115 狙撃手
啓がレオの策略でクレバスに転落する少し前、サリーはティルトを救出するために走っていた。
ティルトが乗る猫専用ドローンは、地上からの攻撃によって故障し、操縦困難に陥っている。それでもティルトは、生きているモーターをなんとか駆使して、フラフラと飛行を続けていた。
ティルトは必死にドローンを操縦しながら、動物達の間で使える念話通信によって後方と状況の共有をしていた。
そのため、サリーが近くまで救助に来ていることも分かっている。
にも関わらず、不時着してサリーを待つことができないのは、アスラ軍のバルダー数機が、ティルトのドローンを追っているからだった。
不幸中の幸いだったのは、ティルトを追う兵士達が爆砲でドローンを撃ち落とそうとはしなかったことだ。
アスラ軍の兵士達からすれば、空を飛び、上空から自在に攻撃できる装置を手に入れることができるチャンスを逃す手はない。
軍事利用できるほどの飛行兵器が手に入れば、間違いなく金や地位に化ける。そう考えてのことだった。
そんな下心満々の兵士達を、サリーはようやく肉眼で捉えた。
おそらくその先に、ティルトのドローンもいるはずだ。
サリーは操作パネルの上にちょこんと座っている愛猫に尋ねた。
「カンティーク、ティルトの様子は?」
「……頑張っています」
カンティークは、動物達が使う念話ネットワークを使い、ティルトをはじめ、シャトンや他の猫達とも連絡を取り合っている。
念話の距離には制限があるが、そこはハシボソガラスのノイエや、蜂姫隊の蜂達が空からアクセスポイントのように念話を中継していた。カンティークがティルトの状況を知ることができるのもそのためだ。
「そうか、頑張っているか……無事そうでよかった」
ならば敵を刺激せずに、上手に敵を撒いたところでティルトを回収するか……とサリーが口にしたところで、カンティークは耳をピクッと動かし、サリーの方を振り向いた。
「ご主人、もう少し詳しく状況を説明しましょうか?」
「詳しく?……ああ、頼む」
「では……」
カンティークはスッと息を吸い込むと、「現在のティルトのモノマネ」をした。
「ひいいい、落ちます!落ちちゃいます!無理無理無理無理、無理ですよお!なんで追いかけてくるんですか!ティルトは美味しくありませんから!こっちに来ないでくださあああい!」
「分かった、カンティーク、分かったから!」
普段はリーダーとして冷静沈着なティルトだが、状況が状況だけに、かなり取り乱しているようだ。そしてかなり切迫した状況であることも理解した。
「……まあ、多少は誇張しましたが」
「多少なのか?」
「かなり誇張しすぎたかもしれません」
「……後でティルトに怒られないようにな」
ティルトの、あるいはカンティークの意外な一面が見れたところで、サリーは腹を決めた。
「奴らを止めて、ティルトを救出する。カンティーク、力を貸してくれ」
「もちろんです、ご主人」
カンティークという名前は、サリーの愛猫の名であると同時に、愛機のバルダーの名でもある。
サリーは二つの意味を込めてそう言うと、バルダーのほうのカンティークの右手に、金色に光る戦鎚を具現化した。
この力は、愛猫のほうのカンティークを通じて発現したものである。
戦闘準備を整えたサリーは、アスラ軍のバルダーに向かい、走る速度を上げた。
◇
『小隊長、後方から白いバルダーが一機接近。敵と思われます』
『なんだと?獲物を横取りする気か?』
鹵獲しようとしているのは自分達であることを棚に上げ、隊長は悪態をついた。
『どうしますか?』
『仕方ない。迎え撃て』
隊長の指示で三機のバルダーが足を止め、サリーに機体を向けた。隊長を含む残りの三機は、そのままドローンを追跡する。
当然、サリー達もその動きに気づいた。
「ご主人、敵は三機です」
「ああ。問題ない」
サリーは走る速度を緩めず、自分を迎え撃とうと待機しているバルダーに向かって突撃した。
待ち構えているアスラ軍の三機のバルダーは、定石通りにカンティークに向けて爆砲を放つ。
爆砲の命中率の低さを弾幕の数でカバーするため、カンティークを中心に散弾で放った爆砲だったが、サリーは苦もせず全ての砲弾を避けた。
爆砲がまるで足止めにならず、そのまま接近してくるカンティークに慌てたアスラ軍の兵士は、急いで次弾の発射準備をする。
しかし、カンティークの走る速度は、通常のバルダーよりも圧倒的に速かった。
量産型とは違い、サリー専用にチューニングされ、現在の能力に合わせてカスタムされたカンティークは、並のバルダーとは性能差が全く異なる。
カンティークはあっという間に、三機の中で最も先頭にいたアスラ軍のバルダーに肉薄した。そして右手に握った戦鎚を、敵バルダーに向けて振った。
重さをまるで感じさせない俊敏な動きで振られた戦鎚は、敵バルダーの左側面に打ち付けられた。戦鎚を食らった敵バルダーの左腕はひしゃげて潰れ、さらに胴体部を半分ほどへこませてた。
そのまま、敵バルダーは沈黙した。
『おい、なんだよこいつは!』
『い……一旦退け!隊長と合流するんぎゃっ!』
同僚が瞬殺されたのを目の当たりにした兵士達は、すぐにこの場を離れようとした。
しかしサリーは、カンティークをもう一機に向けて跳躍させ、戦鎚を頭上から振り下ろしてバルダーを叩き潰した。
『うわあああああああ!』
残された一機は、操縦席で悲鳴を上げながら逃げ出した。
「逃さないわよ」
走ってもすぐに追いつくことができただろう。しかしサリーは、もっとお手軽で安全な方法を取った。
サリーの具現化能力は、単に戦鎚を出現させることではない。思った形状の武器を具現化することだ。
その形状は、多彩であり、無限である。
ある時には武器ではなく、扉の錠前を開けるために細い鍵の形状にしたこともある。
なお、攻撃用の武器として、戦鎚型の得物を具現化することが多いサリーだが、これは単に、サリー自身が「使い慣れている」からだ。
サリーは逃走する敵を討つため、戦鎚の形状を変化させた。その形状は、槍。
しかし、それはただの槍ではなかった。
サリーが具現化した槍は、まるで如意棒のように、みるみるうちに伸びていく。
やがてその先端は、走って逃げる敵バルダーへと到達した。
カンティークはその場から一歩も動くことなく、二十メートルほど先にいた敵バルダーの背中を串刺しにした。
あっという間に三機のバルダーを仕留めたサリーは、動かなくなった三機のバルダーを一瞥しただけで、再びカンティークを走らせた。
残る三機も倒して、ティルトを無事に回収しなければならないからだ。
しかし、この足止めにかかった時間は、タイミング的にも最悪だった。
「ご主人、ティルトが限界です!」
「間に合わないか!」
カンティークによると、ティルトのドローンはもう高度がとれなくなり、まもなく地面に不時着するだろうとのことだった。
「この距離では、敵の方が先にティルトを確保してしまうでしょう」
この際、アスラ軍にドローンを奪われることは仕方ないとしても、ティルトを人質、もとい猫質に取られては面倒なことになるかもしれない。
ティルトならば、不時着後にドローンから飛び出して、上手に逃げおおせるとは思うが、一応、ここは戦場である。何が起きるか分からない。
そして、まさに「何が起こるか分からない」を体現した連絡が、カンティークの元に届いた。
「ご主人!創造主様とバル子姉さんが……」
「ケイが?どうした!?」
カンティークは啓のことを創造主と呼び、サリーと同じように敬愛している。カンティークの口調は、啓の身に何かが起きたことを示唆していた。
「創造主様が敵の罠に掛かり、連絡が途絶えたそうです」
「なんだと!?ケイが……そんな、まさか……」
想定外の事態にサリーも驚いた。まさか地方の小さい砦に、啓が手玉に取られるほどの敵がいるとは思っていなかったのだ。
「いや、みくびっていたのは私達の方か……」
思えば敵は、ドローン部隊が来ることを事前に察知して、待ち伏せした。
そして魔動武器と思われる攻撃でドローン部隊を撃退する手腕を見せた。
そのことを考えれば、敵には相当な策士がいると考えて然るべきだったのかもしれない。
サリーはすぐに引き返して、啓の救出に行くべきかと一瞬悩んだ。
しかしティルトも救助を待っている。サリーは身を裂かれるような気持ちになった。
「ご主人……」
「……ケイなら、きっとティルトを見捨てない。それにケイはきっと大丈夫だ」
半ば自分に言い聞かせるようにサリーは言うと、再び武器を変化させた。
「これを試す。カンティーク、頼む」
「もちろんです、ご主人。でも無理は禁物です」
「ああ、分かってる」
サリーが今から使おうとしている武器は負荷が大きいため、連続して使うことができない。しかし、遠距離の敵を素早く倒すという点では、効果は絶大である。
しかしサリーは迷うことなく、武器を変化させた。
数秒後、カンティークの右手には、金色に輝く狙撃銃が握られていた。
◇
サリーが啓に相談を持ちかけたのは、アスラ連合国に向かう前のことだった。
店舗の修理が終わったばかりの猫カフェ・フェリテを訪れたサリーは、シャトンの「またオーナーにちょっかいをかけに来たのですか」という無言の圧力を無視して、カウンター席に座っていた啓の隣に腰掛けた。
「突然だが……新しい技が欲しいんだ」
「新しい技?スカートに入れる新しい武器の相談かい?」
「スカート技の相談じゃない。こっちの話だ」
そう言ってサリーは、手にトンカチほどの大きさの戦鎚を具現化した。
サリーの相談とは、女神の奇跡の技の相談だった。
ちなみに、スカート技とは、フレアスカートの中に様々な武器を隠し持つ技である。
体得しているのは、サリーとミトラ、そしてサリーの乳母であり、スカート技の大師匠でもあるナタリアである。
なお、スカート技で敵を倒した後は『女のスカートの中には秘密がたくさんあるのよ』という決め台詞を言うまでがワンセットとなっている(らしい)。
サリーは金色に光る戦鎚を弄びながら、話を続けた。
「私はケイやミトラに比べると、芸が少ないと思うんだ」
「芸って……でもサリーは、自在に武器を作れるじゃないか。むしろ芸達者だと思うよ」
「私が言いたいのは、武器の種類ではなく、技の種類のことだ」
「種類ねえ……」
啓にも、サリーの言いたいことがようやく分かってきた。
サリーが元々持っている女神の奇跡の技は、治癒能力である。
人の傷を癒す優しい力は、この世界でも数が少ないらしく、重宝されるという。
それだけでも十分誇らしいことだが、サリーはカンティークという愛猫を得て、様々な武器を具現化する能力も得た。
普通ならば、これでも十分すぎるほどである。
なにしろ、オルリックの建国王は例外として、「一般的には」二つ以上の奇跡の力を持つ人間はいないとされているのだ。
しかし、サリーの身近には、二つ以上の能力を持つ人間が二人もいる。
啓とミトラだ。
啓は魔硝石をベースに動物を召喚し、その動物の特性を生かした特殊能力を使うことができる。
また、啓自身も動物達の力を借りて、様々な能力を使うことができる。その能力の数は無限とも言える。
ミトラは特殊なトレーニングによって、後天的に女神の奇跡の技が使えるようになり、その力で飛行能力を身につけた。
おまけにミトラはどういうわけか、魔力の吸収や、治癒能力まで使えるようになっている。
特にミトラの治癒能力は、サリーの治癒能力を遥かに上回る治癒力を発揮した。これは本家本元のサリーに大きな衝撃を与えた。
だからこそサリーは、心に焦りのようなものを感じていた。
そんなことを啓が気にするはずはないとサリーも分かってはいるが、できればもっと啓の役に立ちたい、自分の存在意義を見出したいと思うのが乙女心、いや、戦乙女心というものだった。
「どうだ、ケイ。なにか良い案は無いだろうか」
「そう言われても、いきなり新しい能力が開花するような、都合の良い話はないと思うし……」
ならば、今の能力を応用する方が良いのではないだろうか。
そう思った啓は、その考えをサリーに伝えてみた。
「なるほど、ケイの言うとおりだろう。では、その方針で構わないから、何か助言をもらえないだろうか。例えば、ケイの世界にしかないような武器や技とか」
「オレはミリタリーには詳しくないんだよなあ……」
「み、りみたり?」
「いや、気にしないでくれ。そうだな……あ!」
「何だ?何か思いついたのか?」
「ひっ!近っ!うわ危なっ!」
一気に顔の距離を詰めてきたサリーに啓はドキッとしたが、すかさずシャトンが啓とサリーの間に果実水のボトルを差し込み、接近をブロックした。
「どうぞ、サリー様。喉を潤して、落ち着いてお話してくださいね」
「ああ、ありがとう……シャトンは相変わらずいい反応をするね」
「ええ、前より鼻も利きますしね」
「できれば気も利かせてくれると助かるのだがね」
「あら、では今度は耳元で吠えて、衝撃波も利かせてさしあげます」
シャトンは啓の召喚術で死の淵から蘇り、その時に犬に変身できる能力を得た。
実際のところは、魔硝石で召喚されたシェットランドシープドッグにシャトンの魂が宿ったので、主は犬の姿なのだが、普段は人間の姿で生活している。
ちなみに衝撃波というのは、犬形態の時にできる能力で、遠吠えを衝撃波に変換するというものだ。その衝撃波は、簡単な壁ぐらいならば破壊できるほどの威力がある。
啓は火花を散らす二人にそっと割り込み、サリーに言った。
「あのさ……銃なんてのはどうかな」
「ジュー?」
「爆砲の小型版といえばいいかな。小さな筒に弾を入れて、撃ち出すんだ」
「ふむ……似たような武器は既ににあるが……やはり命中率が悪いし、破壊力も低いぞ」
「そこをなんとかするのが、女神の奇跡の技だろう?」
そう言うと啓は、紙に銃の絵を描いてサリーに見せた。
「……って感じで、火薬の爆発で加速した銃弾が、この筒を通って飛ぶ仕組みだったと思うんだけど……」
「ふむ……ところで、これは筒なのか?ずいぶん曲がっているように見えるが、そのジューダンというのはまっすぐ飛ぶのか?」
「うっ……」
「それと、こっちは……これはもしかして人間か?どうやってジューを持っているんだ?」
「ううっ……」
残念なことに、啓には絵心が無かった。
啓が描いた銃の絵は、ひん曲がった細い砲身に、やたら大きい長方形のグリップがくっついているだけのお粗末なものだった。
そして丸と棒だけで描いた、いわゆる「棒人間」の手がグリップに触れているという、極めて残念な絵だった。
「はあ……ご主人、バル子が書きます。代わってください」
「バル子?お前、絵が描けるのか?」
バル子はカウンターに真っ新な紙を置くと、両手を使って器用に絵を描き始めた。
数分後、紙には見事な銃の絵が二丁、描かれていた。
「凄いな、バル子!一体どこで絵の技術を覚えたんだ?……てか、この銃、やたら凝っていないか?」
「はい。実在する有名な銃ですし」
「……オレは知らないんだが?」
バル子の絵心もさることながら、細部までしっかりと描かれている銃の絵に、啓は舌を巻いた。
描かれていた銃の絵は、見る人が見ればすぐに分かる、本当に有名な銃だった。
「まずこちらはスナイパーライフルとして有名なものです。射程も長く、精密な射撃が可能です。連射には不向きですが、貫通力が高く、世界最高の狙撃銃と言われています。伏射が基本ですが、立射も可能です」
「あの……バル子?」
「そしてこちらは、かの有名な漫画の主人公が愛用しているアサルトライフルです。本来は遠距離の狙撃には向かないのですが、主人公の職業上、近距離での戦闘や連射が必要な場面があるため、カスタムした上でこの銃を使っています」
「ちょっと、バル子さん?ちょっと待ってくれ」
「何ですか、ご主人」
バル子は啓の記憶にも知識の中にも無い銃を、まるで当たり前のように描き、説明していた。
そのことを啓が問い詰めると、バル子は首を傾げて見せた。
「それは……バル子がご主人の世界の知識を持っているのはご存知ですよね?」
「ああ、知っている。だがその知識は、オレの記憶が元になっているんじゃないのか?」
その理屈からすれば、啓が知らないことをバル子が知っているはずがないのだ。
「そう言われてましても、知っているものは知っているわけで……もしかしたら、女神様の知識の一部が、バル子に与えられたのかもしれません」
「ああ、なるほど……」
あの女神は、地球の競艇に興味を持っていたぐらいなので、他のサブカルにも詳しい可能性が高い。
その(偏った)知識がバル子にも与えられたとすれば合点はいく。
ただ、その目的と理由は分からなかった。
「いや……きっと目的も理由も無いな。あの駄女神のことだし、面白がってそうしたんだろうな」
「ケイ。もしかして、今また女神様を愚弄しなかったか?」
「いや、なんでもないよ、サリー。気にしないでくれ」
サリーは敬虔な女神の信奉者なので、啓はなるべくサリーの前では、女神の悪口を言わないようにしている。
今のように、つい、漏れてしまうこともあるが。
「だが、ケイ、それにバル子ちゃん。そのジューとやらは、金属の弾を打ち出すのだろう?私自身は弾を持ち歩けるが、バルダー用の武器としてはいささか不向きだと思う。いくら何でも、女神の奇跡の技で金属を生み出すことはできない」
爆砲は、簡単に言えば、魔動連結器を使って金属の弾を強く押し出す仕組みだ。
そのため、飛距離も短く、命中率も低い。
火薬の爆発によって推力を得る銃弾とはまるで仕組みが違うのだ。
「なあ、サリー。魔力を飛ばすことはできないかな?」
「マリョクを、飛ばす?」
相変わらず「魔力」のアクセントはおかしいが、サリーも今は魔力が何たるかを理解している。
女神の奇跡の力は、体内から生成した魔力を変性させて行使するものだ。
啓は建国王が残した手記からそのことを理解し、サリー達にも説明した。
ただ、その他の人々には今でも「女神様が与えてくれた奇跡の力」という認識でしかないし、啓もわざわざ周知させようとは思っていない。
身近な人間にしか教えていない、言わば秘伝のような扱いにしていた。
「サリーは魔力を自由に動かして、色々な武器を具現化している。そうだよな」
「ああ。カンティークを通じて感じたマリョクを、思い通りの形の武器に変化させている。私のカンティーク愛が溢れた結果だな」
サリーはウンウンと頷き、自画自賛する。
「まあ、うん、そうだね……それでだ。その魔力を飛ばせばいいんじゃないかな」
「マリョクを飛ばす?そんなことができるのか?」
「例えば、オレは槍を具現化するが、この槍は投げた後もしばらくは形を保っている。これって、魔力を投げてるのと同じことだと思う。盾にしてもそうだ。ずっと手で触れているわけじゃない」
「……言っていることは分かるが、私にそれができるだろうか」
試しにサリーは、具現化した戦鎚を宙に投げてみた。
しかし、手から離れた戦鎚は、たちまち姿を消した。
「……やはり無理そうだが」
「それはたぶん、サリーがそういうものだと認識しているからだと思う。大事なことは、できると当たり前に思うことなんだ。いいかい?」
啓はバル子が描いた銃の絵を使って、再び銃の仕組みを説明した。
細かいところはバル子に補足してもらいながらの説明だったが、サリーはおおよその仕組みを理解した。
「これを女神の奇跡の技に転用するから……まず、魔力をうんと圧縮して弾丸を作る。小さな弾丸に大量の魔力を圧縮して詰め込むんだ。そうすればすぐに消えることはない。そう思えるだろう?」
「マリョクを大量に……なるほど」
「その魔力を銃身の中で一気に解放することで撃ち出す。そんな感じかな」
「ふむ……そしてマリョクの弾丸はは速くて硬く、貫通力があるものだと私が強く認識すれば……なるほど、なるほど……分かってきたぞ」
イメトレを終えたサリーは「むむっ」と手に力を込めた。
すると手の中に、金色に光る銃弾が現れた。
そしてサリーはその銃弾を、そっとカウンターの上に落としてみた。
銃弾はコロンと硬質な音を立て、カウンターの上を転がった。
銃弾はそのまま10秒ほど形を維持した後、スッと消えた。
「……できたか?」
「ああ。いきなり成功するなんて、凄いぞ、サリー!」
「ふう……うまくいったが……しかしこれは疲れるな。でも、とりあえず銃弾はできた。次はいよいよ銃だな」
「では、サリー様。どちらの銃にしますか?」
バル子は自分が書いた銃の絵をパシパシと叩いた。
「バル子のオススメは、やはり世界随一の狙撃のプロフェッショナルが使っているこちらの……」
「いや、ちょっと待って、バル子」
「おっと、ご主人は狙撃銃のほうがよいとお考えなのですか?」
「いやいや、そうじゃなくて。別にその二つにこだわる必要は無いんじゃないか?」
「何をおっしゃいますか、ご主人。何事も形からですよ。バル子としてはこちらの銃をサリー様に使ってもらい、『私の後ろに立つな!』とか言ってみて欲しいです」
「それ、完全にバル子の趣味じゃないのか?」
「いえいえ。狙撃者を目指すならば、やはり一流の流儀を知って然るべきです。いいですか、狙撃に99%失敗しないという彼の流儀は……」
バル子は熱く語りだした。
しかし残念なことに、バル子の熱い思いはサリーには届かなかった。
そもそもサリーには、バル子の話の大半が意味不明だった。
「私はこっちのほうがいいな。確か、スナイパーライフルだったかな」
そう言ってサリーは、バル子が勧めたアサルトライフルではない銃を指差した。
「ニャッ!?アサルトライフルでは駄目ですか!?」
「これまでの話を聞いて、私が欲しいと思ったのは、遠くから正確に敵を仕留めることができる武器だと気付いたんだ。スナイパーライフルのほうが、遠距離向きなのだろう?」
サリーはスナイパーライフルの長い銃身を指でなぞりながらバル子に問いかけた。
「はい。記録では、2キロ以上離れた敵の狙撃に成功した例もあるとか……」
「ふふっ。それは凄いな。ぜひ私もその力を身につけたいものだ」
「そうですか。サリー様は白い死神のほうがお好みなのですね……いや、でも超一流の狙撃者は得物を選びませんし……あ、そういうことですか……遠距離射撃ならば自身は安全。つまり、病的なまでの用心深さと臆病さをサリー様は既にお持ちであると……」
バル子はブツブツ言いながら、勝手に一人で納得している。
「ちょっとバル子ちゃんが何を言っているのか分からないが……とにかくできるだけ遠くの敵を倒せるほうで頼むよ、バル子ちゃん」
「まあ、両方の銃の良いところを吸収すればいいんじゃないか。実際に製造するのではなく、魔力で造形するわけだし、片方に拘る必要はないだろう」
「ご主人の仰るとおりですね……分かりました。ではその方針でいきましょう。バル子は全力で協力させていただきます」
「もちろん、オレも手伝うよ。サリー」
「ああ、よろしく頼む」
サリーは笑顔を浮かべ、握手を求めて右手を啓に差し出した。
啓は頷き、その手を握……ろうとしたところで、バル子が猫パンチで妨害した。
「バル子?」
「え、バル子ちゃん?なんで?」
「駄目です!利き腕を他人に預けるなんて言語道断です!一流の狙撃者たる者、そんな自信家になってはいけません!」
「……全然意味がわからないよ」
こうしてサリーは、バル子のマニアックな拘りに振り回されながらも、出立の日まで研鑽を重ね、「スナイパーライフル」と命名した能力を会得した。
◇
「スナイパーライフル、照準……」
サリーはスコープの中で、ティルトを追いかける敵のバルダーを捉えた。
「……発射」
そしてサリーは、銃身の中にセットした魔力の塊を解放した。
発砲音と共に、高密度に圧縮した魔力で作った弾丸が銃身から撃ち出された。
弾丸は見事に敵バルダーの胴体に着弾した。
着弾と同時に弾丸は圧縮された魔力を解放し、爆発を起こした。
爆発の衝撃で胴体部が真っ二つになった敵バルダーは、その場で崩れ落ちた。
「まずはひとつ……次」
仲間が突然大破したため、二機のバルダーは足を止めて、破壊されたバルダーを遠巻きに見ている。
サリーにとっては、格好の的だった。
二射目が放たれた。今度もバルダーに命中し、二機目が大破する。
残るは小隊長が乗るバルダーだけとなった。
ここでようやく自分達が攻撃されていることを悟った小隊長は、周囲を見回して攻撃者を探し始めた。
しかし小隊長は、敵を視認することができなかった。
「これで最後……」
キョロキョロと辺りを見回しているバルダーに、サリーは最後の一弾をプレゼントした。
「ギルティ」
破壊され、沈黙したバルダーを視認したサリーは、そう呟いた。
「よし……あれ?カンティーク、ギルティって言葉は、撃つ前に言うのが正しかったか?」
「……おそらく、どうでもいいと思いますよ、ご主人」
「そもそも、ギルティってどんな意味なんだろうな」
バル子に余計な知識まで叩き込まれたサリーだったが、無事、敵バルダーの殲滅に成功した。
◇
「ニャニャニャ!ニャー!!」
「ティルト、無事で良かった!」
サリーは不時着したドローンからティルトを回収して、操縦席の中に連れ帰った。
「ティルトがありがとうと言ってます、ご主人」
「そうか、そうか……本当によく頑張ったな」
「ニャッ……」
サリーに抱き抱えられたティルトは、頭をサリーの胸の谷間に埋め、目を瞑った。
ほんの数秒後には、小さな寝息を立て始めた。
「寝てしまったようですね」
「疲れたんだろうな。無理もない」
ドローンの動力は、猫の核とも言うべき魔硝石から生み出されている。
故障したドローンを長時間飛ばしたティルトは、かなり消耗しているに違いなかった。
しかし、消耗しているのはサリーも同じだった。スナイパーライフルによる攻撃は、大量の魔力を消費するからだ。
「私も疲れたよ……でも、休んでいる暇はないな。次は啓を……」
「お待ちください、ご主人」
啓が消息を絶った場所に向かおうとしたところで、カンティークが制止する。
その理由は、サリーにもすぐに分かった。
「敵の増援か……」
今まさに向かおうとした方角から、砂煙を上げてアスラ軍のバルダーが走ってくるのが見えたからだ。
レオが啓を罠に嵌めたことでフリーになった他の部隊が、サリーの方に向かってきたのだ。その数は30機を超えている。
「今、この数を相手にするのはきついな……」
「では、逃げますか?」
「一人だったらそうするところだが……啓の元に向かうには、こいつらを突破するしかない。だったら、やるしかない」
サリーはスナイパーライフルの銃口を敵の方角に向けた。
「少しでも数を減らして、残りは白兵戦をしながら、敵陣を突破する!」
そう腹を決めたサリーは、再び銃弾を発射した。
◇
撃破したバルダーの数が十機を超えたところで、サリーは意識が遠のくのを感じた。
「ご主人!ご主人!!」
「ああ、カンティーク……すまない。ちょっと無理をしすぎた」
一瞬だが気絶したサリーは、カンティークに揺さぶられて、再び意識を引き戻した。
スナイパーライフルでの遠距離攻撃は、集中力も、消費する魔力も桁違いだ。そのため、一日で使える回数にも限界がある。サリーはその限界を超えて能力を行使してしまった。
「まずい……普通の武器の具現化もできない」
「申し訳ございません、ご主人。カンティークもこれ以上は……」
「いや、私のほうこそ、無理をさせてしまってすまなかった」
敵のバルダーはまだ10機以上残っている。
普段ならば、逃げに専念すれば楽に逃げおおせただろう。しかし現状ではバルダーを動かすための出力も落ちている。逃げ切れそうもなかった。
サリーは、非常用装備の手斧を右手に構え、白兵戦の構えを取った。
幸い、残った敵はサリーが見せたとんでもない狙撃を警戒して、慎重に行動しているが、包囲網が完成し、一斉に攻撃を仕掛けてくるのは時間の問題だろう。
「もはやここまでか……ならばいっそ捕虜になって、脱出の機会を伺うか……」
降伏することも考え始めた、その時だった。
バルダーの通信機が反応し、聞き覚えのある声が、操縦席に響いた。
それも、かなりの大声で。
『……さま!姫様ああああああああああ!』
「この声は……」
サリーが辺りを見回すと、東の方角で砂煙を上げて、一機のバルダーが走ってくるのが見えた。
敵の増援ではない。何故なら走ってきたのは、アスラ軍のバルダーではなく、オルリック軍のバルダーだからだ。
『お待たせしました!ここは私にお任せください!』
再び通信機から聞こえた声はまぎれもなく、サリーこと、サルバティエラ王女殿下の護衛騎士(自称)、アーシャ・リーの声だった。
サリー、狙撃スキルを駆使して、無事にティルトを救助。
余談ですが、サリーが具現化した銃のイメージは、M16アーマライトではなく、バレットM82です。
なお、今回の話のタイトルを「ビッグ・セイフ作戦」にしようかと少しだけ悩みました。
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よろしくお願いいたしますm(_ _)m