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111 宣戦布告

 カナート王国の王城で、大きな靴音を響かせながら、身なりの良い女が早足で歩いていく。


 女の素性を知っている者はその表情を見るなり、顔を背けたり、踵を返して別の通路へと逃げるように去っていく。


 カナート国王の筆頭書記官であるグレースは、不機嫌な顔を隠すことなく、城の地下へと向かっていた。


「ガーランは何処だ!」


 王城の地下にある研究室の扉を開けたグレースは、開口一番、研究室の責任者の名を呼んだ。


 そして奥の部屋から、ゆっくりと一人の男がグレースの前に現れた。


「グレース殿、いかがされましたかな」

「……其方に聞きたいことがある」


 薄ら笑いを浮かべて現れたのは、カナート王国の研究機関の総責任者であり、かつてはオルリック王国の王立研究所の所長だったガーランだ。


 なお、「裏の立場」ではガーランとグレースは同格だが、研究室内には他の研究員もいる手前、上位にいるグレースに敬語を使っている。


「ほう。私に答えられることであれば、何なりと」


 人を食ったようなガーランの態度にグレースは若干苛ついたが、グレースはそれを無視して質問を優先した。


「お前、パトラに何をした」

「パトラ?さて、誰のことやら」

「白耀騎の一員のパトラだ。先日、私とオルリック潜入の任務で……」

「おお、あの女のことですな。いやあ、あの女は良い素材でした」

「……パトラに何をしたのかと聞いている」


 グレースは怒りを抑えて同じ質問を繰り返した。


 他の研究員も手を止めて、グレースとガーランの様子を伺っている。

 そんな中で激昂するわけにはいかないと、グレースの理性が勝ったからだ。


「なんてことはありません。あの女……パトラに新しい力を与えただけですよ」

「……パトラの首の後ろに魔硝石が埋め込まれているのを見た」

「ええ。その通りです」

「……パトラは死兵になったのか?」


 ガーランは昔から魔硝石を人間に埋め込み、力を引き上げる研究をしている。

 そのことはグレースもよく知っているし、研究の内容についても「それなり」に詳しい。


 詳しいからこそ知っているが、生きた人間に対しては、胸や手足などに小石程度の魔硝石を埋め込むのが今の研究では限界なのだ。


 ごく僅かな成功例が無いわけではないが、大きな魔硝石を使った場合、体が耐えきれずに即死するか、肉体的には死んでいるが魔硝石の力だけで動き続ける、自我を持たない使い捨ての死兵となるのだ。


 パトラに埋め込まれていた魔硝石の大きさはその安全圏を超えているし、ましてや首の後ろに埋め込む事例など見たことがない。


 だからグレースは、既にパトラは死兵になっているのではと考えたのだ。


「いいえ、死兵ではございません。実は先日、新しい、そして画期的な技術を開発しましてね。あとは実際に人間の体で実験をするだけだったのですが、なかなか適合する人材がおらず困っていたのですよ。そんな時に、ちょうど良い被験者が現れまして……」

「……だ」

「は?」

「なぜ、パトラなのだ!人体実験には危険が伴う!わざわざパトラで人体実験をする必要など無かっただろう!」


 グレースは激昂してガーランの胸元を掴んだ。 周囲の目のことなど、もはや完全に忘れていた。


「ガーラン!答えろ!」

「……パトラは、任務失敗の責任は全て自分にある、だからどんな罰でも受けると主張した。だから実験材料になってもらったのだよ」


 襟元を掴まれたまま、ガーランはいつもの口調で、グレースにだけ聞こえるように小声で言った。


「……パトラは悪くない。むしろ足を引っ張ったのは私で……」

「ほう。すると上官の失態を部下が庇ったと?なかなかの美談だが、なぜお前がそんなことを気にするのだ」

「……どういう意味だ」

「パトラは白耀騎の一員だったとはいえ、たかが一兵士。イザーク様の腹心たるお前が、まさか手駒に情をかけてるのではあるまいな?」

「……馬鹿なことを言うな。私はただ、確認しただけだ」

「そもそも、人体実験にパトラを使うことを勧めたのは、他ならぬイザーク様だ」


 それを聞いたグレースは一瞬、体をピクッと揺らした。

 やがてグレースは手を緩めて、ガーランを解放した。


 ガーランは襟元を直しながら、表向きの口調に戻して言った。


「ですので、ご心配なく。今までは強い影響を及す魔硝石を埋め込まれた人間は短命の使い捨てでしたが、今回の改造技術は違います。精神面や記憶能力に影響が出ているものの、身体強化の効果は上々です。個人はもちろん、バルダーとの親和性も上がり、あらゆる能力が飛躍的に向上しております。黒耀騎のように、バルダーに肉体を埋め込む必要も無く……」

「もう良い。邪魔をした」


 グレースは踵を返し、研究室から退出した。


(パトラ、なぜお前は……)


 ガーランの指摘の通り、パトラはただの部下にすぎない。


 しかしグレースは、パトラの人体改造に思わず激昂したことや、パトラが死兵ではないと聞いて安心した自分に戸惑いを感じていた。



 ユスティールでの壮行会から数日後。

 啓一行は、オルリック王国とアスラ連合国の国境付近に来ていた。


 国境には明確な柵や目印はなく、「この付近から国が違う」という曖昧な場所だが、明らかにアスラ連合のものと分かるものもある。


 アスラ連合がオルリック王国からの侵攻に備えて作った、マーカンド砦という建物だ。


 現在、マーカンド砦には普段から常駐している兵士の他に、オルリックへ侵攻をかけるために詰めている兵士達もいる。

 先日のオルリック侵攻で敗北し、退却した兵士達も残っており、その数はかなりのものだ。


 その砦がギリギリ見える距離で簡単な陣を張った啓は、仲間達を見回した。


 サリーとカンティーク、ミトラとノイエ、シャトンとカフェ・フェリテの動物達。


 それに加えて、サリーの護衛役を買って出た、ウルガー王子の護衛騎士隊所属のアーシャ・リー。

 また、ガドウェル工房の開発研究を担当していたヘイストも技術サポートとして同行している。


「ご主人、さあ、お声を」

「ああ。そうだな、バル子」


 啓は肩にちょこんと乗ったバル子に応えた。

 頭の上にはオオハチドリのチャコが、反対の肩にはオオコノハズクのコノハが首をコクコクと動かしている。


「えーと、みんな。これから大変な戦いが始まるけれど、絶対に無理せず、常に命大事で行動するように。危ないと感じたらすぐに引き返すこと。無事に帰るまでが戦いだ」

「なんだか遠足みたいですよ、ご主人」

「……」


 自分でもそう思う啓だった。


「とにかく、まずは作戦通りに。動物達と念話で連絡を取り合うことも忘れずに。シャトン、頼むぞ」

「お任せください、オーナー」


 シャトンは念話の中継や、動物達が勝手に話し始めないように統率する役目を担っている。


「サリーは援護を、ミトラは……くれぐれもやりすぎないように」

「任せろ」

「はーい!」


 ミトラは啓と一緒に砦に向かい、サリーはその援護をする役目だ。


「それから……お前達、本当に無理しちゃ駄目だからな」

「にゃっ!」

「ニャッ!」

「にゃにゃっ!」

「ニャン!・・・」


 二十の元気な返事が返ってきた。



 マーカンド砦では、見張りの兵士達が眠気と戦っていた。

 一応体裁として、兵士達が交代で砦からオルリック方面を見張っているが、建国以来攻められたこともない砦での生活は、若い兵士達にとっては張り合いのないものだった。


「異常なーし。今夜も明日も明後日も、異常なーし。ふあぁぁ……」


 そんな独り言を呟きながら、夜空に目を向けた兵士は、空で何かが動くのを見た。


 やがて、いくつもの小さな点が、砦の上空に現れ、その周囲を旋回し始めた。


「……鳥か。こんな夜中に珍しいな」


 この地域は夜行性の鳥が少ない。たまに夜でも飛来する鳥はいるが、まとまった数の鳥が砦の上空で遊ぶのは極めて珍しいことだった。


 この兵士が、遠目で「それ」を鳥と見間違うのも無理はなかった。


 兵士は暇つぶしがてら、ぼーっと「それ」を眺め続けた。

 だから気がついた。鳥の動きがあり得ないほどに不規則であることを。


「何の鳥だよ……動きが気持ち悪すぎるだろ」


 大きさも大型の鳥と大して変わらない「それ」は、急停止してそのまま浮かんでいたり、突然飛行方向とは真逆の方に動いたりと、文字通り自由に空を飛んでいるのだ。


 やがて鳥達は、一斉に砦の方に向かって飛来してきた。そして兵士はそれが鳥ではないことにようやく気づいた。


「空飛ぶ……機械!?」


 砦に近づくにつれて大きくなるモーター音が、砦はなく機械であることを証明していた。

 他の見張りの兵士達も異変に気付き、集まってくる。


「おい、何だあれは!」

「俺が知るかよ!」


 もしも啓と同郷の人間がいれば、おそらくこう答えただろう。


 あれはドローンだと。



 ユルティールでミトラのバルダーを製造している時、啓はシャトンに相談を持ちかけた。


 それは、猫達がバルダーを欲しがっている、ということだった。


 猫達が言うには、


『自分達も役に立ちたい』

『ご主人のために戦いたい』

『だからバルターが欲しい』

『私達はバルダーを操縦したい』

『バルダーをくれないならば奪い取るまでよ』


 というわけで、半ば脅迫じみた言葉もあったが、とにかく猫達はバルダーを使い、啓と一緒に戦うことを望んでいるのだとシャトンが代弁した。


 しかし流石にバルダーを与えるのは色々と問題がある。

 そこで啓はヘイストに、猫が乗れる小型のバルダーを造れないかと相談した。


 話をスムーズにするため、ヘイストには猫達が言葉を理解し、バルダーの操縦も(一応)できることを伝えた。


 相談の末、誕生したのがドローン型の小型バルダーだ。


 ドローンを飛ばすためには複数のプロペラを同時に制御する必要がある。

 コンピュータ制御のできないこの世界では極めて難しい制御になるが、コンピュータの代わりになる頭脳があれば話は別だ。


 ヘイストは猫が搭乗できるドローンを開発し、プロペラ制御を全て猫に任せた。

 魔動連結器を通じて猫が自由にプロペラを制御して空を飛ぶのだ。

 こうして、猫専用ドローンが誕生した。


 しかし、ただ飛ぶだけでは十分ではないと考えた猫達は、シャトンの協力の元、とんでもない攻撃手段を編み出した。


 それは、猫パンチによる攻撃だった。



 飛来するドローンの下部ハッチが開き、何かが投下された。


 星明かりを反射して落ちてくる何かを見た兵士達は、嫌な予感を覚えた。


 その予感に間違いはなかった。


 ドローンから投下されたのは小さな魔硝石だった。その魔硝石は、ハッチから投下される時に、猫パンチで弾き飛ばされたものだ。


 当然、それはただの魔硝石ではなく「猫パンチによって魔力を充填された」魔硝石だった。


 魔硝石が砦の屋上に落下し、同時に、大爆発が起きた。


 「猫パンチ魔硝石」は、異常なまでに増幅された猫パンチの威力を閉じ込めている。


 着弾した「猫パンチ魔硝石」は、溜め込んだ威力を周囲に放出して衝撃を与えるという、ちょっとした炸裂弾の効果を持っているのだ。

 

 破損した石床と、弾け飛んだ魔硝石の欠片で軽い怪我を負った兵士が、ようやく本来の、そして初めての役目を思い出して叫んだ。


「敵襲だー!空に正体不明の敵が現れたぞー!」


 兵士が叫ぶ中、二十機の猫ドローンは、次々に猫パンチ炸裂弾を投下していく。


 ひっきりなしに続く爆発に、マーカンド砦は未曾有のパニックに陥った。


「屋上から退避!地階に集まれ!」

「バルダーの準備が出来次第、迎撃に迎え!」


 兵士達が戦闘体制を整えていく中、今度は砦の側面から爆発音が聞こえてくる。


「隊長!敵のバルダーが現れました!」

「どこだ!」

「砦の北東側に二機……一機が突撃してきます!」

「こちらもバルダーを出せ!」


 上空からの爆撃に気をつけつつ、準備が整った約二十機のバルダーが砦から出撃した。



「ご主人、敵のバルダーが出ました」

「よし、計画通りだ。やるぞ、バル子、チャコ」

「やりましょう、ご主人」

「ピッ!」


 砦に向かってバルダーを走らせていた啓は、速度を緩めることなく、現れた敵の一団に向かって突進した。


 やがて啓は、先頭にいた敵のバルダーと接触した。

 敵のバルダーは手斧を振りかぶって攻撃してきたが、啓は具現化した盾を前面に展開して攻撃を受け止めると、すぐに反対の手に槍を具現化し、敵バルダーの脚関節に突き刺した。

 

 脚を折られたバルダーはバランスを失い、地面に転がった。


 啓はすぐに次の標的に目を向けた。二機目は少し距離が離れていたが、啓は槍を投げて二機目の胴体部に穴を開けた。

 

 槍が操縦席の兵士に当たっていないことを祈りつつ、啓は次の標的に向かい、次々にバルダーを倒していった。


「ご主人、敵の増援が出ました!」

「いいぞ。どんどん出てきてもらおう」

「そろそろサリー様にも声をかけますか?」

「まだ大丈夫だが……そうだな。背後に回り込もうとする奴を相手してもらおうか。バル子、連絡を頼む」

「承知しました」


 バル子が念話で啓の指示を仲間に伝えた。念話ネットワークは離れていても、動物同士で会話ができる。

 すぐにカンティーク経由でサリーに指示が伝わり、サリーは啓の援護ができる位置に向かってバルダーを動かし始めた。


「よし、全滅させるぞ」

「お任せください!」


 バルダーの前面に大きな盾を展開した啓は、敵集団に向かって突撃した。



「何なのだ、あのバルダーは……」


 たった二機のバルダーによって味方のバルダーが次々に倒されていく光景に、砦の隊長は戦慄を覚えていた。


 砦に残っているバルダーはもうそれほど多くはない。普段よりも多くの兵士が詰めていたとはいえ、数には限りがある。


 ただでさえ、上空から謎の爆撃を受けているのだ。これ以上バルダーを出撃させるわけにはいかなかった。


「籠城戦に持ち込んで、本国からの増援を待つか……それとも砦に誘い込んで罠に嵌めるか……」

「隊長!!」

「何だ!」

「バルダーが……敵のバルダーが!」

「そんなことは分かっている!迎撃部隊が突破されそうなのだろう?私も見ているのだ。いちいち騒ぐな!」

「いえ、そうではなく……敵のバルダーが……」

「何だというのだ?」

「その……敵のバルダーが……砦の屋上に現れました!」

「…………は?」


 部下の言う通り、砦の屋上には真っ赤なバルダーが鎮座していた。



 猫ドローン部隊の砲撃によって屋上から兵士を退避させ、続けて砦の正面からあからさまな攻撃を仕掛けることで、敵の意識を横方向に向ける。


 その隙に、ミトラは飛行能力を使って砦に降り立った。


 外で戦うアスラ軍のバルダーもほぼ壊滅状態となり、内部と外部を同時に制圧されたマーカンド砦の隊長は速やかに投降した。


 武装解除におとなしく応じた隊長と敵兵士達は、砦の前に集められた。


 隊長は啓に頭を下げ、部下達の助命を願い出た。


「私の命はどうなっても良い。代わりに、兵士達には寛大な措置をお願いしたい」

「貴方の命なんていらないです」

「……全員、殺すと申すか」

「そんなことしませんよ。だったら治療なんてするはずないでしょう」


 啓の言う通り、重傷を負った兵士達は、サリーとミトラが簡単な治癒を施していた。


「この砦はオレ達がもらいます。貴方達は速やかに逃げてください」

「逃げ……は?」

「そして、この国の偉い人に伝えてください。オルリックから手を引かないならば、これからオレ達がアスラ連合国を潰しに行くと。この砦はその最初の一歩です」



 数日後、啓の宣戦布告は、アスラ連合国に知れ渡った。


自分の心に動揺するグレース。

そしてアスラ連合に攻め入り、宣戦布告をした啓。

アスラ連合の命運やいかに。激動の展開が始まります。


2024年は、私個人も色々と激動の年でした。

そんな中で、なんとか執筆した私の小説を読んでくださった皆様に、心から感謝を申し上げます。


お話はまだ続きます。

今年度も引き続き、よろしくお願いいたします。

2025年は、皆様にとっても良い年になりますよう、お祈り申し上げます。


レビュー、ブックマーク、評価、誤字指摘などいただけると大変励みになります。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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