119 レオの話 その1
トータス号は、啓達がアスラ連合に喧嘩を売るために作った自走車である。
しかし普通の自走車と比べると、見た目も大きさも全く異なっている。
そもそもトータス号の見た目は、自走車どころか小型の倉庫にしか見えない。それもそのはずで、元々は普通の倉庫だったのだ。
しかしこの倉庫には車輪と、その車輪に動力を与える魔道連結器が複数搭載されており、自走車のように走ることができる。
そしてミトラが操縦する場合に限り、トータス号は空を飛ぶこともできるのだ。
もちろん本来の倉庫としての機能も備えており、内部には数機のバルダーを収納することができ、修理や改造をするための設備も取り揃えている。
さらに長期間の滞在が可能なように内部を改造し、居住スペースや浴室、食堂、客室が設けられている。
トータス号はむしろ、自走車というよりも「移動できる基地」のほうがふさわしいだろう。
そんなトータス号の客室では、ミトラを除いた啓一行と、アスラ連合のレオが情報交換を行なっていた。
「……なるほど。やっぱり旦那達は、本気でアスラを潰すつもりじゃあ無かったんだな」
そう言うとレオは、全く警戒することなく、出されたお茶に口をつけた。
「ああ。オレ達の目的は、アスラ連合にオルリックへの侵攻をやめてもらうことと、ある組織を探し出すことだ」
「ある組織?」
「そうだ。サリ……サルバティエラ王女、そしてオルリック国王を暗殺した組織だ。オレ達はそいつらを追っている。その一党に、アスラ連合が関わっているんじないかと考えて、組織の捜索ついでに、軍事拠点を攻撃してオルリックへの侵攻を牽制していた」
「ついでにしちゃ、なかなか派手にやってくれたじゃねーかよ……まあ、おかげでこっちの膿み出しもできたけどよ」
啓達が攻撃対象としたのは、基本的に軍事拠点と、それに匹敵する領地の要所で、一般市民には被害が出ないよう極力配慮していた。
また、暗殺組織に関する調査を行いながら、その領地の評判を聞き、あまりにも酷い内政を行なっている領主や役人がいると聞けば、「ついでに」潰してくるという行為を行なっていた。
レオの言う膿み出しとは、この事を指していた。
「だが、ケイの旦那達が言うような組織とアスラは無関係だ。そんな陰謀には与しちゃいねえよ。評議会議員である俺が保証する」
「お前の言うことが真実だと証明できるのか?」
「そんな怖い顔をしなさんなよ、サリーの姉さん」
いくら啓が連れてきたとはいえ、サリーはまだレオという男を信用していなかった。
「まあ、国としては無関係だが、利用されたことはあると思うぜ」
「利用された?」
「カナート王国とアスラが同盟を結ぶ前のことだ。オルリック王国のユスティール工房都市が賊に襲撃されたことがあったろうよ」
「ああ。もちろん、よく覚えている」
ユスティール創立祭の夜、賊共は「ユスティールの至宝」を狙って町を襲撃した。
ユスティール警備隊、そして啓とサリーが協力してなんとか撃退したものの、工房都市に甚大な被害を与えた事件だ。
加えて啓は、この世界に来たその日の夜、同じ賊に襲われて片足を失う重傷を負っていた。
あの時偶然、サリーに見つけられなければ、初日で命を落としていただろう。
啓にとって、忘れようにも忘れられない出来事である。
「あの事件では俺達アスラ連合が絡んでいるとされてよ。しばらくしてオルリック王国からお咎めの書状が届いた。だが、こっちはまるで身に覚えの無い話で、皆驚いたんだぜ?」
「あの時捕まえた賊共からは、アスラ出身を匂わせる証拠品も証言も多数出たからな」
サリーはそう答えたが、武器を供与していたのがオルリックに拠点を持つ商会だったことはあえて言わなかった。
「ま、こればっかりは信じてもらうしか無いが、アスラは全く無関係だ。国として仕掛けた事実は無い。国としてはな」
「……つまり、誰かが都合よくアスラ連合を利用したと?」
「その組織とその事件が関係しているかは分からねえ。だが、その後、色々なことがあっただろう?例えば、アスラとカナート王国の同盟とかな。きな臭いとは思わないか?」
「……正直なところ、オレも今は、カナート王国が怪しいと思っている」
啓は素直に、思っていることを口に出した。
「実は、オルリック国王が暗殺された前後で、オルリックの重要な地位にいた人物が失踪している。そいつらこそ、オレ達が追っている組織の一員、あるいは首謀者なんじゃないかと考えている」
「ほう……そんな奴らがアスラに来たと言う話は聞いてねえな」
「ならば行く先は一つ。カナート王国しかない」
「その人物ってのは誰なんだ?」
「……オルリック王国の王立研究所の所長だった男だ」
啓がアスラの人間に情報を出しすぎることに、サリーは眉を顰めた。
しかし、啓の発言は、レオにとって聞き逃せないことだった。
「研究所の所長だと……そいつの名前は?」
「えっと、なんだったかな……」
「ガーランだ」
思い出せない啓に代わって、サリーが答えた。
「ガーランだと……奴め、まだ生きていやがったのか。しかものうのうと出世なんぞしやがって……」
「レオはガーランを知っているのか?」
「いや、知らねえ」
「……」
「ああ、直接面識はねえよ。だが、じっちゃんから何度も聞いた名前だ……元を正せば、「そいつら」のせいでばっちゃんは堕ち子になって死んだんだ……」
レオは顔を紅潮させ、ガーランの名を恨めしそうに何度も口に出した。
「レオ、教えてくれないか。お前の祖母の話や、堕ち子のこと、それとガーランのことを」
堕ち子はオルリックに災いをもたらす者とされている。
そして堕ち子自身も、その力に翻弄されて身を滅ぼすとも。
ミトラが堕ち子になってしまったのならば、レオの話にミトラを救う手立てがあるかも知れない。啓はそう考えていた。
「ああ。話してやるよ。俺がじっちゃんから聞いた話を。堕ち子が生まれた訳と……その最後を」
◇
今から約五十年前、オルリック王国の研究所で、一大革命とも言える発明品、魔動連結器が誕生した。
それまでにも魔硝石からエネルギーを取り出して利用する道具は多々あった。
しかしその効率は非常に悪く、平民階級の人間では、照明や火おこし程度の、日常生活の中で多少便利に使える程度のものだった。
一方、女神の奇跡の技を行使できる貴族は魔硝石との親和性が高く、平民に比べて大きな力を出すことができる。
そのため、効率よく道具を扱うことができ、平民よりも水準の高い生活を送ることができた。
この力の差こそが、貴族と平民を隔てる大きな要因の一つにもなっていた。
しかし魔動連結器の登場により、平民でも魔硝石を使って、大きな動力を使う恩恵に預かれるようになった。
魔動連結器を動力に組み込むことで、工事現場で使う重機や建設機械が製造された。また、長距離移動を容易にする自走車が開発された。
そしてその極め付けと言えるのが、二足歩行で多様な作業を行うことができる重機、バルダーの誕生である。
自由に動く腕と脚を持ち、大きなパワーを生み出せるバルダーは、土木作業や採掘場で大いに活躍した。
やがてバルダーは、土建工事以外の用途にも用いられるようになった。
娯楽や競技としてのバルダー同士の試合、そしてその延長線上には、軍事利用があった。
オルリック王国は戦闘用バルダーを開発し、これを正式に王国軍の武装として組み込んだ。
平民出身の兵士でも動かすことのできるバルダーは、オルリック王国の軍事力を跳ね上げた。魔動連結器の技術が他国に流出するまで、オルリックの軍事的優位は続いた。
しかし「平民でも操縦できる」バルダーは、これまで貴族に盲目的に従うしかなかった平民に力を与えることになった。
ある時、オルリックの小都市で、平民によって領主が襲われる事件が発生した。
蜂起した市民達は、作業用のバルダーで領主の館を襲撃した。
領主は貴族だったため、女神の奇跡の力と、自らが保有する警備隊で市民達を迎え撃ったが、物量で押してくる市民達を撃退することができず、領主は死亡した。
その後、王国軍の介入によって首謀者と反乱に加担した市民達は捕らえられたが、領主の内政にも問題があったことが発覚し、寛大な処置が取られて事件は終結した。
しかしこの事件は、貴族社会に一石を投じるものだった。
これまで特権を貪ってきた貴族階級が、力を持たなかった一般市民によって打倒される可能性を見せられたのだ。
自分の立場に固執する上級貴族の一部は、平民の魔動連結器の使用禁止を訴えたり、バルダーは貴族専用にするべきだと声高に主張し始めた。
しかし、時のオルリック国王はその主張を是としなかった。
魔動連結器とバルダーは、正しく使えば国を発展させる大きな力を持っている。
そして国を支えるのは国民であることをよく理解していた。
とはいえ、貴族の声を完全に無視することはできず、平民が戦闘用バルダーや戦闘用の武器を持つことは原則禁止とし、軍事用バルダーの生産に関しても制限をかけた。
それでも魔動連結器を手にした平民に対抗する手段は考えるべきだということで、国王は王立研究所にひとつの研究開発を指示した。
それは後に、指示を出した国王が忘れる程度の思いつきだったが、指示された側としては、国王の意向に従う必要がある。
王命を受けた王立研究所の所長は、研究開発部門所属の二人の部下に指示を出した。
一人はレオの祖父であり、魔動連結器の開発にも携わった熟練の技術者で、研究開発部門の長であるイランド。
そしてもう一人は、天才的な発想で様々な新技術を考案し、良くも悪くも野心家で、いずれは所長になると目されていた、オルドリッドという男だった。
二人の使命は、魔動連結器に頼らず、女神の奇跡の能力を底上げするための研究だった。
レオの昔語りが始まりました。
そのまま、その2に続きます。
冒頭はレオの祖父・祖母の会話から入ります。
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