103 体裁
オルリック軍がアスラ軍からユスティール工房都市を取り戻した約三週間後。
ユスティール市民十数名が、避難先のエレンテールから帰還した。
帰還したのは、ユスティール工房都市の市長ほか、ユスティール市議会幹部の若干名と、町の有志の面々である。
有志の面々には、ロッタリー工房やガドウェル工房など、町でも有名な工房の職人達や、大工や佐官屋といった職人が含まれていた。
侵攻による町の傷跡の修復のため、帰還組第一陣として戻ってきてくれたのだった。
現状では、まだアスラ軍が再侵攻してくる可能性が残っているため、第二陣以降の帰還はもう少し先になる予定だ。
しかし、アスラ軍がすぐにユスティール再侵攻を行う可能性は低いと考えている。
その理由は、アスラ軍の侵攻部隊が、大量の物資を町に放棄して敗走したためだ。
少なくとも、本国からの補給が来るまでは再侵攻は無いだろう。
おそらく一度アスラに戻り、体勢を立て直してから、改めて再侵攻をするかどうか検討するだろうというのが有識者の見解である。
そんなアスラ軍が残していったバルダーと大量の物資は、ご丁寧にもユスティール最大の商業スペースである市場の中にきちんと収納されていた。
おそらくオルリック王国侵攻の拠点にするつもりで大量の物資を持ち込んだのだろうが、結果はまるっと敵にプレゼントしてしまった形だ。
町の被害を差し引いても、おつりが来るほどの物量が残されていた。
「……奴らはなんでこのバルダーを動員しなかったんだ?それに、持ち帰りもせず、こんなに食料や補給物資を残していくなんて」
ロッタリー工房の工房長であるザックスは、市場に取り残された数十機のアスラ軍のバルダーを眺めながら、半ば呆れた声を出した。
「そこはミトラとシャトンと動物達の頑張りのお陰だよ。詳しいことは言えないけどな」
「にゃっ(言えませんけどね)」
「そうか、バル子ちゃんも頑張ったんだな。ありがとうな」
「にゃっ!(ご主人のためですから)」
ザックスに同行していた啓とバル子が答えた。
なお、この場にはガドウェル工房の工房長のガドウェルと、ガドウェル工房の研究開発担当者のヘイストも一緒にいる。
「しかし、その立役者であるミトラとシャトンは、なんで外で必死に雑用をしているんだ?」
ミトラとシャトンは今、破壊された町の修繕作業に協力している。それもかなり精力的に。
大工達が休めと言っても「いえ、これは私達の役目ですから」と言って、粛々と作業を続けていた。
「それは、まあ……色々あったんだよ。詳しいことは言えないけどな」
「にゃっ……(言えませんけどね)」
「まあ、いいが……それより、俺達をここに連れてきた理由を教えてもらえるか」
「ああ」
啓はアスラ軍の残していったバルダーと、食料や日用品以外の軍事物資の品目と、その数量を報告した。
そして続けて「このうち、アスラ軍の戦闘用バルダー20機と、物資の中からは……」と別の数字を言った上で、
「……以上のものをオレ達が貰いました」
と報告した。
「はあ?これは軍が……いや、国が接収した物だろう。何故お前が貰い受けたんだ?」
ガドウェルの疑問はもっともなものだった。金銭で報酬を貰うならばともかく、軍人でもない一個人が、戦闘用バルダーや軍事物資を貰えるはずなどない。
「えっと……話せば長くなるのですが、聞きます?」
「当たり前だろう」
「ぜひ聞かせてください」
「……話してくれ」
全員が同意し、啓を見つめた。
啓は頷き、口を開いた。
「オレ達、王国に傭兵として雇われまして……」
「は?」
「それで、オレ達はこれから、アスラ連合に攻め込むことになったんです。あ、雇用主はウルガー王子です」
「はあ!?」
そして啓は、ここに至るまでのあらましを語った。
◇
数日前、ガドウェル工房の会議室にて。
「アスラ連合を潰しに行こうと思います」
啓は声も感情も荒げることなく、会議室に集まっている一同に向かってさらっと言った。
啓の言葉を頭の中で反芻していたマルティンが、啓の言葉の意味を理解し、声を上げるまでに数秒を要した。
「……おい!ケイ、お前、今……アスラを潰すだと!?」
マルティンは椅子が倒れたのも気にせず、勢いよく立ち上がって叫んだ。マルティンの婚約者であるアーシャも、口元を押さえ、驚いた目を啓に向けている。
「はい。潰します」
啓は落ち着いた返事を返した。
「だが、相手は国だ!お前一人でどうこうできる相手では……」
「ケイ、理由を聞かせろ」
マルティンの言葉を遮り、ウルガーが啓にその真意を尋ねた。
マルティンやアーシャと違い、ウルガーは落ち着いた様子だ。
啓は小さく頷き、説明を始めた。
「オレはこの世界に来た時、いきなり野盗に襲われました。その野盗は、アスラ連合国の手のものと思われます。背後関係は分かりませんが、実行犯はアスラの人間で間違いないと思います」
「自分の報復のために、アスラを潰すというのか」
「いえ、それだけではありません。ユスティールは前にも、アスラの手の者に襲撃されています。そして今度は戦争です。アスラ軍のせいでシャトンは殺されかけ、バル子は刺され、レナさんは足を失いかけました」
「待て、そのネコを刺したのはうちの部隊の馬鹿者だろう」
「あ……興奮してごっちゃになってしまいました。でも、こんな戦争が起こらなければ、バル子だって酷い目に遭わなかったと思います」
啓はバル子の頭を撫でなからそう言った。バル子は気持ちよさそうに目を細めている。
「なるほど……多少、拡大解釈と言えなくもないが……しかし、ケイ。今お前が言ったように、アスラには確実に背後、つまり、扇動している者がいると私も考えている。お前が言った一連の事件も、その者が蠢動した結果ではないか」
「ええ。おそらく、アスラの背後にいる者こそが真の敵でしょう。ですが、その敵に惑わされ、オルリック王国に害をなそうとしているアスラも同罪だと思っています」
「ふむ……」
「そしてその背後で扇動している奴らは、サリーを殺そうとした者である可能性が高いと考えています。最終目的はそいつらを捕まえることですが、そのためにも、横槍を入れてくるアスラを黙らせようと思っています。これは、サリー達とも話し合った結果です」
「そうか……」
ウルガーは腕を組み、何かを考えるように目を瞑った。啓はそのままプレゼンを続けた。
「オレ達も、アスラ連合について調べました。アスラ連合は、元々小国が集まって成り立っている国で、各領地の代表が評議員として集まり、評議会と呼ばれる決定機関で全てを決めているそうです。つまり、アスラ連合は一枚岩の国ではありません。ですから、その評議会を潰すか、直接交渉を迫るのが手っ取り早いと考えています」
「……姉上とお前達だけでそれをやると?」
「軍隊で動けば、どうしても目立ってしまいます。評議会本部は国の中央にあるそうなので、少人数で潜入し、情報を集めながら本部に向かうつもりです」
「そんなの、駄目に決まっているだろう!」
声を荒らげたのはマルティンだった。
「王女殿下をそんな危険にさらすわけには行かない!ケイの実力は分かっているが、いくらなんでも戦力が少なすぎる!」
「マルティン、私はもう王女ではないと言っているだろう」
「いいえ、王女殿下は王子殿下です!」
「全く、マルティンは頭が硬いな……」
「いいえ、姉上。私も賛同できません」
ウルガーもマルティンを支持する声を上げた。
「ウルガー、お前が止めても、私は……」
「ええ。姉上はきっと行ってしまうでしょう。昔からお転婆で、頑固で、やんちゃでしたからね」
「お転婆って、ウルガー……」
「ですが、今のままでは賛同できません。ですので、せめて体裁は整えさせてください」
「体裁?」
怪訝そうな顔のサリーを見て、ウルガーは小さく笑みを浮かべた。
「姉上、大丈夫ですよ。そんなに心配しないでください……まずは、ケイ」
「は、はい」
「お前は軍人でもなければ貴族でもない。そんなお前を戦いに行かせるわけには行かない。どの世界に、一市民に向かって国を落としてこいなどと言う為政者がいるか」
「それは……そうかもしれませんが、オレは……」
「だから私は、お前を傭兵として雇う。そこのお嬢さん方もだ。そしてお前達は全員、姉上、いや、王女率いる作戦部隊の一員になってもらう。王女の部隊の使命は、アスラ連合を攻略することだ。国を潰しても構わないし、アスラにカナートとの連携を破棄させ、オルリック王国に侵攻しないという盟約を取り付けてくることでも構わない」
「ウルガー……」
「姉上、そんな目で見ないでください。それにまだ話は終わっていません」
愛おしそうに弟を見つめる姉に、ウルガーは少し頬を赤らめ、目を背けた。
ウルガーは一度咳払いをしてから、話を続けた。
「王女の部隊なのですから、人材や物資が足りなければ王国の名で接収してください。とはいえ、この町で揃えられる程度のものしかありませんが……」
「あの、ウルガー殿下。それなら、アスラ連合の置き土産があります」
ミトラが手を上げて発言する。市場の中には、アスラ連合が置いていった大量のバルダーや軍事物資があるのだ。
「よし、全部持っていけ」
「駄目よ、ウルガー。町の復興資金のために、ちゃんと町にも残さなきゃ」
「ならば配分は姉上にお任せします。とにかくそれらを使って、しっかり事前準備をしてください。この町のバルダーの工房にも協力させて、武装を整えることも忘れないでください」
「えっとね、ウルガー……確かにバルダーの工房はあるけれど、少し前に、戦闘用バルダーを製造する資格を失っちゃったのよ」
「ああ……あの横流し事件のことですね。私も報告を受けています」
かつて、ユスティールで唯一、戦闘用バルダーを製造する資格を持っていたのはロッタリー工房だが、悪徳商人に騙され、国に納品するバルダーを横流しされてしまったことで、その資格を失ったのだ。
「では姉上。私の名で、その工房から剥奪した戦闘用バルダーの製造資格を復活させます。近日中に、資格証明書を用意しましょう」
「あの、ウルガー殿下……うちの工房にも資格をいただけないでしょうか。あたしも自分の戦闘用バルダーを作りたくて……」
「いいだろう。お前の工房にも用意しよう」
「ウルガー殿下、さすがにそれは……」
「何だ、マルティン。文句があるのか?姉上のために必要なことは全てやるべきではないか?」
「それはそうですが、工房の下調べもせず、許可を与えるなど……」
「この工房は姉上が懇意にしている工房なのだろう?ならば何も問題あるまい」
「ですが……はあ……もう殿下の好きにしてください……」
こうして啓達は、アスラ連合に攻め入る大義名分と、その準備のための物資を入手した。
◇
「……というわけです」
「おいおい、サリーさんってサルバティエラ王女殿下だったのかよ!」
「うちの工房なんぞに、戦闘用バルダーの製造資格が貰えるとはなあ……」
「こんなに沢山の資材が無料で貰えるなんて……今度は何を作ろうかねえ」
ザックス、ガドウェル、ヘイストはそれぞれ別の感想を漏らした。各々、一番心に響いたものは違ったようだが、目的は見失っていなかった。
「で、ケイよ。俺達はサリー、じゃなくて姫様のバルダーを戦闘用に改造して、ミトラとシャトンのバルダーを作って、それ用の武装も作りゃいいんだな」
「そうです。さすがガドウェルさん。話が早い。それとサリーは王女や姫と呼ばれるより、サリーと呼んでくれたほうがいいそうです」
「やかましいぞ。全く、うちの娘に無茶させやがって……」
「それは、本当にすみません……」
つい先日までミトラを指名手配させてしまったばかりなのに、今度は傭兵として他国に侵攻させようというのだ。啓としては、ただただ頭を下げることしかできなかった。
「いいか、ケイ……ちゃんと責任を取れよな」
「はい……」
どういった「責任」なのか、啓はあえて聞かなかったが、いずれにしてもここで嫌とは言えなかった。
「それで、ケイ。今度はどんなバルダーを作るんだい?」
「さすがヘイスト。こっちも話が早い」
「戦闘用バルダーが作れるということは、出力規制を気にする必要も無いし、武器だって作れる。まだ何か新しい技術を隠し持っているんだろう?」
「あれでも規制していたのか……しかし、隠しているとは心外だ。オレも武器は専門外だからよく分からないが、他に作って欲しいものはある」
「待て、ケイ。ヘイストと二人で話を進めるな。俺も混ぜろ」
「もちろん、ザックスにも協力してほしい。広い工場が必要だからな。造ってもらいたいのは……」
啓は三人に概要を話した。そして早速、資材を持ち出し、製造準備に取り掛かった。
◇
啓達が市場にいる同時刻。
ウルガーは腕を組み、渋い表情を浮かべていた。
それなりに豪華な椅子に深く腰掛け、正面に座っている姉の顔を見ていた。
そこは市場の管理棟にある応接室だった。つい先程まで、ウルガーはサリーと一緒にユスティール市長にこれまでの経緯と、これからの予定を説明していたところだった。
話が終わると、市長だけが応接室から退出した。
サリーはウルガーと二人だけで話をするため、応接室をそのまま使わせてもらえるよう、市長に頼んでいた。(なお、カンティークは同席している)
その理由は、ウルガーと「真犯人」に関する話をするためだった。
「ねえ、ウルガー」
「なんですか、姉上」
サリーは困ったようにも、悲しそうにも見える表情で、ウルガーに声を掛けた。
「ウルガーも、もう分かっているのでしょう?」
「姉上……私は……」
「父様が暗殺されて、イザーク兄様が戦場で行方不明になった。アイゼン兄様が国境戦線で敗北したことに乗じて、カナート王国とアスラ連合国が手を組み、我が国に宣戦布告した。あまりにも色々と都合が良すぎる。ウルガーだってそう思っているのでしょう?」
「……」
ウルガーは何も答えない。
構わず、サリーは話を続けた。
「それに、本当の事の発端は、私が殺されかけたことかもしれない。まだ確証こそないけれど、その主犯格については、既に目星が付いている。父様の最後の手紙にも、その犯人を示唆する言葉が散りばめられていた。父様はそのことに気付いて、私にこの手紙を託したのだと思う」
手紙には、王国の簒奪を狙う者がいることや、その者がユスティールの至宝のことを知っていたことか書かれていた。
そしてその犯人が誰であるか判明した時、サリーが心を痛めるだろうとも。
「父様は手紙に、それが間違いであると信じたい、とも書いていた。父様が信じたくないと思うほどの人なんて、この世に四人しかいないと思うわ」
サリーの言う四人が、間違いなく国王の息子三人と娘一人であることは誤解のしようがなかった。
容疑者がそこまで絞られてしまえば、ウルガーも降参するしか無かった。
「……私もおかしいとは思っていたのです。あれほどまでに体が弱かった兄上が、戦場に行くなんて……でも私は、それを不審に思うより、健康になっていく兄上を喜ばしく思っていました」
「ウルガー……」
「おそらく兄上は、何らかの方法で健康な体を手に入れたのでしょう。姉上に聞いた話から推測すれば、王立研究所の所長が、兄上と結託している可能性が高いと思います」
「ねえ、ウルガー……」
「兄上は!」
突如、ウルガーは声を荒らげた。しかし声高に叫んだのは、その一言だけだった。
ウルガーの次の言葉は、小さく呟かれた。
「兄上は……イザーク兄上は、本当に父上を殺したのでしょうか……」
「イザーク……」
ウルガーの問いかけに、サリーは目を伏せた。それは無言の肯定だった。
「姉上……もしも姉上がイザーク兄上に会ったら、その時はどうされるのですか」
「罪を償ってもらうつもりよ。でも、それが叶わなかったら……」
サリーは一呼吸入れ、姿勢を正した。
それからサリーは、ウルガーの質問に回答した。
「私が、イザーク兄様を殺します……国のために、そして私達のために」
「……」
「そのためにも、まずはアスラへ行く。そしてその後はカナート王国へ。たぶんだけど、イザーク兄様はカナート王国に潜んでいると思うの」
サリーの推測は正鵠を射ていた。もっとも、イザークがカナート国王になっていることまでは予想だにしていなかったが。
「だからウルガー、その時はまた協力してね」
「はい……」
「それから……もしも私がイザーク兄様を殺してしまったとして、それをウルガーがどうしても許せないと思った時には、遠慮なくそう言ってちょうだい。その時は、私が自分で私を裁くから」
「姉上……」
親を殺した兄を妹が殺す。そんな人間が、死後に女神の身許に行くことなど許されないだろう。
そして最愛の弟に憎まれるぐらいなら、今度は自分の手で命を断つ。それが兄妹殺しに相応しい最後だろう。
サリーは、既にその覚悟を決めていた。
ウルガーとの話が終わり、サリーは椅子から立ち上がった。そして応接室から出ようとしたところで、カンティークにスカートを引っ張られた。
「にゃっ、にゃにゃっ」
「どうした、カンティーク……ここにはウルガーしかいないから、喋って構わないぞ」
「そうでした。では、ご主人、改めて……今、バル子姉さんから念話が来ました。町に侵入者が現れたそうです」
「何だと?」
サリーとウルガーは応接室を飛び出し、急いで町へと向かった。
ウルガーの姉愛のお陰で侵攻準備が着々と進みます。
アスラ軍の置き土産(今度は爆弾ではなく、ちゃんとしたお土産)も有効利用します。
#仕事が超絶忙しすぎで、更新もままならずorz
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