の言葉なんだな」

「まあ、そうだね……抑揚は違うけどな」


 なぜ皆、「リョ」にアクセントをつけるのか、一度じっくり考えてみたいと思う啓だった。


「話の続きだが……結論から言えば、じっちゃんとばっちゃんの実験は成功した。ばっちゃんは女神の奇跡が使えるようになった。それも複数の奇跡を起こすことができるようになったんだ」

「やはり、ミトラと同じか……」

「だけど、じっちゃんはこのことを一切公表しなかった。王様も、自分が指示したことをすっかり忘れてたから追求もされなかった。だが、ここで問題が起きた。もう一人の研究者、オルドリッドが、人道を外れた実験を行っていたことが分かったんだ」

「人道を外れた?」


 啓とサリーは、嫌な予感を覚えた。これも思い当たるフシがあったからだ。


「ああ。オルドリッドは、人体強化のために、魔硝石を人間の体に埋め込むという、人体実験をしていたんだ」


 啓は王立研究所の地下で目撃した、魔硝石を埋め込まれた動く死体のことを鮮明に思い出していた。


その2まで連投。

レオの祖父、祖母の仲睦まじい話から、悪魔の実験の話へと続きます。


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 ガーランとかいうあのクソ野郎、そんな昔から暗躍(?)しとったんか…。ここ数年の間になんかあったから今回の戦端が開かれたかと思いきや、予想よりだいぶ前から戦乱の種がしっかり根付いて…
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