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104 侵入者その1

「異常なし!」

「こちらも異常なし!」


 ユスティール工房都市の入口付近では、オルリック軍の兵士達が巡回警備の報告をしていた。


 兵士達は、ユスティールに近い領地に派遣されていたオルリック王国の正規軍であり、アスラ連合軍の侵攻に対処するために集められた者達だ。


 ユスティールは一時、アスラ軍によって陥落させられた。

 しかしその後、啓達の協力もあって、オルリック軍は見事にアスラ軍を撃退し、ユスティールを取り戻すことに成功した。


 そして現在、オルリック軍は兵士達とバルダーを動員し、ユスティールを取り囲むようにして町を警備している。

 アスラ軍の再侵攻に備えての警備だが、町を取り囲むように兵士達を配置している理由は、ユスティールが外壁で囲まれた城塞都市ではないからだ。

 

 一応、町の入口と呼ばれる場所はある。

 街道から町の通りに直接繋がっている場所を便宜的に町の入口と称しているが、実際は何処からでも町の中に入ることができる。


 そのため、兵士達は一定の間隔を空けて町の周囲を巡回し、敵の襲撃や不審者の接近があれば、バルダーの警報を使って周囲に知らせて対処するという警備体制を取っていた。


 ウルガーの近衛騎士隊長であるマルティンの索敵能力を使えば、町の一部はカバーできるが、町全体は到底無理であるし、マルティンは基本的にウルガーを守ることが主要任務であるため、ウルガーの傍を離れることはできない。


 よって、町の外を警備する兵士達が敵の接近を見つける方法は、基本的に目視だけとなる。


 では、もしも目視できない敵がいた場合はどうなるか。


 かくして、ユスティールは白昼堂々に、二人の部外者の侵入を許すこととなった。



 ユスティールの町の中でも兵士達が哨戒のためにウロウロしているが、町の外の警備とは違い、人数も少なければ気も緩みがちだ。


 二人の侵入者は町の南西側にある林の中に身を潜め、周囲に人の気配が無いことを確認した上で、「姿隠し」の能力を解除した。


 姿を現したのは二人の女性だった。

 一人はカナート王国の国王付き秘書官筆頭であるグレース。

 そしてもう一人は、逞しい体つきをした大柄な女性だ。


 その女性の左手には小さい杖が握られていて、右手の掌で杖の先端をポンポンと叩いていた。


「いやあ、地味に疲れるねこれは。こいつにずっと気力を抜かれ続けている気がするわ」

「それが魔動武器ってもんでしょ。ていうか、パトラ。あんたは少し黙りなさい。敵に見つかるでしょうが」

「グレースの声のほうが大きいじゃんかよ。それに近くに兵士はいない。アタシが保証するわよ」


 パトラと呼ばれた女性は、タンクトップとハーフパンツ姿で、筋肉の筋が浮き出た手足を惜しげもなくあらわにしていた。小麦色に日焼けした肌は、その鍛えられた筋肉をより強調して見せている。


 そして相変わらず、左手の杖の先をポンポンと右手に叩きつけていた。


「パトラ……その杖、壊したら承知しないわよ」

「分かってるよ。これがないとアタシも姿が消せないからね。それにこれは、グレースがとっても愛して愛してやまない陛下の作った道具だもんね。はいはい。大事に扱いまーす」

「……」


 パトラの言った通り、パトラが姿を消すことができたのはその杖の効果のお陰だった。

 その杖は、カナートの国王となったイザークが、カナートに新設した研究所で自ら作った魔動武器であり、今回の侵入作戦のためにグレースがイザークから借り受けたものだ。


 グレース自身はそんな魔動武器の力を借りずとも、自分自身の持つ女神の奇跡の力で姿を消すことができる。

 能力を発現させている間は静かに行動しないと、姿隠しが維持できないという制約はあるものの、グレース自身には必要の無い魔動武器である。


 にも関わらず、その魔道武器を借りてきた理由は、今回の目的が暗殺ではなく、拉致だからだ。


 敵地に一人で侵入し、人間一人を拉致して国へ帰るのは極めて難しく、リスクが高すぎる。そのため、グレースは応援としてパトラを連れてきたのだ。


 パトラはグレースと同じく、いわゆる暗部に所属する人間である。鍛え抜いた体を駆使した潜入や拉致、暗殺を生業としている人間だ。

 ただし、恵まれすぎた体型と、鍛え抜いた体のせいで、変装工作やハニートラップといった仕事には向いていない(本人もやる気がない)。


 なお、パトラは現在、カナート王国内で諜報や隠密活動に長けた「白曜騎」という部隊に所属している。

 無論、白耀騎には他にも多くの手練れがいるが、グレースがパトラを選んだのは、同じ女性であることと、パトラの持つ女神の奇跡の力がその理由なのだが……


(こんな女に、イザーク様が作った魔動武器を持たせることになるなんて……)


 立場上、パトラはグレースの上司に当たるが、パトラの人を食った言動や、道具の力を借りてのこととは言え(それも自分が提供したとは言え)、この失礼な女が自分と同じように姿を消す能力を使うことに、憤りを感じずにはいられなかった。


「で、グレース。これからどうすんのさ。今すぐ標的を拉致ってくるかい?」

「標的……ミトラという女は、日中は仲間と一緒にいるはずよ。だから襲うならば、一人になる夜ね」

「ミトラね……ユスティール出身の平民でガドウェル工房の一人娘。オルリック王を殺害した疑いで指名手配。その後、冤罪となり無罪放免。黒い鳥を飼い、何らかの女神の奇跡の能力を有している他、魔硝石の力を吸収する力を持つ……だったか」


 パトラはミトラに関して集めた情報を並べ立てた。諜報活動にも長けているパトラは、事前にしっかりとミトラに関して調べ上げていた。


「だがよ、グレース。そいつは本当に女神の奇跡を使えるのか?平民なんだろ?」

「ええ。私がこの目で見たから間違いないわ」

「あっ、そうか。グレースはミトラに負けたんだもんな。そりゃ見てるわな」

「黙りなさい」

「まあ、平民でも奇跡の技が使えるようになったと言えば、グレースも……」

「パトラ!!!」

「おっと……悪い、なんでもねえよ」

「……それ以上喋ったら、殺すわよ」

「ああ、だがグレースも口を閉じたほうがいいな」

「どういう意味よ」


 パトラはおどけた顔から真顔になっていた。

 そしてパトラは人差し指を口元に立てて、小声で言った。


「見られているな」

「……ごめんなさい、私が大声を上げたから……」

「いや、グレースのせいじゃない。それにこれは……視線は感じるが、人の気配じゃない」


  パトラは身を低くしたまま、注意深く周囲の様子を探った。グレースはパトラの仕事の邪魔をしないよう、押し黙ってパトラのリアクションを待つ。


 やがてパトラは一点を凝視した後、ふっと表情を緩めた。

 それほど緊迫する状況でもないと判断したのか、パトラは先程よりも少し声量を上げ、グレースに言った。


「見慣れない獣がこっちを見ている……」


 商売柄、パトラの視力は人並み以上に良い。パトラの目には小型で短毛の、緑色の瞳を持つ獣の姿を捉えていた。


「見慣れない?……もしかしてそれって……なんというか、かわいい感じ?」

「そうだな……うん、かわいいと思う。小型の獣で、色は灰色。耳がピンと立っている」

「……ネコね。おそらく」

「これがネコか……」

「パトラ、見た目はかわいいかもしれないけれど騙されては駄目よ。ネコという動物は、とんでもなく臭い匂いを周囲に放つのよ」

「あの時のグレースの匂いだな」

「……それはもう忘れなさい」


 グレースは勘違いしているが、かつてグレースがミトラと戦った時に、グレースに臭気を食らわせたのは、猫ではなくセジロスカンクのミュウである。

 あの時スカンクの臭気を食らったグレースは、服を着替えて体を隅々まで洗ったが、国に戻っても暫くの間は完全に匂いが消えることはなかった。


 パトラはその匂いが消える前に、一度グレースと顔を合わせていたため、グレースから漂う残念な匂いを覚えていたのだった。


「それにしても、ユスティールにはこんな動物が野生で生息しているのか。手土産に一匹持ち帰ってみるか」

「パトラ、もしかして捕まえる気?」


 パトラは笑顔でグレースの言葉を肯定した。

 そして小さな獣相手に気を遣う必要は無いと踏んだのか、今度は普通の声量でグレースに言った。


「今回は暗殺も無いんだぜ?人を攫うだけじゃ物足りないだろう?少し待ってな」


 パトラは足元の踏ん張りを確認した後、ふーっと深く息を吐いた。

 直後、パトラは猫に向かって猛ダッシュした。


 もちろん、猫もパトラの動きに気づき、踵を返して逃げようとした。

 日頃から仲間との追いかけっこで逃げ慣れている猫だが、パトラの動きは人外と言ってよいほどに速かった。


 だが猫の俊敏さも負けてはいなかった。

 パトラの手は猫を掴めず、指先でお尻に触れるのが精一杯だった。


 しかし、パトラにはそれで十分だった。

 パトラは足を止め、息を整えた。


「ふう……はい、確保」


 猫の姿は周囲から消えていた。



「……そこで、ハルトちゃんとの連絡が途絶えました」


 シャトンは悲しげな表情で説明を終えた。


 侵入者の報を受けた啓達は、すぐにガドウェル工房の応接室に集まった。たまたまサリーと一緒にいたウルガー王子と、王子の護衛をしていた近衛騎士隊長のマルティンと隊員のアーシャも同席している。


 事の発端は、カフェ・フェリテの従業員、もとい従業猫からの通報だった。


 ユスティールの町を巡回警備していたのはオルリック軍の兵士やユスティール警備隊だけではない。猫達もパトロールしていたのだ(散歩半分ではあるが)。


 そして街の南側を散策していたコレット種のハルトは、怪しい人物が林の中に潜んでいるのを見つけ、仲間達に念話を送った。


 その念話の相手には、啓によってシェットランド・シープドッグを本体として生まれ変わったカフェ・フェリテの店長であるシャトンも含まれていた。


 シャトンはすぐにバル子とノイエとカンティークにも念話を送り、ガドウェル工房で落ち合う算段を取ったのだが、シャトンが工房に到着する直前、ハルトと念話が通じなくなったことに気づいたという。


「まさか……ハルトが……」


 啓は立ち上がり、応接室の扉へ向かおうとした。


「オーナー、待ってください!」

「待てない。オレはハルトを助けに行く」


 シャトンは首を振り、啓を制止する。


「オーナーが猫達を大切にする気持ちは分かります。ですが今は……」

「ご主人、シャトン様の言う通りです」

「バル子……」


 バル子もシャトンに同意を示した。


「ご主人。バル子も他の猫達も、チャコやミュウや蜂姫隊も、全てはご主人を守るために存在しています。ハルト一匹のことで、ご主人が動く必要はありません」

「……ティルトの時は止めなかったじゃないか」


 ティルトはアビシニアン種の猫で、フェリテの猫達の中ではリーダー的な存在である。そのティルトはかつて、エレンテールの悪徳商人に誘拐されたことがある。


「実際にティルトを助けに行ったのはサリー様とミトラ様です。それにティルトの時とは状況が違います。今回の相手は商人ではなく、暗殺者です」


 ハルトからの最後の念話は『暗殺とか、人を攫うとか言ってる』だったという。

 つまり侵入者達は、人を殺すこともいとわない、明確な悪意を持ってこの町にやってきたと考えるべきだろう。


「そんな危険な相手の所に、ご主人を一人で向かわせる訳には参りません」

「なら、バル子も一緒に来てくれ。それならいいだろう?」

「ええ、もちろんです、ご主人」

「よし、じゃあ早速……」

「え、ちょっと、駄目ですってば!バル子ちゃんも待ちなさい!」


 あっさり籠絡されたバル子と一緒に外に出ようとする啓の前に、シャトンは猛ダッシュで立ちふさがった。


「シャトン様。ご主人とバル子の逢瀬を邪魔するなんて、無粋なことはやめてください」

「逢瀬じゃないでしょうが!だいたい、私の話はまだ終わってません!ちゃんと聞いてください!侵入者達はもう町の中にはいませんから!」

「いないって……出ていったのか?」

「とにかく、座ってください!」


 椅子に座り直した啓は、改めてシャトンに質問した。


「シャトン。侵入者達が町の外にいるというのは?なぜシャトンがそれを知っているんだ?」

「それは、匂いですよ」

「匂い?」

「オーナーはお忘れですか?私、すっごく鼻が効くんですよ」

「ああ、そういえば……」


 シャトンは見た目こそ普通の人間だが、その姿は元の姿に似せた擬態であり、本体はシェットランド・シープドッグである。その嗅覚は、人間など全く比較にならないほど高性能だ。

 さらにシャトンはその嗅覚を魔硝石の力で増幅し、とんでもない範囲まで広げることができるのだ。


 シャトンは、侵入者が町の外に出ていったことについて、その根拠を説明した。


「……というわけで、侵入者達は一度町から出ました。ハルトちゃんも連れ去られたものと思われます」

「なるほど、納得したよ……とにかくハルトを取り返す算段を考えなきゃな。しかし、町の外となると、範囲が広くて厄介だな……」

「ケイ、追いかける必要はないと思う」

「サリー?」

「敵は目的を持ってユスティールに侵入してきたんだ。ならば待っていれば、また来るに決まっている」

「そうか、なるほど……」


 サリーの言う通り、侵入者達は、暗殺、もしくは誘拐を目的としてユスティールに来ている。ならば再び町に入ってくるか、なんらかのリアクションを起こすに違いない。


「来るのはおそらく夜。こちらが寝ている時に、闇に乗じてやってくるだろう」

「でもサリー姉、その侵入者達って、一体誰を狙ってるのかな?」


 ミトラが至極当たり前の疑問を投げかけた。


「まあ、普通に考えれば、ウルガーだろうな」

「私が?」


 聞き方に回っていたウルガーだったが、姉に突然名を呼ばれ、反射的に返事をした。


「ウルガーは一国の王子で、もはや二人しかいない王族のうちの一人だ。暗殺にしろ誘拐にしろ、実行する価値は高い。むしろ他に誰がいる?」

「それは、そうですが……姉上も王族です。お忘れなきよう」

「殿下は我々がお守りいたします。ネズミ一匹近づけません!」

「ああ。頼むぞ、マルティン」

「姫様は私がお守りいたします。虫一匹近づけません!」

「ああ、うん……頼んだぞ、アーシャ……」


 ウルガーの近衛騎士隊の一員であるアーシャの心は、すっかりサリーの近衛騎士、もとい親衛隊になっていた。


 アーシャの熱意に圧迫されながらも、サリーは一同に向かって方針を示した。


「おほん……そうと決まれば作戦を考えよう。マルティンの父上にも話をして、軍にも協力を要請する。そして侵入者共を捕まえるんだ」


 こうして啓達は、侵入者を迎え撃つための作戦を練り始めた。


グレースがユスティールにやってきました。

パトラという人物も加わり、ミトラの拉致に動き出しました。


今回、展開の組み立てに苦労しましたorz

キリが悪くなりそうだったので、二話続けての掲載です。


レビュー、ブックマーク、評価、誤字指摘などいただけると大変励みになります。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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