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114/124

114 計略

 バーボック地方は、アスラ連合国の南西にある、荒野と岩山ばかりの痩せこけた土地だ。


 元々は近隣の小国に属していた土地だが、連合国樹立によって、軍地基地としての機能を持つだけの国有地となっている。


 その軍事基地であるバーボック砦は、高い岩山の西側を削り、岩山を背にして建造されている。

 まるで西側だけを監視するように造られているが、実際その通りで、西方にあるカナート王国の侵攻に備えて造られた砦なのだ。


 そのため、東側に対しては警戒能力が低く、今、東側から侵攻をかけようとしている啓達には好都合でもあり、ややめんどくさくもあった。


 

 砦のある岩山から十分離れた場所にトータス号を着陸させた啓達は、今回の作戦について話を始めた。


「バーボック砦は、切り立った岩山をくり抜いて建てられている。だから砦の頂上に直接降り立って制圧するような方法は不向きだ」


 サリーが手書きの砦の絵を指差しながら説明する。


「我々は今、砦の背後方面にいる。接近はしやすいと思うが、砦を攻撃するには、回り込んで正面から切り込むしかないと思う」

「正攻法か……砦にはどのくらいの兵力があると思う?」

「元々はカナート王国の侵攻に備えて造られた砦だが、今のアスラはカナートと同盟を組んでいる。だから、それほど多くはないと推測する。油断は禁物だがな」

「ああ、もちろんだ。では次に砦の構造だが、チャコ達からの情報によると……」


 啓達は集めた情報を元に、作戦を組み立てていった。


「……ということで、まずは猫部隊によるドローン攻撃。これはあくまで牽制が目的だ。敵部隊が出撃してきたら、ドローン部隊はすぐに撤退だ。シャトンはその旨、隊長に伝えてくれ」

「分かりました、オーナー。ティルト隊長にしっかり念押ししておきます」


 猫のドローン部隊の隊長は、アビシニアンのティルトが任命されている。


 ティルトはかつて、悪徳商人に目をつけられて売り飛ばされそうになったことがあるが、サリー達との見事な連携で悪徳商人を破滅に追いやった。


 ティルトは冷静沈着で、やる時はやる。

 猫達のまとめ役としても適しているため、リーダーに抜擢されたのだった。


「今回の砦攻略はオレとサリーで行く。出てきた敵のバルダーを潰して、そのまま砦を制圧する」

「えー!じゃあ、あたしは留守番なの!?」


 ミトラが不満そうに声を上げる。

 しかし啓は駄目だと首を振った。


「ミトラ、さっきも説明した通り、この砦は空からの攻撃には向かないんだ。だから今回、ミトラはトータス号を守っていてくれ。ただの留守番じゃないぞ。オレ達の拠点を守る大事な役目だ」

「はぁーい」


 ミトラは完全には納得してなさそうな返事を返したが、啓は気に留めず、次の指示を出す。


「ヘイストとアーシャも留守を頼む。オレが出る前にコノハに頼んでトータス号に姿隠しをかけていくが、いざという時はトータス号ごと逃げてくれ」

「ああ、了解した」

「その、私は王女殿下……ではなく、サリー様に同行したいのですが……」


 ヘイストは快諾したが、アーシャはやや渋った。

 アーシャ・リーは、元王女であるサリーの護衛を(半ば強引に)するために、現王子の近衛騎士隊を(半ば強引に)抜けてきた。

 戦場に赴くサリーに同行したいと思うのは当然だろう。


「大丈夫だよ、アーシャ。バーボック砦はそれほど大きくはない。啓と私だけで十分だろう」

「普通はバルダー二機だけで砦を攻略することなどあり得ませんが……」

「それは今更だろう?」


 これまでも、バルダー数機で城や砦を何箇所も攻略しているのだ。

 それだけ、啓、ミトラ、サリーの能力が規格外であることは重々承知している。


「……承知しました。ですが十分ご注意を」

「分かった。アーシャも守りを頼む。それから、くれぐれもミトラには出撃をさせないように」


 アーシャは大きく頷いた。


「……なんか、あたしの扱い、酷くない?」

「ミトラはすぐに出てこようとするからな。今日は俺達に任せて、ミトラは少し休んだほうがいい」

「そうだぞ、ミトラ。それに、あまり体調も良くないのだろう?」

「えっ?あたしは別に……」

「嘘をつくな。

「うっ……サリー姉、鋭い。なんでバレた……」


 ミトラは正直なところ、あまり体の調子が良くなかった。

 移動疲れか、戦いによる疲労が溜まったのか、とにかくだるさを感じていたのは間違いなかった。


 ただ、深刻な症状ではなかったので、皆に心配かけまいとして隠していたのだが、啓とサリーには気づかれていた。


「ふふっ。ミトラのことはお見通しだよ。分かったら、今回は大人しくしていろ」

「……はい」


 降参したミトラは素直な返事を返した。



 バーボック砦の見張り台は、砦を囲う岩山の頂上にある。

 見張り番の兵士は、砦の最上部から梯子を使い、見張り台に登って周囲を監視する。


 数日前まで、この砦に詰めている兵士達は、さほど勤勉ではなかった。

 それもそのはずで、カナート王国との同盟が成立したことによって、西側にあるカナート王国との国境をを監視するバーボック砦の存在意義が薄れたからだ。


 しかし、ここ数日は、兵士達の間にピリッとした空気が流れ、さながら戦争前の緊張感が漂っていた。


『バーボック砦が襲撃される可能性あり』


 そんなお達しと共に、アスラ連合最高評議会の勅令で、一人の男が砦の司令官として赴任してきたからだ。


 司令官として赴任したレオは、すぐに相応の実力を見せ、砦の兵士達を統率していった。



 それから数日後。

 見張り台で監視をしていた兵士は、突然、梯子を上がってきたレオを見て、軽く緊張した。


 兵士は、自分の勤務態度に問題でもあったのかと不安に思ったのだが、そうではなかった。


 レオは兵士を気にも留めず、見張台に立って東側を向き、目を細めた。


「……来るぞ」

「……は?」


 兵士も目を凝らしてレオが向いている方向を見るが、特に何も見つけることができなかった。


 しかしレオは、険しい表情で東の夜空を睨みつけ、ブツブツと呟いている。


「空からの攻撃……爆砲か、いや違う……この動きは……」

「あの、レオ司令官殿……私には何も見えないのですが……」


 見張りの兵士の視力は決して悪くはない。しかし、いくら探してみても、やはり敵の姿を見つけることはできなかった。


「ああ、お前にゃ無理だ。俺だから分かるんだよ。しかし、まさか……いや……あり得るのか?」


 レオは軽く自問自答した後、見張り台に設置された伝声管の蓋を開いた。


「全員、戦闘準備!お客さんが来るぞ、出迎えのバルダーを出せ!それと、少し迎撃配置を変える!」


 レオは矢継早に指示を出し、自らもバルダーに搭乗するため、見張り台を降りていった。



 夜空を複数の飛行物体が飛んでいく。

 羽ばたきの代わりに、複数のプロペラで空を駆けるのは、もちろん鳥ではない。


 ユスティールの猫カフェ・フェリテの従業員、もとい、従業猫が乗るドローン部隊だ。


 このドローンは、自走車やバルダーと同じように、魔硝石の力を魔動連結器を介して動力に変え、プロペラを回転させて飛行する。


 フェリテの猫達は魔硝石を核として啓に召喚されているため、自身が持つ魔硝石の力を自由に使うことができる。そのため、自力で魔動連結器に力を送り、ドローンを自在に飛ばすことができるのだ。


 小型のドローンなので、人間の重量を乗せて飛ぶことはできないが、猫程度の重さであれば問題ない。フェリテの猫だからできる芸当だった。


 彼女達の使命は、バーボック砦の爆撃である。

 フェリテの猫達は、猫パンチで魔硝石を弾くことで、魔硝石を衝撃で炸裂する爆弾に変える能力がある。

 この魔硝石を、ドローン下部の発射口から投下して空爆するのだ。


 この戦法は、これまでも大きな効果を上げてきた。

 今回も、ドローンからの爆弾投下による不意打ちで敵が慌てたところで啓とサリーが攻撃を仕掛けて、砦を制圧するという作戦だった。


 しかし、不意打ちにならなかった場合はどうなるのか。


 レオが指揮するアスラ軍のバルダー部隊は、接近するドローンを身を潜めて待ち構えていた。



『司令官殿、本当に……本当に敵が空からやってきました』


 肉眼で飛来物を確認した兵士が、驚き混じりでレオに報告した。

 その口調からは、明らかにレオの『推測』を信じていなかったものだと分かるが、レオは気に留めることなく指示を出した。


『ああ、分かっている。第一小隊、攻撃準備。オレの合図を待て』


 飛来してくるモノが鳥ではないことは明らかだったが、それがドローンと呼ばれる人工物であることはレオも当然知らない。


 しかし、それが敵であることだけは理解していた。


 そのまま待つこと数分。

 ドローンが、隠れているアスラ軍のバルダー部隊の上空に差し掛かった時だった。


『攻撃用意……発動!』


 レオの号令で、岩陰に隠れていたアスラ軍のバルダーが動き出した。


 動いたのは、第一小隊のバルダーだ。

 第一小隊のバルダーは、武器の代わりに大きな筒状の棒を持っていた。


 そして飛来するドローンに、その筒状の棒を向けた。


 棒の先から、火柱が上がった。

 火柱は、上空を飛ぶドローンに十分届くほどの高さまで伸び上がり、その炎をドローンに浴びせた。


 第一小隊のバルダーに持たせた棒はただの棒ではなく、レオがあらかじめ用意していた、火炎を吹き出す魔動武器だった。


 レオは上空から敵が来ることを察知した時に、この魔動武器で迎撃する作戦を立て、待ち伏せしていたのだった。


「よーし、そのまま焼き落とせ!」


 レオの作戦は見事に成功した。



「ニャニャッ!(何!?)」

「ニヤッ!(敵の攻撃よ!)」

「ニャニャ……(ウソでしょ……)」

「ニャ!(後退するわよ!)」


 突然の炎の洗礼を受けた猫達は驚き、隊列を崩したものの、ティルト隊長の念話指示で、すぐに後退を始めた。


 しかし、そのうちの一機のドローンは、フラフラと明後日の方向に向かっていった。


「ニャニャニャー!(クルトのドローンが!)」


 サイベリアンのクルトが搭乗するドローンは、炎の直撃を受けてモーター部に異常をきたし、制御困難に陥っていた。


 すぐにティルトがクルトの助けに向かおうとしたが、再び地上から炎の攻撃を受け、行動は妨害された。


「ニャニャニャ……(もっと高く飛べればいいのに……)」


 実はこのドローン、万が一の故障などで落下した時のために、一定以上の高さが出ないように自動制御されていた。


 それでも十分な高さは出ているのだが、敵の放つ炎が届かない高さまでは上昇できなかった。

 ティルトがボヤくのも無理はなかった。


 その時、ティルトにバル子から念話が届いた。


「ティルト、聞こえますか?」

「バル子姉さん!クルトのドローンが……」

「分かっています。皆の声が聞こえていましたからね。大丈夫。ご主人とバル子で、クルトを助けにいきます。ティルト達はトータス号に帰還しなさい」

「はい……姉さん、お願いします!」


 ティルトもこれ以上の深追いは避け、バル子の指示に従いトータス号へと戻っていった。


 上空を飛んでいくティルトの下をすれ違いで、啓とサリーのバルダーが駆けていった。



『飛行物、後退していきます……代わりにバルダーが姿を現しました。その数、二機!』

「二機とはいえ、侮るなよ。奴らは少数でいくつもの拠点を陥落させた猛者だ」

『はっ!』

「例の地点に誘い込め。全軍、前進!」


 レオが乗る紫色のバルダーが岩陰から飛び出し、指示を出した。

 その指示に従い、アスラ軍のバルダー数十機が前進を始めた。


「走りながらでいい。爆砲、撃て!」


 レオの攻撃命令によって、アスラ軍のバルダーから啓達に向けて爆砲が放たれた。


「当たらなくても構わん、続けて撃ちまくれ!」


 爆砲の飛距離はそこそこあるが、命中精度は低い。しかし牽制には十分な効果がある。


 レオの命令によって啓とサリーは、アスラ軍のバルダーが放つ爆砲の弾幕にさらされた。



 滅茶苦茶に飛んでくる爆砲を避けながら、啓とサリーはバルダーを走らせていた。


「くそっ、なんで攻撃のタイミングが読まれたんだ!」


 バルバロッサと名付けた啓専用のバルダーの中で、啓が吠える。


 その声は、バルバロッサの通信機を通して、カンティークに搭乗するサリーにも聞こえていた。


 なお、カンティークとはサリー専用機のバルダーの名前だが、同時に、サリーの愛猫の名前でもある。


『落ち着け、ケイ』

「だけど、クルトが……」

『分かっている。だが、常に冷静に、というのがお前の信条だろう?らしくないぞ、ケイ』

「……そうだな。すまない、サリー」


 通信装置から聞こえるサリーの声に嗜められ、啓は落ち着きを取り戻すために深呼吸した。


 敵の思いがけない攻撃で、つい頭に血が上ってしまった啓だったが、クルトは撃墜された訳ではない。


 アスラ軍の攻撃によってドローンのモーターが破損しただけだ。


 猫達の念話ネットワークによると、クルトは生きているモーターをなんとか制御し、墜落は免れているらしい。


 とはいえ、敵のバルダー数機がクルトを追いかけているという情報もあり、安易に着陸できない状況だという。


「やっぱり、ドローン部隊なんて編成するんじゃなかったかな……」

「ご主人。それは違います」


 啓の独り言に、バル子が反論する。


「バル子も、フェリテの猫達も、ご主人のお役に立ちたいのです。ご主人はクルトの危機を心から心配してくださっています。バル子はそれがなにより嬉しいです」

「そんなの、当たり前のことじゃないか。オレはお前達が傷つくのを見たくないんだ」

「お言葉を返すようですが、バル子達もご主人が怪我をするのを黙って見ていることなどできません。だから、一緒に戦わせてほしいのです」

「そうか……分かったよ。だけど今回の作戦の失敗はオレの責任だ」

「ご主人、ですからそれは……」


 しかし啓は首を振った。


「自分の力に驕って、敵を甘く見てしまった。猛省するよ。でもそれは後だ。今はクルトを無事に救出することが先決だ。だからバル子、力を貸してくれ」

「もちろんです、ご主人。そんな、貸してくれなんて言わず、オレのものになれ、と言ってくださればバル子はいつでも……」

「サリー、聞こえるか」


 啓はバル子の暴走を無視して、通信機でサリーに呼びかけた。


『ああ、聞こえているとも』

「サリーはクルトの救助に向かってくれ。オレはこのうるさいカトンボを黙らせてくる」

「ご主人、それを言うなら、落ちろ、カトン……」

『分かった、だがケイも無理はしないでくれ』

「ああ、サリーとカンティークもな。背中はオレに任せてくれ」


 サリーはバルダーの腕を振って啓に挨拶を送ると、飛んでくる爆砲を完全に無視して、クルトが飛んでいった方向へと走った。

 

 啓はバルバロッサの足を止め、アスラ軍のバルダー部隊に向き直った。



「おいおい、一機でこの数を相手にすんのかよ。舐められたもんだなあ」


 たった一機でアスラ軍に対峙しているバルダーを見たレオは、感心と呆れが半々といった口調でボヤいた。


「いや、待てよ……あのバルダー……ケイとかいう奴のものじゃねえか!」


 アスラ連合国で何箇所も攻撃を仕掛けている啓のバルバロッサの容姿は、既にアスラ連合国内で手配書として回されていた。

 

 アスラ連合評議会の一員であるレオも当然、その手配書には目を通している。

 なにより、レオのお目当ては啓なのである。待望の相手を見間違えるはずはなかった。


『司令官殿、どうしますか?』

「どうもこうもねえ。爆砲の掃射だ!ついでに背を向けてる奴にも浴びせてやれ!」

『はっ!』


(待っていたぜ、ケイ……お前が本物かどうか、見極めてやる)


 爆砲の一斉攻撃がバルバロッサに向けて放たれた。


 しかし、アスラ軍の放った爆砲は、バルバロッサに届く前に、大きな半透明の盾で全て止められた。当然ながら、カンティークに届くこともなかった。


 啓は盾を前面に展開したまま、アスラ軍のバルダー部隊に向けてバルバロッサを進めた。


 真っ直ぐ接近してくるバルダーに驚きと畏怖を感じたアスラ軍は、爆砲をバルバロッサに集中させた。

 しかし爆砲はすべて盾に阻まれ、バルバロッサの足を止めることはできなかった。


「おいおい……なんだよありゃ!?」


 攻撃を一切寄せ付けず、ただただ前進してくるバルダーに、レオは舌を巻いた。


 敵の盾が女神の奇跡の技であることは見て分かる。しかし、これほど強固な能力は見たことがなかった。


 盾を具現化する技を持つ者は少なからずいる。しかし、普通は爆砲の威力を弱める程度か、二、三発喰らえは消滅するのが関の山だ。


 ところが敵の展開した盾は、全ての爆砲を受けてもびくともせず、張り直しすらしなかった。


「……第一小隊、火炎砲を放て!」


 物理攻撃が防がれるならば、同じ女神の奇跡の技で対抗するしかない。

 そう考えたレオは、魔動武器を持たせた部隊に攻撃指示を出した。


 第一小隊の約半数が前に出て、バルダーが手に持つ棒をバルバロッサに向けた。

 

 いくら強力な魔動武器でも、使い手の能力が低ければ使いこなすことはできない。

 半数程度しか構えなかったのは、残りの半数は、能力不足で連射ができなかったためだ。


 しかし、それでも十数本の火柱がバルバロッサに向けて放たれた。


 普通のバルダーならば丸焦げになるか、熱で爆散するほどの威力である。


 しかし、この火炎攻撃をもってしても、盾を破壊することはできなかった。


 それどころか、敵のバルダーは反撃を仕掛けてきた。


 突然、敵のバルダーの手に光る槍が現れ、その槍を第一小隊のバルダーに投げつけたのだ。


 槍を喰らった第一小隊のバルダーは装甲を貫かれて稼働を停止した。


「二つ目の能力だと!?」


 レオは操縦席から身を乗り出し、バルバロッサを凝視した。


「ははっ……わはははっ!そうか、そうか……やっぱりお前は、堕ち子なのか!」

『あの……司令官殿?』


 開きっぱなしの通信機から、レオの声は味方にダダ漏れだった。怪訝に思った小隊の隊長は、レオに伺いを立てた。


『司令官殿、どうかされましたか?』

「いや、すまねえ。なんでもねえよ」


 レオは薄笑いを浮かべ、操縦席に座り直した。


「全軍、ゆっくり後退だ。作戦通り、奴を誘い込め!」


 レオは指示を出し、自分も後退を始めた。



 アスラ軍は後退をしながら、爆砲による攻撃を続けていた。

 

 一方、啓は敵の爆砲を盾で受け止めながら、チャコの能力で具現化した槍を投げ、敵のバルダーを一機、一機と行動不能にしていった。


 啓が展開した盾は、相変わらず全ての爆砲を受け止めている。

 それでも敵は爆砲による攻撃を止めようとはしなかった。


「ご主人、あの中央後方にいるバルダーが指揮をとっているようです」

「ああ、そのようだな」


 一方的な力量差が見えているにも関わらず、敵は行動を乱すことなく整然と後退と攻撃を続けている。

 それはつまり、指示を出している隊長クラスの人間がいるということだ。


 そう考えた啓とバル子は、隊長クラスの人間を探した。


 そして啓は、茶褐色のバルダー軍団の最後方に、一機だけ紫色のバルダーがいることに気づいた。


 茶褐色のバルダーは、これまでにも何度も戦ってきたアスラ軍のバルダーだが、紫色のバルダーはこれまでに見たことのないバルダーだった。


 そのバルダーが、敵の行動の中心にいる。

 現場司令官、あるいはバーボック砦の指揮官かもしれないと啓は当たりをつけた。


「奴を倒せば、敵の行動は乱れるはずだ」

「はい、ご主人……ンニャ?」

「ん、どうした?」


 紫のバルダーに向けて攻撃をしようとした矢先に、バル子が妙な声を上げた。


「……何か変です、ご主人」

「変って、何がだ?」

「これは……魔硝石の反応?」


 バル子は自身が魔硝石から生まれたため、魔硝石の反応に敏感だった。

 バル子は、どこからか魔硝石の反応を検知しているのだ。


「敵の攻撃か!?」

「分かりません、ですがこの感じは……足元?地面から魔硝石の反応が……」


 もしも啓とバル子が敵の隊長探しに気を取られていなければ、気がつけたかもしれない。


 また、敵が無駄だと分かっているにも関わらず、爆砲による攻撃をやめなかった理由にも。


 その時、紫のバルダーが手を上げた。

 同時に、地面が大きく揺れ、足元の地面が崩れ出した。


「うわわわ!」

「ニャニャニャ!?」


 跳び上がる暇もなく、バルバロッサは地面に大きく開いた亀裂の中へと落ちていった。



「……よし、やってやったぜ!」


 地面に吸い込まれるように消えていったバルダーを見て、レオは会心の笑みを浮かべた。


 レオは、この地に元々あった大きなクレバスを利用した罠を用意していた。


 クレバスの上に、岩と土で作った蓋を作らせ、その裏に振動で蓋に亀裂を生じさせて破壊する魔動武器を幾つも設置する。


 そして敵のバルダーを誘導し、ちょうどクレバスの上に来た時に、遠隔で魔動武器を発動する。

 すると落とし穴の蓋が破壊され、バルダーはクレバスの中に落ちていく。


 整然とした後退行動も、むやみやたらに撃った爆砲も、全てはこの罠に嵌めるための作戦だったのだ。


 なお、このクレバスはかなり深く、底までどれぐらいあるか見当もつかないほどだ。

 仮に底まで落ちて死ななかったとしても、這い上がって出てくることは不可能と言われていた。


「こりゃ、さすがに助からねえか……あー、お前らは残りの一機を追え。ただし深追いはするんじゃねえぞ。逃がしても構わねえ」

『はっ!……は?えっ?逃がしてもよろしいのですか?」

「ああ。適当な所で砦に戻って構わねえよ。先に追ってる奴らにもそう伝えておけ」

『はあ、分かりました……司令官殿はどうされるのですか?』

「俺か?俺はこっちを見張ってるわ。穴から出てこられても困るだろ?」

『……了解しました』


 全軍がサリーのバルダーを追って行くのを見届けたレオは、今度はクレバスに目を向けた。


「にしても、やりすぎちまったかな……」


 通信装置を切ったレオは、操作盤の上に足を投げ出し、腕を頭の後ろに組んで目を瞑った。


「でもよ、ケイがもしも本物の堕ち子なら……もしも生きて戻ってきたら……」


 そのままレオは独り言を続けた。


「その時は……ケイに話をしてみてもいいよな?なあ、じっちゃん……」


レオの策略で啓達は苦戦。

おまけに啓も罠にはまってしまいました。

でも何か訳ありのレオ。


次回……暴走します。


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 能力を見て啓の本当の素性を察したり、なんか色々裏事情がある=ただのライバル枠じゃなさそうですねレオ。もしかして啓から見たら転移先輩(?)に当たる地球人が現地で子供を遺した→その血…
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