100 爆弾処理とレナの治癒
ユスティールの奪還に成功したその日。
オルリック軍は、潔いほど速やかに撤退していったアスラ軍を追撃することなく、町の防衛と被害確認を急いだ。
町の出入り口を監視・防衛する部隊を編成する作業や、町の各所の確認に向かう兵士達が動き出す中、レナは真っ先に猫カフェ・フェリテの無事を確認することにした。
無論、軍の上官に許可を得る必要があったのだが、鬼気迫る勢いで「私には行かねばならない所があるのです!」と地元の警備隊長に詰め寄られては、軍の上官も許可を出さない訳にはいかなかった。
許可を取り付けたレナは、すぐに自走車でフェリテに向かった。
後方から聞こえてくる爆発音が少し気になったが、レナの中の優先順位はフェリテのほうが上だった。
フェリテは町の中心部から外れた、周囲を林に囲まれた場所にある。
程なくレナは、フェリテへと続く林の中の脇道の前に辿り着いた。
その脇道に入ろうとした時、レナは後ろからやってきたオルリック軍本隊のバルダーに呼び止められた。バルダーに乗っていた兵士は拡声器を使い、レナにその場で待つよう指示を出したのだ。
それは、アスラ軍が町に爆発物を仕掛けた可能性があることをレナに伝えるためだった。
フェリテはもう目と鼻の先にあるが、軍の命令ならば仕方ないと甘受したレナは、自走車を道の端に寄せて、バルダーの到着を待つことにした。
まさにその場所に、爆発する装置が仕掛けられていたとは知らずに。
装置を踏んでしまった自走車は、大きな爆発音と共に、自走車ごとレナを吹き飛ばした。
◇
「自走車が防壁になったおかげて即死は免れたそうですが、隊長は足を……」
「レナ……」
サリーは手を固く握りしめ、沈痛な面持ちで親友の名を呼んだ。
レナは昏睡状態のまま、簡易寝台に横たわっている。
胸の上下で小さく呼吸していることは分かるが、怪我と失血がひどく、もう長くはないだろうというのが軍医の見立てだと、付き添っていた警備隊員が涙を堪えながら言う。
その時、サリーは廊下をバタバタと走ってくる足音を聞いた。
「サリー!」
「サリー姉!レナさんは!?」
救護室に飛び込んできたのは、サリーを追いかけてきた啓とミトラだった。
サリーは冷静を装って、啓達にレナの容態を伝えた。もう助からないであろうことも。
今にも取り乱しそうな自分を抑えるため、冷静に振る舞ってみせたのだが、ミトラはそんなサリーの様子にむしろ激昂し、サリーに詰め寄った。
「だったらサリー姉がレナさんを治さなきゃ!ボーッとしている場合じゃないでしょ!」
「私だってできるならそうしたい。だが、もう手遅……」
「諦めるなんてサリー姉らしくないよ!あたしは絶対に嫌!」
「お前も知ってるだろう!私の治癒能力では無理なんだよ!」
サリーの治癒能力は、軽い外傷ならば治すことができるが、重傷には対処できない。
ただし、自分自身、あるいは体内に高濃度の魔力を宿し、女神の奇跡を使えるような貴族が相手であれば、高い治癒効果を発揮することもある。サリーの治癒能力は、体内の魔力を活性化して、肉体の復元を促進するためだ。
例えば啓がそうだった。怪我をしたのが啓であれば、命を救えたかもしれない。
しかし、レナは平民である。だからこそ、効果は期待できなかった。
それでも、ミトラは諦めなかった。
「じゃあいい!あたしがやるから、サリー姉はどいてて!」
「おい、ミトラ!」
ミトラはサリーを押しのけて寝台の横に立ち、レナの体に触れた。そして意識を集中させていく。
ミトラの手が淡く光る。サリーもよく知っている、治癒の光だ。
「そうか、ミトラも治癒の力が使えるようになっていたんだったな……」
グレースとの戦いで怪我をしたミトラは、治癒の力を発現させて怪我を治し、グレースに勝利した。ミトラはその癒やしの力をここでも発揮して、レナの治療を開始したのだ。
「なあサリー。オレからも頼む。ミトラと二人で、やるだけやってみてくれないか。それに、何もせずに諦めるなんて、やっぱりサリーらしくないと思うんだ」
「ケイ……」
背中を押したのは啓だけではなかった。サリーの愛猫であるカンティークも、サリーの背中に体当たりをかまして、文字通り背中を押す。
「にゃ!」
「カンティーク、お前まで……」
よろけて寝台に手をついたサリーの目の前には、未だに意識を取り戻さないレナが横たわっている。そしてその横で、額に汗を滲ませながら、必死に治癒を行っているミトラがいる。
「そうだな。レナを死なせてしまったら、シャトンとの約束も果たせないからな」
「約束?」
「ああ、レナをねぎらって、フェリテを一日、レナの貸し切りにしてやるんだ」
「店主のオレに相談も無しに勝手なことを……でも分かったよ。一日と言わず、一週間でも構わないよ」
「ありがとう、ケイ……レナ、今の話、聞こえたか?聞こえたなら、さっさと元気になれ。寝てる場合じゃないぞ」
サリーは寝台を挟んでミトラの反対側に立ち、レナの体に触れた。ミトラと同じく、サリーの手も淡く光りだした。
「レナのことは私達に任せろ。ケイはテイラー隊長の所に行ってくれ」
「ああ。町のことはオレ達に任せろ。いくぞ、バル子」
「ニャッ!」
啓とバル子は救護室を出て、テイラー総隊長の元へと向かった。
なお、レナに付き添っていた警備隊員は「サリーさんが女神の奇跡を?それにミトラさんも?何?どういうこと?えっ?」とキョドっていた。
◇
テイラー総隊長の話を聞いた啓は、早速、装置の見つかった場所へと案内されることになった。
案内役の兵士と一緒に行くのは啓とバル子とチャコ、そしてお目付け役のアーシャだ。
目的地の途中まで進んだところで、案内役の兵士が啓達に注意を促す。
「ここから先は、必ず私の歩いた場所を歩いてください。決して横にずれたりしないようにしてください」
啓とアーシャは指示に従い、先導する兵士の後ろを歩いた。
兵士は爆発する装置が無いことを把握している場所を選び、町の奥へと歩いていく。
「それにしてもひどい有り様だな……」
「暇潰しのつもりだったのでしょうかね。全く、酷い奴らですよ、アスラの連中は」
啓は歩きながら、破壊された建物の様子を見ていた。幾つもの家屋が、壁や天井を破壊されていた。
……それがフェリテの猫達の仕業であることは、啓もオルリック軍も知らなかった。
程なく啓達は、町の北東側にある商業施設の多い区画に到着した。市場や、ザックスが経営するロッタリー工房にもそこそこ近い場所だ。
そして、大通りに繋がる脇道のど真ん中に、例の装置がこれみよがしに置かれていた。
「ずいぶんと、分かりやすい場所に仕掛けてありますね」
「撤退準備をしながら、雑に仕掛けたものかもしれません。見えにくい場所や、丁寧に隠されている装置もありますので。調査するにはここが一番やりやすいかと思いました」
「確かにそうですね……近づいても大丈夫ですか?」
「はい。でも触らないでください。いいですか、絶対に触らないでくださいよ」
そう言われた啓は思わず「振りですか?」と突っ込みそうになったが、もちろん触るつもりなどない。啓はバル子を連れて装置に近づき、手を伸ばしても装置にギリギリ届かないあたりで座り込んだ。
装置の大きさは小ぶりのスイカ程度で、本体は球体に近く、台座のようなものに乗っていた。衝撃を加えたり、台座から落ちると爆発する仕組みになっているらしいと、啓は事前に説明を受けている。
「これ、バル子はどう思う?」
「どう思うと言われましても、バル子も初めて見るものですから」
「だよなあ……」
「ただ、装置の中に、複数の魔硝石の反応を感じます」
「アーシャの言っていた通り、魔動武器というもので間違いなさそうだな」
案内役の兵士とアーシャは装置に近づかず、距離を取って啓を見守っている。そのため、バル子も小声ではあるものの、啓と普通に喋ることができている。
「台座ごと、慎重に運べば動かせるかな?」
「ご主人が運ぶ気なのであれば、バル子は全力でお止めします。代わりにバル子とチャコが引き受けます」
「うん、それはやめよう」
爆発しても、もしかしたらバル子とチャコならば大丈夫かもしれない。しかし、仮に死なないと分かっていても、啓がそれを動物達に命令するつもりはさらさらなかった。
「解体するようなスキルは無いし……やっぱり爆発させるのが手っ取り早いだろうな。一度、爆発の威力も見ておきたいし」
「先ほども言いましたが、ご主人には運ばせませんよ?」
「運ばないよ。この場で爆発させる。周囲を盾で覆えば、周囲への被害は抑えられると思うんだ」
「なるほど、そういうことですか」
啓は立ち上がると、装置を稼働させても良いか兵士に確認した。爆発前に、女神の奇跡の力で、盾を具現化することも説明する。
「盾ですか……実際に見せていただいても?」
「もちろんです……はい、これです……あれ?」
啓はデモンストレーションのため、石ころを装置に見立てて、その周囲に半透明の金色の盾を具現化して見せた。
盾はぐるっと石の周りを取り囲んだが、何故か数秒で消えてしまった。
「おかしいな……もう一回いきます」
啓は再度、盾の具現化を行った。
再び盾は現れたものの、今度は石を取り囲む前に消えてしまった。
「すぐに消えてしまうのでは、あまり効果は期待できませんが……」
「えっと……ちょっと待っててもらえます?」
そう言うと啓は、バル子とチャコを連れて、再び装置のそばに座った。兵士から離れて、バル子と会議をするためである。
「バル子。どういうわけか、盾が維持できないんだが……」
「それは簡単です、ご主人。ご主人もバル子も、魔硝石の力が少なくなっているからです」
「ああ、そういうことか……」
バル子の説明で啓は理解した。
啓は少し前まで、ウルガー王子との一騎打ちを行っていた。ウルガーには勝ったものの、その戦いのせいで啓もバル子も、魔硝石の力の根源である魔力を大量に消費していたのだ。
「つまり、オレ達は休養が必要ということか」
「はい。休めば力は回復します。今、ご主人に必要なことは、バル子を抱いて、惰眠をむさぼることです」
「……バル子を抱く必要はあるのか?」
「はい。バル子の回復速度が上がります」
多少の嘘くささを感じつつも、啓は自分とバル子に休息が必要であることを理解した。
それと同時に、啓には一つ、妙案が浮かんだ。
「要するに、今は魔力が足りないんだよな?」
「はい。ご主人の言う通りです」
「だったら、その装置から奪えばいいんじゃないか?」
魔力が無いなら、吸収すればいい。
そうすれば、啓の魔力は回復する上、同時に装置を無力化することもできるという、実に合理的な作戦だ。魔力を吸収できる啓ならではのアイデアだった。
「なるほど……ですが、ご主人。それには二つ、問題があります」
「二つもあるのか……」
「はい。まず一つ目ですが、魔力を吸収するという行為によって、装置が起爆する可能性が無いとは言えません」
「それはもう、実際に試してみるしか無いな。安全を確保して、できるだけ離れた場所からやってみよう。それで、もう一つは?」
「バル子がご主人と一緒に惰眠をむさぼるという計画が中止になることです」
「よし、問題は一つだな。じゃあ実験してみようか」
啓は改めて兵士に装置無力化作戦案を伝え、許可を得た。
なお、魔力を吸い取るということについては詳しい説明はせず、「とにかく魔硝石を無力化する技がある」ということだけを伝えた。
「それでは行きます!」
啓が後ろに向かって、合図を送る。
兵士とアーシャは啓の後方、絶対に爆発に巻き込まれない位置まで下がっている。
啓は爆発の影響を受けるギリギリのラインで、年のために兵士が持参していた方形の盾を借りて、その陰に隠れている。
一応、爆発の予兆を感じた場合は、たとえ短時間しかもたなくても、すぐにバル子の盾を展開する心構えをしていた。その予兆を捉えるため、バル子には装置内の魔硝石が装置側から干渉されるかどうかを見張ってもらっている。
準備が完了した啓は、装置に向かって魔力の吸収を開始した。
装置内の魔硝石から魔力が取り出され、それが自分の中に吸収されていくことを啓は感じた。
十数秒後、魔力の流れが止まった。
それは装置内のすべての魔硝石から、魔力を抜き取り終えたことを意味していた。
「バル子、装置の中の魔硝石はどうなっている?」
「……なにも感知できません。つまり、ただの石ころになったと思われます。また、ご主人が吸収を行っている間、装置から魔硝石への干渉はありませんでした」
「ありがとう、バル子。ここまでは順調だな」
次に啓は、アーシャ達がいる安全地帯まで下がってから、手に小さい槍を具現化した。槍の具現化はチャコ由来の能力だが、装置の魔硝石から魔力を吸収したお陰で、小型の槍ならば具現化できる程度には回復していた。
啓は装置に狙いを定め、槍を放り投げた。狙いは若干ズレたものの、チャコの能力による自動補正が働き、槍は装置に命中した。
装置は台座からコロンと落ちたが、爆発することはなかった。
その後も何発か槍を当ててみたが装置は無反応だった。
最後は「全てをケイ殿に任せるわけにはいきませんので」と覚悟を決めた兵士が、自ら装置を手に取り、地面に叩きつけてみせた。
装置はもう爆発することなく、完全に置物と化していた。
「……どうやら成功っぽいですね」
「お見事です、ケイ殿。これで装置の無力化の目処が立ちました。感謝いたします!」
「あ、でも今の装置が不良品だった可能性もありますので、念の為にもう一、二台で試してみたいのですが」
「仰るとおりですね。では次の場所にご案内します!」
その後、啓は発見済みの装置を二つ、同じ手順で無力化に成功した。
手順に問題がないという確証を得た啓達は、テイラーに報告するために、一旦本部へ戻ることにした。
◇
救護室では、サリーとミトラがレナの治癒を続けていた。
二人とも額に玉の汗をかき、肩で息をしながら必死に治癒能力を行使し続けている。
レナの容態は未だ危険な状態だった。
二人が治癒をしていなければ、レナは既に死んでいたかもしれない。かといって、快方に向かっているともいい難く、ただ延命作業を続けているだけの状態だった。
そして、治癒能力は無限に発動できるわけではない。サリーとミトラの限界も近づいていた。
(もう、もたないよ……このままじゃレナさんが……)
ミトラ自身も、己の限界が近いことを感じていた。
「レナさんの容態は!?」
その時、救護室に啓が飛び込んできた。啓はテイラーに状況報告をした後、装置の撤去作業に戻る前に、サリー達の様子とレナの状態を確認しにやってきたのだ。
「オーナー!」
「お、シャトンも来ていたのか」
「来ていたのかではありませんよ。皆さんが先に行っちゃっただけで……そんなことは別にいいですが」
シャトンはサリーの輸送車を所定の場所に駐車した後、啓とミトラがサリーを追うために雑に乗り捨てていったキャリアもちゃんと駐車し直してきたため、到着が遅れたのだった。
シャトンは啓に、レナの状況を伝えた。
「そうか……サリー、ミトラ。まだ続けられそうか?」
「ああ、なんとか」
「もちろんよ」
啓の前で強がってみせるサリーとミトラだったが、啓は二人の表情を見て、決して余裕があるとは言えないことを察した。
「そうか……とにかくよろしく頼む」
無理をしろとも、無理をするなとも言えない、もどかしい状況で啓が言えるのはこれだけだった。
苦い顔をした啓を気遣い、シャトンは啓に別の話題を振った。
「オーナーは引き続き、爆発する装置の対処に向かわれるのですか?」
「ああ。装置の魔硝石から魔力を抜いてしまえば、装置を無力化できることが分かったんだ」
「なるほど。もう解決策まで見つけているとは、さすがはオーナーですね」
「これから町中を回って、片っ端から装置の魔力を抜いていく。今もバル子とチャコが未発見の装置を探しているところなんだ。ほら、バル子達は魔硝石の感知ができるだろう?だからまだ見つかっていない装置も洗いざらい……」
「ケイ!今なんて言った!?」
突然、ミトラが叫んだ。啓とシャトンは話を中断して、ミトラの方に顔を向けた。
「ミトラ?」
「ケイ、今言ったこと、本当!?」
「ああ、バル子達は魔硝石を感知できるから、上空と地上から……」
「それじゃなくて、魔力を抜くってところ!」
「そっちか……ああ、そうだよ。魔硝石から魔力を抜いてしまえば、装置はただの置物になるんだ」
「その作業、あたしにやらせて!」
突然、作業を買って出るミトラに、啓は困惑の表情を浮かべた。
今、ミトラはレナの治癒の真っ最中だ。爆発する装置の無力化作業も急務ではあるが、その作業は啓が行えるので、わざわざミトラがやる必要はない。
逆に、啓には治癒能力が無いので、啓がミトラの代わりになることはできないのだ。
「いや、ミトラにはレナさんの治癒を続けていてほしいのだが……」
「あたし、もうマリョクがほとんど残ってないのよ。だからあたしが装置から魔力を抜いて自分に貯めれば、その魔力を治癒に回せるの!お願い!」
「なるほど……分かった。サリー、少しの間、一人になるけどいいか?」
「ああ、任せろ……ミトラが戻るまで……やりきってみせるさ」
サリーは無理やり作った笑顔を啓に向けた。
迷っている暇はないと考えた啓は、すぐにミトラを連れ出すことに決めた。
「ミトラ、行くぞ。作業手順は現場に向かいながら説明する」
「分かった!」
「ちょ、ちょっと待ってください、オーナー!ミトラさんは……!」
シャトンの呼びかけもむなしく、啓とミトラは救護室を飛び出していった。
「ミトラさん……」
シャトンは先日、ミトラがアスラ軍が備蓄していた魔硝石から魔力を抜き出し、体調を崩したことを知っている。
ミトラもシャトンも、そのことをまだ啓に伝えていない。
また過剰な魔力の吸収をしたら、ミトラの身に何か良くないことが起きるのでは、という不安がシャトンの頭をよぎった。
◇
「完了!」
「よし、次に行こう!」
ミトラは着々と装置を無力化していった。
啓はバル子とチャコ、そしてフェリテの猫達も動員して、町中に設置されている装置の場所を特定していった。
そして軍から借りた自走車でその場所に行き、装置を見つけてはミトラが魔力を吸収して無力化する。魔力を抜いた装置の後始末は軍の兵士達に任せて、啓とミトラは次の場所へと向かう。
なぜ装置をいとも簡単に見つけることができるのか、そしてどうやって装置を無力化しているのか……兵士達は不思議に思ったが、今はとにかく装置撤去を優先し、疑問を飲み込んで作業を続けた。
こうしてミトラは、実に五十個以上の装置を無力化した。
「……よし、終わり!」
「おつかれ、ミトラ。魔力は?」
「貯まった貯まった。凄いよ。あはは……」
作業を終えたミトラは、助手席に体を投げ出すようにして自走車に乗った。
ミトラは目を腕で覆い、荒い呼吸を繰り返していた。明らかに調子が悪そうだった。
「ミトラ、体調が悪いのか?少し休んでから……」
「ううん、大丈夫……大丈夫だから早く、レナさんのところに、ね」
「ああ……」
啓は装置の見落としが無いように、引き続き猫達に探索を依頼してから、警備隊本部に向けて自走車を飛ばした。
◇
救護室では、サリーがレナの治癒を続けていた。
サリーは流れ落ちる汗もそのままに、気力と根性で治癒の光をひねり出していた。
「サリー!悪い、待たせた!」
「なんだケイ……早かったじゃないか……私ならあと一晩は……おい、ミトラ。どうしたんだ?大丈夫か?」
警備隊本部に到着した時、ミトラは一人では歩けないほどぐったりしていた。だから啓はミトラに肩を貸し、救護室まで連れてきたのだ。
「サリー姉……遅くなってごめんね……今、すぐに……代わるから……」
「いや、そんな状態で代わると言われても……」
「オレも少し休むよう言ったんだが、ミトラがどうしてもって……」
「大丈夫よ……マリョクを放出すれば……良くなるって……経験済み……だから……」
「経験済み?」
啓はその言葉に疑問を感じたが、ミトラがふらつく足でレナのいる寝台に向かおうとするので、ひとまず考えるのはやめて、ミトラを支えて寝台まで連れて行った。
「ハァ、ハァ……。それじゃ、やるよ……このマリョク、全部レナさんにあげるから……」
ミトラは倒れ込むように自分の体をレナにかぶせ、そのままレナの頭を抱きしめた。
「お願い、レナさん……目を覚まして……」
ミトラは全力で治癒能力を行使した。
すると手だけではなく、ミトラの全身が淡い光を放ち始めた。
やがてその光は眩いほどの輝きへと変わり、救護室全体を包みこんだ。
◇
「あれ……ここは……警備隊本部の……救護室?」
目を覚ましたレナは、見慣れた天井と消毒液の匂いで、自分のいる場所を特定した。
そして、近くに人の気配を感じたレナは、首だけを動かして横を向いた。
そこには、心配そうな顔をして自分を見ている親友の姿があった。
「サリー?」
「レナ、気がついて良かった」
「私は……そうだ。フェリテに行く途中で、突然爆発が起きて……」
「ああ、そうだ。その爆発で君は大怪我して、左足を失ったんだ。だが……」
「足を!?」
サリーの言葉に衝撃を受けたレナは、勢いよく上半身を起こして、肌掛けを払いのけた。
そして、自分の足が、両方とも揃っていることを確認した。
「ちょっとサリー、脅かさないでよ。両足とも、ちゃんとあるじゃない」
「いや……本当に足は無くなったのだが……その……生えてきてな」
サリーは顔をそむけ、レナにそう説明する。
しかし当然、レナはそんなことを信じようとはしない。
「いやいや、無くなった足が生えてくるわけないでしょ。あ!分かったよ、サリー。私を脅かして、ちゃんと私が動けるかどうか試したんでしょう?」
「いや……そうではないのだが……とりあえず肌掛けで体を隠したほうがいいぞ」
「えっ……あらやだ、私、裸だったんだ」
レナは自分が一糸まとわぬ姿で寝台に寝かされていたことにようやく気付いた。
そしてサリーの忠告を無視して、ゆっくりと自分の全身を眺めた。
「大怪我って……どこも怪我してないんだけど?」
「怪我は治癒で治したのだが……いや、今はそんなことよりだな……」
「何よ?」
「すぐに言わなかった私も悪いのだが……後ろにケイがいるんだ」
「……ひぃやああああああああ!」
レナは叫びながら、肌掛けの中に潜り込んだ。
振り向いたレナが目にしたものは、救護室の壁際で、赤くなった顔をそむけている啓と、苦笑いしているシャトンの姿だった。
「これでケイに裸を見られたのは二回目だよ……もう、本当にお嫁に行けない……ううう……」
「まあ、なんだ……あまり気にするな。それに死んでいたら、本当に嫁どころじゃなかったのだからな」
レナは涙目で、肌掛けから頭だけをニュッと出した。
「ねえ、さっきから表現が大袈裟なんだけど……もしかして私は本当に死にかけていたの?」
「ああ。本当だ。後でちゃんと説明するが、瀕死のレナを助けたのはミトラだ」
「そうなの?じゃあミトラにお礼を言わなきゃ……ミトラは一緒に来てないの?」
「ミトラもいるにはいるのだが……」
サリーがふいっと顔を動かす。つられたレナもそちらに目を向ける。
ミトラは別の寝台で寝かされていた。
「どうやらかなり疲れたようでね。今はゆっくり寝かせている」
「そっか。じゃあ起きたらお礼を言わせてもらおう」
しかし、ミトラは翌日になっても、三日経っても、起きてくる様子はなかった。
100話目、到達しました。
少し長くなったので分割するか迷いましたが、結局このままで。
爆弾処理に瀕死のレナの治癒と、慌ただしい一日となりました。
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