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011 賊の話と護衛の召喚

「では皆さん、今日も1日張り切って仕事をしましょう!明日はユスティールの創立祭です。気の早い人は今夜から飲みに行く人もいることと思います。とっとと仕事をやっつけて、たっぷりお祭りを楽しみましょう!」

「おう!」


 ガドウェル工房の仕事は、ミトラの朝の挨拶から始まる。明日が工房都市のお祭りということで、始業前には気もそぞろな従業員も見受けられたが、ミトラの号令で皆、仕事をきっちり終わらせて明日に備えようと気合いを入れ直した。


「よし、オレもやるぞ!」


 啓もやる気スイッチをオンにして、早速自分の作業に取り掛かろうとしたのだが、わずか数秒で水を差された。工房の事務員が作業場に現れ、そのまま真っ直ぐ啓のそばにやってきた。


「えっと、あれ、なんだっけ……バル子ちゃんじゃないほう、ちょっと一緒に来てくれ」

「啓ですよ!そろそろ名前を覚えてください!で、オレに何の用ですか?」

「ガントという人が来ている。お前に用があるそうだが、知っている人か?」

「ええ、昨日初めて会ったばかりですけれど……何用でしょう?」

「とにかくケイと話がしたいそうなんだが、そのガントとかいう人、大怪我をしていているようでな。受付で待たせるのも悪いと思って応接室に通してあるが、なるべく手短に用事を済ませてやったほうがいいと思うぞ」

「は?怪我!?」


 昨日ガントに会った時には怪我などしていなかった。昨日の今日で何かあったということだろう。会いに来たのがガント本人で間違いがなければ。


 不穏に思った啓は、ミトラとヘイストにも声をかけて、ガントと話をするために工房の応接室へ向かった。



「やあ、兄ちゃん、昨日ぶりだな」

「えっと……ガントさんも思ったより元気そうで……」


 応接室で見たガントは、頭や腕に包帯を巻いていた。右腕は首にかけた布で吊っているので、骨折しているようにも見えるが、思いの外、ガントの声は元気だった。


「急に押しかけてすまない。一応兄ちゃんの耳にも入れておこうと思ってな」

「何があったんですか?」

「実は昨夜、ウチの工房に賊が入ってな……」


 ガントの話によると、昨夜遅くにガントの工房に覆面を被った数名の男が侵入し、自室で寝ていたガントとその妻を拘束した。最初は物取りかと思ったガントだったが、男達は「夕方、倉庫にバルダーを運んできた従業員はどこにいる?」と聞いたという。ガントが知らないと答えると、ガントは男達から殴る蹴るの暴行を受けた。最終的に「ウチの従業員ではない」「たまたま通りかかったところを手伝ってもらっただけ」と何度も繰り返すガントに、ついに男達は諦めたのか、そのまま何も盗らずに立ち去ったらしい。


「何それ、酷い話じゃない!」

「そんなことがあったんですか……ガントさん。オレのせいで、申し訳ありません」

「いいってことよ。それに俺は嘘は言ってないし、恩人を売るような真似はしねえ」


 変なところで義理堅いガントに啓は尊敬の念を抱いた。


「だが兄ちゃん。あんたが誰かから狙われているのは間違いない。誰かに恨みを買った覚えはないか?」

「うーん、恨まれるとしたら、先日の模擬戦で倒したザックスぐらいしか思いつかないですね。でもザックスならオレの名前も居場所も知っているはずだし……」


 バルダーの模擬戦で負けたことに対するザックス逆恨み、という理由ならばしっくりくるが、ガントが襲われるはずはない。それ以外のことで何か思い当たることがあるとすれば……


「……やっぱり無いですね。でも教えてくださってありがとうございます。ガントさんが教えてくれたおかげで、自分が狙われているものだと思って警戒して行動することができます。何も知らずに不意打ちで殺されたりしては堪りませんからね」

「役に立ったのならば何よりだ。だが、くれぐれも気をつけてくれよ」


 ガントが帰り、応接室には啓とミトラとヘイストの3人だけが残った。そしてミトラは何かを言いたそうに啓をじっと見ていた。そもそも啓は、啓がガントと話をしている途中から、ずっとミトラが啓を見ていたことに気づいていた。


「ミトラ。オレに何か言いたいことがあるんだよな?」

「あるわよ。ねえ、ケイ。本当は心当たりがあるでしょう?あたしだって気がついてるんだからね」

「まあ、あると言えばあるけれど……」

「ケイ君。良かったら僕にも話してくれないか?」


 啓は頷き、啓が初めてこの世界に来た時に、突然、数名の男達に襲われたことを話した。もちろん「この世界に来た」という部分は「おそらく旅の途中か何かで」と言い換えたが。


「そこにたまたまサリーさんが通りかかって、オレを助けてくれたんです。あいにく記憶が曖昧で、相手の顔も、なぜ襲われたのかも覚えていないのですけれど。ただ、オレに話を聞かれたどうかを気にしている感じだったような……」

「なるほど。ならばそいつらがケイ君を狙っていると考えるのが自然だね。そいつらはケイ君に話を聞かれたと思っているのだろう。聞かれては都合の悪い話をね」

「本当に何も聞いてないんだけどなあ……」

「だが、相手はそれを知らない」


 口封じをしようとするほど不穏な会話であるならば、啓を見つけ次第、今度こそ殺そうとするに違いない。啓も黙ってやられるつもりはないが、向こうは啓の顔を知っているのにこちらはその正体が分からない。極めて不利な状況と言えた。


「ねえ、ケイ。明日のお祭りなんだけどさ……やっぱり行くのはやめにしない?あたしも一緒に留守番するからさ。2人でバルダー製作の続きでもしようよ。せっかくの休みなんだし」


 ミトラの提案はもっともだった。祭りのような人混みでは余計に危険だろう。だが、啓は首を横に振った。


「一生引きこもってるわけにもいかないし、いっそ犯人を炙り出して捕まえられないかな?もちろん十分な警戒と、何か武器でも携行していこうと思う。もちろんミトラも一緒に来てくれるのなら、だけど」

「あたし?」

「えっと……本来なら、女の子を危険な目に遭わせるようなことはしたくないんだけど、オレよりミトラの方が全然強いから、一緒にいてくれれば心強いなって。あと、バル子も連れて行くからさ」


 ヘイストにはバル子を連れて行くメリットが分からなかったかもしれないが、ミトラには通じているはずだ。バル子ならば周囲を警戒して、不審人物がいれば即座に教えてくれるに違いないと。


「そこまであたしを信頼してくれるなら……ハァ、もう、仕方がないなあ。あたしも一緒に行ってケイを守ってあげるわ」

「仕方がないという表情をしてないよ、ミトラちゃん。ま、そういうことなら僕が携帯武器を提供しよう。ナイフと、護身用の棒でいいかな?」



 その日の夕方、一日の仕事が終わって皆がお祭り前の開放感に浸っている中、啓はヘイストから革製のシースに収まったナイフと、重量は軽いが丈夫そうな棒と背負い袋を貸してもらった。ナイフは腰のベルトに、棒は背負い袋に付いているホルダーに挟んでおけば良いとのことで、啓はありがたくそれらを借り受けた。


 夕食を終えて、ミトラと明日の待ち合わせの時間を確認した後、啓はバル子と一緒に自室に戻った。近くに人の気配がないことを確認した啓は、ガントにもらった小袋をベッドの上でひっくり返した。10個の小さな魔硝石がベッドの上に転げ出る。


「ヘイストさんに借りた護身用グッズとバル子だけではやっぱり不安だからね。助っ人を召喚してみようと思うんだ」

「ご主人は、同行するのがバル子では不安なのですね」

「いや、違う。バル子にはオレのそばで周囲を警戒する役目をお願いしたいんだ。昨日の、市場職員の目つきに気づいたようにね。オレはバル子を心から信頼しているよ」

「ご主人……まったく貴方は……」


 バル子が体をクネクネさせて悶えている。しかしケイはそんな様子を気にすることなく話を続けた。


「オレが必要だと思うのは、もっと広範囲から監視する目なんだ。例えば、空から」

「空ですか。なるほど……つまり、鳥ですね」

「その通り。さすがバル子、美猫なだけでなく賢いな」


 再びクネクネするバル子。


「だから、飛行能力が高く、目も良くて、力も強い、そんな鳥を召喚してみようと思う。バル子を召喚した時みたいに、念じながら魔硝石を握ればいいんだよな?」

「はい。その通りだと思います。バル子はご主人の『猫がいればいいのに』という想いに応えて生まれました」

「よし、ではやってみよう」


 啓は魔硝石を1つ握り、念じた。


(……速く飛べて、目も良くて、なおかつ強い鳥……そう、鷹がいい。鷹をイメージするんだ……世界で1番、力が強い鷹……)


「来い、カンムリクマタカ!」


 カンムリクマタカ、それはアフリカ大陸に生息する鷹で、鷹の中でも大型で極めて力が強い。獲物を捕らえる爪の握力は軽く100kgを超え、小型の動物の頭蓋骨ぐらいならば軽く握り潰す最強の猛禽類だ。こんな鳥が空から監視し、必要とあれば対象を攻撃して啓達を守ってくれる護衛になってくれれば、かなりの安心感が得られるはずだ。マニアックな程に動物が好きな、啓ならではの発想だった。


 魔硝石を握る啓の手の隙間から光が溢れる。握った魔硝石が光を放っているのだ。やがて光が一際大きくなると、魔硝石が熱を持ち始めた。


「熱っ!」

「ご主人、魔硝石が……」

「あらら……」


 熱さに耐え切れず、思わず手を広げた啓が目にしたのは、粉末状に粉々になっている魔硝石だった。


「召喚に失敗したということかな?バル子はどう思う?」

「魔硝石の品質の問題ではないでしょうか、ご主人」

「品質か……」


 啓は粉々になった魔硝石と、ベッドの上に転がっている残りの魔硝石を見た。バル子を召喚した時の魔硝石に比べれば小さく、色も異なっている。


「そう言えばヘイストさんも『まとめてひとつに精製し直せば自走車ぐらいには使える』と言ってたな。せめてバルダーに使えるぐらいの魔硝石じゃないと駄目ってことかな」

「おそらくその通りです。ご主人が召喚しようとしていた鳥がバル子よりも大きいのであれば、もっと品質が良く、大きい魔硝石が必要になるかもしれません」

「じゃあ、オウギワシでも駄目ってことか……」


 オウギワシも、カンムリクマタカに並んで世界最強の猛禽類と言わしめる鷲である。


「聞いた話だと品質の良い魔硝石は高いらしいからなあ……」


 工房は日給制のため、啓も働き始めてから数日間の日当をもらっているが、見習いの給料ではとても買えない金額だった。


「こうなったら……」

「ご主人!ご主人!バル子を作り直そうとか考えてませんか!?」

「いや、考えてないよ。こんなに可愛くて賢いバル子を手放すはずがないだろう?死んでもお前を離したりはしないよ」


 三たび、身をクネらせて悶えるバル子だった。


次回こそお祭りに行きます。


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