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117 堕ち子

 クレバスから生還した啓は、地上で待ち構えていたレオから「お前は堕ち子か?」と問われていた。


 そのレオは今、啓が即席で作った盾の檻に閉じ込められている。


 生殺与奪を握れている状況にも関わらず、レオの表情からは恐れや臆する様子が見られない。

 むしろ、啓に興味津々という雰囲気すら感じられた。


(堕ち子、か……)


 啓がその質問を受けたのは二度目だった。

 一度目はオルリック王国の王城で、そこで啓はイザーク第二王子に、堕ち子ではないかと質問されている。


 その時の啓は、色々と訳ありの状況だったこともあって、即座に否定して退散したが、そもそも啓は堕ち子というものをよく分かっていないし、深く考えてみたこともなかった。


(……確か聞いた話によると、堕ち子はオルリック建国王のように様々な能力を使うことができて……その力を悪用して、オルリック王国に被害をもたらした人物だったような……ポイントは「一人で様々な能力を使うことができる」ということかな……)


 啓は改めて堕ち子について考えながら、レオに近づいた。

 

「あー、ちょっと聞きたいんだけど、えっと……」

「俺の名前はレオだ」

「レオ?へえ、いい名前だなあ……じゃなくて、レオはなぜ、オレが堕ち子だと思うんだ?」


 ライオンを連想される名に啓は思わず関心を寄せたが、この世界にライオンはいないだろうし、バル子以外は共感してくれないだろう。


 そんな啓の反応には興味もくれず、レオはしたり顔で答えた。


「んなもん、決まってんだろう。あんたは一人で系統が違う女神の奇跡を使った。それが一つ目の理由だ」

「他にもあるのか?」

「他にって……念の為に聞くが、あんた、ケイで間違い無いよな?」

「ああ。オレの名前は王陸啓だ」

「何!?オルリックだと!?」

「なんかこのやりとり、ものすごく久しぶりだな……」


 啓の本名は王陸啓おうりくけいだが、この世界でファミリーネームを持つのは王族が貴族だけらしい。


 おまけに「王陸」を「オルリック」と聞き間違えられることが多いため、啓はなるべくフルネームでは名乗らないことにしていた。


「貴族、いや、それどころか王族だったのかよ……それならちょっと話が違ってくるか……」

「いや、オルリックではなく、おうりく、だ。王族とは無関係だよ。名前を聞いておいてオレも名乗らないのは悪いと思ったから、あえてフルネームで答えたんだが、オレは王族でも貴族でもない。ただの平民だ」


 建国王と同郷で、女神から直接能力を授かった、ということをわざわざレオに言う必要は無いので、啓はこの世界での事実だけを述べた。


「ほう……だとすると俺と同じ貴族落ちか?それともまさか勝手に名乗っているのか?命知らずだな」

「それが本名なんだから仕方ないだろう」


 苦笑気味に応えた啓だったが、今の会話でふと気づいたことがあった。


(今、レオは「俺と同じ貴族落ち」って言わなかったか?)


 啓はサリーから「貴族の資格を剥奪された場合、家名も取り上げられる」と聞いたことがあった。

 もっともサリーは、自ら進んで家名を捨てたクチだが。


「レオはもしかして元貴族……」

「ま、王族でもなく、ただの平民なら、やっぱりケイの旦那は堕ち子で間違いないわな」


 啓の質問はレオの追撃に上書きされた。


「……自分が堕ち子だと思ったことはないが、仮にそうだとしたら何なんだ?」

「どうやって堕ち子になったのかを知りたい。生まれつきじゃあ無いんだろう?」


 レオは澱みなく、質問に即答した。


「……それは、レオも堕ち子ってやつになりたいからか?」

「冗談じゃねえ。そんなのお断りに決まってんだろ」

「……」


 だったらなぜ聞く、という疑問が啓の頭をよぎった。

 バル子も「訳がわかりません」という感じで首を傾げている。


「……別にオレは、レオの話に付き合う必要はないんだよな。悪いけど、お前もオレと同じようにクレバスに落ちてもらうとしようか」


 レオはバル子を見るなり、動物ではなく魔硝石だと言った。そして今の堕ち子の話。

 最初の直感通り、啓はレオを危険極まりない人物だと判定を下した。


 啓は盾の檻の後ろに回りこむと、軽く盾に手を添えた。


 すると盾の檻は、ずぞぞぞと音を立てて、レオごとクレバスの方へと、ゆっくり移動し始めた。


「おいおいおいおい、冗談きついぜ、旦那」

「冗談なんかじゃない。すまないがこのまま落ちてくれ」


 人を殺めることに抵抗がなくなった訳ではないが、必要なことだと思えば実行する。


 それが啓がこの世界で生きていくために覚悟したことだった。


「待った待った、ケイの旦那!このまま落としたら、旦那も死ぬことになるぞ!」

「なんでオレが死ぬんだ。クレバスに落ちるのはお前だけだ」

「違う、そうじゃねえよ。もしも旦那が堕ち子なら、いずれ死ぬっつってんだよ!」

「は?どういう意味だ?」


 啓は盾の檻を動かす手は止めずに、レオに聞き返した。


「もしもケイの旦那が、後天的に堕ち子になったんだとしたら、近いうちに力が暴走して、狂い死ぬってことよ」

「……後天的に?」

「例えば……他人から無理やり女神の奇跡を使うための力を与えられた、とかな」


 それを聞いた啓は手を震わせた。

 盾の檻を押すことも忘れ、バル子と顔を見合わせた。

 

 レオの発言の真偽は分からないが、該当する人物には心当たりがあるからだ。


 もしも本当にレオの言う通りならば、啓は取り返しのつかないことをしてしまった可能性がある。


 そのことを考えた啓は動揺し、軽くよろけた。


 その隙をレオは見逃さなかった。


 レオは素早く懐から短い棒を取り出すと、その先端を内側から盾に触れさせた。


 直後、啓が作った盾の檻が消滅した。


「ご主人!」


 突然の啓の危機に、バル子は思わず叫んでしまった。


 自由になったレオは啓に飛びかかった。

 力と体術はレオの方が上だった。

 レオは啓をうつ伏せにして、背中に馬乗りになった。


「形勢逆転だな、旦那」

「くそっ……あれ、盾が出せない!?」


 たとえ背中に乗られていても、盾を具現化してレオを弾き飛ばせばいい。あるいは具現化した槍で刺してもいい。


 そう考えた啓だったが、術は発動しなかった。


「どうして……どうして急に何もできなくなった!?」

「ご主人!」

「ピピピピ!」

「おっと動くなよ、そこの獣と鳥……いや、動く魔硝石か。動いたら、お前のご主人は……てか、この魔硝石、喋ることもできるのか?」


 バル子は毛を逆立ててレオを威嚇し、チャコはホバリングしたまま、嘴攻撃のタイミングを窺っている。


 しかしバル子もチャコも啓の身を案じて、身動きが取れずにいた。


「バル子とチャコを……魔硝石と呼ぶな……」


 啓はレオから逃れようと、必死に魔力を紡ぎ出そうとした。しかしどうしても発動しなかった。


「旦那、無理しなさんな。この魔動武器は、女神の奇跡の力を無効化するんだ。今の旦那には何もできねえよ」

「だから盾も消えたのか……」


 レオが持つ短い棒は、女神の奇跡を無効化する魔動武器だった。

 女神の奇跡の力で生み出された物体や効果は、その棒に触れた途端に消失する。

 啓が作った盾が消えたのもそのためだ。


 その棒の先端は現在、啓の首筋に当たっている。そのため、啓の能力は発動した途端に無効化されてしまっていたのだった。


「なあ、ケイの旦那。俺の話で動揺したところを見ると、やっぱりアンタは誰かから能力を与えられたのか?」

「……」

「喋る気がねえなら構わないけどよ。本当に死んでも知らないぜ……ん?」


 レオは棒の先端を啓の首に押しつけたまま、もう片手でさらに別の棒を取り出した。


「おい、今度は何を……」

「喋るな」

「さっきは喋れと言ったくせに……」

「集中してんだ。旦那、少し黙っててくれ」

「全く……」


 何なんだよ、と啓は心の中で悪態の続きを言ったが、その疑問はすぐに解消された。


「おいおい、ケイの旦那よ。ありゃ何だ?」

「何って……なんの事だよ……」


 レオは空の一点を見つめていた。

 啓も頭を限界まで捻り、レオが見ている先に目を向けたが、啓には何も見えなかった。


 レオはそのまま空を見つめ続けた。

 しばらくしてから、口を開いたのはパル子だった。


「ご主人、ミトラ様が、こちらに向かってきています!」

「ミトラが!?なんで?」


 ミトラには留守番を命じ、決して出撃しないようにと言っておいた。

 それにお目付役として、アーシャ・リーにもミトラの監視を頼んでいたため、ミトラが来ることは完全に想定外だった。


 無論、啓はアーシャとミトラが結託して、各々出撃してしまったことなど知らなかった。


「……でも、念には念を入れて、ノイエ・ルージュにも細工して、すぐには動かせないようにしておいただろう?」


 ノイエ・ルージュは、ミトラ専用のバルダーで、ミトラの愛鳥であるノイエと、赤いカラーリングの機体から、赤を意味するルージュを組み合わせて啓が命名したバルダーだ。


「はい、ですから、ミトラ様はルージュには乗らず、単身で飛んできています……まもなく視界に入るかと」

「なんてこった……」


 あれほど無理はするなと言ったにも関わらず、ミトラが来てしまったことに対する憤慨と、そうさせてしまった啓自身の不甲斐なさを情けなく思った。


 程なく、ミトラの姿は肉眼でも確認できた。


 既に、啓の位置を把握しているのか、こちらに向かって真っ直ぐ飛んできている。


 その時、啓の首筋を圧迫していた力が弱まった。

 能力を封じ込める棒の先端はまだ啓の首に触れているものの、レオが棒を押しつける力を弱めたからだ。


「あいつは旦那のお仲間か?」

「……ああ、そうだ」


 バル子との会話も聞かれている以上、無駄な嘘をつく必要はなかった。


「……ケイの旦那よ。一旦休戦といかねえか?」

「……だったら降りてくれないか?」


 背中に乗ったまま言われても信用できるか、と啓が付け加える。


「先にあいつを止めてくれ。そうしたらすぐにでもどいてやる!」

「そう言われても、この体勢じゃ呼びかけにくいんだが……」


 そうこうしている間にも、ミトラはグングン近づいてきている。


「早くしろ!アイツはまずい!」

「まずいって……そりゃミトラは多少乱暴かもしれないが、別に悪い子じゃ……」

「ご主人、ミトラ様の様子がおかしいです!」


 バル子が一際大きな声を上げた。


「ミトラ様の体から、力が溢れ出しています……いえ、溢れすぎです。あれではご自分で制御できないのではと……」

「ミトラ、まさか……」


 ミトラはさらに加速した。そのまま突っ込んでくるとしか思えない勢いで、弾丸のように啓達の方に向かってきている。


「旦那、あいつも堕ち子だな!そうなんだろ!?」

「それは……」


 女神の奇跡が使えなかった人間が、他者から力を与えられ、複数の強力な能力を使いこなせる使い手となる。それが堕ち子だとレオは言った。


「うおっ!」

「ご主人!」


 レオが啓の上から飛び退いた。

 直後、さっきまでレオがいた場所をミトラが通過していった。


 そしてミトラはそのまま地面に激突した。

 勢いのあまり、ミトラは一度地面でバウンドした後、地面を転げた。


「ミトラ!!」

「ミトラ様!」


 ミトラは半身を地面に強打し、服は擦り切れ、全身血だらけとなっていた。

 右手と右足はおかしな方向にむいていた。


 しかしミトラはそんな大怪我など、まるで意に介さないように立ち上がった。


 そして左手を右手にかざした。

 左手から溢れた光が右手を包む。


 光が消えた時、折れた右腕は完治していた。


「すげえ……」


 右足、頭、体と、ミトラの左手が触れていくたびに怪我は治っていく光景に、啓もレオも唖然として見ていた。


「…………ケイに」


 ミトラが口を開く。


「ミトラ、大丈夫か?オレなら大丈夫……」


 啓もすかさず声をかける。

 しかし、啓の声はミトラに届いていなかった。


「ケイに……ケイに触るなあああ!」


 ミトラは咆哮を上げた。

 そして陽炎のようなものが立ち上がり、ミトラの全身を包んだ。


「まさか……これが……」

「こっちが本物の堕ち子ってかよ……おまけに手遅れときたか」


 堕ち子の力はいずれ暴走し、死に至る。


 今のミトラは、まさにその状態だった。


堕ち子の事を知るレオ、不覚をとる啓、そしてミトラさん暴走。

ミトラの命運はいかに……


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 なるほど、今の状況を見るに啓は『堕ち子』ではない(或いは近しい存在ではあるが似て非なる存在)と考えられますね。 そして現在のミトラの明らかに「マズいですよ!?」な状態……堕ち子と…
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