108 初陣 その1
108 初陣 その1
グレースとパトラの襲撃から約二ヶ月後。
啓は今、オルリック王国とアスラ連合国の国境付近にいる。
啓の目の前には、オルリック王国の国境を踏み越えて侵入してきたアスラ連合国の軍隊が、そして背後にはオルリック王国の軍隊が控えている。
オルリック王国の部隊は、ウルガー第三王子と、王子率いる近衛騎士団のバルダー部隊、そしてマルク・テイラーの率いるユスティール方面軍防衛部隊の面々だ。
ユスティールの奪還以降、近隣の部隊も合流して兵数を増やしてはいるが、それでも相対するアスラ連合軍のほうが、兵数も動員されているバルダーの数も多い。
アスラ連合軍の再侵攻が始まったとの情報が入ったのは先月のことだった。
一度は敗走して自国に引き返したアスラ連合軍だったが、兵装や補給を揃えて、再び侵攻してきたのである。
アスラ軍はユスティールで大敗を喫したため、しばらくは侵攻を控えるのではないかと考えていたが、今回の再侵攻は、オルリック軍が思っていたより早いタイミングとなった。
もちろん、そこには理由があった。
それは、カナート王国からの圧力だった。
アスラ連合国はカナート王国と同盟を結んでいる。
同盟の締結によって、カナート王国とアスラ連合国は互いの国への不可侵条約を結ぶと同時に、オルリック王国に対して二正面作戦を行うという契約を結んだ。
現在、カナート王国は北西方面からオルリック王国を攻めている。一方のアスラ連合国の役目は、北東方面からオルリック王国に攻め入ることだ。
しかし先般の敗戦後、アスラ連合はオルリック侵攻に消極的になっていた。
その背景には、失ったバルダーや軍事物資の補填が必要という理由もあったが、なによりオルリック軍の行った「奇策」に薄気味悪さを感じていたためである。
知らぬ間に汚染された軍事物資、機能を失った魔硝石、勝手に暴れるバルダー。
もしも次にまた同じことが起きれば、再び敗戦を喫し、多くの軍事物資を失うことになる。
だからアスラとしては、せめて対策を講じてから再戦に臨むつもりだったのだが、カナート王国からは再三の出陣要請が来ていた。
同盟を組んだ手前、いつまでも要求を退けることはできない。
アスラ連合国側は背中を蹴られる思いで、ひとまず三百機のバルダーを動員した。
そして当面の目標は国境付近の制圧。
前回の戦いとはと違い、カナート王国からの援軍もないため、ユスティールまで深く侵攻することはせず、まずは国境周辺をを押さえる方針とした。
こうしてアスラ連合軍は、再びオルリックへと侵攻をかけたのだった。
◇
そんな敵軍の事情など知る由もない啓は、戦場でオルリック軍の先頭に立っていた。
敵の布陣は、すでに肉眼でも見えている。
「いやー、すごい数だな」
「こちらの三倍はいますよ、ご主人」
「三倍か……総数を比べたらそうかもしれないが、実際は三百倍だからなあ。」
バルダーの操縦席で、啓はバル子に愚痴をこぼした。
バル子は啓の肩の上の指定席で、啓の頬に体を擦り寄せている。
啓のバルダーの背後には、ウルガー王子が指揮するオルリック軍が控えているが、今回の戦いで、まず最初に動くのは啓だけとなっている。
これは啓に与えられた課題だった。
啓は三ヶ月ほど前に「仲間内だけでアスラ連合と戦う」とウルガーに宣言した。
そのこと渋々ながらも認めたウルガーは、「建前」として啓達をオルリック軍の特別傭兵部隊として雇い、アスラ連合の進行を食い止める……すなわち、アスラ連合を落とす任務を与えたのだった。
そして今回、アスラ連合軍侵攻の報を受けたウルガーは、啓の大言壮語が本当に実現できるのかどうか、その実力を見るために、啓に課題を与えることにした。
その課題こそが「まず啓のバルダーが一機で戦場に赴き、戦果を上げてくること」だった。
「それにしても、後出しの課題なんてずるいですよね、ご主人」
「そう言うな、バル子。ここでちゃんと結果を出せば、王子も認めざるを得ないだろう」
「そうですね、ご主人ならきっと成し遂げます。バル子もついていますからね」
「ああ、バル子がいれば百人力だよ」
「コホン」
「はい、ご主人のバル子は、ご主人のためなら火の中水の中です」
「馬鹿言うなよ。オレがバル子を火の中に向かわせるなんて、するわけないだろう?」
「もう、ご主人てば……バル子は嬉しくて……」
「ゴホン!ゴホン!」
「……どうした?シャトン」
「二人の世界に浸っているところ申し訳ないのですが、ここには私もいるのですが?」
後部座席からわざと咳払いをして会話を遮ったシャトンは、ジト目を啓に向けていた。
シャトンは啓とバル子のイチャイチャ会話にヤキモチを焼いて邪魔をしたのだ。
「シャトン様。具合が悪いのでしたら、ご主人とバル子のバルダーを降りて、後方に下がってはどうでしょう」
「バル子ちゃん、しれっと自分の名前を混ぜないでくれるかな?」
「ご主人のバルダーを制御しているのはバル子です。だからこのバルダーは、ご主人とバル子のバルダーで間違いありません」
「私だって制御できます!……練習すれば、たぶん……」
「バル子が一番、バルダーをうまく使えるんです」
バル子に言い負かされ、ぐぬぬ……となりつつあるシャトンに、啓が助け舟を出す。
「オレがシャトンに求めているのはバルダーの操縦じゃない。みんな役割は違うんだ。だからシャトンはシャトンの役割を果たしてくれればいい。頼りにしているよ」
「はい!必ずオーナーのお役に立ってみせます!」
「くれぐれも足を引っ張らないようにしてくださいね」
「またバル子ちゃんはそうやって、先輩風を吹かす……」
バル子は時々、人間から犬に転生したシャトンを後輩扱いする。もちろん冗談半分ではあるが。
ちなみにシャトンは今、シェルティの姿になっているが、これは戦場に女の子を連れてくるのは外聞が悪い、という偽善的な理由のためだ。
「いや、今回は本当にシャトンの力が必要だからな。それと……お前もよろしくな。コノハ」
啓の声に反応して、首をくりんと回転させたのは、操縦桿の上にちょこんと乗って外を見ていた、少し大きめの灰褐色の鳥……オオコノハズクのコノハだ。
コノハは体を反転させることなく、首だけを器用に後ろに向けて、小さく「ポッ」と鳴いた。
コノハズクの首は、270度も回転するのだ。
「任せろ、と言ってますよ。オーナー」
「そうか、頼もしいな」
「それからオーナー、チャコちゃんから連絡が来ました。敵部隊の隊長は、やはり一番後ろにいるそうです」
チャコは上空から、敵の布陣を確認する役目を担っている。そして部隊の隊長格を見つけたら、啓に報告する任も与えられていた。
「分かった。チャコにはそのまま位置を把握し続けてくれるよう伝えてくれ……さあ、みんな。作戦開始だ。目標は、敵部隊の隊長だ!」
啓はこれまでにも、何度もバルダーでの戦闘を経験している。
模擬戦、決闘、救助、奇襲……しかしそれらは、ルールに縛られていたり、途中から乱入したりと、局所的な戦闘に限られていた。
戦場で、明確に「敵」と言える相手と対峙し、戦いに臨むのはこれが初めてとなる。
啓にとって、今日の戦いが初陣であるとも言えた。
大一番を前に、啓の心臓は早鐘を打った。
それは競艇選手時代に何度も経験した、レース直前の緊張に似ていた。
だから啓は、戦いを前にしても、冷静さを保つことができた。
「行くぞ!」
啓はバルダーを敵陣に向けて走らせた。
啓の動きにすぐさま気づいたアスラ軍が、迎撃のために動き出す。
啓は敵陣に目を向けながら、心の中でカウントダウンした。
(4……3……2……)
それはまるで競艇選手時代に、フライングスタート方式のスタートタイミングを測っていた時のようだった。
(1……今!)
カウントダウン終了と同時に、啓はコノハとリンクし、その能力を解放した。
啓のバルダーは戦場から姿を消した。
アスラ連合との戦いが始まりました。
そしていつの間にか仲間が増えていますが、そのあたりは次の話で。
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色々ありまして、仕事環境がガラッと変わりました。
忙しさは変わりませんが、とても良い方向に変わったことだけは間違いありません。
前回の投稿から間があいてしまいましたが、筆を折ることはありませんので、ご心配なく(してない?)
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